二十三話 ミッションコンプリート

 十九時ジャスト。

 太陽が地平線の向こうに消えるかどうかの時間帯――いわゆる『逢魔が時』の最中。


「やっと出られたわ……」

「全くだ……」


 マンションのエントランスから外に出る俺とシロ。

 そんな二人のコンディションは最悪である。

 何故ならマンション脱出の道中は、コボルト戦による強制イベントが多発したからだ。お蔭で十数体分の経験値&GPを獲得できた。

 ちなみにドロップアイテム『ドッグフード』を手に入れたり、特に理由は無いけど職業スキル『盗み』を使ってみた。その際『ホットドッグ』を手に入れたのは良かったのだが、シロから『何してんのよ!!』とお叱りの言葉を賜ったのである。意外と美味かったが……。


「ザキのボディガード代だけど……これでいいかしら?」


 黒と茶色の迷彩柄のマジックバッグからダンボールを取り出すシロ。

 二リットルのミネラルウォーター×6が入ったダンボールである。


「……これだけ?」


 ボディガードの報酬に苦言を漏らす。

 ミネラルウォーターが入ったダンボールが『一個だけ』である以上、苦言を漏らすのは当然でもあった。


「文句あるの?」

「当たり前だろ……! 報酬がミネラルウォーターだけは流石に阿漕過ぎるとは思わないのかよ!!」

「そうかしら? だってザキは『ミネラルウォーターを求めて忍び込んだ』そう言っていたでしょ。だからお望み通りミネラルウォーターを渡したんだけど」


 心外そうな表情を出すシロと、抗議の意を示す俺。


「確かに俺はミネラルウォーターを求めて忍び込んだが、ミネラルウォーター以外は要らない訳じゃねぇよ!! 食料も少しだけでもいいから寄越せ!!」

「欲張りね……ほら、これでいいでしょ」


 シロから缶詰パンを手渡しされた――って、


「だから何で一個だけなんだよッ!!」


 缶詰パンを地面に叩き付けた。


「食べ物を粗末に扱うともったいないお化けが出るわよ」

「出てきたら経験値に転生させてやるから心配するな! つーか、話を逸らすんじゃねぇ!!」

「チッ」

「舌打ちするな! 早く食料を渡しやがれ! さもないと何処までも付きまとってやるぞ!! それも何時間も粘ってやるから覚悟しやがれ!!」


 中学生相手に大人気ない対応をする俺だが、命が掛かっているのでここは引くつもりは無い。外道と非難されても。


「あーもう、分かったわよ……! 私が幾つか見繕ってあげるからちょっと待ちなさい!」


 心底嫌そうな顔をしながらマジックバッグを漁るシロ。

 すると大きめのリュックサック、多種多様の缶詰、ビスケットなどの菓子類、非常食のアルファ米、インスタント&レトルト食品を路上に並べ始めた。


「これでいいかしら?」

「ああ、問題ない」

「だったら後はザキに任せるわ……っと、そろそろ解散してもいい? マンション脱出の時も言ったけど、急ぎの用事があるの」

「分かった。このまま解散しよう――と言いたいんだけど、ちょっと時間貰えるか? 一つ質問があるんだけど……」


 そう言いながら路上にある物資を回収する。

 それは大きめのリュックサックに食料を仕舞い、それを背負う俺でもあった。

 ちなみにミネラルウォーター入りのダンボールは、そのまま肩に担ぐつもりだ――っと、重いな……けど、まだまだ余裕はありそうだ。ステータスの恩恵かな?


「急ぎの用事があるって言ってるでしょ……はぁ、一つだけよ。答えたくない質問はNOと突きつけるからね」

「もちろんだ。それで質問……て言うか疑問なんだけど、シロがクズ野郎の部屋に忍び込んだ理由は何だったんだ?」

「ザキと似た理由よ。どうしても欲しいブツがあったの」

「ブツって何だ?」

「言いたくない。言ったら『寄越せ』となるのは目に見えてるから。それに質問は一つだけの約束でしょ」

「うっ」


 シロの指摘に思わず黙った。

 そんな俺を『してやったり』と言った顔つきを浮かべるシロ。


「これで質問タイムは終了よ。お疲れ様、ザキ。せいぜい長生きしなさいよね。この私から物資を強請ゆすったんだから」


 俺の顔を見ながら後ろに下がる。

『あっかんべー』っと可愛らしい仕草をしながら。


「あ、ああ……。こっちもお疲「ギャァァァァァァァァ!!」」


 共犯者シロに労いの言葉を掛けようとした瞬間。

 男性の叫び声が聞こえてきた。それも俺とシロの真上――マンションの上からだ。


「サスペンスドラマの悲鳴みたいだな……」


 落ち着いた表情でマンションを見上げる。


「ボケてる場合じゃないでしょ、ザキ!! 何が起きたのか分からないけど、この場から急いで逃げるべきよ!!」

「落ち着け、シロ。それと耳を澄ましてみろ。俺が落ち着いている理由が分かるぜ」

「はぁ!? 何を言っているのよ!? この状況で耳を澄ま「辛ッ!! 辛いッ!! 辛いィィィィィィィィ!!」……辛い?」


 シロは首を傾げる。

 そして直ぐに『まさか!?』と口に出しながらマンションを見上げている。


「ぐああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うがぁぁぁぁぁぁぁ……!! の、喉がッ!! 喉が焼けるッス!!」

