十三話 妖精の名は

 二体のスケルトンを倒した俺は、スケルトンソルジャーと言う名の強敵に対峙している。

 それも切れ味がありそうな剣と、使いまわしが良さそうな盾を装備したスケルトンソルジャーである。

 また胴体を守る鎧は装着しておらず、スケルトンと同じ弱点である核の存在を把握できた。


「オーバースピード!!」


 背後から強化魔法の呪文名を耳にすると、俺の足元に魔方陣が現れる。


「そろそろ効果が切れるから念の為に掛けておいたわよ!!」

「ナイスフォローだ、妖精」


 魔方陣からの爽やかな風を受けた俺は、スケルトンソルジャーの行動から目を離せない。


 どう攻めようかな……?

 剣を持っているのもそうだけど、盾を持ったスケルトンソルジャー相手に、どう立ち回りをするべきか悩むところだ。


「カタカタ……」


 不気味な音を立てるスケルトンソルジャーは、盾を前に出す形で移動を始める。


「そっちから来るか――なら、受けて立つぞッ!!」


 後手を選ぶ事にした俺は、スケルトンソルジャーの攻撃に、カウンターを食らわせてやろうと決心した。


 ある意味ラッキーだな。

 妖精の強化魔法で底上げした速さをコントロールできない以上、僥倖とも言えるかもしれない。


「カタカタ……!!」


 暴力で俺を排除しようとするスケルトンソルジャーは、徐々にスピードを上げていき、骨がぶつかり合う音が強くなっていく。

 また凶器である剣は石の床を引きずっており、『ギィー……』と不安を感じる音を出している。


 く、くるのか――ッ!!


 カウンターのタイミングを見計らう俺は、金槌を強く握りしめている。

 かかってこいや――そんな言葉を吐き捨てそうな姿勢をする俺の頭に、スケルトンソルジャーの剣が振り下ろされようとする。


 掛かった!! その攻撃を避けて俺の必殺の――って、不味いッ!?


「うぉっ!?」


 想像以上の剣速にビビッてしまった俺は、思わずバックステップをしてしまう。

 すると先程まで居た地面に『ガツン!!』と音を立てる剣が見えた。


 石の床……だよな……?

 スケルトンソルジャーの剣が、固い石の床を大きく破損させているんだけど……!!


「危ない、ハヤト!?」

「ッッ!!」


 剣呑な雰囲気を持つ声を受け取った俺は、正面に立つスケルトンソルジャーに目を向ける。

 そこには突き構えを取るスケルトンソルジャーの姿であった。


 クソッ……ずっと俺のターンってか!?

 Lv3の相手にずいぶんと大人げない応酬だな、畜生……!!


 心の中で悪態を吐きながら、スケルトンソルジャーの突きを紙一重で逃れる。


「カタカタ……!!」


 回避に成功した俺を更に攻撃し続けるスケルトンソルジャー。

 袈裟斬り、薙ぎ払い、突き、様々な軌道を描く剣をギリギリで避け続ける俺は、少しずつ息が上がっていくのを覚えた。


 は、はんげき……反撃できる隙が無い……!!

 それどころか強化魔法で底上げした速さでも、回避するだけで――や、ヤバい!?


 執拗な攻撃が終わった瞬間、盾を前方に構えてタックルをする姿――点と線の攻撃から、面の攻撃に切り替わるスケルトンソルジャー。

 そんな変化球に顔を青ざめる俺は、少しでもダメージを減らす為に、腕をクロスするなど防御の姿勢を固めた。

 次の瞬間、全体重を乗せた盾の一撃――シールドバッシュが目前に迫り来る。


「グハッ――!?」


 苦悶の声を漏らしながら後方に吹き飛ぶ俺は、背中を強く打ちながら数メートルほど床を滑らせる。


 あ、危なかった……!?

