十四話 休息
記憶喪失のポンコツ妖精であるニアを仲間に加えた俺達は、今居るダンジョンの出入り口に戻った。
戻った理由はダンジョン探索に疲れたので、家に帰ろうと思ったからである。
しかし現在の時刻は十九時を過ぎており、夜道を歩く勇気はなかった。
異界浸食される前の首都圏なら問題ないが、今はモンスターが
そんな訳で俺、ニア、ついでに神使を含むパーティは、ダンジョン内で一夜を明かす事に決めたのである。
「ねぇ、ハヤト。ここで寝泊りするって本気で言ってるの? スケルトン系のモンスターが出没するのに……」
「安心しろよ。この八百万の神が作り上げた一品――『寝袋』があれば安全に過ごせるんだ」
出入り口である巨大なクリスタルから少し離れた通路の隅っこ。
そこはガチャの景品である『寝袋』を隠しておいた場所であり、ここで一泊を過ごすつもりであった。
しかしモンスターが怖いのか、考えを改めるように苦言するニア。
そんなニアを『寝袋』――緑の巨大な芋虫にも見えるマジックアイテムの効果を説明している、それが今の現状である。
寝袋、盗まれなくてよかったな……。
持ち運びが面倒だから通路の隅に隠していたんだけど、今思えば盗られても文句を言える筋ではないんだよなぁ……けど、ホントに盗られなくてよかったぜ!
「それで私の寝袋は?」
「……鞄の中はどうだ?」
寝袋が一つしかない事実に、俺はボストン型の学生鞄を勧めた。20センチ未満の妖精にはピッタリのサイズだと思っての判断である。
「この鞄も寝袋みたいに特殊な効果を持っているの?」
「いや、ごく普通の鞄だけど……」
高校入学から一年と数ヵ月だけ使用している学生鞄であり、ごく有り触れた素材で作られた鞄だ。
もちろん八百万の神が作り上げたマジックアイテムでなければ、倒したモンスターからのドロップアイテムでもない。
「……喧嘩売ってんの?」
「仕方ねぇだろ、一個しかないんだから……。それに小柄のニアが使うにはもったいないと思わないか?」
「だからって鞄の中は酷いと思わないの! 虐待よ!! 友達をこんな扱いして心を痛めないの!! この鬼畜!!」
「うるせーな……。だったら何か良い案でもあるのかよ?」
夜道を強行突破するのは絶対に嫌だし、寝袋を明け渡すのはもっと嫌だぞ!!
「……私と一緒に使うとか?」
「言ってて恥ずかしくないのか、お前は……」
とは言え、ニアの提案が一番現実的なんだよなぁ。
モンスターから無事に明日を迎える方法は、無敵状態になる寝袋を二人一緒に使用する――それがベストな選択なんだけどさ。
「何よー! 美少女妖精と同衾出来るチャンスを不意にするっていうの!? このヘタレ!!」
「誰がヘタレだ、このポンコツ妖精。つーか、俺と一緒に寝たとしよう。そんで寝ている途中、俺が寝返りを打ったらどうするんだ?」
「そんなのハヤトが気をつければ良いでしょ!! はい、決定! もう議論は終わりよ! それでもう寝るの? それともご飯にするの? それとも……わ・た・し、って、キャー!!」
「はぁ……」
顔を赤くしながら宙をくるくる回るニア。それを冷めた目つきでため息をつく俺。
すると空腹のサインに似た『ぐう~』と音が聞こえて来た。
「……」
