九話 宝箱

 灰色の石材で構成されたダンジョンに入ってから二時間が経過した現在。

 シーフの職業を持つ俺は、そこそこ広そうな空間内で、二体のスケルトン(A、Bと区別)と殺陣たてを繰り広げていた。


「――そこだ!?」


 掛け声と共に、金槌を振るう。その軌道はスケルトンAの胸に向かっていく。


 バキン!?


 スケルトンAの胸から石が砕け散る音が聞こえた。

 しばらくすると、神使から『経験値が~』と聞こえたので、次のターゲットに意識を向ける。


 弱いな……。

 ダンジョンに迷い込んだ時には、『さっさと脱出しよう』なんて弱音を吐いた自分が、馬鹿らしいぐらいに弱すぎる……。


 そんな事を考えていると、スケルトンBが『突き』の構えをする。


「それとも俺が強くなり過ぎたのかな? Lv上がったばかりだし――おっと」


 余裕の態度でスケルトンBの攻撃を避ける。それと同時に足を引っ掛けて転ばせた。


「さて、止めを刺させてもらうぜ!」


 勝利宣言を口にし、渾身の力で金槌を振るう。その鈍器はスケルトンの弱点である『紫色の石』に吸い込まれていく。


 バキン!?


 スケルトンの断末魔と言うべき音が、俺の耳を打った。


『経験値を8獲得しました。GPを2獲得しました』


 モンスターが死亡したサインでもあるメッセージ。それを確認した俺は、戦闘態勢を解いた。


 これで十体目か……。

 戦闘系の職業じゃない俺が、十体のスケルトンを倒せるとは思わなかったぜ。


「Lv上げの狩場に良さそうだな、ここは――っと、ドロップアイテムか」


 先ほどのスケルトンBがいた場所に、キラキラ光る『物体』を発見した。


 ヒトカミダケの時は、『キノコ(美味しいらしい)』だったな。

 スケルトンの場合はどうなんだろう?


「どれどれ――って、なんだこれ……? かき揚げ?」


 スケルトンのドロップアイテムを拾った俺は、うどんや蕎麦の上に乗っける『かき揚げ』に見えた。


 この『かき揚げ』の具はなんだ? 

 見たところ玉ねぎの様な野菜ではないと思うんだけど……。

 全体が茶色で、揚げたての香ばしい匂い。具材はよく分からないが、これは『かき揚げ』でいいんじゃね? 口に入れる勇気はないけど。


『違います。骨煎餅だそうです』

「骨煎餅だと……? 魚の骨を油で揚げた、あの骨煎餅か?」

『肯定。カルシウム豊富の美味しい骨煎餅だそうです』


 美味しいのかよ……って、『だそう』とはどういう意味だ?

 ヒトカミダケの時も『らしい』とか言っていたよな?


『マスターとは別の契約者からの情報です。私たち神使は異界浸食による情報を八百万の神に報告する義務があります。そして情報を受け取った八百万の神は、私たち神使をアップデートします』

「え~と、その……誰かが骨煎餅を食った、という事でいいのか?」

『肯定』


 初めて食った奴、勇気あるな。毒見役にも等しい行為だぞ。

 この骨煎餅の具はスケルトンの骨だと、簡単に想像できそうなのに……うぇ。あの生気のない頭蓋骨を思い出すと、ポイ捨てしたくなりそうなんだけど。


「食うとしたら最後の手段だな……。まぁ、いいや、奥に進むぞ」


 骨煎餅をハンカチに包んで、ボストン型の学生鞄に入れる。それが終わったらダンジョンの奥に足を進めた。


 ****************************


 最後のスケルトン戦から30分ぐらい歩いた俺は、左右に分かれる道にたどり着いた。

 右か、左か、それとも今日はここまでにしようかな――なんて事を考えていると、右の通路からスケルトンが現れたのである。


「エンカウント率、地味に低いな……。むしろ初心者の俺にとって有難い事ではあるんだけど」


 一体だけかよ。

 コイツ等、弱いから一気に三体ぐらい来て欲しいんだよなぁ……。


 動きが遅い。弱点らしき部分がある。切れ味が全くないなまくらの剣。油断しなければ簡単に勝てる相手。それがスケルトンに対する俺の感想であった。


「――うん? なんだあの光は?」


 弱いスケルトンを沢山狩りたい――そう思っていた俺は、スケルトンの左肩が光っているのを発見した。

 その光はキラキラと金色に輝いており、危険な雰囲気は全く感じない。

 むしろ俺の本能がこう囁いていた――『盗め』と。


「そう言えばスキルがあったな――っと、危ね」


 躊躇なく俺の頭を狙うスケルトンの攻撃を、人混みを避ける気持ちで対処する。


 スキルってどうやって使うんだ? 念じればいいのだろうか? それともスキル名を口にするばいいのだろうか?


