二十五話 ダンジョン、再び

 昼食用の食料などが詰め込まれたボストン型の学生鞄を肩に背負う俺は、銀色に輝くコンバットナイフを出したまま移動している。何時戦闘が起きても良い様、警戒しながら歩いているのだ。

 また深紅のドレスを着こなす妖精ニアは、俺の顔の周りをくるくると舞い踊っている。それも『フンフ~ン♪』と上機嫌のまま口ずさんでいる。


 そんな二人は灰色の石材で構成された通路型のダンジョンの内部に居る。床、壁、天井。全てが灰色の石材で統一された通路であり、無数の松明が均等に設置されてるのだ。まるでRPGに登場するダンジョン。あるいは迷宮と呼ぶに相応しい空間でもある。


「やっぱり涼しい空間は最高だよねー、ハヤト!」

「まぁな。スケルトンなどのモンスターと遭遇しなければ避暑地としてもアリだと思う……うん、少なくともエアコンが使えない自室よりマシだ」


 特に今日の天気が晴天である以上、停電中の我が家の環境は劣悪に変化するだろう。それも一番熱い時間帯、午後二時頃に。


「あっ、モンスター発見! でも弱いモンスターだから余裕で倒せる筈だよ!!」


 通路の奥を指差すニア。

 そこには四足歩行をする一体のモンスターが居た。


「犬だよな……? それもスケルトンと同じ骨だけだから、『スケルトンドッグ』と呼ぶモンスターだろうか……?」

「正解だよ、ハヤト。それとスケルトンと同じぐらいの強さだから苦戦はしないと思うよ。ちょっと素早いだけで他は大した事ないから」

「なるほど……んじゃ、パパッと始末するか」


 俺はコンバットナイフを逆手に持ち、ジリジリとスケルトンドッグに近付こうとする。


 初めて狩るモンスターだから慎重に戦う事にしよう。

 もっともスケルトンと同じ弱点『核』らしき物体が胸にあるので、それを積極的に狙えば余裕で勝てると思うが……。


『カタカタ……』


 骨同士がぶつかる音を出すスケルトンドッグは、ゆっくりと近づく俺の姿を見つめている。そんなスケルトンドッグの様子を見た俺は、『獲物がやって来たぜ☆ バーカ☆』とでも思っている様に見えた。


 スケルトンドッグと相対すると良く分かるけど、四足歩行を相手にするのって難しくね……? 特に俺の腰より下の相手はさ――っと、今だッ!!


「食らいやがれ!!」


 一瞬でスケルトンドッグの懐に飛び込み、挨拶代わりの蹴り――サッカーボールを蹴飛ばす様に足を振るう。


 バキッ!!


 足の爪先から確かな手応えを感じた。

 それとほぼ同時にスケルトンドッグが後方に吹き飛ぶのを確認する。


 仰向けに倒れてやがるな!

 それも弱点らしき物体『核』を狙ってください――そう言わんばかりの姿勢をッ!!


「これで終いだ!!」


 ダウン状態のスケルトンドッグに飛び掛かる俺は、迷わずコンバットナイフを核に突き刺す。


 ――バキン!!


 石が砕ける音が聞こえた。

 スケルトンの断末魔と言うべき悲鳴と同じ音色が。

 そして間を置かずにスケルトンドッグが消滅し、『経験値を8獲得しました。GPを2獲得しました』と俺の脳内を響かせた。


「やったわね、ハヤト!」


 自分の事の様に大喜びをするニア。


「まぁな……っと、移動を再開するぞ。それと周囲の警戒を怠るなよ。不意討ちからのゲームオーバー。そんな未来は御免だからな」

「りょう、か~い……。それで最初はハヤトと出会った場所に向かうの?」


 俺とニアは会話しながらダンジョンの奥に向かう。


「ああ。ニアの記憶を取り戻す手掛かり、それは『例の宝箱』にあると睨んでるんだが……どう思う?」


 俺の言う『例の宝箱』とは、ニアが閉じ込められていた箱の事だ。


「う~ん、どうだろう……。少なくとも最後の記憶が宝箱の中だから、何かはあるかもしれない……ゴメン、確証は出来ないけど……」

「そうか……なら、実際に見て回るか。ダンジョン踏破をするつもりでさ」

「うん!」


 取り敢えずニアと出会った場所に向かおう。

 そう決めた二人は通路の奥を進んでゆく。


 そう言えば、俺以外の人間と遭遇しないな。

 今居るダンジョンの出入り口が目立たないからだろうか?