無言であっちこっち彷徨うニア。その動きはギクシャクしているのがよく分かった。
「小さい体なのに凄い音だな」
「ちょっとー!! ここは気が付かないフリをしなさいよ!! 乙女である私を傷つけないよう、配慮するのが男の役割なんでしょ!!」
「あー、はいはい。それで腹減ったのか?」
耳元で怒鳴るニアを適当に受け応えする俺は、学生鞄から複数のお菓子と飲み物を取り出す。
のり塩のポテトチップス、チョコクッキー、グミ、緑茶、ミネラルウォーター。それらをシートの代わり――寝袋の上に並べた。
「……なによ、これ?」
「しょっぱい物から甘い物のお菓子と、飲料物が入ったペットボトルだ」
並べられたお菓子と飲み物に疑問を浮かべるニア。そんな様子を見ながらチョコクッキーのパッケージを開け、中身をニアの前に差し出した。
「毒じゃないわよね……。匂いからして甘い食べ物みたいだけど……(じゅるりっ)」
「好き嫌いするなら俺が全部食うぞ」
「食べないと言ってないわよ……い、いただきます……」
恐る恐るチョコクッキーを口にするニア。
「……ッ!?」
「美味いだろ、ニア。このチョコクッキーは俺の一推しだから、ゆっくりと味わって食え」
俺の一推しのチョコクッキー。
それは帆船が描かれたチョコレートと、ダイジェスティブビスケットが組み合わせたチョコクッキーである。
大きさは一口サイズで、それよりも大きいサイズも存在するが、俺はこの一口サイズが最高だと確信しているのだ。
「……もっと食べてもいい?」
「いいけど……二つも食べて大丈夫なのか?」
一口サイズのチョコクッキーだが、20センチにも満たないニアから見れば、超弩級のチョコクッキーに見えるはずなんだけど……。
「平気よ! むしろ今食べないと絶対に後悔するから!!」
「そ、そうか……。なら箱ごとやるから腹いっぱいに食えよ――って言っても全部は食えないだろうけどな」
軽い気持ちでチョコクッキー(箱ごと)をニアに手渡す――っと、持てるかな? 軽いお菓子とは言え、妖精が持ち運ぶには無理じゃね? そう思っていたが、それは杞憂に終わった。
何故ならひったくるように奪われたからである。
そしてチョコクッキーを貪るように食べるニアの姿を目にした。
「……(もぐもぐもぐもぐ)」
小さな両手でチョコクッキーを掴み、それを一心不乱に食べ続ける……リスだな。それも頬を膨らましながら食べる姿は、十人中十人がリスを思い浮かべる事間違いなしだ。
「……あげないわよ」
「とらないから安心しろ。それと飲み物いるか? 甘いもの食ったらサッパリするのが欲しいだろ」
緑茶が入ったペットボトルをニアに差し出す。もちろんキャップを外した状態で。
「気が利くわね……なら、甘える事にするわ(ごくごく……)」
緑茶をラッパ飲みするニア。
直径一センチにも満たない口なのに、一滴も零すことなく胃の中に流し込まれてゆく。
「(ごくごくごくごく……)」
飲み続けるニアの音が聞こえる度、500mlのペットボトルの中身が減っていき、気が付けば半分近くが消費していった。
う、嘘だろ……!?
八分の一サイズのフィギュアと同じ体格を持つニアの胃は、ブラックホールでも飼っているのかよ……!!
