十八話 城山高校へ その4

 偶然出会った自衛官から『虫タイプのモンスターが良く出るから迂回した方がいい』と言われた俺達だが、虫タイプのモンスターに有効なマジックアイテムを持っているので、緑鮮やかな木々が無秩序に立ち並ぶ森林型のダンジョンに足を踏み入れることにした。

 また自衛官からのアドバイス『森を突っ切るならタイヤの痕を辿る』を素直に従う俺達であり、虫タイプのモンスターとの戦闘に勤しむ俺達でもあった。


「汚物は消毒だ~~!!」


 某世紀末漫画に出てくるモヒカン野郎のセリフを口にする俺は、五十センチ大のセミやカマキリなどのモンスターに向けて殺虫剤を吹きかけた。

 すると耳障りな音を立てながら地面に墜落し、全身を痙攣させる虫タイプのモンスターの様子が目に入ってくる。


 マジックアイテムの殺虫剤を撒き散らしているだけなのに、火炎放射器を発射しているような感覚だぜ!

 それも巨大セミや巨大カマキリなどの虫タイプのモンスターを安全かつ楽に仕留める……うん、悪い気はしないな!!

 経験値のアナウンスが連続で聞こえてくるのが、ちょっとウザいけど!!


「えげつないわね……。大量のモンスターをいちいち相手にするよりマシだけど」


 俺の背後からシロの声が聞こえてくると同時に、テンポの速いリムズカルな発砲音も聞こえてきた。至る所に雑草が生い茂る地面を這いずり回る巨大サソリを、二丁のサブマシンガンによる弾幕で駆逐する音である。


「拳銃に、ショットガン。それと二丁のサブマシンガンを持つシロに言われたくねぇんだけど。つーか、ガチャ運強過ぎだろ! 滅茶苦茶頼りになるから文句はこれっぽちもないんだけどさ!!」