 もっとも対人トラブルの可能性がゼロになると思えば気にはしないのだが、ちょっと気味が悪いんだよなぁ、ここ。

 ダンジョン特有の薄暗い空間と、雰囲気ピッタリのアンデット系モンスター。

 そんな場所を歩き回ってる俺って、命知らずな馬鹿ではないのだろうか?

 もっとも引き返すにはもう遅いので、このまま奥に踏み込むつもりだが。


「宝箱よ、ハヤト!!」

「えっ……!?」


 ニアの宝箱発見の報告を受け取った俺は、直ぐに疑問を浮かべ始める。


 初めてここを通った時、宝箱なんて物体は無かった筈だが……?

 ニアの誤報かな? それとも見逃す程の小さな宝箱でも発見したのだろうか――って、


「存在感がバリバリあるんですけど……。それもキラキラと光ってやがる……うん、無視しろ。あれはどう見ても擬態モンスターだぞ、ニア」


 道端――と言うより、通路のど真ん中に置いてある宝箱なんて、十中八九罠だろ! テレビゲームのRPGなら喜んで開けると思うが……。


「まだ分かんないでしょ! それと私の仲間が囚われているかもしれないのに、このまま無視なんて出来る訳無いでしょ!! 直ぐに済ますからここで待「はい、ストップ」」


 怪しげな宝箱に突撃しようとするニアを鷲掴む。

 それは年頃の女性に無理矢理抱き付くような変態行為でもあるが、下心無しでニアの安全を最優先にしただけである。


「キャー、変態!! 痴漢ッ!!(がぶっ!!)」

「痛ッ……くねぇな。手袋をしていたからノーダメージだ」


 二十センチ未満のニアは、俺の手袋『盗人の手袋』に歯を立てている。


「いきなり掴んだのは悪いけど、もう少し冷静に行動しろよ」

「私は冷静よ、ハヤト! だから早く私を自由にしなさいよ、このドスケベ!!」

「誰がドスケベだ。命の恩人かも知れない俺に向かって言う台詞じゃねぇぞ」

「何が命の恩人よ!! 薄情者の違いなんじゃないの!! 宝箱に囚われた妖精を助けようともしないハヤトなんて、大っ嫌いよ!! バーカ!!」


 ギャーギャーと喚きながら抵抗し続けるニア。

 そんなニアの姿を見た俺は、深い溜息が自然と出てしまった。


「あのな、ニア。こんな何もない所に宝箱がポツンとある事に不思議に思わないのかよ?」

「思わないわよ!!」

「……昨日、ここを通った時のこと覚えているか? ダンジョンの出入り口に戻った時のだ。あったか? あんな怪しげな宝箱を」

「見逃しただけでしょ!! それか別のルートを知らずに歩いてるかもしれないじゃない!!」

「それはそれで大問題だが、それは有り得ないぞ。何故なら分岐点なんて一か所しかないからな。ニアと出会った大部屋に続く道と、まだ行った事が無い道の分岐点だ。しかもその分岐点はまだまだ先にある」


 右や左と言った、明確な分岐点はそこしか無い筈だ。

 そしてそれ以外の分岐点はまだ把握していないし、通った覚えは無い。100パーセント断言できる!!