「ぷはー。この苦さ、結構癖になるわね!」
ビールを飲み干した親父のような感想を漏らすニア。その手には空っぽのペットボトルを持っていた。
「……(もぐもぐもぐもぐ)」
「まだ食うのかよ!!」
ポテトチップスを開けながらニアに苦言を吐く俺。
ニアにチョコクッキーを勧めたのは間違いだったかなぁ……まぁ、いいや。俺はこのポテトチップスとミネラルウォーターだけで済まそうかな? あとグミもチョイチョイ食って寝るか。
「……(じー)」
「……(バリバリバリ)」
気にするな、俺……。
ニアの両目がポテトチップスにロックオンしていても、気にしてはいけない。何故ならニアの両目からは『欲しい』と物語っているからだ。
「……(じー)」
「(ごくごくごくごく……)」
ミネラルウォーターを飲み続ける俺の顔を覗くニア。
う、うぐぐぐぐ……や、止めろ……俺の顔を見るな……ふ、吹き出し――
「――ブホッ!!」
「きゃー!!」
睨めっこに負けた俺は、唾液の混じったミネラルウォーターをニアにぶっかけてしまった。
「げほ、ごほ……」
「め、目に……ッ!! 目に水がブッシャ―と……!!」
「めんご、めんご」
けど、お前も非があるからな――と口にしたいが、それは止めておいた。
「謝るくらいなら食い物寄越しなさいよ!! あと濡れた服をどうにかしてよ!!」
「服はともかく、まだ食い足りないのかよ!?」
ニアの要求に呆れる俺は、壁に掛けられた松明を手に取る。それは石の通路を照らす無数の松明の一つである。
「この松明に当たってれば乾くだろ」
「ふぉ~~~~あったか~~~~いいぃぃ……!!」
寝袋に火が移らないよう少し離れて置いた松明。その熱源に全身を浴びるように仁王立ちするニア。
今の季節は真夏だけど、ダンジョン内部は涼しいから、暑苦しくはないだろう……けど、少し離れた方がいいんじゃね? お前のドレスに燃え移ったら確実に死ねるぞ。
「食い物は?」
「マジで食うのかよ……はぁ、ちょっと待てろ」
渋々と言った表情をしながら学生鞄の中身を漁る。
貴重な食料を浪費したくないんだよなぁ……。
だから俺が食べたくないモノを――って事で、このハンカチに包まれた骨煎餅を取り出す。
「茶色のゴミ?」
「このタイミングでゴミを出す訳ないだろ。正真正銘食べ物で、『骨煎餅』と呼ばれるお菓子だ」
スケルトンのドロップアイテムだと言う事実は、ニアにとって刺激的だから明かさないで置こう。そんな偽善を心に秘める俺は、香ばしい匂いを出す骨煎餅をニアに手渡した。
「ホネセンベイ……ねぇ……どれどれ……」
未知なる物を確かめるように匂いを嗅ぐニア、そしてゆっくりと口にし始める。
ポリポリ、ゴックン……。
骨煎餅を咀嚼する音、そして喉を通過する音が聞こえた。
「美味しいわね、これ……でも、最初に食べたやつの方が美味しいわよ」
骨煎餅よりチョコクッキーが良い。そう文句を言うニアだが、幸せそうな顔で骨煎餅を齧り続ける。
「お気に召してなによりだよ。さて俺はこのキノコでも食うか」
初めて倒したモンスター『ヒトカミダケ』のドロップアイテムであるキノコを鞄から取り出した。
神使からは『美味しい』と評していたな。
それも炭火焼が絶品だとか……なら、松明の火で焼くとするか。
「あ、塩ねぇし……まぁ、いっか。今は腹ごしらえが最優先だし」
キノコを片手に持つ俺は、松明の火に近づく――って、どうやって焼けばいいんだ? 竹串とか持ってないし、フライパンなんて便利な調理器具を持ち込んでないんだけど……。
「なぁ、ニア」
「なによ、ハヤト。(ポリポリ)このキノコも私にくれるの?(ポリポリ)」
「そんな訳ないだろ。ちょっと頼み――ってか、出来るかどうかの話なんだけどさ」
「出来るかどうかって?(ポリポリ)」
「見りゃ分かるんだけどさ、このキノコを焼きたいんだよ。けど竹串とかないから、魔法で浮かばすとか出来るか?」
「う~ん……。(ポリポリ)ちょっと待って。(ポリポリ、ゴクン……)」
調理器具がないなら、ニアの魔法でなんとかしよう。
そんな思惑でニアと会話していたが、丁度骨煎餅を食べ終えたようだ。
ホントどうなってんの、お前の胃の中は……?
