四話 出発
午後十二時三十分。異界浸食から二時間以上が経過した現在。家の外から様々な音が聞こえてきた。
女性や年端のいかない子供たちの悲鳴。車の急ブレーキと急発進する音。異形の姿を持つモンスターの雄叫び。モンスターと車、あるいは車と車による衝突音。
そんな不協和音が家の外から聞こえているのだ。
『出立の準備はよろしいですか?』
「ちょっと待て。もう一度確認する」
スマホ――神使からの念話に答える俺は、薄暗い玄関ホールで装備品をチェックした。
『メイン』
名前 黒崎颯人
Lv 1
性別 男
年齢 17
職業 シーフ Lv1
装備 武器 親父の金槌(物理攻撃力 5)
防具 桜木高等学校の制服(物理防御力 5)
特殊 無し
状態異常 無し
GP 0
自室で防具――服装を色々試した際。俺が通う桜木高等学校の制服が、一番優秀だと把握した。
なので白いワイシャツと紺に近い黒のスラックス――つまり夏服を着ているのだ。
冬服の方が防御力があるのでは――そう思ったけど、物理防御力は夏服と同じ5である。
どういう基準なんだろう?
試しに海パン一枚の姿になった時、物理防御力は寝間着と同じ1だった。
ならば海パンの上に寝間着を着たら物理防御力は1+1=2になるのでは――と思ったが、無情にも1だけである。ホント、どうなってんの……?
あと装備品の名称も滅茶苦茶だ。
海パン一枚の姿なら『水着』と表示され、全身ジャージ姿なら『運動着』となる。そこまでは予想の範囲であった。
そこで、この二つを組み合わせたらどうなるだろう――そう思った俺は、上半身はジャージ、下半身は海パン。そんなプールの監視員みたいな恰好になってみた。
すると何故か『普段着』と表示されるのである。しかも物理防御力はたったの1だけ。
仕組みがイマイチわからん……。ただ海パンの上にジャージを着たら『水着』→『運動着』と表示されたので、一番上に羽織ってる服(装備品)が優先されるんだと思う……確証はないけど。
そんな一人ファッションショーを繰り広げた結果。俺が通う高校の制服(夏服)に白羽の矢が立ったのである。
そして次は武器を選びだ。包丁と金槌。その二つを交互に装備したら、金槌の方が強いことが分かった。
なので金槌を利き手に持つことにし、包丁はボストンバッグ型の学生鞄に入れた。
またその学生鞄には非常食代わりの菓子と、スポーツドリンクなどの飲料物。それとガチャの景品である『八塩折之酒』と『お守り』が入っている。
『もう一度尋ねます。出立の準備はよろしいですか?』
「ああ、問題ない」
――ように見えるのならお前の目は節穴だぞ。
今からモンスターと命のやり取りをするのに『問題ない』の一言で終わらせるほど、俺の心は頑丈じゃない。
むしろ小石が当たっただけで木端微塵に砕け散るガラスのハートなんだけど……ってか、聞こえるんだろ!
俺の思念を読み取れるなら、延期を提案してくれ!
悲鳴と衝突音。それからモンスターの奇声を上げる
『ではそろそろ外に向かいましょう。また新たなクエストを獲得したので早めに確認してください』
俺の心中を無視しやがった……!
ホントにこいつは俺をサポートする存在なのかよ……まぁ、いい。
一応確認しておこう。
『クエスト』
クエスト受注一覧
特技スキル『盗む』を成功させる 報酬 盗人の手袋←NEW
特技スキル『鍵開け』を使用する 報酬 煙玉←NEW
モンスターを倒してみよう 報酬 スタミナポーション←NEW
職業Lvを上げてみよう 報酬 コンバットナイフ←NEW
Lvを上げてみよう 報酬 マジックポーション←NEW
仲間を作ろう 報酬 聖なるロウソク←NEW
クエスト完了一覧
無し
ゲームのクエストかよ……!
それも序盤から出てきそうなチュートリアル系――八百万の神は俺と同じくゲームが好きなのか? それとも俺たち人間に合わせているのだろうか?