「じゃあ、宝箱を見逃したのよ!! うん、きっとそうよ……!!」

「あんな目立つ場所にある宝箱を見逃すかッ!! もう少し論理的に考えろよ、ニア! キラキラと光る宝箱なんて怪しさMAXだろ!!」


 通路のど真ん中にある怪しさMAXの宝箱を指差す。

 不自然に光り輝く宝箱にである。赤い光に包まれた宝箱でもあるが……。


「……光る宝箱?」


 首を傾げるニアの姿を目にした。


「今まで気付かなかったのかよ……!? あんな誘蛾灯ゆうがとうみたいな怪しげな光を出す演出にッ!!」

「ちょ、ちょっと待って……! 宝箱が光ってるって、何の事を言っているのよ!! 私にはごく普通の宝箱にしか見えなんだけど……!?」

「はぁ……!? あんな目立つ宝箱がごく普通の宝箱に見えるって、頭おかしいんじゃねぇの!?」

「それはこっちの台詞よ!! あの宝箱が光って見えるなんて、目玉が腐ってるんじゃないの!!」

「んだとッ……!!」

「何よッ……!!」


 俺とニアは視線を交わしている。

 怒気の空気を孕んだ眼を持って。

 そんな一触即発状態の俺とニアの間に神使スマホが滑り込んで来る。


『落ち着いてください、マスター! それと、つかぬ事をお伺いしますが、あの宝箱は光って見えるのですか?』


 神使の念話が俺の脳内を響かせた。


「神使まで俺の言葉を疑うのかよッ!?」

『いえ、そういう訳ではありません。ただ事実確認をしたいのです。あの宝箱は光って見える、それで間違いありませんか?』

「間違いない! 俺の目にはキラキラと光る宝箱に見える! それも怪しさ全開の赤い光だ!!」

「そんな訳無いでしょ!! あれはどう見てもごく普通の宝箱よ!! シンシもそう見えるよね!!」

『私の念話が聞こえないニアの味方をする訳ではありませんが、例の宝箱はごく普通の宝箱に見えます。ただ――』

「ふざけんなッ!? あれはどう見ても『最後まで聞いてください、マスター』」


 俺の反論を遮る神使。

 そしてそのまま神使の念話が聞こえ続ける。


『例の宝箱はごく普通の宝箱に見える。それは守護神を自負する私が保証します。もっともマスターの主張も正解の可能性があります』

「……どう言う意味だ?」


 ごく普通の宝箱に見えるニアの主張と、怪しい光を放つ宝箱に見える俺の主張は『正しい』って、無茶苦茶すぎるだろうが……!!


『お忘れですか、マスター? 今のマスターには特殊なスキルを持っている事に』

「特殊なスキルって、何の事を言ってる……んだ……あっ!?」


 神使の指摘に閃く俺。

 続けて問題の宝箱を凝視する――そう言う事かよ……!!


「いきなり大声出さないでよ、ハヤト……!! それでシンシは何て言ってたの? 聞かなくても分かりきってるけどね、バーカ」

「うるせぇ、バーカ。俺とニアの視界情報は正しいってさ」

「そんな訳無いでしょ! シンシの念話が聞こえないからって、出鱈目でたらめを言うんじゃないわよ!!」

「残念だけど出鱈目じゃねぇんだよな、これが……。今から証明してやるから大人しくしていろよ」


 そう言いながらニアを解放する俺は、キョロキョロと辺りを観察する。少し離れた場所に手頃の石ころを発見した。野球のボールとほぼ同じサイズの石である。


「証明って、何するつもりよ?」

「簡単な事だ……っと、そこで待ってろ。直ぐに戻ってくる。間違っても宝箱に近付くんじゃねぇぞ」


 俺は目を付けていた石を拾いに行き、直ぐにニアの元に駆け付ける。


「ま、まさか……。その石を宝箱にぶつける――なんて野蛮な事する訳じゃないわよね……? 私の仲間が囚われているかもしれない宝箱に……」

「それが一番確実で安全なやり方だ」

「私の仲間が安全じゃないんだけど……!?」

「宝箱の中に入ってるんだから死にはしないだろ――っと、オラァッ!!」


 プロ野球選手が裸足で逃げ出す程の剛速球を放った。レベル5の物理攻撃力&速さ&器用を生かした剛速球だ。

 そんな猛スピードで飛ぶ石が真っ直ぐ宝箱に激突するのを確認した。

 次の瞬間。

 何処からともなく『カチッ』と嫌な効果音が聞こえて来た。


 ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン……。


 宝箱の真上から無数の矢が降り注ぐ。

 不届き者のトレジャーハンターを確実に始末する為の矢である。

 そんな恐るべき罠の発動を見届けた俺は、背筋がゾッとするのを覚えた。


 罠である事は見抜いていたが、初見殺しの様な罠だとは思いもしなかったぞ……。それも宝箱から半径2~3メートルを埋め尽くす矢の畑キルゾーン……容赦ねぇなッ!!


