十七話 城山高校へ その3

 北千葉道路を西に。城山高校まであと半分と言ったところまで足を進めた俺達は、緑鮮やかな雑草と立派な木々が見える場所まで辿り着いた……のだが、


「……おかしいな?」


 俺は目の前に広がる光景に疑問を浮かべた。

 田んぼが隣接した道路が一キロ近くまで伸びていたはずなのに、スギやヒノキなどの森林が広がっているからだ。


「まさかとは思うけど、迷った――なんて言うんじゃないわよね……?」


 直ぐ横に立つシロの声が耳に入ってきた。


「迷ってない……っと言いたいんだけど、ちょっとおかしい。つーか、おかしすぎる!?」

「何がよ」

「前後の繋がりがぷつりと途切れてることだよ……! アスファルトの道路が急に途切れるわけないだろ!」


 前方は自然豊かな森林が広がり、後方は見慣れた道路やガードレールが伸びている。そんなアンバランスの光景を目にした俺は、おかしいと感じるのは自然な事であるはずだ。


「言われてみれば確かに変よね。でもホントにこの道で合ってるの?」

「間違いない。家から城山高校まで自転車で登下校を繰り返していたんだぞ、俺は……。雨や雪の日は流石に電車で通ったけど、自転車で登下校を繰り返した回数は百回以上だぞ」

「だったらこの光景は何なのよ?」

「俺が知るか――なんて責任逃れしたいけど、取り敢えず神使と相談だ!」


 俺は暗闇のコートの内ポケットにある神使スマホを取り出し、『目の前に広がる森林について聞きたいんだけど』と思念を送る。


『その前に私の方から聞きたいことがあります』


 うん? 何を聞きたいんだ?


『マスターが向かっている場所、城山高校へのルートは間違ってないのは確かですか?』


 ああ。間違ってないはずだ。後ろに広がる道路に見覚えがあるからな。


『そうですか。でしたらマスターの目の前に広がる森林は、異界浸食のせいで現れたかもしれません』


 異界浸食のせいだと……?


『はい。テレビゲームが大好きなマスターに分かりやすく伝えるならば、この辺り一帯がダンジョンになった、になります』


 うげっ、マジかよ……!?

 だとすると、この森林の奥には黒獅子みたいなボスがいるのか?