 殺虫剤を前方に振り撒きながら足を進める俺は、背後から援護射撃をするシロを頼もしく思えると同時に軽く嫉妬心を覚えてきた。


 火縄銃でもいいから銃が欲しいなぁ……。安全な後方からモンスターを駆逐できる銃を。


「ハヤトー、ヒナー。私も攻撃に参加するねー。紅の妖精が告げる。燃え盛る火球で敵を燃やし尽くし「や、止めろ!! 馬鹿!!」」


 俺は攻撃魔法『ファイアーボール』を唱えようとするニアを鷲掴みする形で制止した。


「キャー! 痴漢! 変態!」

「誰が変態だ!! つーか、森のど真ん中で火の玉を出すんじゃねぇ!! 火事になったらどうするんだ!!」

「あっ……」


 ニアは俺の行動と言葉の意味を悟ったようだ。

 なので俺は直ぐにニアを解放し、改めて殺虫剤で虫タイプのモンスターを駆逐し続ける。


「ニアの攻撃手段がファイアーボールしか持ってないんだから大人しくしてくれ。特に今いる場所、木や草などの可燃物が沢山ある森の中ではな」

「ぶー!! つまんなーい!!」

「仕方ないだろ。ニアのファイアーボールのせいで山火事……ここは山じゃないんだけど、山火事が起きたらヤバいんだから」

「そうだけどさー!! 私も何か活躍したいの!! さっきからハヤトとヒナだけモンスターを倒してずるい!!」

「ずるいって、モンスター退治は遊びじゃないんだが」


 一歩間違えればあの世行きのデスゲームだぞ、モンスター退治は。

 もっとも現在の俺は殺虫剤を片手に無双中なので、遊んでいる様にしか見えないんだろうけどな。


「ハヤトが持っている物、サッチュウザイだっけ? 私も使ってみたいんだけど!」

「断固断る。複数のモンスター相手にナイフ一本で戦うのは難しいんでな。だから俺じゃなくてシロに頼め、シロに」


 拳銃などのレアアイテムを持つシロなら何か良さそうなモノを持ってんじゃね、そう思っての発言である。


「私に面倒事を振らないでくれる?」


 俺の背後からサブマシンガンの発砲音と一緒に、シロの不満気な声が聞こえてきた。


「そう言うなよ、シロ。俺達は仲間だろ。それと虫タイプのモンスターに有効なアイテムを二つ持っていると言っていたよな? どんなマジックアイテムなんだ?」

「虫除けスプレーと蚊取り線香よ。その二つのマジックアイテムの効果は……説明する必要があるかしら?」

「あー、何となく分かるからいいや。ってか、虫除けスプレーがあるならかけてくれねぇか? 殺虫剤の使用を節約したいからさ」

「仕方ないわね……。ちょうどモンスターを殲滅したところだし、ちょっと待ってなさいよ」


 シロは迷彩柄のマジックバッグから小さなスプレー缶の虫除けスプレーを取り出し、そのまま虫除けスプレーを俺とニアにふりかけた。


「あまーい、匂いがする……。ひょっとしてお菓子だったりするのかな?(じゅるり)」

「残念だけど違うわよ。これはマジックアイテムの虫除けスプレー……虫タイプのモンスターを遠ざける空気が入ったアイテムなの。ニアに貸してあげるから私にかけてくれない?」

「いいよー。まっかせてー」


 ニアは十センチサイズの虫除けスプレーを抱きしめる形でシロから受け取り、シロの周囲を浮きながら虫除けスプレーを吹きかけた。


「ありがと、ニア。それと虫除けスプレーを持ったまま移動できる?」

「もちろんできるよ。モンスターと遭遇したら吹きかければいいんだよね?」

「そうよ。ただし一匹とか二匹ぐらいの数だと勿体ないから注意してね」

「うん、分かった!」


 上機嫌な返事をしながら周囲を見渡すニアは、殺虫剤を片手に持つ俺の肩に近づいてくる。


「俺の前に出るんじゃねぇぞ。死にたくなかったらな」

「分かってる、分かってる」

「だといいんだがな――っと、先に進むぞ」


 先頭に立つ俺はモンスターの襲撃に備えながら森林型のダンジョンを突き進む。もちろん女性自衛官のアドバイス、装甲車のタイヤの痕を辿る形である。

 そして三十分から一時間ぐらい森林型のダンジョンの中を移動していると、そこそこ開けた場所に出てこれた。


「ねぇ、ザキ。ちょっと休憩していかない?」


 背後からシロの声が耳に入ってくる。


「そうだな。休憩するのに良さそうな場所だし」


 虫除けスプレーのお陰でモンスターとの遭遇戦が減ったとは言え、自然豊かな森の中を移動するのは流石に疲れたので、シロの提案に乗っかるのも一理はあるのだが……。


「一休みをするのは賛成なんだけど、ここで休憩しても大丈夫なの?」


 ニアが俺の気持ち――虫タイプのモンスターが良く出る森林型のダンジョンから脱していないのに、ここで休憩するのは危険ではないのだろうか――そんな疑問を代弁したのである。


「問題ないわよ。ちょうどいいマジックアイテム、蚊取り線香があるから」

「カトリセンコーって、どんなアイテなの?」

「一時間だけ虫タイプのモンスターが絶対に寄ってこない効果を持つアイテムよ。だからここで安全に休憩ができるし、落ち着いて昼飯にすることもできるわよ」

「昼ごはん……!?(じゅるり)」


 食いしん坊のニアの口元から唾液を飲む音が聞こえてきた。


「ちょうど昼飯の時間だし、ここで食っていくか? シロ、今朝の無料ガチャで手に入れたアイテムを出してくれ」

「永久的に使用できるだけのハズレ景品、無煙コンロのこと?」

「そうだ――けど、ハズレ景品は余計だっての! それとついでにヒトカミダケとワイルドポークのドロップアイテムもよろしく」

「はいはい。分かってるわよ」


 シロは迷彩柄のマジックバックを漁り始めた。

 するとユーモラスで面白い豚の姿をした陶器、蚊遣り豚を取り出すシロの様子が目に入ってくる。


「マジックアイテムの蚊取り線香か?」

「そうよ。それとテーブルと椅子も出すから手伝って」

「分かった」


 俺はマジックバックから次々と取り出すシロの手伝いをする。

 折り畳み式のテーブルとパイプ椅子に、ワイルドポークの肉などの食材や、マジックアイテムの無煙コンロ(焼き肉コンロ)といった調理道具を、シロが持つマジックバックから取り出したのである。