 ガードが間に合った事もそうだが、直撃する寸前で後ろに下がる事に成功した。

 お蔭でダメージは最小限……とは言え無いが、骨折など致命的な怪我を負わずに済んだ。


「大丈夫なの、ハヤト!?」


 必死の形相で宙に浮く妖精を真下から見る。

 赤いドレスの中――下着が見えそうな位置に浮く妖精だが、それに欲情する余裕もなければ、『見えてる』と指摘する暇はない。


「も、問題ない……」


 痛む体を酷使する。

 手足や首などの具合を確かめ、スケルトンソルジャーが居る方向に視線を向ける。


「カタカタ……」


 うっとおしい音を鳴らし続けるスケルトンソルジャーは、盾を構えながらジリジリと近づく。


 直ぐに攻撃して来ないのかよ……まぁ、来ないなら、来ないで、色々と策を考える余裕が出来るから良いんだけど――そう考えながらスケルトンソルジャーとの距離をキープする。


「ハヤトだけ危険を冒させる積りは無いわよ!!」


 そう言いながら俺の肩に立つ妖精は、スケルトンソルジャーを睨んでおり、次に仕掛ける時は『私も参加する』との意思表示に見えた。


「攻撃魔法とか使えるのか?」

「使えないわよ! けど、私にはフェアリーブレイカ―があるわッ!!」

「……気持ちだけ受け取っておこう」

「ちょっと! どういう意味よ! 言いたい事があるなら私の目をしっかりと見なさいよ!!」


 フェアリーブレイカ―の威力を知っている俺からすれば、邪魔者同然のポンコツ妖精なんだけど……。

 あと妖精破壊フェアリーブレイカ―って、妖精が使う技名としてどうなのよ……?


「ぶー!! だったらなにか良いアイデアでもあるの!?」

「それを言われるとなぁ……。せめて回復魔法でもあれば、多少は危険を冒す覚悟を持てるんだけど……使えるか?」

「分かんないわよ、記憶喪失だから。攻撃魔法もそうなんだけど、使えそうな気が全くない……あ、でも、強化魔法は使えるわよ」


 妖精と作戦を練り続ける俺は、スケルトンソルジャーとの距離を保ち続ける。


「オーバースピードは優秀だけど、速さだけ強化されても勝てねぇんだよ」

「だったらもう一種類掛けてみる……? 正直使えるかどうかは、私自身も半信半疑なんだけど」


 頼むから断言してくれ――そう言いたいけど、記憶喪失だから仕方がない……はぁ。やるだけやってみるか。


「……やってくれ」

「分かったわ、ハヤト!!」


 強化魔法の支援を受けた妖精は、俺の肩から斜め上に移動し、透き通った声で詠唱を始める。


「紅の妖精が告げる。大地を砕く膂力を彼の者に与えたまえ――」

「カタカタ……!?」


 妖精の強化魔法が行使される瞬間、弾かれるように突撃してくるスケルトンソルジャーは、俺との距離を急速に縮めていく。

 そんなスケルトンソルジャーの行動は、強化魔法の妨害目的であるのは理解できた。


「ハイパワー!!」

「カタ!!」


 強化魔法の呪文名を耳にするのと同時に、スケルトンソルジャーの袈裟切りのアクションを目にした。


 ま、間に合え――!!


 心の中で叫ぶ俺は、金槌で迎え撃とうとする。


 ガキン!!


 金属同士がぶつかり合った音。

 それはスケルトンソルジャーの一撃を、金槌で受け止めた時に生じた音であり、鍔迫り合う形で迎撃に成功した音でもあった。


「ギリギリセーフだったな……」


 ニヤリと表情を浮かべる。

 その足元には妖精の強化魔法『ハイパワー』の魔方陣が描かれていた。


 オーバースピードの時は『爽やかな風』だったけど、ハイパワーの場合は『赤い粒子』なんだな……。

 それも俺の体の奥に染み渡っていく――うん、凄まじい力が湧き出て来るぜッ!!


