十二話 共闘
「そう言えば、貴方の名前は何て言うの?」
三体のモンスターとの戦いが、何時始まっても可笑しくない状況の中、妖精の些細な疑問の声が耳に入った。
「このタイミングで聞くことなのかよ!? 頼むから、真面目にやってくれ!!」
空気の読めない妖精に苦情を言い放つ俺は、相対する三体のモンスター――特にスケルトンソルジャーの動向を注視する。
配下である二体のスケルトンを前に出し、己は高みの見物かよ……舐めやがって……!!
「カタカタ……」
骨を鳴らすスケルトンソルジャーは、切れ味がありそうな剣を高らかに掲げる。
すると前列に居る二体のスケルトンは、スケルトンソルジャーの剣に呼応する形で、闘争心を思わせる赤いオーラに覆われてゆく。
「カタカタ……!!」
更に音を大きく立てるスケルトンソルジャーは、高らかに掲げた剣を振り下ろす。
そんなスケルトンソルジャーの動作を見た俺は、配下のスケルトンに対する『突撃の号令』だと確信した。
「気をつけて! スケルトンの攻撃が来るわよ!!」
「分かってるッ!!」
妖精の警告を受けた俺は、突撃してくる2体のスケルトン(A、B)に対し、金槌で迎え撃とうとする。
「――ウグッ!?」
袈裟切りをするスケルトンAの剣と、父さんの仕事道具である金槌が、俺の頭上で交差した衝撃に、思わず声を漏らしてしまった。
こ、コイツ……!?
脆弱なスケルトンとは思えない、一撃だぞ!!
少なくとも俺の力とほぼ互角じゃないのか! それと速さも俺と大差はない――って、もう一体のスケルトンがこっちに!?
鍔迫り合いながら、目の前に居るスケルトンAの戦力評価する俺は、真横から攻撃してくるスケルトンBの様子を把握する。
「殺られてたまるか――ッ!!」
声を荒げる俺は、鍔迫り合う二つの武器を横に流し、がら空きになったスケルトンAの肋骨を素手で掴む。
そしてスケルトンAを盾代わりにする形で、突撃してくるスケルトンBに衝突させる。
――ガシャァァァァン!!
動く骸骨であるスケルトン同士の衝突音は、石造りの通路を響き渡らせた。
「ナイスよ、翅無し巨人!!」
笑顔でサムズアップをする妖精の視線の先には、お互いの骨を絡ませる二体のスケルトンが、冷たい石の床に倒れている。
「誰が翅無し巨人だ!! せめて人間と言え、ポンコツ妖精!!」
「ぽ、ポンコツは言い過ぎでしょ……!! サポート魔法してあげないわよ!!」
「共闘する以上、それはないだろッ!! いいから早く援護してくれ!!」
未だに骨を絡ませる二体のスケルトンを見る俺は、妖精に支援を強く求めた。
まだ体勢は整えないみたいだな……。
それとスケルトンソルジャーは攻撃して来ないのか?
