十九話 城山高校へ その5

「ニア、怒らないから正直に言ってくれ。キノコが一本多い理由を」

「だ、ダカラナンノコトデスカ? ワタシハナニモシリマセンヨー」

「……ホントに知らないと?」

「ウン。ホントニナニモシラナイアル」


 ニアは死んだ魚のような目をしている。


 百パーセント何か知っていやがるな。

 それか俺とシロに気付かれたくないこと――悪戯でもしやがったな。

 脅すか、痛めつけるか、それとも『飯抜きの刑』を与えるべきか? あるいは泳がせて置くべきだろうか? 相手は人間よりひ弱な妖精だとはいえ、万が一のことがあると全滅になりかねないので、早急に対処した方がいいのだが……うん、決めた!


「最後のチャンスだ、ニア。今直ぐ正直に話せば笑って許そう」

「しょ、ショウジキニハナセバッテ、ナンノ「嘘や誤魔化しをするならば今日の夕飯はgarghtrgfaだけだぞ……って、あれ?」」


 俺は怪訝な表情を浮かべながら首を傾げた。


 さっき何て言ったんだ、俺は?

『今日の夕飯はクッキー一枚だけだぞ』そう言いたかったはずなんだけど、口から支離滅裂な声が出てしまったんだが……気のせいだろうか?


「どうしたのよ、ザキ? いつもよりヘンテコな顔をしているんだけど」

「ヘンテコは流石に言い過jatvkpydbp――って、あれ? 俺の口からpmapwagj……」


 どうなってるんだ!? 俺の口からメチャクチャな声が勝手に出て来るんだけど……!?


「ふむふむ。ハヤトの分は私に全部譲るって言ってるのね。ありがとー」

「gtmtwagtmaないだろ!!」


 そんなこと言ってないだろ、そう口にしながらニアに手を出そうとする――その時だった。


「gtwbpa……!?」


 俺はマヌケな声を漏らしながら転んだ。それも受け身を取ることなく顔面から地面に着地したのである。


 いってぇな、チクショウ!! つーか、口どころか体が上手く動かねぇ!! どうなってやがるんだ!!


「ちょっと、どうしたのよ!? 急に倒れるなんて!?」


 慌てた様子で俺の側に近付くシロ。


「どうしたの、ハヤト!? お腹が痛いの!?」


 ニアもシロと同じく慌てた表情で俺に近付いた。


「△□○※%、×☆♪△!!(体が動かない、助けてくれ!!)」

「何て言ったの!? 動けない――そう言ったの!? YESなら片目を閉じて!」

「□○△!(YES!)」

「一応聞くけど、冗談の類いじゃないんだよね!」

「……(片目パチパチ)」


 こ、声が全くでない!? それと呼吸しづらい!! どうなっているんだ、俺の体は……!

 ってか、体の不調の原因はなんだ! 病気か? 毒か? それとも呪いか?

 もっとも病気の線は限りなく薄いだろう。脳の病気にかかったことがないし、まだ若いからだ。

 なので毒か、呪いが原因なはずだ。特に毒の線が濃厚だと思う。

 とは言えモンスターの毒攻撃が原因なのか、飲食物による食中毒が原因なのか、素人の俺には判別がつかない。

 ただしモンスターの攻撃を食らった覚えはない。よって飲食物による食中毒が原因だろう。蚊のような小さなモンスターによる毒攻撃を食らった可能性を排除すればの話だが、取り敢えず食中毒説で話を進めた方がいいかもしれない。

 だけど何か変なモノを食べたのだろうか? あるいは何か変なモノが混じっ……あっ!?


 体の不調の原因についてあれこれ考えていた俺は、地面に倒れる直前の出来事を思い出した。出所不明のキノコについて。


「ニア、正直に言って! キノコが一本多い理由はニアの仕業なの!」

「そ、そうだけど……」

「そのキノコはどこにあるの! まさかとは思うけど、ザキが食べたんじゃないわよね!!」

「え、えっと、その…………はい」


 強めの口調でニアに追及するシロの声と、しどろもどろに答えるニアの声が、地面に横たわる俺の耳に入ってきた。


 やっぱりかー!!