あと細い体が横にも前後にも膨らまないって、物理法則を無視しすぎだろ……。
「やってみるけど、期待しないでね! む、むむむ……」
ニアは両手を突きだし何かを念じるような声を漏らした。
すると片手に持つキノコがフワリと浮かび上がり、ヨロヨロと不安定な動きをしながら松明の火元に近づく。
「便利だなー魔法って……ああ、そこだ。そこで停止してくれ」
「わ、分かったわ……。それと少し黙っててくれる……。この魔法……コントロールが難しい……」
両手を突き出すニアは苦悶の表情を浮かべている。
相当難しい操作みたいだな。
ニアの脂汗を流している事もそうだが、松明の火元の上に浮くキノコの様子が変だぞ。
上下に揺れるだけなら問題視しないけど、残像を残すレベルの振動は、流石の俺でも肝を冷やすんだけど……あと、何故か回転し始めやがった。
「ぬ、ぬぬぬ……こ、これ以上はキツイ……けど、友達の為よ!」
「……心意気は買うんだけど、ホントに大丈夫なのか? ニアの事もそうだけどキノコを失うのは勘弁して欲し『パァァァァン!!』」
唐突にキノコが爆発四散した。
それもニアとキノコの心配をする俺の言葉を遮る形で。
「「…………」」
俺とニアの間に気まずい空気が流れる。
『友達の力になりたい』そんなニアの行動が、木端微塵に爆散と言う誰も得しない結末を生んだからだ。
「ちょっと加減を間違えちゃった……テヘ☆」
舌を出しながらウィンクするニアは、とにかく笑って誤魔化そうとしているのが分かった――って、ふざけんなぁぁぁぁ……!!
「お前のせいじゃないのは理解できるが、この結果はあんまりだよ、畜生……!! あと俺の『テヘ☆』を真似すんじゃねぇ、腹立つ!!」
「めんご、めんご」
喧嘩売ってんのか、お前は……!!
俺の『テヘ☆』もそうだが、心の籠ってない謝罪をするなんて、いい度胸だな!!
『マスターが言うセリフではありませんし、ニアの『テヘ☆』の方がマスターの100倍似合ってますが』
青筋を立てる俺の脳内に神使の念話が伝わった。
契約者の味方を自称するお前が、なんで俺をディスるんだよ!!
「怖い顔しないでよ、ハヤト。これあげるから、許して」
「俺の差し出したチョコクッキーでチャラにするって、どうなのよ……」
チョコクッキー一枚で謝罪を済まそうとするニア。その姿勢に呆れ果てる俺だが、取り敢えず受け取っておくことにした。
そして10分が経過した頃。
俺とニアのお菓子パーティは終了し、明日を迎える準備に取り掛かる。ゴミを鞄に入れたり、寝袋の位置調整をするだけだ。
「本気で俺の上に寝るのかよ……」
「仕方ないでしょ。寝袋が一個しかないんだし……あ、エッチなことしたら、絶交だからね!」
寝言は寝て言えよ……。
同年代で同じ人類の女性ならまだしも、妖精のお前に欲情を抱くなんて、天地がひっくり返ってもあり得ねぇんだけど――っと、寝袋の位置はここでいいだろ。
あと所持品が詰まった鞄は枕代わりに使った方が良いかな? 盗まれたら困るし……。
「準備出来たぞ、ニア」
「分かった」
寝袋に入った俺はニアを呼ぶ、するとニアは俺が入っている寝袋の中に頭から入ろうとする。
「よいしょ、よいしょ……」
俺の胸の上で方向転換するニア。
しばらくするとニアが、『ぷはっ』と水泳の息継ぎをするかのように顔を出してきた。
「うん……。思ったより悪くないわね。動きづらいのが難点だけど、明日の朝までの辛抱だし」
「お前は良くても俺の方が問題アリまくりだけどな……。こっちは寝返りを打てないんだから、感謝しろよ」
「分かってるわよ。この恩は絶対に忘れたりしないから」
「なら良いんだけど――さて、寝るか。お休み、ニア」
「お休み、ハヤト」
モンスターが徘徊しているダンジョン内で一泊する。
それは危険極まりない行為ではあるが、八百万の神が作り上げたマジックアイテム『寝袋』の効果を信じる事にした。
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