十一話 ポンコツ妖精

「さあ、かかってきなさいよ! 名も無きモンスター!」

『マスター、早く止めてください!!』


 俺の神使――スマホに指差す妖精は、大胆不敵な笑みを浮かべながら、背に生えている翅をはためかせている。

 対する神使は、俺にしか聞こえない念話で、この不毛な戦いを止めて欲しいと、懇願してきた。


 そんな二人(どちらも人外だが)の戦闘に、巻き込まれないように離れた俺は、戦いの行方を見守る事にしたのである。


 どうしてこうなったのだろうか……?

 記憶喪失の妖精が、神使をモンスターだと勘違いしたから?

 それとも、モンスターとの戦いによって、自身の有用性を示したいのだろうか?

 あるいは、純粋に友達――俺を助けたい、そんな損得勘定抜きで、行動した結果なのだろうか?


 どちらにしても、二人の戦闘を止めるのは、もはや手遅れなのだろう。

 なら、妖精の実力を確認するか。

 神使には悪いけど、危なくなったら止めてやるから、安心して逝ってくれ。


『文字が違います、マスター!』


 俺の声ならぬ思考を読み取った神使は、AIらしからぬツッコミを放つ。

 そんな俺と神使のやり取りについて、知る術を持たない妖精は、正面を向いたまま後方に移動する。


「妖精の恐ろしさ、見せてあげるわよ!!」


 神使から十分距離を確保できた妖精は、光り輝く粒子を全身に纏い始める。

 その姿は臨戦態勢に移行しているのだろう、と俺は直感した。


 そして今、神使と妖精の前代未聞の戦いが始まるのであった。


【八百万の神が作り上げた神使 VS 西洋の伝説から生まれた妖精】


 最初に動いたのは、戦いの引き金を引いた妖精である。


「私の動きに、ついて来れるかしらッ!!」


 光り輝く粒子を全身に纏い終わった妖精は、威勢の良い声を上げながら、ロケット花火のように縦横無尽に飛び回る。


「どこ見てんのよ、モンスター! 私はここよ! まぁ、見るからに鈍間のろまなモンスターだから、私を見切れないんでしょうね! けど、戦いは非情よ!」

『……』


 挑発と余裕が混じった妖精の声は、ピクリも動かない神使の元に届く。


 速いな……!

 速すぎて目で追うのがやっとだ!

 おそらくだが、神使も同じ気持ちなのだろう。

 だから、ピクリも動かな……って、神使の目はどこにあるんだ?


「背後、取ったわよ!」


 勝利宣言に等しいセリフを吐く妖精は、白い小さな握りこぶしを煌めかせる。


 いよいよ、魔法を使うのか……!?

 でも、神使の背後は背面カメラがあるはずだけど……。


「妖精の魔力思い知りなさい!! 私の前に立ちふさがったこと、そして友達に牙をむいたこと、死を持って償わせてあげるわ!!」


 煌めかせる小さな拳を前方に突き出す形で突撃し始めようとする妖精。


「フェアリーブレイカァァァァッ!!」


 バトル漫画のワンシーンの如く、わざわざ技名を叫ぶ妖精は、戦闘開始から一歩も動かない神使の背後に向かって全力で飛翔する。


「フェアリーブレイカ―とは、妖精の魔力と根性が入り混じった必殺の拳!! 真面に食らった相手は爆散、死ぬ!!」

「――ッ!? ま、待て――」


 聞かれてもいないのに技の説明を聞いた俺は、『爆散は流石に不味い』と思ったので、妖精の攻撃を制止しようとするも、一足早く必殺の拳が神使に突き刺さる。


 ――ガン!?


「い、たぁぁぁぁ~~いぃぃぃぃッ!!」


 固い壁を殴りつけたような音が聞こえたと思ったら、拳を痛めたことに涙を浮かべる妖精の姿を発見した。


【妖精のこうげき! 神使に5のダメージ!】

【妖精のじばく! 自身に10のダメージ!】


 ……なんだろう?