「やっちゃえ!! ハヤト!!」

「言われるまでもねぇッ!!」


 妖精の声援を受けた俺は、鍔迫り合うスケルトンソルジャーに向けて足を蹴り上げる。

 それは零距離からのヤクザキックであり、スケルトンソルジャーの核を破壊する必殺技であるが――


「チィ……盾で防ぎやがったか……だが、隙だらけだぜッ!!」


 ヤクザキックの威力に負ける形で、後ろに下がるスケルトンソルジャー。

 そんな姿を憎らしげに見つめる俺は、攻撃を仕掛けるチャンスだと確信し、更なる攻撃を仕掛ようとする。


「オラオラオラオラオラ!!」


 盾を構えるスケルトンソルジャーに金槌で滅多打ちにする。


 ガン、ガン、ガン、ガン、ガン……。


 五回以上の衝突音が耳を打つ。

 しかしスケルトンソルジャーの弱点である核を傷つける事は出来なかった。

 何故なら俺の攻撃は盾で防がれてしまったからである。


「だったら、こうするまでだッ!!」


 効果がない連続攻撃を諦めた俺は、腰を地面スレスレに落とし、スケルトンソルジャーの足を目がけて蹴飛ばす。


 ガシャン!!


 俺の足払いを受けたスケルトンソルジャーは、盾を構えたまま仰向けに倒れた。

 それも得物を落とすと言った、致命的なミスを犯した状態で。


 チャンスだ……!

 得物を落としたスケルトンソルジャーが仰向けに倒れてる――そんな絶好なタイミング、逃す訳がねぇだろッ!!


「オラァ……!!」


 倒れているスケルトンソルジャーの胸に目がけて足を踏みつける。


 ドン!!


 固い物体を踏みつけた感覚を覚えた。スケルトンソルジャーの盾を踏んだからである。

 それでも俺は盾の裏側にある核を目がけて何度も踏つける。


 ドン、ドン、ドン……。


 踏みつける度に盾が胸の中にめり込んでいく。

 だが核を仕留めた手応えを感じない。


「し、しぶとい……!!」


 盾がスケルトンソルジャーの胸の中に埋没した。

 そんな哀れな姿を作り出した俺は、致命傷を負わせていない事に焦りを持ち始めた。


「カタカタ……!!」


 骨を鳴らしながら必死に抵抗するスケルトンソルジャーは、落とした剣を手探りで拾おうとしている。


「私に任せて!!」


 俺の顔を横切る妖精。

 スケルトンソルジャーの落とした剣の元に移動し、力いっぱいで剣を引きずろうとする。


「ふんぬぅぅぅぅ……!!」


 顔を真っ赤にする妖精は、スケルトンソルジャーから剣を遠ざけていく。


「ナイスアシストだ、妖精!!」


 妖精に絶賛の声を上げながら、片足を大き振り上げる。『かかと落とし』の構えだ。

 そして――


「経験値になりやがれ!!」


 スケルトンソルジャーの胸を狙って『かかと落とし』を放つ。


 ドオォォォォン!!


 妖精の強化魔法『ハイパワー』で底上げした一撃は、普通ではあり得ない攻撃音を響かせた。

 また『かかと落とし』を直撃した盾は、真っ二つに割れており、その奥にある核も砕かれているのが確認できたのである。


「やったのか……お、スケルトンソルジャーが消えていく……って事は、倒したんだよな……。はぁ、マジで危なかったぜ……」

「やったー、やったー、私とハヤトの共同作業は大成功に終わったわよ!!」


 消えてゆくスケルトンソルジャーの死骸を見つめる俺と、笑顔で宙を舞う妖精。

 それと神使の念話が聞こえ始める。


『経験値を45獲得しました。GPを20獲得しました』


 獲得経験値メッチャ高いなぁ……!!

 スケルトンソルジャーなんて強敵を倒した甲斐があるぜ、ホント……!!

 つーか、こんだけ手に入れたらレベル上がるんじゃね?