『不明です。ダンジョンについての情報が少ないので、ボスらしきモンスターがいるかどうかはハッキリしません。なので迂回すること強くおすすめいたします』


 迂回かぁ……。

 神使の提案は理解できるけど、迂回するにしてもどうやって行けばいいんだろう? ぶっちゃけこの道しか知らないんだけどさ……っと、色々とありがとな。


『問題ありません。それとまた何かあれば、遠慮なく聞いてください』


 そんな神使の念話に俺は、『OK』と小さな返事をしながら神使を暗闇のコートの内ポケットに入れた。


「目の前に広がる森林はダンジョン化したのかも知れないってさ」


 俺は隣に立つシロに言った。


「そうみたいね。私の神使からも同じ内容を聞いた。それでどうするの?」


 スマホを手に取るシロが俺の顔を見ている。


「どうすっかな……。迂回するにしても、迂回するコースが分からないんだよ。それも目の前に広がる森林を避けながら移動するとなるとさ」

「使えないわね」

「うるへー。ってか、ダンジョンと遭遇することに予想なんて出来ようがないだろ。それより森林を突っ切るか、迂回ルートを探すか、どっちにするか決めようぜ」

「はいはいはい! 森を突っ切るコースに一票!!」


 目の前に広がる森林型のダンジョンと、背後に伸びる道路を交互に見ている俺の耳に、物凄く機嫌が良さそうなニアの言葉が入ってきた。


「どうしたんだ? 随分とテンションが高く見えるんだが……森が好きなのか?」

「うん! だって美味しい食べ物がいっぱいあるでしょ!! 木の実とか、果物とか、キノコとか、ヘビとか……(じゅるり)」


 ヨダレを垂らすニアの視線は、森林型のダンジョンの奥に向けられている。


 食欲に支配されてやがるな……。

 つーか、森林型のダンジョンの中で採取した物を食っても大丈夫なのだろうか? あとヘビがどうとか言ったような気がすんだけど……気のせいにしておくか。


「シロの意見はどうだ? 俺は迂回すること賛成なんだけど」

「迂回することに賛成って、迂回するコースに心当たりあるの?」

「……ねぇな」

「だったら、森を突っ切るしかないでしょ」

「そうなんだけどさ。ボスモンスターに遭遇したらヤバいぞ」

「ボスモンスターって、ゲームのやり過ぎでしょ……」


 シロはげんなりと言った表情で俺を見ている。


「それがそうでもないんだよな」

「……どういう意味よ?」

「ニアと出会った場所、通路型のダンジョンだったことは言ったけ? そのダンジョンの奥にボスモンスターがいたんだよ。幸い勝てたから良かったんだけど、ぶっちゃけ死にかけた。それでも森を突っ切りたいのか?」


 黒獅子よりヤバいボスモンスターに遭遇したら全滅する可能性があるんだぞ! だから『迂回しよう』と言ってくれ! 頼むから!!


「最短ルートで城山高校に辿り着きたいから、森を突っ切るコースに一票よ」

「俺の話、聞いてたのか? ボスモンスターに遭遇したらヤバいんだぞ――って、何の音だ?」


 森林型のダンジョンの奥から木の枝を折ったような音が連続で聞こえてきたことに、俺は森林型のダンジョンの奥を注視する。


 まさかとは思うけど、モンスターがこちらにやってくる――とかじゃねぇよな?

 ゴブリンのような雑魚モンスターなら問題ないんだけど、恐竜のようなヤバ過ぎるモンスターだったら……って、木の枝が折れる音と一緒に聞こえる音は、


「車のエンジン……だよな?」

「た、多分ね……」

「な、何よ! この音……!?」


 何者かが森林型のダンジョンを車で抜けようとしていることに、俺とシロは顔を見合わせた。ニアは車が走っているところを見たことがないせいか、かなり慌てふためいているようだ。

 そして次の瞬間。木々の枝をバキバキと折りながらこちらにやってくる車が、俺の視界に飛び込んでくる。


「装甲車だと……!?」

「ええっ……!?」

「ば、化け物ッ!?」


 オリーブドラブの装甲車。何処からどう見ても自衛隊の車両が森の奥から突然現れたことに、俺達は驚きの表情を隠せなかった。

 そしてその装甲車は俺達の直ぐ近くに停車する。


「少し私達と話をしても大丈夫かな?」


 助手席の側面ガラスから顔を覗かせる女性、迷彩柄の戦闘服を着用する女性自衛官が、俺達がいる方向に話しかけてきた。


「えっと……俺達に何か用ですか?」


 本物の自衛隊、だよな……?