 ゲームにどっぷり侵された俺の目から、メッセージウィンドウが見えた気がしたような……き、気のせいにしておこう。


「う、ぐぅぅぅ……な、なんて硬さよ……! 私の必殺のフェアリーブレイカ―が効かないなんてッ!!」

『……』


 親の仇を見るような目をする妖精と、無言で振り向く神使。

 その神使の様子は、『私のターンです』と画面いっぱいに表示されている。


「な、何よ……! やるっていうの! いいわよ!! 私の必殺技はフェアリーブレイカ―だけじゃないわよ――って、背後をまた見せるなんて馬鹿じゃない『フラッシュ』ギャァァァァ……め、目がッ!? 目がああぁぁぁぁッ!!」


 至近距離でカメラのフラッシュを浴びた妖精は、両目を抑えながら石造りの床を転げまわる。


【神使の『フラッシュ』! 妖精の目をくらませた!】


 えげつないぞ、神使……。

 戦闘開始からずっと動かないからどうしたんだろう――なんて、少し心配したが、油断を誘う為の布石だったのか……なかなか、やるな! けど、至近距離でフラッシュはやり過ぎじゃね?


「め、目が……目が見えない……、こ、ここかッ!! それとも、ここッ!!」


 ゆっくりと立ち上がった妖精は、千鳥足で移動しながら手足を振り回し続ける。


【妖精のこうげき! ミス! ダメージをあたえられない!】

【妖精のこうげき! ミス! ダメージをあたえられない!】

【妖精のこうげき! ミス! ダメージをあたえられない!】


「この! この! この! それとも、そこかッ!! そこ――っと、見せかけて、ここよ!!」


 尚も千鳥足であさっての方向に進み続ける妖精は、不快を思わせる舞を披露しているようだ。


 なにをしているんだ、お前は……?

 フェアリーブレイカーなんて、大層な技名と技の説明を叫んだと思ったら、神使の防御力に負ける始末。

 さらに、神使のフラッシュを真面に浴びて、目を覆いたくなるような酷いダンスを披露し続けている。

『残念』の称号から『ポンコツ』に格上げだぞ、おめでとう。


【妖精の『ふしぎなおどり』をはなった! 黒崎颯人の妖精に対する評価は大暴落のようだ!】


「この! そこよ! ここか――ッ!? い、今何か手応えがあったわ!?」


 目をぎゅっと閉じる妖精の前には、ボロボロの石の柱が立っている。


「てやっ! えい! そや! おっりゃああああぁぁぁぁ……!!」

『チェックメイトです』


 石の柱をサンドバッグに見立てた形で、なりふり構わず攻撃し続ける妖精。

 そんな妖精の痴態を見下ろす形で上昇をし続ける神使は、俺にしか聞こえない念話を放った。


「ぜぇ、ぜぇ、……ここまでやれば、大丈夫かな?」

『ゴッドプレス!!』


 息を切らしながら目を閉じ続けている妖精と、天井近くから急降下してくる神使。


『ゴッドプレスとは、八百万の神から授かった必殺の一撃です! 契約者が私に不当な扱いをした場合のみ、使用可能な懲罰! 当たればザクロのように割れます!!』


 お前も技名と、技の説明を言うんかい……!?