三体同時に攻められたら流石の俺でもヤバいのに……。
「カカカカ……」
縺れる二体のスケルトンから、骨を鳴らすスケルトンソルジャーに視線を移す。
すると高笑いをするスケルトンソルジャーが視野に入った。
それも配下のスケルトンを指差す姿である。
コイツ等、仲間意識はないのだろうか――っと、三体のモンスターについて感想を吐く俺の元に、妖精の怒りの籠った声が耳に入ってくる。
「無視しないでよ、翅無し巨人!! サポート魔法を使って欲しかったら、ポンコツ妖精を撤回しなさいよ!!」
「そのセリフは俺の事を『人間』と呼んでから言えよ……!」
「うるさーい!! 貴方の名前を知らないから翅無し巨人と呼ぶしかないの!! 嫌だったら、貴方の名前を明かしなさいよ!! こっちは貴方の事をどう呼べば困ってんのよ!!」
宙に浮きながら地団駄を踏む妖精。
そんな妖精の口から『ムキー』と唸っている。
「チャットのスタンプみたいになってんぞ……まぁ、いいや。俺の名前は
「分かったわ、ハヤト!!」
それも勝ち誇った笑みを隠さずに、『エヘヘ……』と幸せそうな呟きを漏らしていた。
「よーし、やってやるぞー!! 友達の為に私が一肌脱いであげるわ!!」
「おー頼むわー。そんじゃ早速サポート魔法をヨロシク!」
「OKよ、ハヤト!!」
頭上を飛び回っていた妖精は、不意にピタリと静止した。
そして小さな両手を頭上に掲げ、綺麗な言葉が聞こえ始める。
「紅の妖精が告げる。時を置き去りにする速さを彼の者に与えたまえ――」
魔力らしき光の奔流が妖精の体を纏い、両手から複雑な造形をした魔方陣が現れた。
「オーバースピード!!」
呪文名らしき言葉を叫びながら、俺の方向に両手を振り下ろす妖精。
すると俺の真下――足元に魔方陣が浮かび上がり、そこから爽やかな風が俺の体全体を撫で回す。
「お、おお……!? な、なんか体が軽くなったような気がする!?」
妖精からのサポート魔法である『オーバースピード』を受けた感想を思わず口にした。
体がフワッとした感覚と、『スピード』の名が入ってる呪文名を察すれば、ステータス上昇系の強化魔法だろうな――っと、スケルトンの体勢が整ってしまったか……。
この強化魔法の効果を調べたかったが、ぶつけ本番で試すしかないみたいだ……でも、なんか余裕で勝てそうな気がするんだよな。
「そんじゃ、俺はスケルトンをボコボコに倒してくるわ……あ、そうだ。この戦闘が終わったら、妖精の名前を考えてやろうか?」
「えっ……!?」
死亡フラグみたな言葉を耳にした妖精は、驚きの表情で俺の顔を見つめている。
「他意はないんだけどさ……お前の名前、記憶喪失で思い出せないんだろ? それとも覚えていたり、思い出したか? だったら余計なお世話だけど……」
戦闘に巻き込まれないよう妖精から数メートル離れ、二体のスケルトンの動向を改めて確認する。
そんな俺の視線の先には、腕や肋骨など骨が欠けている二体のスケルトンの姿を目にした。
それも切れ味が皆無のボロボロの剣を握りしめ、ゆっくりと俺の元に進む姿である。
戦闘続行のつもりかよ……。
どう見ても満身創痍だろ。敵対している俺が言うセリフじゃないけど、逃げた方がいいんじゃね?
それとも上司――あるいは上位種のスケルトンソルジャーの命令は絶対なのだろうか……?
もしそうならお前等モンスター社会も大変だな……人間である俺にとっては、同情の余地もないけど。
「ハヤトー!! カッコいい名前をよろしくねー!! あとサポート魔法は数分しか持たないから注意して!! それと切れたら、直ぐに言うんだよ! 友達を助けるのは私の役目だから!!」
「あー、分かった。分かった……ったく、恥ずかしい奴だな」
背中から大きな声が聞こえた俺は、振り向かずに返事をした。
この位置からでは妖精の顔を見れないが、声音からして随分と喜んでいるみたいだな。
あとカッコいい名前か……どんな名前にしようかな?
可愛い名前を求められても地味に困るし、そもそも俺のネーミンスセンスは壊滅的だしなぁ。
ゲーム好きの俺がパッと思い浮かべる名前と言ったら『ゲレゲレ』だけど、それを言ったらグーで殴られそうだ。
「……まぁ、名前については後にしておこう。今は戦闘中だしな」
そんな独り言を呟く俺は、何時でもスケルトンに攻撃できるようにと、両足に力を入れ始めた。
狙いは、一番近いスケルトンAだ!
それもこちらから攻撃してやる――ッ!!
標的の選定と、自分から攻撃する覚悟を決めた俺は、両足に掛けられた力を一気に爆発させる。
そして次の瞬間。
俺の視界に生気のない髑髏が映りこんできた。
それもスケルトンAと
――えっ!? な、なんでスケルトンが目の前にッ!?
