十話 妖精
初めて出会った『妖精』の姿は、やはりと言うべきかファンタジー小説に登場するイメージにピッタリであった。
「キャッホー!!」
狭い宝箱から解放された妖精は、喜びに満ちた笑みを浮かべながら、俺の頭上を飛び回っている。
透き通るような金髪と、海より蒼い瞳。それと深紅のドレスからの美しい
「ありがとー、ありがとー、お礼に喜びの舞を披露してあげるわ!」
腰まで伸ばした金髪と、裾の長い深紅のドレスを翻しながら宙を舞い踊る妖精。ちらり、ちらり、と鮮血のような赤い髪飾りから、光が反射しているように見えた。
「ねぇ、ねぇ、ねぇってばー、どう、どう? 私のワルツ! 即席にしては上手くできてる方でしょ!!」
妖精――フェアリーと呼ばれる存在は、主に西洋の伝説に登場する架空の生物で、人間と神の中間的な存在である。
そんな妖精の立ち振る舞いは、天真爛漫、純粋無垢、のそれであり、高尚な存在とは縁遠いような雰囲気を隠そうとしていない。
「ぶー、ぶー、なんか、感想言いなさいよ! こ、こんなに……あ、目、目が……回る……気持ち悪っ……おぇっ」
20センチにも満たない小さな妖精は、
「うぐ……あ、ちょっと待って……は、吐きそう……」
シーフの職業スキルである『鍵開け』によって、宝箱から解放された妖精の顔は、十人中十人が『美少女』と評する顔立ちだ。
しかし今の妖精は、酔っぱらいのおっさんがゲロを吐くレベルの酷い絵づらである。
うわぁ……。
俺の『鍵開け』で宝箱を開けた瞬間は、神々しいオーラを持った絶世の美女だと思ったけど、撤回するわ……。
何故なら、宝箱から脱出した妖精が取った行動は、幼い少女のような振る舞いの上、最後は致命的とも言える痴態を現在進行形で行われようとしているからな……うん、残念すぎる。
宝箱から解放された喜びに感謝の舞を演じた妖精。その結果、美少女にあるまじき
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「気分はどうだ?」
「うん……なんとか……」
ファーストコンタクトを果たしてから10分後。
俺は妖精に声を掛けると、気分爽快とは言えない表情を見せてきた。
「そうか……なら、俺は帰るぞ」
「えっ……って、ちょっと待ってよ!」
踵を返そうとする俺の耳に、妖精の引き留める声が届いた。
「宝箱に囚われていた美少女を前に、立ち去ろうとするなんて頭おかしいんじゃないの! ここは『大丈夫か?』とか、なにか言葉があるでしょ!!」
「そう言われてもな……じゃあ、何で宝箱の中にいたんだ?」
「知らないわよ! 気づいたらあの箱――宝箱の中に居たのッ!! 怖いと思うでしょ! 目が覚めたら真っ暗だし、移動しようと思ったら狭い空間なのよ!!」
「それはまたご愁傷さまでした……で、宝箱に囚われる前後は、どんな感じだったんだ? 全く知らない事はないんだろ?」
「前後ね……えーと、前後……」
サラサラの金髪に手を当てながら思案し続ける妖精。その口には『う~ん、う~ん……』と呟いていた。
「……あれ? 前後についてサッパリ思い出せないんだけど……。一番最後の記憶が、宝箱の中……あ、あれ?」
なんだろう……。
トラブルの予感がヒシヒシ感じて来たんだけど……。
宝箱に囚われる前後の記憶がない上に、一番最後の記憶が宝箱の中――って、どう見ても厄介事じゃね?