 しかもよりにもよって毒キノコかよ!! ってか、どこで手に入れたんだよ!!


「どこで手に入れたの?」

「……拾った」

「どこで?」

「ワイルドポークを倒した後、落ちてるキノコを拾ったの。それでその……ハヤテの暗闇のコートのポケットに忍ばせたんだけど……わ、私のせいだったりするのかな……?」

「ほぼ、ね。ちなみにどんなキノコだったの?」

「えっと、確か赤いキノコだった」


 赤いキノコって、ヨミダケだよな?

 神使から『一口だけでもあの世に旅立てるほどのキノコ』だと評したヤバいキノコ――ってか、このままだと死んじまうじゃねーか!!


「つまりヨミダケを食べたザキが助かる方法は解毒しなければならないわけね……はぁ」


 シロのため息らしき声と共に、ガサゴソする音が聞こえて来る。

 そのことに俺は『何をしているのかよく分からないけど、早く助けてくれ!』そう考えていると、見慣れぬ瓶を掴むシロの手が目に入ってきた。


「解毒剤、あるけど使う?」

「……(片目パチパチ)」

 

 使うに決まってんだろ! 使わなかったら死んじまうんだぞ、俺!!


「ならじっとしていなさい。解毒剤をザキの口の中に流し込むから」


 そう言いながら解毒剤が入った瓶のフタを開けるニアは、宣言どおり俺の口の中に解毒剤を流し込んだ。

 すると体の奥からスーっと、毒が消えていくのが手に取るように分かった。


「おっ、体が動ける。ありがとな、シロ。助かったぜ」

「どういたしまして。それで完全に治ったの?

「ああ。完全に治ったと思うぞ。そんで――」


 俺は怒りMAXの表情を浮かべながらニアの顔を真っ直ぐ見た。


「……(そろりそろり)」

「どこに行くつもりだ、ニア」

「ちょっとお花摘みに「行かせるわけないだろ!」」


 俺の制裁から逃げようとするニアを追いかけ始めた。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ホントにごめんなさいって!!」