スケルトンAにファーストキスを奪われる恐怖と、突然の視界情報に顔を青ざめる俺。
ドゴォォォォン!!
俺とスケルトンAの熱い抱擁は、交通事故を起こしたような激しい衝突音を轟かせ、両者共に固い石の床を転げまわった。
「いってぇぇぇぇ……な、畜生ッ……!!」
二、三回転げまわった俺は、その姿勢のまま周囲を確認する。
ファーストキスを防げたかどうかは、戦闘中なので気にしない事にした。
細かい骨が散らばってるな……あと、髑髏も……って、さっき衝突したスケルトンAの残骸じゃね?
「――ってことは、スケルトンAを仕留めたのか?」
俺の周囲に散らばる残骸の中に、紫の石――スケルトンの胸にある物体であり、弱点とも言える『核』を発見した。所々ヒビが入っており、今すぐにでも崩壊しそうな核である。
「あ、スケルトンAの死骸が消えた」
目の前に起きた現象を口にする俺。すると『経験値を~』と神使から念話で報告してきた。
「凄いよ、ハヤト!! 強化されたスケルトンを体当たりで倒すなんて!!」
「体当たりするつもりじゃなかったんだけどな――っと!?」
妖精の褒め言葉に返事をする俺は、突撃してくるスケルトンBの姿を確認し、それを真横に飛ぶ形でスケルトンBの剣から避けようとする。
「――グヘッ!?」
スケルトンBの攻撃を食らった俺――ではなく、石の壁に単独事故を起こし、その痛みで情けない悲鳴を上げてしまった。
「えっ……!? な、なにやってるのハヤト……?」
突然の痴態に疑問の声を上げる妖精。
ここから妖精の顔を見れないが、かなり戸惑っているのが理解できた。
「そ、それが……俺自身の速度の計算がイマイチ出来ねぇんだよ。お前の強化魔法がある意味凄すぎて……!」
事故の原因は妖精の『強化魔法』による速度の暴走だと判断し、苦情に近い賞賛の言葉を口にした俺は、衝突した壁からゆっくりと離れる。
「ふふふ……私の強化魔法に恐れ戦くがいいわ!! そして私と友達で良かったと崇め、奉りなさいよ!!」
「あー、はいはい。妖精様、この卑しい私に是非祝福を~」
調子に乗った声が俺の背後から聞こえたので、それをそんざいに返事をし、スケルトンBの攻撃に備える事にした。
妖精の強化魔法で速度がパワーアップしたのは良かったけど、上手く速度をコントロールできない以上、スケルトンBの攻撃にカウンターするしかない――そう思っての判断である。
「そこだ――ッ!!」
スケルトンBにカウンターでブチのめす。
そう考えていた俺の元に、チャンスが巡ってきた。
スケルトンAと同じく満身創痍の身であるスケルトンBは、ゆっくりとだが確実に俺の目の前に移動し、ボロボロの剣を振りかざす。
そんなスケルトンBの動作を見届けた俺は、スケルトンの弱点である『核』に向けて金槌を振るったのである。
――バキン!!
スケルトンの弱点である『核』が砕け散る音を耳にし、徐々に消えてゆくスケルトンBの死骸を確認する。
『経験値を8獲得しました。GPを2獲得しました』
モンスターを確実に始末したサインでもあるアナウンスは、俺の脳内で響き渡った。
「残りはスケルトンソルジャーだけか……にしても、強化されたスケルトンの経験値は変わらないんだな」
そう言いながらスケルトンソルジャーの元に、ゆっくりと移動を開始する。
「カタカタ……」
首の骨を鳴らすスケルトンソルジャーは、『やっと俺の出番か』とでも言わんばかりの態度である。
「さて、メインディッシュを食らうとするかッ!!」
余裕の態度を崩さないスケルトンソルジャーまで10メートル未満の距離。
その位置に立つ俺は、取っ手から先端まで鉄で作られた金槌を強く握りしめ、目の前に立つ強敵に宣戦布告を放ったのであった。
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