 大気圏突破中の隕石の如く赤い光に包まれる神使は、心の中でツッコミをする俺を無視する形で、妖精の頭部に一撃を与えようとする。


「――グヘッ!?」


 美少女ヒロインにあるまじき悲鳴――カエルが潰れたような断末魔を口にし、轢かれた猫の死体の役を務める。


【神使のこうげき! 妖精に100のダメージ! 妖精は戦闘不能だ!】


『峰打ち、ですので安心してください』


 ゆっくりと俺の目の前に移動する神使。

 その念話を聞いた俺は、『何かを成し遂げた』そんな感情を含まれているように感じた。


「えっと……これで終わりでいいんだよな……? もしそうなら、勝者は神使――ってか?」


 二人の戦いを見届けた俺は、レフェリーみたいに勝者を発表する。


【記憶喪失のポンコツ妖精をやっつけた!】


 神使と妖精の戦いは、神使が勝利する形で終了したのであった。


「……大丈夫か、妖精?」


 敗者である妖精の元に、ゆっくりと駆けつける俺は、なんとも言えない気まずさを覚える。


 なんつーか、色々とスマンな……。

 お前と神使の戦いを止めなかった事もそうだが、あそこまで無様な戦いを演じるとは思わなかったぞ。


「う、うぅぅぅぅ……に、逃げて、私では手に負えない……。で、でも足止めぐらいは務めて見せるわ……」


 生まれたての小鹿のように、足を震えさせながら四つ這いの姿勢を取る妖精は、闘志を再び燃やそうとしている。


「いや、それはもういいから……。お前が戦った相手は、モンスターじゃない。俺の味方だから安心しろ」

「……えっ!? ど、どういうこと……? 味方って、モンスターじゃないの?」

「なんて言えばいいんだろうな……ちょっと、面倒だけど俺の話を聞いてくれ」


 神使はモンスターじゃない、その言葉を聞いた妖精は呆気にとられた表情を浮かべている。

 そんな妖精を見続ける俺は、『神使の正体』と『神使との出会い』について詳細に語ろうとする。


 その際、ステータスや念話など特殊なシステムも話してしまい、『少し早まったかな?』と思ったが、取り敢えず詳しく説明したのであった。


「――と言う訳で、コイツはモンスターじゃない。だから安心してくれ」

「ふ~~~~ん……」


 10分ぐらいの長い説明を聞いた妖精の第一声は、疑惑100%の生返事であった。


「眉間の皺が凄いことになってるぞ。まるで一瞬で婆さんになったみたいに――「誰がババアよッ!!」」


 デリカシー皆無の俺の言葉に、怒り心頭の妖精の声が被ってきた。


「記憶喪失だからってふざけた事を吹聴してるんじゃないわよ! それにモンスターじゃない――って、だったら最初っから教えなさいよ! ほら! この頭ッ! このタンコブ、目に入らないの! 滅茶苦茶、痛かったのよッ!!」


 自身の頭の天辺を指差す妖精。

 そこには焼いた餅が膨らんでいるように見えた(笑)。


「ああ、それはマジでスマン。ちょっと妖精の実力もそうだが、勘違いを正すのも面倒だったし……テヘ☆」

「キモッ……! 私のような美少女ならいざ知らず、貴方のような不細工は目に毒よ!!」

「ぐふっ……!?」


 繊細なガラスのハートをグラつかせる妖精の一撃に、膝を屈しそうになりかけるが、それを何とか抵抗する事に成功した。


 面と向かって『不細工』は酷過ぎるだろ、ポンコツ妖精!!


『いえ、私も直視に耐えられません。申し訳ありませんが、『テヘ☆』は永久的に封印してください』


 俺の味方はどこにもいないのか……!

 俺の魅力を分かってくれる菩薩のような聖人はまだ見つからないのか……!!