「いーや、謝罪だけで許してやるほど俺は優しくはねぇぞ! 夕飯抜きの刑と十連デコピンの刑を与えても許しはしないからな!! つーか、昼飯のメニューにしてくれる!!」

「ゆ、夕ごはん抜きは勘弁して! あと私を食べても美味しくはないわよ! デコピン一発で許して!」

「ざけんな! 大人しく俺に捕まりやがれ!」


 俺とニアは昼飯が置かれたテーブルの周りをぐるぐると鬼ごっこをしている。


「助けて! ヒナ、助けて! このままではハヤトに食べられてしまう!!」

「自業自得よ、ニア。毒キノコだと知らなかったとはいえ、出所不明のキノコを勝手に混ぜたニアが悪いでしょ。よって張り手の一発は覚悟しなさいよ」

「張り手の一発で済まされる雰囲気ではないのだけど……!!」

「仕方ないでしょ。それに貴重なマジックアイテムを消費させた私も、ニアに制裁を加えたい気分なんだけど」

「そ、そんな……」


 絶望といった表情を浮かべるニア。

 そんなニアの小さな体を掴む直前、ニアは地面に向かって急降下した。そのことに俺は『ようやく観念したか』そう思っていたら、


「お、お腹が痛い……」


 お腹を抱えるニアの様子が目に入ってきた。


「仮病で俺の制裁から逃れようとしても無駄だぞ」

「ち、違う……。ほ、ホントにお腹が痛いの……」

「だから無駄だっての! いい加減覚悟を決めやが「ちょっと待って、ザキ!!」」


 地面にうずくまるニアに怒りの鉄拳制裁を食らわせようとする瞬間、シロの大声が割り込んで来た。


「いきなり声をあげてどうしたんだよ、シロ!? こっちは取り込み中なんだけど!」

「取り込み中なのは理解してるけど、ちょっと待って!! ニアの様子がかなりおかしいから!!」

「おかしいつーか、仮病だろ。俺の制裁から逃れようとしてるだけだ」

「私も最初はそう思ったわよ。でもテーブルの上にあるアレを見て」


 シロはテーブルの上にあるアレ――食べ掛けのイチゴに指差しをした。


「イチゴがどうかしたのか……って、何でイチゴがあるんだ!? それも食べ掛けの…………ま、まさかッ!?」


 俺は目を大きく見開きながらニアを見る。


「食ったのか!? てか、どこで手に入れたんだ!!」

「えっと、その……昼ごはんの用意してる途中、直ぐ近くに生えてたの、イチゴ……。しかも赤くて美味しそうな匂いがして……。(じゅるり)」

「馬鹿か、テメーは!! こんな怪しい場所――ダンジョンの中に生えてるイチゴを調べもせずに口にするなんて、お前の頭の中はカビでも生えてんのかよ!! あと腹痛いくせにヨダレを垂らしてんじゃねーよ!!」

「テヘ☆」


 顔をわずかに青ざめるニアはウインクをしながら舌を出した。


「何が『テヘ☆』だよ、状況理解してんのか、お前は……? つーか、お腹が痛いだけか?」

「い、今のところは……。あっ、でも悪寒を感じてきたような、きてないような……」

「そうか。それで解毒剤必要か? ぶっちゃけ放置したい気がしないでもないが」

「鬼、悪魔! 弱ってる妖精を見捨て……お、お腹が痛いぃぃ……!!」


 清潔とは言いがたい地面の上にもかかわらずに転げ回るニア。どうやら腹痛のレベルは高いようだ。実にいい気味である。


「馬鹿め、大人しくしてればいいものを。毒殺されかけた俺から見ればかなり愉快な喜劇に見えるぞ、今のお前は! せいぜい苦しむがいい!!」

「お、おのれぇぇぇぇ……!!」


 ニアは親の仇を見るような目付きで俺の顔を睨んでいる。それと『絶対に後悔させてやる……!!』そんな小さな呟きが聞こえて来た。


 溜飲がすげー下がるなぁ。近くにいるシロからドン引きの表情をしているけど、罪悪感といった後悔は全くない。

 とは言えこのままにしておくと後が怖いので、悪ふざけはここまでにしておこう。


「シロ、この憐れな馬鹿妖精に解毒剤を投与してもいいか? 解毒剤二本分の埋め合わせは必ずするからさ」

「解毒剤、一本しかないんだけど……」

「…………マジか?」

「うん」

「そうか……ならニアの旅はここまでか。短い付き合いだったな」

「不吉なことを言わないでよ! 私はまだ死ぬ予定もないし、ここで脱落するつもりは――――お、お腹がし、死ぬほど痛いいぃぃぃぃ……!!」


 腹を抱えながらプルプルと震えるニア。


「ただの冗談だから落ち着けっての。それよりシロ、解毒剤がないならラッパのマークの胃薬はあるか?」

「それなら持ってるわよ。だけど効き目は期待しない方がいいと思うけど」

「分かってる。それでもないよりマシだろ。胃薬で治ったら儲けものだし」

「それもそうね……なら、ちょっと待ってて」


 シロは黒と茶色の迷彩柄のマジックバッグに手を突っ込み、ガサゴソと胃薬を探しているようだ。

 そして数秒後には見慣れたラッパのマークで有名な胃薬のパッケージを目にするだろう――そう思いながら待っていると、


「ちょっといいですか? 道を聞きたいんですけど」


 俺の背後から女性の声が聞こえてきた。

 そんな唐突すぎるイベントに遭遇した俺は、条件反射的に後ろを振り向く。するとセーラー服の上に特攻服を羽織る一人の女子高生の姿が目に入ってきたのである。

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