「とりあえず、適当に使ってみるか……。スケルトン相手なら大失敗しても怪我レベルで済むし」


 シーフのスキルである『盗み』をどうやって使うか、そう考えながらスケルトンの剣捌きを回避し続ける。


「――ここだッ!!」


 回避し続ける俺は、『盗み』を使う絶好のチャンスだと確信し、スケルトンの懐に飛び込んだ。


 頂いてゆくぞ、盗みッ!!


 金槌を持ってない手が、スケルトンの左肩に触れる瞬間、ほのかに輝き出す。


「ッッ!?」


 何かを盗った――そんな感覚を掌から脳内に伝わった俺は、スケルトンから距離を取った。


 この感触、成功したな……!

 それとスケルトンの左肩の様子も落ち着いたようだ。

 なら、さっさと仕留めるか! 盗んだ物を鑑定したいからな。


「俺の経験値になりやがれ――オラァッ!!」


 渾身の力で振るう金槌は、スケルトンの胸に真っ直ぐ向かっていく。


 バキン!!


 通算十一回目の音が聞こえてきた。


『経験値を8獲得しました。GPを2獲得しました』


 戦闘終了のサインを受け取った俺は、盗んだ物の正体を確認する。


「骨……だよな?」


 スケルトンから盗んだブツは、40センチの白い骨だった。


 大腿骨かな?

 犬が好きそうな立派な骨で、ゲームに出てくる錬金術の調合に使う素材に見える――ってか、調合や合成などのスキルがあるのか?

 仮に存在しても、今の俺にとってはゴミ同然であるのだが……。


『今は使い道はありませんが、何時か必要な時が来るかもしれません』

「来ると思えねー。まぁ、一応持っていくか」


 戦利品である骨をボストンバッグ型の学生鞄に入れる。


 さて、どっちに進もうかな……?

 俺の勘では右の方を選びたいんだよな。

 さっきのスケルトンが現れたのは右の通路だし――うん、右行くか。

 

 進むべき方向を見定めた俺は、その方向に向かって5分が過ぎた頃――。


「なんか広い場所に出たぞ……」


 30メートル四方の広い空間にたどり着いた。

 それも朽ち果てた石柱が複数並び立っており、その中心部にはアンティーク調の箱――宝箱らしきオブジェを確認できた。


「本物か……? この宝箱は……?」


 唐突に見つかった宝箱らしきオブジェに、疑問と笑顔を浮かべながら近づく。

 

 一体何が入ってるんだろうな!

 伝説の武器――は流石にあり得ないだろうが、業物の武器や防具ぐらいは欲しい! 

 それか戦闘を楽にできるレアアイテムもアリだ!


「まるでゲームの主人公みたいだな俺は――って、ゲームだと……」


 宝箱の中身に期待を抱きながら近づく俺は、『ゲーム』の言葉にあと一歩の所で踏み止まった。


 嫌な想像を過ったぞ。

 俺の大好きな某国民的RPGに出てくる危険極まりない存在――宝箱に擬態するモンスターの姿に……。


「俺の考えが正しいなら……うん、その考えで行こう」


 何かを思いついた俺は、宝箱から距離を取る。

 そして先ほど手に入れた骨を鞄から取り出し、その骨を宝箱にオーバースローで投げつける。

 すると骨は綺麗な軌道を描きながら宝箱に衝突した。


「キャー!?」

「うぉっ!?」


 宝箱から女の悲鳴が聞こえた俺は、思わず声を漏らしてしまった。


 えっ……なに、今の……?

 宝箱が喋ったのか……それと宝箱の中から声がしたのか……?


「な、何が起きたのよ! ねぇ、誰か居るの! 暗いし、狭いし、あとなんか湿って気持ち悪いのよ!」


『カタカタ』と揺らす宝箱。その中から女の声がハッキリと聞こえた。


 一体どういう状況なんだ……?

 宝箱に人間が入っているのか……それとも宝箱に擬態したモンスターなのか……?

 仮に宝箱に人間が入っているとしても、サイズからして無理があり過ぎる。赤ん坊なら話は別なのだが……。


「ねぇ、居るんでしょ! 誰でもいいからここから出して! もうこんな真っ暗な所、一秒でも居たくないわよ!!」


 正体不明の宝箱が激しく揺れ動く。まるで檻に囚われたライオンが暴れている様に見えた。


 擬態モンスターの可能性を否定できない以上、この場は去った方がいいだろうな。

 迂闊に開けて、丸呑み、ゲームオーバーは避けたいし……。


「お願い……ぐす、ホントにお願いよ……。ひっく……も、もう嫌なのよ……。な、なんでもするから……」


 君子危うきに近寄らず――その言葉通りに動こうとする俺の耳に、嗚咽を混じった女の声が届いた。


 泣くなよ、マジで……。

 同情したくなるから、止めてくれ……。

 つーか、この宝箱なんなの?

 擬態モンスターにしては演技が凝り過ぎだし、人間が入っている可能性はゼロに等しい――なら中身の正体はなんだろう?

 喋る何か……っと言っても、何も思い浮かばないんだけど……。

 あと泣き声が何気にウザイ……それと精神的にキツイ…………ああ、もう……!!