「――ちょっと、聞いてるの! 私の怒りはまだまだ収まらないわよ!」


 頬張ったリスのように頬をプクーっと膨らます妖精は、怒りのボルテージを保っているようだ。


「へいへい、私が悪うございました。これでいいだろ。そんじゃ、俺はこれで」


 感情を爆発させている妖精に、不遜とも言える態度で謝罪をした俺は、この場から颯爽と逃げ出そうとする。


「え……って、ちょっと待ちなさいよ!」


 早歩きで移動している俺の元に、抗議と共に妖精自身が殺到した。


「俺の視界を塞ぐな! 危ねぇから、せめて横に移動してくれ!」

「横に移動したら同行を許可してくれるの? やったー! 友達だと認めてくれたわね!!」

「なんでそうなるんだ……! 俺は役立たずの妖精と友達になった覚えはないッ!! あと、同行も許可できねぇぞ!!」

「ちょっと! 誰が役立たずよ! さっきの戦闘は、ちょっと油断しただけよ!!」


 顔を真っ赤にしながら俺の耳元で叫び続ける妖精。


「それに私の戦闘スタイルはサポートだから、貴方の役には絶対に立つはずよ……多分だけど」

「頼むから断言できる事だけ言えよ! お前とダラダラ過ごす時間はないから、せめて嘘偽りなく話せッ!! 役に立つの? 立たないの?」


 勘違いとは言え、モンスターの脅威から体を張った妖精に対するセリフではない――それは頭の悪い俺でも十分理解できる。

 けどな、今の俺は役立たずを抱える余裕はないんだよ。

 捻くれ者の俺に、『友達になってあげる』と言ってくれたのは、凄く嬉しいけど諦めてくれ。

 裏表のない優しいお前を守りきる自信も無ければ、友達を見捨てる非情さを持ち合わせてないんだよ、俺は……。


「そ、それは……。正直言うと、記憶喪失だから役に立つとは言えないわよ……。だけどサポート系の魔法をついさっき、思い出したから役に立つと思う……ほ、ホントよ!」


 俺の真剣な声と目つきに動揺する妖精は、ゆっくりと言葉を選んで口にし、目に涙を浮かべた。


 泣き落としは勘弁してくれよ……!

 でも、サポート系の魔法か……う、う~~~~ん……。

 強化魔法なら、一考の余地あるかな?

 弱体化魔法でも使いようによっては、戦闘が楽になるじゃね?


『あの、マスター。妖精のサポート魔法について、シミュレートするのは構いませんが……』


 不意に神使の念話を聞こえた俺は、『何かあったのか?』と短く思念を送る。

 すると――


『モンスターと遭遇したので、戦闘態勢を整えた方がよろしいのでは?』


 警告とも言える念話が返ってきた。


「――えっ!? あ、ホントにモンスターが……って、しかも見た事もない奴だぞ!?」


 神使の指摘に周囲を見渡した俺は、二体のスケルトンと未発見のモンスターを確認し、素早く臨戦態勢――ボストン型の学生鞄を床に置き、金槌のみの軽装スタイルになった。


「モンスターって、どこに居るの――うげっ!? スケルトンソルジャーじゃないのよ!?」


 俺の只ならぬ空気を読み取った妖精は、未発見のモンスターの姿を確認し、それを『スケルトンソルジャー』と呼んだのである。


 スケルトンソルジャーだと……。

 使い込まれた剣と、磨かれた盾を装備した大柄のスケルトン――確かに『兵士ソルジャー』にピッタリの名前だな。


「厄介なモンスターなのか?」

「厄介どころじゃないわよ! 脆弱なスケルトンより遥かに強いし、特殊な能力を持っているのよ!!」

「特殊能力だと……!」

「ええ。配下のスケルトンを操るのもそうだけど、スケルトンの戦闘力を大幅に引き上げるの!」

「マジかよ、最悪の状況じゃねぇか……!! コイツ等から逃げようにも、俺の後ろは行き止まりだぞ!!」


 俺の後――30メートル四方の大部屋であり、妖精が閉じ込められていた宝箱の部屋である。

 妖精と神使との死闘(?)を演じた場所でもあった。


「提案があるんだけど、いいか?」

「奇遇ね。私も同じことを考えていたわよ」


 逃げ道は存在しない。

 そして三体のモンスターは、確実に俺と妖精の命を狙っているだろう。

 そんな俺と妖精の境遇を察すれば、同じ考えに至るのは自明の理であった。

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