二十話 城山高校へ その6

 己の食い意地のせいで腹痛に喘ぐニアを何とかしようとする最中、セーラー服の上に特攻服を着用した女子高生に遭遇した。

 それも虫タイプのモンスターがよく出る森林型のダンジョンの中で、錆びた釘が打ち込まれた木製のバットを持ったヤンキーJKに道を聞かれたのである。メリハリのある体型と茶髪のロングヘアーを持つセクシーJKでもあるが。


「一人か?」


 目の前に立つヤンキーJKに、俺は不審な目を向けながら口にした。

 大量の虫タイプのモンスターが徘徊しているダンジョン内に、女子一人で行動しているとは思えなかったからだ。


 俺達と同じようにマジックアイテムを使用しながらここまで移動したのかな?

 それとも近くにツレがいるのだろうか? あるいは罠に嵌めようと画策しているとかは……ないよな? ないよね?


「こんな場所で出会ったら警戒するのは理解出来るんだけど、不審な目でじろじろ見ないでくれる。こっちはただの迷子の女子高生なんだけど」


 ヤンキーJKは『これ以上不審な目で見たら殺す』そんな雰囲気を出しているようだ。


「迷子の女子高生ねぇ……。ホントのことかどうかは知らないんだけどさ、今はちょっと立て込んでるから後にしてくれないか?」

「立て込んでるって、何か困りごとでも?」

「困りごとと言えば困りごとだ。ウチの仲間が馬鹿やらかしてな。食中毒でKO状態なんだよ」

「それはまたご愁傷さまだな……。死にそうなの?」

「分かんね。ただの腹痛で済めばいいんだが……」


 何か良さそうなアイテムでもくれないかな――そんな希望を抱きながらヤンキーJKの顔をじっと見る。


「な、何だよ……! 言いたいことがあるなら口に出し――ま、待って! やっぱり黙ってて!!」


 あわてふためくヤンキーJK。そんなヤンキーJKの様子に気にすることなく俺は口を開く。


「解毒剤のようなマジックアイテムでも持ってないか?」

「だから口に出すなって、言ってるでしょ!! 嫌よ! 見ず知らずの誰かを助けるなんて行動、割りに合わないことはしたくない!!」

「まぁまぁ、そんなこと言わずにさ。小さな子が死にかけてる……死ぬかどうかは知らないけど、見捨てるのは夢見が悪いとは思わないか? もし死んだらお前の枕元に立って「言うなッ!! と言うより卑怯だぞ!! 人の善意を試すようなことを言うなんて!!」」


 卑怯で結構。今の俺達には余裕があるとはいえない状況なので、外道と呼ばれても痛くも痒くもない。

 つーか、俺の言葉を無視したり受け流せばいいのに、俺の言葉に怒りの感情を露にすると言うことは、見た目に似合わずに優しいヤツだな、お前は……。付け入る隙がありそうだから俺としてはラッキーだけどな。


「どうするんだ? 小さな子の命はお前の手にかかっているぞ。解毒剤があれば助かるし、解毒剤と同じようなマジックアイテムがあれば生き長らえるだろう。なかったらお前を恨みながら非業の死を迎える……どうするんだ?」

「どうするんだ――って、何でアタシに責任を背負わせようとしてんの、アンタは……!! 一応言っておくけど、解毒剤なんてマジックアイテムは持ってない!!」

「チッ……」

「露骨に嫌そうな顔をしながら舌打ちするなッ!! 釘バットで滅多打ちにしてやろうか!」


 ヤンキーJKは俺に釘バットを見せびらかしている。


「当たったら痛そうな武器だな。ってか、どこかで見たことがあるような……? どこで見たっけ? 石造りのダンジョンの中だったかな?」


 俺は見た目が凶悪過ぎる武器『釘バット』についてアレコレ思い出そうとするが、一ミリも思い出せなかった。気のせいかな?