『クエストは最優先で達成することを強くお勧めします。八百万の神が作り上げたアイテムを手にするチャンスです』
「そうかよ……なぁ、延期しない?」
『延期してどうなるというのですか?』
それはそうなんだけどさ……。
せめて一日ぐらいは待ってみよう――そんなへタレな事を考えていたら、外から凄まじい破壊音が聞こえてきた。
それと自宅を大きく震わす衝撃もやって来たのである。
「な、なにがあったんだ……! モンスターの攻撃か! それとも自衛隊による砲撃かッ!!」
『違います。他のユーザーがマジックアイテム『癇癪玉』を使用しました』
今のが癇癪玉の音と衝撃だというのかよ……って、マジックアイテムだと!?
『はい、マジックアイテムです。八百万の神が作り上げた景品の一つです』
「景品の――という事は、ガチャから手に入れたマジックアイテムなのか?」
『肯定』
「どんな効果なんだ?」
『轟音と衝撃による威嚇です。半径100メートルのモンスターを遠ざける効果を持っています』
ガチャから手に入れた『お守り』と似ているな――って事は、チャンスなんじゃねぇのか?
癇癪玉が聞こえたんだし……うん、千載一遇の好機を逃すのはあり得ない。行くぞ!!
そう決意した俺は、玄関のドアを開け放った。
「うげっ……予想はしていたが酷い有様だな、これは……」
覚悟を決めて外に出た俺は、早々に弱音を吐いてしまった。
弱音の原因は『モンスター』という名の天災の爪痕にである。
「ママ! ママ! 死なないで、僕を一人にしないで……」
小学生らしき子供が泣き叫ぶ。その傍らには血まみれの女性が横たわっている。
「だ、誰か……、誰か助けて……め、目が見えない」
両手を突き出しながらゆっくりと歩く男性。その両目から赤い血が流れている。
『あまり見ない方がよろしいでしょう。情を抱いてしまったらマスターの生存率が飛躍的に落ちます』
「分かってる……」
非情ともいえる神使の念話に、力なく答える俺。
生存が第一。それは理解してるさ。
けどこんな光景を見せられれば誰だって『何とかしよう』と思うはずだ。
現に俺も何か手助けをしなければ、と良心が囁き続けている。
だが俺は無視をし続けるしかないのだ。
俺より若い子供たち、傷を負った大人たち。そんな人たちを無視してでも俺の生存を第一に行動しなければならない。
そんな鬱屈ともいえる感情を抱く俺の視線の先には、一人の男性が耳を抑えていた。
「あ、どうも……」
俺の視線に気づいた男性が会釈した。
『お知り合いですか?』
近所の――いや、隣人だ。確か高橋だっけ?
近所づきあいに興味がないから、名前は知らない。両親なら知っていると思うけど。
『そうですか……マスターがよろしければですが、彼を仲間に引き入れるのはどうでしょう? 一人より二人で行動した方が安全だと思います』
話を――じゃない。俺の思念を感じたんだろ。あの男は知り合いであっても、友人ではないんだぞ。
そんな男について知っている事といえば、去年の春に大学に進学した事のみだ。
『では数秒の間だけです。クエスト達成によるアイテムを獲得するだけの関係ではどうでしょう?』
アイテム目当てか……まぁそれぐらいならば大丈夫だろう。
「すいません、ちょっといいですか?」
「うん……? えっと、僕に言ってるのかい? 申し訳ないんだけど、ちょっと待っててくれるかな。耳が痛くて……」
癇癪玉の轟音、凄かったからな。
けどそのおかげで外に出る決意を貰ったので、俺としてはありがたい事であるのだが――うん? お前の足元。なにか破裂したような跡があるんだけど、ひょっとしてお前が――
「しかし、まいったよ。子供たちがモンスターに襲われている所を見た瞬間。思わず貴重なアイテムを使ってしまった……おかげで耳がエライ事になってしまったがね」
お前がやったのかい……!
ってよく見たら俺のとは別のスマホが宙を漂っている。
「僕のだよ。君も持っているのだろう?」
「まぁな……それでいきなりで悪いんだけど、クエストって知ってる?」
「もちろん知ってるさ。それがどうしたのかい?」
「クエスト達成の為に仲間になって欲しいんだ。もちろん直ぐ解消してもらってもいい――どうかな?」
「僕は構わないよ。むしろ願ったり叶ったりだ。職業が勇者でも一人は流石に危険だと思うからね」
いきなり勇者と出会ってしまったんだけど……!