「み、水ッ!! 水をッ!! 水を寄越せぇぇぇぇぇぇ!!」


 三人分の悲鳴が聞こえてくる。

 それは立川亨、ウド、デク。その三名だと俺は確信している。

 何故なら八百万の神が作り上げたマジックアイテム『トリニタード・スコーピオン』をカレーに混入させたからだ。そしてそれを口にしたのだろう。


 随分と心地良い悲鳴を上げているなぁ、クズ野郎共。

 お蔭で今日はぐっすり眠れそうだ。エアコン無しの熱帯夜でもな……。


「気持ち悪い笑みを浮かべてるわよ、ザキ……」

「うるせぇな、シロ。クズ野郎共が俺にした仕打ちを考えると、この程度の報復は生温いもんだぜ」

「山賊が他人を襲っていたのは知っているけど、ザキにも被害があったの?」

「まぁな……っと、そろそろ家に帰るとするか。お疲れ、シロ」

「そっちもね」


 俺とシロ。

 二人は互いに背を向け、それぞれの家に向かう。

 マンションの上から『水が欲しいのに、ダンボールの中身が空だとぉ!!』とか『水が欲しいッス、喉を洗い流す水がッ!!』や『俺のカレーがッ!! 俺のカレーがああああぁぁぁぁ!!』などの声を聞きながら。


 ****************************


「今帰ったぞ、ニア。具合はどうだ?」


 太陽が地平線の彼方に沈み、真っ暗な夜が訪れて数分後。

 俺は眩い輝きを放つライトクリスタルを片手に持ったまま、暗闇に支配された自宅の中を歩いている。玄関からリビングに移動している最中だ。


 クズ野郎のアジトがあるマンションから脱出する際、階段の踊り場でライトクリスタルを拾ったのは正解だったな。シロからゴミを見る様な目をされたが……。


「おーい、ニア。何処に居るんだ? 返事しろ。さもないと夕飯抜きにするぞ」

「ごはんッ!?」


 真っ暗なリビングにあるソファから素っ頓狂な声が聞こえてきた。どうやらソファをベッドの代わりにしていたようだ。


「ねぇ、今ごはんって言ったの!? ねぇ、今ごはんって――眩し!!」


 ライトクリスタルを持ったままソファに近づくと、目を細めるニアの姿を確認した。それも頬を僅かに濡らすニアの顔である。


「泣いてんのか?」

「んな――ち、違うわよ!? 欠伸をしただけだからッ!! 独りぼっちで寂しかった訳でも、暗闇が怖かったなんて決して有り得ないから!!」

「あーはいはい。そう言う事にしておこうねー」

「ムキー!!」


 妖精の証とも言える翅をはためかせるニアは、怒りの感情を出しながら俺の顔に近づいている。


「それより何か言う台詞あるんじゃないの、ハヤト?」

「うん……? 何の事だ……あ、ああ……おかえり」

「ただいま――じゃないッ!! 逆よ!! ハヤトが『ただいま』で、私が『おかえり』でしょ――って、私が言いたい事は挨拶じゃないわよ!! こんな時間まで私をほったらかしにした事に対する台詞を求めているの!!」

「なるほど……。お勤め、ご苦労様です。お嬢」

「何がお嬢よ! それと労いの言葉より謝罪の言葉が欲しいんだけど!! 暑苦しい部屋に放置したこの私にッ!!」

「同情の余地はあるけど謝罪はNOだ。何故ならトリニタード・スコーピオンを味見したニアが100%悪いだろ。むしろ単独行動する羽目になった俺に謝罪しろよ」


 そう言いながらリビングの中央にあるテーブルに近づく。

 そしてライトクリスタルをテーブルの上に置き、学生鞄などの荷物を直ぐ近くの床に下ろす。


 やっと休息の時が訪れたぜ……。

 それとミッションコンプリートの瞬間でもあるな!