「何ブツブツ言ってんの! アタシの武器に文句があるわけ!」

「違う違う、ちょっと見たことがあるなーっと、思っただけだ。それよりホントに解毒剤を持ってないのか? 解毒剤じゃなくても、それに準ずるモノでも問題ないんだけどさ。魔法とか、スキルとか」

「解毒剤はホントに持ってない」

「魔法やスキルは?」

「………………あるけど」


 苦虫を噛み潰したような顔をするヤンキーJK。


「頼んでもいいか?」

「チッ……」

「心底嫌そうな顔で舌打ちしないでくれよ。相手は小さな子なんだからさ」

「嫌そう、じゃなくてホントに嫌なんだけど……。でも相手が小さな子なら百億歩譲ってあげる――っで、その子はどこにいるんだ?」

「あそこだ」


 俺はニアがいる方向、シロに介抱されているニアに視線を送った。

 するとヤンキーJKはシロの顔に視線を向け始めた。


「死にかけていると言う割りには元気そうに見えるんだけど、アンタの妹さん」

「妹? あ、ああ……問題の相手は人間じゃない。シロの腕の中にいる妖精だぞ」

「……はっ?」


 ポカンっといった表情を浮かべるヤンキーJKは、シロの腕の中でげっそりしているニアを目にしているようだ。


「聞き間違いかな……? 小さな子じゃなくて妖精が相手だとか……冗談だよね?」

「気持ちは分かるけど、マジの話だ。妖精の相手は嫌か?」

「嫌ではない……んだけどさ……。私の魔法が効くかどうかは保証出来ない……。それでもいいのか?」

「ああ。やってくれ」

「分かった」


 ヤンキーJKはニアの近くに移動し、釘バットを持っていない手でニアを触れようとする。


「治せるの?」

「さあ? やってみないと分かんない、そんなところだな。妖精にかけてみるの初めてだし」

「そう……。でも何もしないよりはマシよ」

「まぁねー。ってことで、解毒の魔法をかけさせてもらう。デトックス!!」


 解毒剤と同じ効果を持っていると思われる魔法『デトックス』を口にするヤンキーJKの声が聞こえた瞬間、ニアに触れているヤンキーJKの手から淡い光が出たのを確認した。


 デトックス……直訳すると『毒抜き』だったよな? もし勘違いじゃなければ、デトックスでニアの体調は回復するはずだ。


「おっ……おおぉぉぉぉ……。お腹の、お腹の痛みが鎮まっていく……!?」


 病人のような表情から元気な表情に塗り変わるニア。その様子は突然の回復に驚いているようでもある。


「上手くいった……のかな? 妖精にデトックスをかけたのは初めてなんだけど……変な感じはしない? 具合は大丈夫?」

「うん! 変な感じどころか、物凄く気分がいい!! 今の気持ちを例えるならば、デカいうん◯を出産した直後の気分よ!!」


 ニアは「ひゃっほ~~」と叫びながら俺達の頭上を旋回している。


「ニアが言いたいことはなんとなく分かるけど、例えが酷過ぎるな……。つーか、ヤンキーJKにキチンとお礼を言えよ」

「ありがとー、ヤンキーじぇいけぃさん! お陰でお腹の痛みが綺麗サッパリなくなったよ!」

「どういたしまして……てか、ヤンキーJKと呼ぶのはやめてくれない? アタシには四十九院明日香つるしいんあすかと言う名前があるんだけど」

「つるし……なに?」

四十九院つるしいん。かなり珍しい苗字だから覚えづらいでしょ。下の名前で呼ばれたくないけど、アタシのことは明日香でいいから」

「うん、分かった。それとホントにありがとね、アスカ!」


 四十九院の目の前でホバリングをしながら笑顔を浮かべるニア。


「私の方からも御礼を言っておくわ、ありがとう。それと私の名前は白雪雛よ。ちなみに明日香さんが今助けた妖精はニアだから」

「雛と、ニアね。うん、オッケーよ。あと『さん』付けはやめて。ちょっと柄じゃない。アタシのことは明日香でいい。ただしアンタはさん付け――ううん、様を付けるなら下の名前で呼ぶことを許してあげる」