 警察官の国広さんから『自衛隊は壊滅した』と聞かされていたんだけど、取り敢えず話だけでもしてみるか。


「用と言うほどではないんだけど、ちょっとした情報交換がしたくてね」

「情報交換、ですか……?」

「そうよ。君達は森を抜けようとしてるんでしょ? 森について情報を君達にあげるから、君達が持つ情報を私達にくれると助かるんだけど……駄目かしら?」


 情報交換を願い出てくる女性自衛官は、お願いのポーズをしている。どうやら是が非にでも情報を手に入れたいようだ。


「それは構いませんけど、めぼしい情報なんて持っていませんよ、俺達……」

「どんなモンスターが出没するのか、と言った情報でも構わないわ。それか最近の出来事でも大丈夫よ」

「モンスターについての情報と、最近の出来事ですか……。それぐらいでしたら問題ありませんけど」


 情報の少なさに文句言わないでくださいよ――そう口にしたところで、俺と女性自衛官との情報交換を開始する。

 今まで遭遇したモンスターについての情報と、異界浸食が起きてから遭遇した数々の出来事イベントを、俺は女性自衛官に伝えたのである。

 それとついでに妖精のニアのことも伝えておくことにした。ニアの姿を目撃されてしまったので、隠すよりはマシだと判断したからだ。

 すると複数の自衛官が乗っている装甲車から、『マジかよ!?』『ありえねぇ!?』などの驚きの声が聞こえてきた。特に人類とコミュニケーションができる妖精のニアの存在が、一番驚かれているように見えた。


「中々面白い情報持っているわね」

「そうですか?」

「そうよ。少なくとも君達から貰った情報は価千金……なんだけど、それに釣り合う情報を私達は持ってないのよね……。でもまぁ、約束だから私達が持つ情報を教えてあげるわ」


 そこで女性自衛官が俺達に情報をくれる番になった。


「あの森の中で良く遭遇するモンスターは虫タイプのモンスターよ。五十センチ以上のセミとか、カマキリ、サソリといったところね。一匹一匹は特に脅威ではないけど、数十匹単位で向かってくるから気を付けてね」

「す、数十匹単位ですか……。気を付けるもなにも、森を突っ切るのは不可能に聞こえるんですけど……」


 虫嫌いの人間にとっては悪夢なところだな。


「うん。ぶっちゃけ止めた方がいいわよ。私達は装甲車があるから平気だったけど、生身で森を突っ切るのは正直お勧めしないわね。それに他の問題もあるわよ」

「他の問題って、何かあるんですか?」


 俺の代わりにシロが言った。


「森の広さが少し異常なのよ。地図上では一キロぐらいの広さなのに、直線距離が五キロ近くあったの。だから迷子になる可能性も考えた方がいいわね」

「……そうですか」


 シロは浮かない顔をしながら森を見ている。森を突っ切るかどうかを悩んでいるようだ。

 そんなシロの様子を見た女性自衛官は、悩む素振りを見せながら口を開く。


「虫タイプのモンスターをどうにかする方法があるのなら、タイヤの痕を辿ってみてはどうかしら? もっとも死んだら責任は取れないから、大人しく迂回した方が身のためなんだけど……。それと森の向こう側に遭遇するモンスターなん「栗田二等陸曹、ちょっといいか?」」


 運転席に座る中年の男性自衛官が、女性自衛官の言葉を遮ってきた。


「情報交換の途中に済まないんだけど、時間があまりないからここまでにしてくれ。ワシらはまだ任務中なんだぞ」

「あー、うん……。任務中なのは理解していますけど、途中で終わらせるのはちょっと不義理じゃないんですか?」

「不義理なのは理解している。だけど時間がないんだ。だから情報交換は終了してくれ」

「……了解しました」


 不承不承と言った表情を浮かべる女性自衛官の栗田二等陸曹。


「情報交換はお開きですか?」


 俺は栗田二等陸曹の空気を読み取った。


「ええ。ウチの融通の利かないツルハゲ隊長のせいでね」

「「「ぶふっ……!?」」」


 後部座席に座る自衛官達から吹き出したような声が聞こえてきた。


「……笑った奴、あとで鉄拳制裁だからな」

「「「ただの思い出し笑いですので勘弁してください!!」」」

「いーや、勘弁しないから覚悟しておけ! それと民間人にさっさと別れの言葉でも言うんだな、栗田二等陸曹!!」

「は~い、ツルツル隊長」

「「「ぶはっ……!?」」」

「き、貴様らぁぁぁぁぁぁ!!」


 パチンコ玉みたいに磨かれた頭を持つ中年の男性自衛官が、後部座席に座る複数の自衛官に向かって睨んでいる。


「ごめんね、君達。ウチのミラーボール隊長がうるさいから情報交換はこれで終わり。一方的にぶったぎるような真似をしてごめんなさい」


 栗田二等陸曹は不義理のまま別れることを惜しんでいる、そんな申しわけなさそうな表情をしているようだ。


「今の自衛隊が忙しいのは理解していますので、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。それに一番欲しかった情報。森についての情報を貰ったので、逆に感謝したいぐらいです」