「随分と荷物が多いわね……。謝罪の言葉を口にするのが嫌なら、詫びの品でも寄越しなさいよ。そうすれば許してあげない事も無いわよ」

「食いしん坊のニアに食料を渡すのは断固拒否する! なので、めんご、めんご。真っ暗な部屋で独り寂しく泣かせて、ごめんごー」

イナゴの様に食い散らかしてくれようかしらッ!!」


 食料が入ったリュックサックに飛び付こうとするニア。

 そんなニアの行動を見た俺は、羽虫を追い払う様に軽く手を振り払う。


「げふっ……!?」


 柔らかい物体に触れた感触を覚えた。

 どうやら羽虫ニアとクリーンヒットしたようだ。


「か弱い乙女に手をあげるなんて……」

「悪いな。けど食い物をニアに渡したら一瞬で無くなるのは目に見えてるだろ。だから俺が食料を管理してやる」

「何が管理よ! 独り占めする気なんでしょ!!」

「しないから安心しろ。現に今から夕飯にするつもりだぞ」

「えっ、そうなの! やったー!!」


 ニアは満面な笑みを浮かべながら『ごはん♪ ごはん♪』と口ずさみしている。


「喜んで貰えるのは嬉しいけど、夕飯のメニューは期待すんなよ。ニアの舌を唸らせる程の腕を持ってないからな――ってか、具合は大丈夫なのか?」


 最凶レベルの唐辛子『トリニタード・スコーピオン』を味見した結果。あまりの辛さに自宅待機をする羽目になっただろ、お前は……。


「軽く死にかけたけど問題ないわよ。色々食べ――ゲフン、ゲフン……。安静にしたら調子が良くなったわ、ぷひゅー、ぷひゅー……」

「口笛吹けてねぇぞ……。それと誤魔化しのつもりなら、もう少し上手くやるんだな」

「ご、誤魔化しだなんて……そ、そんな訳無いでしょ……。それよりごはんよ! ハヤトが手に入れたごはんをお腹一杯に食べましょうよ!!」

「腹一杯は流石に許可出来ねぇよ。つーか、賞味期限が近い順から食べないと無駄だろ。だから今日手に入れた食料は後日だ、ご・じ・つ。分かったな。そんじゃ、今からキッチンで夕飯作るから待ってろ」

「ちょ、ちょっと待って――」


 背後からニアの呼び止める声が聞こえた。

 けれど俺は聞こえないフリをしながらキッチンに向かう事にする。


「溶けた冷凍食品を早めに食った方が良いかな? 火を通せば問題なさ『パリパリ』」


 足元から何かが砕ける音が聞こえた。

 それと同時に何かを踏みつけた感触を得る。


 何だろう……この感触は……?

 唯一の光源がテーブルの上にあるライトクリスタルのみなので、今居るキッチンの床が暗くて見えない……あっ、そうだ。


「神使、明りを頼む」

『畏まりました、マスター』


 神使スマホの背面ライトが俺の足元を照らされる。

 するとポテトチップスやチョコレートなどの食べかすが落ちている事が分かった。また菓子類の袋が散乱しているのを把握したのである。

 そしてそれは控えめに言っても惨状の有り様であった――


「……(そろり、そろり)」

「どこに行くつもりだ、ニア……」

「さ、散歩に……。ごはん前に少し運動でもしようかな~と……」

「太陽が完全に沈んだ夜道を歩くのか? それもモンスターが徘徊しているであろう屋外を?」

「うっ……」

「少しでも悪いと思うなら土下座しろ、暴食妖精……。もっとも土下座しても今日の夕飯は抜き確定だがな」

「それだけは勘弁してください、お代官様!」


 スライディング土下座を華麗に決めるニア。


「あまりの……あまりの辛さに我慢出来なかったのです! とは言え、決して誘惑に負けたとかでは無く、激痛に苦しむ舌を癒す為でございます!! ですのでどうか御慈悲をッ!!」

「慈悲は無い。夕食抜きの刑を命じる」

「御恵みをッ!! せめてパン一切れでも良いので、空腹に喘ぐ私に恵んでくだせぇ……!!」

「何キャラだよ、お前は……! まるで俺が加害者の悪代官で、ニアが被害者みてぇじゃねぇか!!」


 あるいは罪人を裁く町奉行と被告人かな?

 時代劇のお白洲みたいな……。


「お許しを~。お許しを~(ガシッ)」

「お、おいッ……!? 俺の足に抱き付くんじゃねぇ!! 体格の差で大怪我するぞ!!」

「情けを! 情けをください!! 飯抜きの刑を撤回してくださいッ!!」

「しつこいッ!!」


 ニアの思わぬ抵抗に俺は声を荒げてしまった。未曾有の大現象『異界浸食』によってモンスターが徘徊しているのにも関わらず。

 そしてそれから就寝に入るまで数時間も掛からなかった。

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