「な、何よ……これ……」


 俺の直ぐ横に浮くニアは顔を青ざめている。

 明確な殺意が込められた罠に恐怖を抱いたのだろう。あるいは迂闊に触れた自分の姿を思い浮かべているのかもしれない。


「危機一髪だったな、ニア……。命の恩人にお礼を言っても良いんだよー」

「うぐっ……」


 ニアのばつが悪そうな顔が見えた。


「冗談だから気にするな。あの宝箱が罠だと見破ったのは特殊な理由があるからさ」

「……特殊な理由って、ハヤトが言っていた『光る宝箱』の事?」

「そうだ。俺のスキル『罠察知』で宝箱に潜む罠を見破ったんだけど、つい最近会得したスキルだから忘れてたわー、めんごめんご」

「そんな大事なこと忘れないでよ!? 死ぬとこだったじゃないのッ!!」

「お互い無事だったんだから怒んなよ、ニア。そんで移動を再開するかー」

「逃げるな――ってか、宝箱ッ!! 宝箱の中身を忘れてるわよ!!」


 宝箱の中身って言われてもなぁ……。

 罠が潜んでいた宝箱の中身なんて空だと思うんだけど。

 ただ俺の職業スキル『罠察知』によると、あの宝箱は安全だと直感しているのだが……はてさて、どうしたものか。


「私の仲間が囚われている可能性を忘れないでよ! それともまだ罠が残っているの?」

「いや、それは大丈夫だ」

「だったら確認してよ! 私が宝箱に囚われていたのなら、他の仲間もそうかもしれないでしょ!!」


 必死で訴えるニアの目は、うっすらと涙を浮かべている。

 そんなニアの様子を見た俺は、ニアの願いを無碍にするべきでは無いと考え始める。


 宝箱の中身は取るに足らない物品が入っているだろう。

 それでもニアは仲間が入っている可能性を信じている――いや、同胞に会いたいのだろう。記憶喪失について相談できる同胞を。

 ならばその手助けをしてやるのも吝かでは無い。

 そもそもこのダンジョンに入った理由は、ニアの記憶の手掛かりを探す事だ。

 それに目の前で泣く仲間を無視するなんて、図太い真似は出来そうもないんでな……ったく、感謝しろよ。この捻くれ者の大馬鹿野郎で全く優しくない、この俺様を!!


「開けてみるか、宝箱……。罠は無いと思うけど慎重に付いて来いよ」

「う、うん!! 分かったわ、ハヤト!!」


 ニアの心地良い返事が耳に入った。

 そして直ぐにニアと一緒に宝箱の元に近付き、慎重に宝箱の中身を確認した。


「紙切れ……だよな……?」

「『スカ』って書かれてるけど……何て言う意味なの?」


 宝箱の中身を凝視する俺とニア。


「スカは『はずれ』と同じ意味だ」

「……喧嘩売ってんの?」

「俺に言われても困る。この宝箱を設置した奴に文句を言えよ」

「バーカ、バーカ!! 地獄に落ちろ、外道!!」

「宝箱の中身に向かって文句言っても仕方ねぇだろ……!? まぁ、ニアの気持ちは分かるが……」


 つーか、誰がこの宝箱を設置したんだろう?

 知らずに触れたら『ハリネズミの刑』、なんて恐るべきトラップを仕込んだ宝箱を……。


『異界浸食による影響の一つです。それと異界浸食は現在進行形で起きているので、昨日無かった物が今日現れたりする事があります。また物やモンスターだけではありません。今居るダンジョンもそうですが、空間がおかしくなっている場所もあるそうです』


 目の前にある宝箱について考えている俺の脳内に、神使の念話が割り込んできた。


 空間がおかしくなっているって、どんな?


『何の変哲もない普通の公園が、広大なジャングルタイプのダンジョンに生まれ変わったと報告を受けています。地図上では百メートル四方の公園と描かれていますが、その敷地内の面積は広大になっているとか……。また国道・県道の距離が長大になったとも報告を受けています。それも緑豊かな森林地帯になったり、行く手を阻む毒沼が出現したそうです』


 色々とヤバくないか……? モンスターや宝箱だけではなく、空間もおかしくなっているとなると、この騒動が終わるのは何時になるのやら……ってか、終わるのか? この異界浸食。


『不明です。少なくとも終息の兆しはまだ観測しておりません。なので一日一日を大切に過ごす事を強くお勧めいたします』


 一日一日を大切に――か。

 異界浸食と言ったふざけた現象が起きている現在、日々を大切に過ごさないと詰みになる可能性があるな……うん、心に留めて置こう。


「そろそろ行くか、ニア。お前と出会った場所――記憶喪失の手掛かりの本命がある場所に」

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