「……私、記憶喪失かも」
首を傾げながら目をキョトンとする妖精。その姿は悲壮感と言う空気を一欠けらも感じられなかった。
「さて、帰るか」
「わー、ちょっと待って! 待ってくださいよ! もう少し真剣に思い出しますから!」
本気でこの場から去ろうとする俺。その足に必死で抱きしめる妖精。
「危ねぇから止めろ……! 俺とお前の体格差を考えると、怪我では済まねぇぞ!」
「嫌よ……! 離したら私を捨てるんでしょ! こんな記憶があやふやな女を『面倒くさい』、ってゴミの様に捨てるんでしょ!!」
「お前は別れ話を拗れた元カノかッ!!」
この世に生を受けて17年と数か月――一人も彼女が出来た事のない俺に、このイベントは何事だよ……!
せめて本物の彼女から『貴方を殺して私も死ぬ』と言わせてやりてぇよ、畜生!!
「お願いだから、ホントに見捨てないで! 同じ妖精仲間でしょ!!」
「誰が妖精だ! 俺は翅を持たないどころか、小人じゃないだろ!」
「え……!? あ、ホントだ……!?」
俺の言葉にショックを受ける妖精の目は、『嘘でしょ、信じられない』と語っているように見えた。
「そんな……は、翅がない妖精がいたなんて……。なんて可哀想なの。空を飛ぶ喜びを一生味わえないなんて、残酷すぎるわよ……」
「憐れむな! 俺の種族は、『陸』『海』『空』そして『宇宙』まで進出したホモ・サピエンス――人間だぞ!」
「ニンゲンって何よ! 聞いたことない種族名なんだけど……あ、さては私をからかっているのよね! 面倒な女を体よく突き放そうと画策してるのよね!!」
「違うわッ!! 正真正銘、人間なんだよ!! 逆に聞くけど、俺の種族に心当たりあるのか! ねぇだろ!!」
「うっ……で、でも翅のない巨人なんて見た事も、聞いた事もないわよ!」
「そうかよ……だったら、暫定でもいいから俺は『人間』という事にしておけ!」
「わ、分かったわよ……」
俺と妖精の小さな口論は、妖精の敗北で終わったかの様に見えたが――
「でも、ニンゲンだからって私を見捨てる理由にはならないわよね!!」
消えかけた火種に、ガソリンを注ぐ妖精。
「頼むから、諦めてくれ! 俺は記憶喪失のお前の面倒を見たくないんだよ!!」
「ちょっと! まだ記憶喪失だと、決めつけないでよ!」
「じゃあ、自分の名前を言えるのか!」
「い、言えるわよ……! ええ、言ってやろうじゃないのよ! わ、私のな、名前は……」
チラチラ辺りを見渡す妖精。その様子を見逃す俺ではなかった。
「イシよ! 私の名前はイシ!」
「もう少し頑張って捻れよッ!! どんな突飛な名前が飛び出してくるか、少し期待しちまったじゃねぇか!!」
周囲に石しかないからって、『イシ』は安直すぎるだろ!
せめてストーンとか、ロックなど外国語で名乗れよ!
「ほ、本名よ……! な、何をこ、根拠に偽名だというのかしら……そ、想像力が豊かすぎるんじゃないの……」
「そのセリフは俺の目を真っ直ぐ見てから言えよ」
「うるさいわね! 私の名前なんか、どうだっていいでしょ! 大事なのは私を『保護』する事なんだから!」
「だから嫌だって、言っているだろ! 俺一人で生きていくのに精一杯なのに、お荷物を抱える余裕はないんだぞ!」
異界浸食によって社会インフラが壊滅的状況なのに、『妖精』と言った不確定要素を身近に置きたくないんだよ!
