二十二話 城山高校へ その8
「お、お気に入りのパンツが……」
突然乱入してきた双頭のカラス『漆黒の魔鳥』にパンツを掠め取られた四十九院は、四つん這いでうなだれていた。
モンスターが出没すると言った現象『異界浸食』が起きた首都圏内で新品の下着を手に入れるのが難しいからだろう。
御愁傷様だな……。
明日香のパンツを盗んだ俺が言うセリフではないのだが――うん、今すぐここから逃げよう。面倒ごとに巻き込まれる前に。
「シロ、ニア。急いでここから離れるぞ」
俺はシロとニアに小声で伝えた。
それと同時に昼食の後片付けを促す俺でもあるが、
「昼食の後片付けはとっくに終わったわよ。ザキが無様に叫んでる途中にね」
緑と茶色の迷彩柄のマジックバッグを肩に背負うシロの姿が目に入ってきた。
出発の準備を整えていたなんて、色々と気が利くやつだな――って、俺の耳を引っ張るなよ、ニア……。
「ねぇねぇ、ハヤト。明日香をそのままにしとくの? 流石にほっとけないと言うか、物凄く可哀想なんだけど……」
「そう言われてもなぁ……。殺人未遂のヤンキーJKを助ける気はこれっぽちもないんだよ、こっちは」
「でもハヤトが一番悪いんでしょ? だったら少しぐらいは何とかしてあげても良いんじゃないの? 今いるダンジョンの外まで一緒に行ってあげてもバチは当たらないと思うよ」
「私もニアの言葉に同意ね。女子の下着を剥ぎ取る真似をしてしまった以上、何らかの埋め合わせをするべきよ」
「むう……」
ニアとシロの言葉を受け取った俺は、落ち込む四十九院の姿を見ながら唸った。
他ならぬニアとシロの願いとは言え、釘バットを振り回す四十九院と行動するのは嫌だからだ。
でも明日香を見捨てたらシロとニアから非難されるのは当然だし、明日香が復讐心を抱かれたらたまったものではないしなぁ……はてさて、どうしたものか?
「ハヤト」
「ザキ」
「……はぁ。分かったよ。今いるダンジョンの出口までだぞ」
俺は渋々といった表情のまま四十九院に近付き、四十九院に向かって声をかけようとする。
「背中を刺すような真似をしないと約束するなら、ダンジョンの出口まで俺達と一緒に行ってもいいが……どうする?」
下着を剥ぎ取った男と一緒に行動したくないだろ。だから遠慮なく断ってもいいんだぞ。つーか、断ってくれ!
「誰がアンタなんかと――――っと、言いたいところなんだけど、アンタの申し出は受けさせてもらうぞ」
「…………マジで?」
俺は予想外の返答に虚をついたような表情を浮かべてしまった。
「何だよ、その顔は。アンタがアタシを誘ったんでしょ」
「それはそうなんだけどさ……えっ、マジで付いてくる気か? お前の下着を剥ぎ取った俺と一緒に?」
俺の背中を刺す機会でもうかがっているのだろうか?
「こっちも色々と事情があってな。できるだけここから早く離れたいんだ。だから今日のところは見逃してあげる、マジで……」
メラメラと怒りのオーラを纏う四十九院の姿が見えた気がした。
「見逃す――なんて言ってるけど、かなり険しい顔してんぞ。てか、お前の事情って何だ? 俺達と同行するつもりなら、その辺の事情を教えてくれ」
「……はしょってもいい?」
「手短に済ますのは問題ないけど、明日香の敵ぐらいは教えてくれよ。敵がどんなやつか知らないとやりようがないだろ」
「それもそうだな……。あまり言いたくないんだけどさ。ストーカーの被害を受けてるんだ」
「ストーカー、だと……?」
見た目が凶悪過ぎる得物『釘バット』を持ち、セーラー服の上に特攻服を羽織ると言ったヤンキーJKが、ストーカーの被害を受けてるって、何のジョークだよ? 喧嘩を売るどころかおちょくってんのか、お前は……?
