二十四話 三日目の朝
八月三日、午前七時十五分。
エアコン無しの熱帯夜を乗り越えた二人(俺とニア)は、自室にあるベッドで一緒に寝転がっている。
それは思春期真っ只中の男子高校生『黒崎颯人』にとっては刺激の多いシチュエーションなのだが、二十センチ未満の妖精に興奮出来る筈が無いし、何より見た目だけの残念美少女はこちらからノーサンキューでもあった。
「……暑い」
目と鼻の先で寝そべるニアが呟いた。
不機嫌な表情を隠す事もせずに。
「朝一の台詞がそれかよ……。せめて甘い一言を俺の耳に囁いてくれよ、残念妖精」
「干からびて死にそうだよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「うるせぇッ!! 魔王の断末魔みたいな叫び声をあげんじゃねぇ!!」
あまりにも酷いピロートークを受けた俺は、ベッドから跳ねる様に起き上がった。
そんな俺の恰好は白のワイシャツと紺に近い黒のスラックス――つまり夏用の学生服(予備)を着用しているのだ。何時モンスターに襲われても良いように。
ちなみに今のニアの服装は、俺と出会った時から同じまま。スカートの裾が長い深紅のドレスである。
それは寝るのに不向きな格好なのは重々承知しているが、二十センチ未満の妖精の寝間着を所持していない以上、ドレスのまま寝る様にと言い含めたのだ。俺が学生服を着たまま寝た理由もあって。
初めて土足のまま寝たけど、割と熟睡出来たな……。疲れていた事もあるのだろうけどさ。
「水ぅぅぅぅ……。渇きに喘ぐ私に命の雫を……」
「勝手に飲めよ、もう……。ベッドの近くに置いてあるだろ」
ニアの見苦しい様子に声を掛けた俺は、ベッドからパソコンデスクに移動し、その近くにあるデスクチェアに座る。
『おはようございます、マスター』
デスクチェアに座った直後、神使の念話が俺の脳内を響かせた。契約者の俺にしか聞こえない念話を。
おハロー、神使。
それと寝ている間の見張り、ありがとな。
『どういたしまして。それで今日の無料ガチャを引きますか?』
頼む。
昨日当たったクレイモアカードや、シロが持っていたマジックバッグ。そんな便利なマジックアイテムが当たって欲しい所だが……結果はどうだ?
『おめでとうございます。爆竹が当たりました』
無料ガチャの結果を聞き取った瞬間、光の粒子が俺の目の前に現れ始めた。
そしてその光の粒子をしばらく見つめていると、一本の竹が出現したのである。太さ三センチ、高さ二メートル。青々とした笹が綺麗に生やしており、根元には何故か導火線らしき縄が取り付けられている。
「何じゃ、こりゃ……!?」
「何よ、これッ……!?」
七夕にピッタリの竹が出現した事に驚く俺とニア。
『爆竹と呼ばれる攻撃用のマジックアイテムです。また現代兵器風に申し上げると『ミサイル』でございます。地対地ミサイルでは無く、地対空ミサイルですが……違いが分かりますか?』
えっと……確か、地対地ミサイルは、地上から地上にある目標を攻撃するんだよな。そんで地対空ミサイルは、地上から空中にある目標を攻撃する――だっけ?
『正解です。それと使い方について説明しましょうか?』
もちろんだ。
つーか、説明無しで使える程簡単なのか?
『簡単と言えば、簡単です。何故なら目標に対するイメージを浮かびながら導火線に火を点ける――ただそれだけです。ちなみに射程距離は5000メートルであり、同時に10の目標を撃ち貫きます』
まさかの多弾頭式かよ……!?