それも魔王を倒す存在である勇者を
そんな勇者の姿は野球バットを持ったイケメンである。その服装はカジュアルコーデであり、落ち着いた雰囲気を全身から醸し出していた。
ヤバい……
少なくともシーフである俺は脇役か、下手すれば犯罪者かもしれない――
などと自嘲する俺をよそに、イケメン勇者は近くの自販機に向かった。
「ちょっと待ってくれるかい? 喉が渇いたから自販機で飲み物を買ってくる。君はお茶で構わないかな?」
「えっ……あ、ゴチなります」
突然の奢りに思わず頭を下げる俺は、自販機で買い物するイケメン勇者の動作を見る。
『ガタン……ガタン……』と連続で落ちてくる音を確認したイケメン勇者は、腰を下ろしながら自販機の取り出し口に手を入れた。
「あれ、おかしいな……ジュースが落ちた音がしたのに――うぉッッ!?」
ジュースを取ろうと探っていたイケメン勇者は、声を上げながら前のめりに倒れる。
そんなダサい姿を見た俺は『バランスでも崩したのか?』と一瞬だけ考えたが――
「す、吸い込まれる――た、助k」
只ならぬ声で俺に助けを求めるイケメン勇者。その言葉は最後まで言い切る事が出来なかった。
「え、な、え……え、……は、えっ!?」
イケメン勇者が自販機に食われる。そんな非現実な光景に、俺は腰を抜かしてしまった。
う、嘘だろ……。
アイツは勇者なんだぞ……。
脇役であるシーフなんかより、主役である勇者の方が強いのは当然である。なのにこんな訳の分からない存在に、呆気なくやられるなんてクソゲーかよ……!
『どうやら擬態モンスターのようです』
腰を抜かす俺の頭に、神使からの念話が届いてきた。
擬態モンスター……だと……って『モンスター』ッ!?
あ、あれが……って、事は急いで逃げなければ……! に、逃げなければ……や、ヤバいのに……あ、足が動かない!!
『落ち着いてください。おそらくですが今すぐにマスターを襲う事はないでしょう』
「な、なんでそんな事がわかるんだよ……! それとあんな出来事があったのに、なんでお前は平静でいられるんだ! 人が目の前で死んだんだぞ!」
『神使は契約者以外の人間に興味がありません。あくまで契約者のサポートする存在――それが私たち神使です』
俺をサポートする存在ならば、この場から逃げる事を提案するはずだろッ!!
『ですから落ち着いてください。あのモンスターの行動範囲は狭いから安全です』
安全だと……?
ひょっとしてあのモンスターについて何か知っているのか?
『詳しくは私も知りません。ですがあのモンスターについて考察する事ができます。私の考えを聞きますか?』
「……言ってみろ」
どこまでも冷静な神使の念話に、幾分か気分が優れてきた。
『では僭越ながら説明をさせていただきます――まず最初の癇癪玉について覚えていますか? その癇癪玉は近くのモンスターを遠ざける効果を持っています。当然あのモンスターも本来なら遠くに逃げて行きます。しかしそうはならなかった。何故だと思いますか?』
それは……逃げたくなかったか、あるいは動け……ああ、なるほど……。
『それと今置かれてる状況です。仮にあのモンスターが快活に動けるのなら、マスターはもう既に死んでいます』
『死』――って、簡単に言うな。背筋が凍る……。
『いえ、本当に死ぬところだったかもしれません。自販機を利用するのは普段の行動にとって特別な事ではないのですから』
「……それも……そうだな……。一応聞くけどさ、アイツは……その……し、死んだのか……?」
自販機に化けてる擬態モンスター。そんな凶悪なモンスターを刺激しないようにゆっくりと立ち上がった。
『彼のスマホを見てください』
「アイツのスマホだと……うん? なんか……その、輝きがないような……って、石か?」
神使の念話から自販機(擬態モンスター)の近くに落ちてるイケメン勇者のスマホを確認する。
そのスマホはピクリもせず、またボディや液晶画面の光沢が失われている。そんなスマホは精巧に作られてた『石』そのものであった。
『私たち神使は契約者と一心同体の存在です。契約者が死ぬと、神使もまた死を迎えます』
「そうか……なら、アイツは――」
死んだ。その言葉を吐いた俺の心は、暗い海に落ち込んだような気分に陥ったのであった。
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