『テレッテッテー』


 Lvアップ音の福音が聞こえて来た。


 これでLv4か……!

 初日でこれだけ上がるのは凄い方だと思う――うん、我ながらよく頑張ったぜ!!


「見て、見て、この舞……! 強敵を倒したハヤトを称える舞よ……うぐ、め、目が回って、は、吐きそう……うっぷ」

「さて、帰るとするかー」


 錐揉みしながら高度を徐々に下がっていく妖精。

 そんなアホを無視するように立ち去る俺だったが――


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……!! 戦闘が終わったら私に名前を……うぇ、……ご、ゴメン、ちょっと待ってくれる……」


 ズボンの裾を掴む妖精。その顔は真っ青である――って、オイ! ホントに吐くんじゃねぇぞ! マジで吐いたら見捨てるからな!!


『少しよろしいですか、マスター』


 不意に神使の念話が聞こえて来た。

 吐き気に格闘する妖精には聞こえない念話であり、俺にだけ思念でのやり取りが可能な言葉である。


 何か気になる事があるのか?


『妖精の事です。マスターは妖精に名づけをするつもりですか?』


 まぁな……。

 約束した事もそうだけど、妖精の強化魔法は有効だと証明された。 神使は反対なのか?


『肯定。妖精の存在を確認されたのは今回が初めてであり、今後の推移を読み取るのが困難です。それでもマスターは妖精を名づけ――ひいては仲間に加えるのですか?』


 仲間と言うと、気恥ずかしいなぁ……まぁ、そのつもりだよ。


『そうですか……。マスターの決定なら私はこれ以上異論を挟みません。ですが何が起きても良いように、警戒をより一層強める事を勧めます。それと――』


 うん? まだ何かあるのか?


『友達がいない事に悩んでいたマスターに、ようやく春が訪れたみたいですね』


 やかましい……!!

 あと、『友達』じゃなくて『仲間』だ!! 間違えんじゃねぇよ!!


『そういう事にしておきましょう……。それでどんな名前を考えているのですか? ちょうど妖精の具合が良くなったみたいですが』


 神使の指摘を受けた俺は、妖精の顔をじっと見つめる。


「な、なによ……。言っておくけど、私はまだ吐いてないからね! 美少女妖精の私が吐瀉物をぶちまけるほど、まだ落ちぶれていないわよ!!」

「それは良かった……。もし吐いたらお前の名前は『ゲロゲロ』にしようかと本気で思ったぞ」

「そんな名前を付けたら私の必殺技フェアリーブレイカ―が炸裂するわよ!!」


 しょぼい制裁だな……。

 とは言え、どんな名前にしよう?

 妖精に縁がある名前と言ったら、『フェアリー』、『ピクシー』、『シルキー』、『グレムリン』などを思い浮かべるが……あ、そう言えば『ティターニア』もあったなぁ。

 けど、ポンコツ妖精に『ティターニア』は名前負けじゃねぇかな? ティターニアって妖精の女王だろうし……なら、そこから文字を取ればいいんじゃね?


「ニア……はどうかな?」

「う~~~~~~ん…………」


 目をつむりながら唸る妖精。

 それは不満げを表しているように見えるが、口角を上げているのがよく分かった。


「一応言っておくが、名前の由来は妖精の女王である『ティターニア』からだぞ」

「ふ~~~~~~ん…………」


 朗らかな笑顔で素っ気なさを演じる妖精。


「嫌そうだな……うん、ゲロゲロで決定だな」

「ごめんなさい! ゆるして! ゲロゲロは勘弁してください!!」


 瞬時に土下座をする妖精。そのモーションは無駄がなく、鮮やかだった。


「なら『ニア』で決定だな」

「勿論よ、ハヤト!!」

「そんじゃ、そろそろ移動を開始するぞ」

「うん!!」


 記憶喪失の妖精に名前を付けた俺は、ニアと一緒にこの場から立ち去るのであった。

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