流石は八百万の神が作りしマジックアイテム。ぶっ飛んだ性能をもってやがるな――っと、称賛したいんだけど、
「デカ過ぎて持ち運びが出来ないんだが……」
自室の天井に触れるぐらいの大きさを持ったマジックアイテム『爆竹』を見ながら口にした。
『……威力だけは保証しますので、上手く使ってください』
「丸投げかよッ!?」
神使の念話に思わずツッコミをしてしまった。
「ハヤトー、このマジックアイテム。どんな効果を持っているの? 私にはシンシの念話が聞こえないんだけどー」
神使の念話を聞き取る術を持たないニアは、何処からどう見ても竹にしか見えない爆竹に手を触れている。
「攻撃用のマジックアイテム『爆竹』だとさ。根元にある導火線に火を点けると、空飛ぶモンスターに向かって飛翔する――そんな攻撃アイテムだそうだ」
「ふ~ん……。何時使うの?」
「分かんね……。少なくとも使う予定は無いからな……。それに見りゃ分かると思うけど、あんなデカい竹を背負って行動するのは無理があるだろ」
「確かに……ぷっ、想像したら笑えてくるんだけど……ぷぷぷ」
口を隠して笑うニア。
その頭の中には大きな竹を『ワッショイ! ワッショイ!』と掛け声をあげる俺の姿が浮かんだのだろう。
「家主を笑うとはいい覚悟してやがるな、ニア……。昨日の夕飯抜きの刑を続けて朝飯抜きの刑も科してやろうか?」
「私に食べる事の楽しみを奪わないでよ!! 鬼!! 悪魔!! 鬼畜!! 足の小指がタンスの角に当たれ!!」
「止めろ! 想像したら痛くなる……!!」
あれ、結構痛いんだぞ。
トイレ等の狭い場所を通る時なんか、足取りの位置を間違えて『ゴッツーン』したら大変な事になるしな……。
「口内炎を噛み砕け!! 向こう脛を何かに当たれ!! 就寝中のこむら返りに恐怖しろ!!」
「日常的に潜む脅威を羅列するなッ!! ガチで朝飯抜きの刑を執行するぞ……ってか、暑苦しいから休戦しねぇか? エアコン無しの部屋で口論するのは地味にキツイからさ」
「朝飯抜きの刑を撤回するなら考えても良いわよ」
「へいへい、撤回しますよーだ」
ニアの要求を不真面目に返答する俺は、爆竹を部屋の隅に移動させている。
危険物の爆竹を身近に置くのは止めた方がいいかなぁ……?
とは言え、貴重なマジックアイテムを捨てるのも忍びない……なら割り切ってここに置くか。何時か必要とする時が来るまで。
「よし、飯にするか」
「賛成よ! それとこの暑さ、どうにかならないの?」
「停電してるから無理だ――けど、今はどうなんだろ……? 神使、停電の状況はどうなってるんだ?」
『変わりありません。また他のライフラインも同様です。それと昨日も言いましたが、復旧の見込みはありません。何故ならモンスターが暴れ回っている環境と、復旧する為に必要な人員とモノが不足しているそうです。なので期待するだけ無駄だと心に留めておいた方がよろしいでしょう』
「マジかよ……」
絶望的とも言える内容に頭を抱える俺。
そこにニアから『何て言ってたのー』と呑気な声が耳に入った。
「ライフラインの復旧……って言っても分かんねぇよな……。取り敢えず涼しい一時を得るのは不可能だと理解出来ればいいぞ。それもずっとだ」
「えっと……。つまりこの暑さはどうにもならないって事?」
「そうだ」
「今の時間帯は朝で、これからもっと暑くなるのに?」
「仕方がない」
「軽く死に掛けるんじゃないの……ううん、死んでも可笑しく無いと思うんだけど……?」
「分かってるけど、どうにもならねぇんだよ……。俺はどんな願いでも叶える龍じゃねぇんだから」
某国民的漫画に登場する龍が実際したら良いなぁ。
なんて馬鹿な事を考えながら現実放棄する俺の耳元に、翅をはためかせる音と一緒にニアの声が聞こえて来る。
「どこか涼しい所はないの、ハヤト?」
「あれば迷わずそこに逃げ込むぞ。停電前――いや、異界浸食前ならなら幾らでもあったんだがな……。コンビニとか、図書館とか、スーパーとか、涼しい場所なんて有り触れてたんだけどなぁ……」
「今はどうなのよ?」
「我が家と同じ状況だろうよ。自家発電機がある所は違うんだろうけどさ……」
「そのジカハツデンキは手に入れられないの?」