「じゃあ、仲間になってよ……あ、そう言えば、私を助けてくれたら『友達になってあげる』って、言ったわね……うん。なら私と友達になってあげるわ!!」
「謹んでお断りします」
薄い胸を手を当てながドヤ顔をする妖精に、間髪入れずに『お断り』の意を伝えた。
「何でよ! こんな美少女と仲良くなれる絶好のチャンスなのに!」
「俺の命を天秤に掛ければ、断るのは自然だろ。それに友達……仲間でもいいけど、お前は俺に対して何か出来るのか? 例えば魔法を使えるとか……」
妖精と言えば『魔法』。
特にゲームなど二次元を愛する俺にとって、『妖精』のイメージは、宙を優雅に舞い、魔法を自在に操る。
そんなテンプレを思い浮かべた俺は、魔法を使えるのなら仲間にしても良いだろう――そんな打算を心中に秘めていた。
「魔法って……私は妖精だから使えるの当たり前じゃないのよ……。貴方だって魔法使えるんでしょ?」
「使えないけど」
呆れた目つきをする妖精に、真顔で答える俺。
「……冗談でしょ?」
「いや、ガチで使えないぞ」
「そ、そうなんだ……。翅を持たない巨人どころか、魔法を使えない妖精が存在するなんて……」
小さな手で俺の肩をそっと触れる妖精。その目は薄らと光る水滴が見えた気がした。
「だから俺は妖精じゃないって言っているだろ……! いい加減にしないと本気で怒るぞ!」
「大丈夫よ……。貴方の気持ちはよーく分かるわ。記憶喪失の私が言うのもなんだけど……強く生きて」
「話を聞け、馬鹿妖精! それと記憶喪失を認めやがったな!」
「ええ、そうよ。私は記憶喪失だけど、魔法を使えない貴方を手助けする事は出来るわ――うん、私が貴方を護ってあげるわ!! それに友達になると約束したもんね!!」
花が咲くような笑顔で答える妖精。
なんで俺は記憶喪失の妖精に気を使われているんだ……!
それも保護を求めていた妖精なのに、何故か俺を助けてあげると宣言する……切れていいか?
俺をコケにした上に、憐れむとは、ガチでブチ切れしてもいいよな!!
『少しは冷静になってはどうでしょうか、マスター』
今まで沈黙していたスマホ――神使が、俺の目の前に現れた。
「も、モンスターッ!?」
「なにッ!? どこにいるんだ!?」
不意に声を荒げる妖精と、周囲を見渡す俺。
クソッ……!
妖精と言い争いをしていたせいで、周囲の警戒を怠ってしまった!
「ちょっと、どこ見てるのよ! 貴方のすぐ横に居るわよ! 早くこの場――ううん。私の後ろに下がって!!」
俺の手――ではなく、ワイシャツの袖を引っ張る妖精。それに釣られるように足を運ぶ俺。また俺と契約している
「私の友達に危害を加えさせないわよ!!」
やる気満々の妖精が、俺と神使の間に割った。
それも俺の神使をモンスターだと勘違いする形である。
お前、モンスターだったのか……?
『悪ふざけのつもりでしたら、契約破棄も検討せざるを得ません。それでもよろしいのですか、マスター』
俺の思考を読み取った神使は、妖精の耳に入らない念話が返ってきた。
冗談だから、本気にしないでくれ……。
『でしたら、早く誤解を解いてください』
分かってる――そう念じたと同じタイミングで、妖精に誤解を解こうと声を掛けようとするが、一足早く妖精の言葉を発してくる。
「私から離れて! このモンスターは私が始末をつけるから!」
「えっ……ああ、分かった」
妖精の気迫に押された俺は、そこから更に距離を取る――って、駄目だろ!
俺は妖精の勘違いを正さなければいけないのにッ!!
「ちょっと待ってく「心配しないで!」い、いやちょっと待「安心して!」」
俺のセリフを悉く邪魔する妖精の声は、やる気に満ちているように感じた。
「私は魔法を使える妖精よ! 私とモンスターの戦いの結果を知れば、友達になってよかったと思い知らせてあげるわ!!」
ファイテングポーズを決める妖精の目は、爛々と輝いているように見える。
止めるの心苦しいんだけど……!
モンスターだと盛大に勘違いした事もそうだけど、俺に友達としての活躍を見せつけたい。
そんな粋を無碍にするような真似をしたくない……なら、ここは見守るしかないんじゃね?
色々と諦めた俺は、神使と妖精の決闘を静かに見守る事にしたのであった。
『あの、マスター……。妖精と私の戦いの火蓋を切られようとしているのですが……』
スマン、頑張ってくれ。
そして、それしか言えない俺を許してくれ。
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