「ヒナ、ストーカーって何?」
「恋愛感情をお互い抱いていると勘違いした男が、無理矢理交際を結ぼうとする犯罪のことよ。逆のケースもあるけど」
「ふーん……。つまり明日香のことが好きな男がいるってこと?」
「間違ってはいないけど、ニアが考えてるようなことじゃない。その男が明日香に危害を加えようとしているのよ。つきまとったり、監視したり、非合法な手段で明日香と交際を試みたりしているのよ、その男は」
「うわっ、最悪じゃないのよ! 下着を剥ぎ取ったハヤトより最低最悪なんですけど……!?」
ニアとシロの話し声が聞こえてきたけど、俺は四十九院と話を続ける。
「金髪ヤンキーJKにストーカーがいるとは思えないですけど……自意識過剰とかじゃないよな?」
「自意識過剰なんかじゃない!! それよりさっさとここから離れたいんだけど!!」
四十九院は顔を真っ赤にしながら激怒している。どうやらストーカーの件は真実かもしれない。
「分かった、分かった。それでそのストーカーから逃げている最中なんだな?」
「ああ。だから急いで行動したいんだ。あの変態に追い付かれる前に」
「そうか。ならさっそく移動を開始するか……間違っても俺の背中を刺すような真似をすんじゃねぇぞ」
「分かってるって。だけどアンタのことを諦めたわけじゃない。今日のところは見逃してあげるの。そこのところを間違えるな!」
「……ストーカーを呼ぶぞ」
「それだけは絶対に止めろ!」
こうして俺達は四十九院と一緒に森林型のダンジョンから脱出することになった。
もちろん俺に良い感情を持っていない明日香の動向を気にしつつ、虫タイプのモンスターを排除しながら進んだのである。
そして一時間ぐらい歩くと見慣れた人工物――アスファルトで舗装された道路と、白いガードレールなどが見えてきた。
「やっと出られたぜ……。てか、10キロ以上は歩いたんじゃね? 周りは1キロ先の光景なんだけどさ」
「そうなの? そっちの方面は行ったことがないから分からないんだけど……っで、城山高校まであとどれぐらいなのよ?」
「あと三キロぐらいだから1、2時間かかると思うぞ。ダンジョンのようなトラブルがなければな」
「ふーん……。それで明日香はどうするの? このまま私達と一緒に城山高校に行っても良いけど」
「あー、誘ってくれるのは嬉しいけど遠慮しとく。雛とニアだけなら喜んで行くけど、下着ドロと一緒に行くのは絶対に嫌だから」
誰が下着ドロだ――っと言いたいんだけど、明日香の下着を剥ぎ取った俺が言えるセリフじゃねぇな。
「だよねー。私も下着ドロと一緒に行くのは嫌よ……。パーティ解散でもしようかな? それで私とニアと明日香の三人パーティでも結成しない?」
「アタシと雛とニアの三人パーティ……良いかもな。女子だけのメンバーなら色々と遠慮しなくても済みそうだ」
「でしょ。ニアもそうしない?」
「い、いや、流石に友達のハヤトをほっとけないよ……。女子だけの三人パーティはちょっと興味があるけど……」
おい、コラ!
俺を除け者にすんじゃねぇ! ってか、明日香はストーカーに追われてんだからさっさと出ていけ! トラブルに巻き込まれるのはゴメンだからな!
「冗談だから変顔でアタシの顔を見ないでくれる、下着ドロボウ君。ダンジョンから無事に脱出した以上、アタシは大人しく去るから安心しろよ」
「そりゃどうも。それよりさっさと俺達の前から消えろ、シッシッ」
俺は蚊を追い払うように手を振る。
「随分と邪険に扱うわね……。ただ、ちょっと一つ頼みがあるんだけど、アタシの頼みを聞いてもいいかな?」
「嫌だ」
「「良いよ」」
明日香の言葉に拒絶の意を示す俺と、明日香の言葉に快諾するシロとニア。
「面倒だから断れよ……。ストーカーを倒せ、なんて頼みがきたらどうすんだっての」
「それでも明日香の頼みごとは聞くべきよ。特に下着を奪ったザキは全面協力するべきでしょ」
「ヒナの言う通りだよ、ハヤト。それに困っている人を助けるのは良いことなんだから、率先してやるべきよ」
「そうは言ってもなぁ……」
無理難題を吹っ掛けられたらたまったものではないのだが……はぁ、聞くだけだぞ。少しでも無茶な案件だったら断固断る、それでいくか。
「そんなに難しい頼みごとじゃない。万が一、万が一アタシのストーカーと話すようなことがあったら、アタシのことは適当にはぐらかしてほしいんだ。簡単でしょ?」
「簡単と言えば簡単なんだけどよ……。お前のストーカーってどんなやつなんだ? 筋肉モリモリの厳つい番長だったらゴメンだぞ」
ヤンキーJKのことを好きになりそうなやつって、どう考えてもマトモなやつじゃないだろ。
「物凄く残念だけど、アタシのストーカーはかなりのイケメンなんだ。おまけに外面がいいから始末が負えない……はぁ。あの変態をどうにかしてほしいよ、ホント……」
四十九院はかなり参っているようだ。どうやら問題のストーカーはかなり面倒なやつのようである。
「仕方ねぇな……。そのストーカーと話す機会があったら適当に言ってやる。それで良いんだな? それと一応言っておくけど、バトったりはしないからな」
「バトっても良いんだけどね。つーか、あの変態を殺してくれたらアンタのことを完全に許してあげるけど、どう?」
「やらねぇよ。強いかどうかもわからん相手とやりあってたまるか。俺は手堅く生き残りたいんだよ」