 そして昼食の準備を五分以内に済ませた後、


「いっただき、ま~~す……!」

「いただきますっと」

「いたただくわ」


 俺達は食事前の挨拶をするのであった。

 ちなみに昼食はヒトカミダケのドロップアイテム『美味しいキノコ』と、ワイルドポークのドロップアイテム『美味しいお肉』を無煙コンロで焼き、塩、胡椒、焼き肉のタレなどの調味料をかけただけのお手軽メニューである。

 

「最初はキノコから食ってみるか――っと」


 ちょうどいい具合に焼き色がついたキノコを食べようとする俺は、そのキノコに塩をパラパラと振りかけた後に、竹製の割り箸でキノコを口元に運んだ。


「うまっ……!?」


 高級キノコのマツタケのような香りと、エリンギに似たプリプリした食感に、俺は思わず感想を漏らしてしまった。


「美味しいでしょ。私も最初に食べた時はザキと同じようにびっくりしたわよ」

「へぇ……(もぐもぐ)」


 俺はシロの言葉に相づちしながらキノコを味わい続ける。


 今まで食ったどのキノコより美味いな。つーか、一本当たり千円以上で売られてもおかしくないんじゃね?


「美味しー、美味しー(もぐもぐ)」


 二十センチに満たない体格を持つニアは、十センチを超えるキノコをフードファイターもびっくりするような勢いで平らげようとしている。


「相変わらずどうなってんだよ、お前の腹の中は……」


 明らかに小柄の妖精が食える量を超えているのに、体形が風船のように膨らまないって、物理現象を無視し過ぎだろ!


「女の子をあまり詮索するもんじゃないわよ、ザキ。それよりニアに全部食べられる前に早く食べた方がいいんじゃない?」

「そうだな。暴食妖精の胃袋の中に運ばれる前に肉を食わないと」


 底なし胃袋を持つニアを意識しながらワイルドポークのドロップアイテム、美味しいお肉を食べようとする。


「うおっ……!? あ、脂がじゅわ~~っと、広がりやがる……んだけど、コッテリした脂じゃない!! これは肉の旨味だ……!?」


 俺はあまりの美味しさに驚きの表情を出した。


 このお肉はA5のブランド肉だ、と言われても信じるほどの美味しさだぞ!

 近所のスーパーで見かけたら俺の小遣いを使ってでも買いたいレベルのお肉――まではいかないけど、週に一回は食べたいと思えるようなお肉だ!!


「うわっ!? 物凄く美味しいお肉なんだけど……!!」


 シロもワイルドポークのお肉の味に驚いているようだ。


「ふっふっふ……。このワイルドポークのお肉は滅多に手に入らないのよ! 何故ならワイルドポークは『幻獣』と呼ばれる珍しいモンスターなのだからッ!!」


 ウザいくらいのドヤ顔を浮かべるニアの姿が、ワイルドポークのお肉に舌鼓を打つ俺の目に飛び込んできた。


 腹立つレベルのドヤ顔だな――なんて事を口に出したいんだけど、昼食が不味くなるから黙っていよう。ってか、炊き立ての白いご飯が食べたいなぁ……。

 シロに『ホカホカのご飯』をおねだりしたら、一杯分のご飯を貰える…………とは思えねぇな。俺とシロの関係は蜜月とは言い難いレベルだし。


「幻獣って、どんなモンスターなの?」


 シロはゲームや漫画でしか聞いたことがない単語、幻獣についてニアに質問している。


「たま~~に、現れるモンスターよ。何の前触れもなく現れては消える、そんな不可思議なモンスターなの。それと普通のモンスターより大人しかったり、好意的な存在だったりするわ。ちなみにワイルドポークは攻撃しなければ無害な存在なの」