「私もザキと同じよ。だからありがとうございます」


 俺とシロは装甲車に乗る自衛官達に向かって一礼をする。するとニアも俺の真似、『どうもありがとー』を口にしながら一礼をした。


「いい子ね、君達……。もちろん妖精の君も凄くいい子よ――っと、そろそろ私達は行くわね。グズグスしてるとハゲオヤジが噴火しかねないから」

「「「もう噴火してるよ!!」」」


 栗田二等陸曹の後ろに座る自衛官達の合唱が聞こえてきたが、とばっちりを食らいたくないので俺は気づかないフリをした。

 すると装甲車からエンジンを起動する音が聞こえてくる。


「出発するぞ、栗田二等陸曹。それと小僧」

「小僧……って、俺――じゃなかった。自分のことですか?」

「貴様しかおらんだろう」

「ですよねー。それでなんでしょうか?」


 偏屈そうなおっさんだなぁ、などと心に浮かべながら栗田二等陸曹の上司の顔を視界に入れた。


「わざわざ言うようなことではないのだが、モンスターに食い殺されんよう長生きするんだな」

「もちろんです。そちらも長生きしてくださいよ。死んだと聞かされたら夢見が悪くなりそうなんで」

「安心せい。退職金を貰わずに殉職なんてことになる予定はないからの」

「そうですか」

「うむ。ではワシらは任務があるのでここでお別れじゃ。小僧、嬢ちゃん、それと妖精の嬢ちゃん、悔いのない日々を送るんじゃぞ」


 そんな運転席に座る栗田二等陸曹の上司でもある隊長の言葉を聞き取った直後、オリーブドラブの装甲車がゆっくりと動き出し、一分もしない内に俺達の視界から消え去った。


 中々愉快そうな人達だったな……。

 ツルハゲの隊長に、毒舌なお姉さん。お互い無事に再会できる日を待っているぞ――っと、そろそろ俺達も行動するか。日が暮れる前に城山高校に到着したいんで。


「虫は平気なのか、シロ?」

「あまり得意ではないわね。でも対策はあるから迂回する気はないけど」

「対策って、何かあるのか? スキル? 魔法? それともマジックアイテム?」

「マジックアイテムよ。それも二種類持ってる。ザキの方は何か便利なアイテムはないわけ?」

「……一個あるけど」

「ある『けど』何よ」

「貴重なマジックアイテムを消費したくないなぁっと、思ってな」


 昨日の無料ガチャで手に入れたマジックアイテム『殺虫剤』が役に立ちそうなんだけど、あれは一回だけしか使えないのだろうか?

 それとも殺虫剤の中身がなくなるまで連続で使用することができるのだろうか?

 もし連続で使用することができるのなら、経験値を沢山獲得できるチャンスだったりして……。


「ねーねー。早く行こうよー。お腹すいたー」

「今から行く場所はレストランじゃねぇんだぞ、ニア……。つーか、変なモノを拾うなよ。あと単独行動は絶対にするな」

「分かってる、分かってる。私だってモンスターに食い殺されたくないから。それと変なモノは拾わないわよ、変なモノは」

「……絶対だぞ」


 俺は不満気な表情を浮かべながら森林型のダンジョンの奥を見渡す。


 マジックアイテムの殺虫剤があるとは言え、虫タイプのモンスターがウヨウヨいる森に突っ込みたくねぇな……。

 もっともシロとニアは森を突っ切るのに賛成みたいなので、俺だけわがまま言うべきではない…………はぁ、覚悟を決めますか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る