「ひっく……ぐず、だ、だれか、……ホントに、誰でもいいから、助けてよ……ひっく……」

「…………はぁ」


 悲壮感を漂わせる女の声。それを完全無視できない俺は、深いため息を吐いてしまった。


 無条件に助けるつもりはない。

 正体不明の存在と会話した反応で、救助の是非を決めるつもりだ。

 

「おいッ!!」

「ひゃー!?」


 若干キレ気味の俺の声に、驚きの声を上げる女(未確認)。

 

「お前の正体、なんなの?」

「え、え、え……う、嘘、ホントに誰か居るの……!? あ、えっと、わ、私の正体……ってえっと……う~んと……あ、妖精です!」


 俺の質問に、しどろもどろ答える自称妖精。


 妖精だと……?

 あのファンタジー小説に出てくる妖精――昆虫の様なはねを持つ小人の事を差しているのか?

 

「ほ、ホントに妖精だから……! ちょっと頭がボーとして、上手く思い出せないけど、私は妖精よ……! うん、私は妖精!! 多分だけど……」

「なんで自分の種族について自信を持てないんだよ……まぁ、いいや。今置かれている状況理解しているか?」

「状況って……どういう事? 私は真っ暗な空間に閉じ込められている、それで見知らぬ貴方が私を助けてくれる――じゃないの?」

「ちょっと違うな。俺はお前を助けるかどうかを迷っているんだ。擬態モンスターの可能性があるからな」

「擬態モンスター……って、馬鹿じゃないのッ! どこからどう見ても私は妖精よ!!」


 いや、見えねーし――なんて事を言ったら、会話が進みづらそうだ……なら、別の話題で攻めてみるか。


「あー分かった、分かった。妖精だな。妖精のお前はどうして宝箱の中にいるんだ?」

「……宝箱ってどういう意味?」

「俺の目の前にある箱――宝箱に見えるんだけど……違うのか?」

「嘘でしょッ……!?」

「いや、ガチで」

「な、な、な、な……え、いや、ちょっと待って……。え、えっと私、宝箱の中にいるの……?」

「少なくともお前の声は、宝箱の中から聞こえるぞ」


 なんか支離滅裂だな。

 自分の種族について自信を持てないどころか、自身の状況を把握してない。怪しさプンプンだぞ、お前。

 もっとも擬態モンスターの可能性はゼロに近い――そう判断してもいいけどな。


「……開けて」

「嫌だ」


 トラブルは絶対にゴメンだ……。

 異界浸食のせいで無事に明日を迎えられるのか分からないのに、不発弾みたいな危険物を背負うような真似は出来ねぇぞ。


「なんでよ! 宝箱に閉じ込められた、か弱い乙女の願いなのよ!」

「そう言われてもな……第一、俺にとってメリットないだろ」

「メリットって……う、う~ん……あ、そうだ。私を助けてくれたら、友達になってあげるわ!」

「友達……ねぇ……。今の俺にとって友達作りは、時間の無駄なんだよな。平和な日常ならともかく、今は危険極まりない状況なんだ」

「危険極まりない……? なにかあったの?」

「モンスターが暴れ回ってるんだ。それでモンスター相手と、戦っている最中なんだよ」


 戦っているというより、逃げ回っているに近いかもしれないが……まぁ、いっか。

 スケルトン相手とは正面から戦っているし、あながち間違いではないだろ。


「かなり不味い状況なんじゃない! それなのに私を放置しておくなんて、鬼畜過ぎるわよ! 良心が傷まないの! この外道ッ!!」

「うるせぇな……。俺は生存第一に行動したいだけなんだよ! それに宝箱を開けろ、って言われてもどうやって開けるんだ? 鍵持ってないぞ、俺は」


 癇癪を起こす妖精が、閉じ込められている宝箱。それを冷ややかに見る俺は、鍵穴らしき箇所を発見した。


「それは……叩いて壊すとか?」

「とてもじゃないけど無理があり過ぎるんじゃないか?」


 物体を破壊するのに金槌は適していると思う――けど、それをやったら、怪我だけでは済まないけど……いいの?


『僭越ながら、私に考えがあります』


 何時の間にか宝箱をどうやって開けるか――そんな事を考えていた俺は、唐突に神使の念話を受け取った。


「なにかいい考えがあるのか?」

『肯定。マスターのスキル――『鍵開け』を使用するのはどうでしょうか?』

「ああ、そう言えばあったな……」


 スキルの使い方は念じればいいのかな?

 スケルトン相手に『盗み』を使った時、念じたら成功した……なら、それでイケんじゃね?


「……ねぇ、貴方以外に誰か居るの?」

「えっ……ああ、そうか。なんでもない。ちょっと複雑な理由があるんだ。後でゆっくりと説明してやる」


 妖精の質問をうやむやにする俺は、『鍵開け』のスキルを使用する為に、宝箱の前に移動した。


 ファンタジー小説に出てくる妖精でも、神使の念話は聞こえないみたいだな――っと、開けゴマ!

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