「そうなんだ。ニアは色々と物知りだね」

「まぁねー。記憶の方は相変わらずだけど、知識の方は問題ないから……はぁ。何時になったら記憶が元通りになるんだろ……」


 暗く落ち込んだ表情に塗り替わるニア。


「えっと、その……。い、何時かは記憶が元通りになるわよ! ザキもそう思うでしょ!!」

「俺に話を振るんじゃねぇよ。つーか、食事中にため息つくな、飯が不味くなる――っと、二本目のキノコもーらい!」


 俺はニアの落ち込みに気にすることなく無煙コンロで焼いたキノコを頬張った。


「ちょっと、ハヤト! そのキノコは私のよ!!」

「うるへー、うるへー。ってか、キノコは全部で六本手に入れたんだから、一人当たり二本までだろ。だったら誰が焼いたものだろうが関係ないんじゃね?」

「いや、普通に関係大有りだと思うんですけど……。ザキが焼いた肉を取られたらどうすんのよ」

「ガチギレするけど、何か?」

「言ってることが矛盾してるんですけど!?」

「わっはっは~~」

「笑って誤魔化すな! ニアに謝れっての!!」

「貴様のキノコは我の血肉に生まれ変わった事に喜ぶがほっ!!」


 炭酸飲料が入ったアルミ缶が俺のこめかみに激突した事に、変な語尾を付けてしまった。


「き、貴重な飲料物を無駄にするんじゃねぇ……」

「私物の使い道に口出さないでくれる、ザキ。それよりいいからサッサとニアに謝りなさい。さもないと今度は鉛玉をプレゼントするわよ」

「鉛玉って、それは流石にアウトだとおも「5、4、3」ま、待て!! 妖精のニア様、貴方様のキノコを勝手に口にしてしまい、大変申し訳ございませんでした!!」


 シロのカウントダウンに屈した俺は、一瞬でニアに向かって謝罪――土下座をした。


「ぶー!! せっかく手に入れたキノコなのに!! ヒナ! ハヤトをけちょんけちょんにして!!」

「ええ、分かってるわ!」


 ニアはマジックバッグから木刀らしき得物を取り出している。


「ちょっと待てッ……!? 俺はシロに言われてニアに謝罪をしたのに、これ以上の制裁を受けなきゃならねぇのかよ!! あと何で木刀なんてモノを持ってんだ!!」

「うるさいわよ、ザキ! 大人しく私の――じゃない。ニアの制裁を受け入れなさい!!」


 シロは木刀でフルスイングをする――が、


「危ねッ!?」


 俺は木刀の一撃を紙一重でかわした。


「お、落ち着け! 落ち着くんだ、シロ!! それとニア!」

「何よ!」

「お前のキノコを食ったのは悪かったけど、キノコはまだ四本あるから機嫌を直してくれ!」


 怒り心頭のニアを宥めようとする俺は、四本のキノコやお肉が乗っかった無煙コンロに指差しする。


「あれ? おかしいな? キノコが四本乗っかってるんですけど……」


 俺、二本食ったよな?

 そんでニアが一本食ったはずだ。

 シロはまだ一本も食っていない……よな? 仮に一本以上食ったとしても、キノコが四本あるのは有り得ない事だ。

 マジックバッグを持つシロが善意のつもりでキノコを追加したのなら話は別なのだが……。


「シロ、ちょっといいか?」

「遺言のつもりなら聞き入れるつもりはないけど」

「ちげーよ、馬鹿! キノコの残りが四本あるんだけど、一本以上キノコを追加したか?」

「何言ってんのよ、ザキ? 貴方が二本食べてニアが一本食べたんだから残りは三本でしょ――って、あれ? 何で四本あるのよ?」


 不思議そうな表情を出すシロ。どうやらキノコの残りが四本ある原因はシロではないようだ。


「何かしたか、ニア?」

「何かって、何を?」

「俺は二本のキノコを食った。そんでニアは一本のキノコを食った。そこまでは理解できるな」

「……馬鹿にしてるの?」

「違う。ただの確認だ。元々六本あったはずのキノコが、三本になっていなければおかしいのに、何故か四本残ってんだよ。つまり一本のキノコの出所が怪しいんだ。ニアは心当たりはあるか?」

「こ、ココロアタリナンテナイデスヨー」


 日本語覚えたてのようなカタコトで否定するニアは、俺の視線から逃れる形で顔を逸らしているのであった。

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