「ホームセンターに行けば手に入れられるかもしれないが、おそらく空っぽになっているだろうな……。それとモンスターの巣窟になっている可能性がある。行っても骨折り損の草臥れ儲けになるんじゃね?」
「モンスターの巣窟……それは絶対に行きたくないわよ。もし向かうと言うのなら、石に
「俺も行きたくねぇから安心しろ。モンスターの巣窟――ダンジョンみたいな危険地帯に……って、ダンジョンだよッ!?」
不意に妙案が思い浮かんだ。
ニアと初めて出会った場所。石造りのダンジョンの環境についてである。
「モンスターが徘徊しているのが難点だが、涼しい場所と言ったメリットがある……かな? ニアはどう思う? お前と出会ったダンジョン内で涼しむなんて案は?」
「う~ん……。モンスターに襲われるリスクと過ごしやすい環境……悩むわね……。あのダンジョンにはもう一度行ってみたいと思ってはいるのだけど……」
「もう一度行ってみたいって、何か忘れ物でもあったのか?」
「ある意味そうね……。私の記憶だけど……」
「あ、ああ……。そう言えば記憶喪失だったな、ニアは……。一応聞くけど、あれから何か進展はあったのか?」
『記憶喪失』と言ったヘビー級の話題を振られた俺は、居心地を悪くするも会話のキャッチボールを続ける。
それは下手に同情するよりはマシだと思っての判断だ。重苦しい空気に耐えられないヘタレな自分の都合とも言えるが。
甘い物が好きな暴食妖精と口やかましいポンコツ妖精の一面が強すぎたせいで、記憶喪失の事をすっかり忘れてしまったな……。
「全く無いわよ……」
暗い顔でうつむくニア。
それは天真爛漫のニアの雰囲気とは思えない様子でもあった。
「そうか……んじゃ、行ってみるか? ニアの記憶探しツアーに」
「……良いの?」
ニアは遠慮がちに顔を上げる。
すると目をキョトンとしているニアの顔が目に入った。
「まぁ、なんだ……その……あれだ。仲間として力を貸すのも
異界浸食が起きた初日に迷い込んだ石造りのダンジョン。そのダンジョン内でスケルトンソルジャーと戦った際、ニアの強化魔法は大いに役立った。
そんな命の恩人とも言えるニアの悩み事を解決しようとするのは、ごく自然な流れでもあった。
とは言え、『なかなか小恥ずかしい台詞を口にした物だ』と、友達ゼロの俺は思ったけどな。
「報酬とか出ないわよ」
「あー気にすんな……いや、出世払いで構わないぞ。ニアの強化魔法は魅力的だからな」
「私のチャームポイントは強化魔法だけなの?」
「実質そうだろ……。見た目は美少女でも中身は残念だし、ジューシーに焼かれたオークの頭を食べようとする食いしん坊――痛ッ!?」
右耳から鋭い痛みがした。
「がぶがぶ!(誰が残念よ!)」
「いててててて……み、耳たぶを……耳たぶを噛むんじゃねぇ!? 恥じらいってものが無いのか、お前は!?」
「がぶがぶ! がぶがぶがぶがぶ、がぶ!!(撤回しなさいよ! さもないと噛み切るわよ、このお肉を!!)」
「何て言ってるのかよく分からんが、取り敢えず噛みつくの止めろ!! 謝罪なら幾らでもしてやるからッ!!」
早々に音を上げる俺。
続いて右耳の痛みが一瞬で消えてゆく。
「謝ってよ! 私に『残念』って言った事を謝りなさいよ! それと『食いしん坊』は言い過ぎでしょッ!!」
「前者の『残念』を謝るのは良いけど、後者の『食いしん坊』については一言言わせ「カチカチ(噛む音)」……いえ、私が悪うございました」
スズメバチの威嚇に似た音を聞いた俺は、時を移さずに最敬礼のポーズを取った。ピアス穴を開ける勇気が皆無なので。
「うむ、苦しゅうない」
俺の行動を見たニアは、朗らかな笑みを出している。
そして直ぐにクルリと背後を見せるニア。
「一応言っておくわ。ありがと、ハヤト」
聞こえるかどうかの声が耳に入った。
その事に何か返事をしようと口を開こうとするが、当の本人は部屋から飛び出てしまう。まるで『告白したけど返事を貰う勇気は無い』そんな初心な女子生徒の様に。
「ったく、中々やかましい奴だな……まぁ、そこがニアの良い所なのかもしれないが……」
少なくとも友達がゼロの俺にとっては退屈しない相手だ。ある意味救われる――そうニアに聞かれたくない内容を思い浮かべながら一階に移動するのであった。
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