「年上なら様付けで呼ぶのは吝かではないのだけど、いくつだ?」

「17よ」

「同い年だ。よってお前のことは明日香と呼ばせてもらうぜ」

「チッ……。それでアンタの名前は? 知る必要はなさそうだけど、念の為に聞いてあげる」

「そりゃどうも。俺の名前は黒崎颯人だ。覚えてくれると助かる。もっとも直ぐに別れることになるだろうけどな」


 釘バットなんて凶悪な得物を持つ女子高生と一緒に行動したくねぇしな。それと……それと何故か本能がうずいてるんだ。明日香から離れろと。


「随分と冷たいね……。アタシのお陰でアンタのお仲間が助かったというのに」

「それについては感謝はしてるさ。だから見ず知らずの人間――じゃなくて妖精を助けてくれた恩だけは返すつもりだ。何がほしい?」

「そうね……。水や食料がほしいけど持ち運びが大変だし、取り換えず道案内を頼みたいんだけど。今いるダンジョンの出口を知っている?」

「知っていると言えば知っているが……。どの方向に向かってるんだ? 俺達は西の方向に向かっているんだけど」

「じゃあ、アタシも西の方向に進む」

「いやいや、何で俺達と同じ方向を選ぶんだよ。ひとりぼっちは嫌だから無理矢理付いていく気か?」

「違うって! ただ単純に向こうに行ってみたいっと、思っただけだから! アンタ達と付いていく気なんてサラサラないっての!! それに……」

「それに?」

「あっ、あ~~っと……何でもない。とにかく西に向かいたいだけだから! 変な邪推をしないでくれる!!」

「はぁ……!?」


 いきなり怒るなどの挙動不審になるヤンキーJK――もとい四十九院に、俺は不審なモノを見るような目を浮かべた。


 どうしたんだ、いきなり怒ったりして……俺達に何かを隠しているのだろうか?

 それとも単にプライベートに干渉されたくないだけなのだろうか?


「とにかくダンジョンの出口まで案内して! アタシに恩を返すんでしょ!!」

「案内するのは別に構わないけど、俺達に何か隠してないか? 面倒事は御免だぞ」

「め、面倒事って……な、何の事かな……」

「どう見ても面倒事を抱えています、って顔をしているんだけど」

「うっさい! いいから早く案内して! 今ならまだ何とかなるから!!」

「『今ならまだ何とかなる』って、面倒事に巻き込まれている最中じゃねぇかよ。一体どんなトラブルを抱え――いや、聞きたくない。つーか、お前の面倒事に俺達を巻き込むな。あっち行け、シッシ」


 俺は四十九院との会話を一方的に終了し、一時中断していた昼食の続きを楽しもうとする――ってか、肉とキノコはどこに行ったんだ!? まだ少しぐらいあったはずなのに……!?


「……(ガツガツガツガツ)」

「……(もぐもぐもぐもぐ)」


 折り畳み式のテーブルの上にあったはずの食材が空っぽになっていたことに驚く俺の耳に、ニアとシロの食べる音が聞こえてきた。


「おい、お前ら……。俺の分を残してもバチは当たらねぇと思うんだが……」


 怒っていいよね?

 ガチギレしてもいい案件だよね?


 俺を差し置いて完食した二人に怒りの抗議をあげようとする直前、俺の背後から四十九院の怒声が聞こえてくる。


「ちょっと! アンタの仲間の恩人でもあるアタシを見捨てるっていうの! 少しでも感謝の気持ちがあるなら助けてもいいでしょうが!!」

「うるせーな……。こっちは色々とやることがあるからお荷物を持ちたくないんだよ。厄介事はホントに勘弁してくれませんかねぇ……マジで。とは言え恩返しは必ずするつもりだ。ただし後日に――機会があるかどうか知らないが、この埋め合わせは絶対にするから」

「ふざけんな!! 今直ぐ埋め合わせを………………って、どこかで聞いたセリフなんだけど……?」


 四十九院は怪訝な表情を浮かべたまま首を傾げている。


「どうしたんだ?」

「いや、何て言うのかな……。デジャウ――の様な感覚を覚えたの。アタシとアンタ、前にどこかで会ったことがあった……ような?」

「俺とお前が?」

「うん。それも最近どこかで……どこだっけ?」


『どこだっけ?』と言われても困るんだけど……。てか、俺とお前の初対面の場所と時期は今だと思うのだが、その前にどこかですれ違ったのだろうか?

 もしすれ違ったとしたら、異界浸食が起きた後のどこかですれ違ったのだろうか? でもどこですれ違ったのだろう?

 ニアと初めて出会った通路型のダンジョンの内部? それとも物資調達する為に町の中を移動している最中? あるいはドラッグストアでミネラルウォーターを手に入れようと――――あっ……。


 ドラッグストアでの出来事。四十九院とトラブルを起こしたことを思い出した俺は、四十九院の顔を見ながら目を大きくした。同時に強い危機感を覚えてくる。


「コンビニ……は違うな。スーパーでもないと思うし……だったらドラッグスト…………あっ」


 相対する四十九院も俺と同じような表情に変化した。どうやらドラッグストアの中で起きた騒動を思い出したようだ。

 そしてそれは、


「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 四十九院が俺に攻撃する理由が出来た瞬間でもあった。

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