「それは残念だな。あの変態と下着ドロをいっぺんに始末できる良い機会だったのに……まぁ、いいや。アタシはどこか適当な場所に逃げるから、ここでお別れだ」
「そうか。なら、また会える日を楽しみに――したくねぇな。釘バットを持ったヤンキーJKに襲われたくないんで」
「アタシもアンタなんかと再会したくない。下着ドロの件を決着する意味では再会したいけど」
そう言いながら俺達と距離を取る四十九院は、城山高校に続く道とは別の道に歩き始めた。
「雛、ニア。また会える日を楽しみにしてるから絶対に生き残れよ! あと下着ドロに襲われそうになったら直ぐに逃げるんだぞ!」
「分かってるよ、明日香。それとまた会えたら一緒に手を組もうね、ザキ抜きで」
「バイバイ、アスカ。解毒の魔法をありがとね!」
「ケッ……」
シロとニアは四十九院に向かって手を振るが、下着ドロ呼ばりされた俺は四十九院に向かって悪態をついた。
そして数分もしないうちに四十九院の歩く姿は完全に見えなくなっていった。
「これでひと安心だぜ……っと、そろそろ城山高校に向かうか。森林型のダンジョンのせいで時間を食っちまったし」
俺は隣に立つシロに声をかけた。
「そうね。日が暮れる前には目的地に辿り着きたいし……ふぅ、もう少し頑張るとしますか。ニアはまだ大丈夫なの?」
「かなり疲れたけど、まだ大丈夫だよ。直ぐに出発するの?」
「ああ。このままボーっとするのは時間の無駄だだからな」
『明日香のストーカーに遭遇したら面倒なことになりそうだし』そんなことを考える俺は、城山高校に続く道に足を動かそうとする――が、
「ちょっといいですか? 人を探しているんだけど……」
森林型のダンジョンがある方向。俺達の背後からイケメンボイズが聞こえてきた。
「ねぇ、ザキ」
「ああ。分かってる。ニアが変なことを口走らないよう気を付けてくれ」
「OKよ」
明日香のストーカーらしき人物に背を向けたままシロと小声で打ち合わせをした後、ゆっくりと背後を振り向く。そこには金髪が似合うイケメンが立っていた。
嫉妬で思わず殺したくなるほどのイケメンだな――ってことは、こいつが明日香のストーカーでいいんだよな? 明日香のストーカーはかなりのイケメンだと言っていたし……。
「いきなり声をかけてゴメンね。僕の彼女を探しているだけど、心当たりはあるかな――って、妖精……!?」
俺の肩付近でホバリングするニアの姿に目を剥くイケメン。
「俺の仲間がどうかしたか?」
「どうかしたかって、妖精が直ぐ近くにいるんですけど……ま、まぁ、いいや。僕の彼女に心当たりはありますか?」
「心当たり、と言われてもなぁ……。彼女の見た目はどんな感じだ?」
「えっとね。美しい金髪と天使のような微笑みが似合う彼女なんだけど、見たことないかな?」
「う、美しい金髪と天使のような微笑みだと?」
誰のことを指しているんだろう? 明日香は金髪だけど、天使のような微笑みとはほど遠いいしなぁ……。
「それとセーラー服の上に変わった上着を羽織っていたり、木製のバットを持っているんだけど、見たことがあるかな?」
「あっ、それなら見たことがあひゃん!?」
イケメンの問いに答えようとするニアが変な声を漏らした。
「こちょこちょ~」
「あひゃひゃひゃ……!? な、なんでいきなりくすぐりあひゃひゃひゃ……や、止めて! ヒナ、ストップ! あひゃひゃひゃ!!」
「おいおい、暇だからってニアにイタズラしてんじゃないっての。邪魔だから向こうに行ってろ」
「は~~い」
シロは間延びした返事をしながらニアと一緒に俺とイケメンから離れていく。
ナイスフォローだ、シロ。そのままニアの口を閉ざしてくれ。
「俺の仲間が騒いで悪かったな」
「いえ、僕は気にしてないので。それより先程の妖精が何かを言っていたと思いますが……」
「ああ。探し人のことだろ。ちょっと前にそれらしき人の背中を見かけたからな」
「ホントですか!?」
「もちろんだ――と言いたいんだけど、後ろ姿だけだからちょっと自信がないんだ。変わった上着って『夜露死苦』の文字が背中に書かれた上着のことか?」
「それです……! で、彼女はどっちの道を通ったのか分かりますか?」
「あっちだ」
俺は明日香が行った道とは正反対の道を指差した。
「北の方ですか。どうもありがとうございます」
「いや、礼には及ばないから気にすんな。必ず会えると限らないし」
つーか、絶対に会えないじゃね?
「心配ないよ。僕と彼女は運命の赤い糸で結ばれているからね」
「そ、そうか……。なら心配しなくても大丈夫だな」
「もちろんだよ。じゃあ、またどこかで」
「ああ。こちらこそまたどこかで」
爽やかな笑みを浮かべるイケメンに、俺は社交辞令を口にしながら見送った。
これで義理は果たせたぜ、明日香。
「上手くいったわね」
「ああ。でも直ぐ戻ってくる可能性があるからさっさと移動するぞ」
俺達は城山高校に続く道を歩き始めた。
ゴブリンやコボルトなどのモンスターと戦ったり、オークのような強敵に見つからないよう慎重に進んだり、時折見かける人間とトラブルを起こさないように進んだのである。
そしてようやく目的地の城山高校の校舎が見えるところまで辿り着いたのであった。
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