二十三話 目的地到着

 千葉県の北西にある城山高校はこれといった特徴がない普通の高校である。

 特殊なカリキュラムを採用しているわけでも、部活動が全国に行ったわけでもない。偏差値がやや低めで生徒数がかなり多いだけの普通の高校だ。

 そんな城山高校の校舎が見える場所までたどり着いた俺達は、ゴブリンなどのモンスターに注意したり、人間とのトラブルに巻き込まれないよう静かに動いていた――のだが、


「誰もいねぇな……」


 城山高校の正門の前に立つ俺は呟いた。

 同時に城山高校の正門の周りに誰もいないことに、『罠ではないのだろうか?』と疑いの目を浮かべる。


 モンスターの侵入を防ぐ為の見張りの人間がいないなんて、どう考えてもおかしいのだが……正門の前にある机とイスのバリケードの物陰に隠れているのだろうか?


「すいません。俺は城山高校の生徒ですが、誰かいますか?」


 俺は見慣れた机とイスで作られたバリケードに向かって声を出した。

 モンスターやならず者と勘違いされてはたまったものではないからだ。

 しかし返事は返ってくることはなかった。

 それどころか生きている人間の気配を感じることができなかった。

どうやら姿が見えないのではなく、見張りの人間そのものがいないようだ。あるいはたまたま持ち場を離れているだけかもしれないが……。


「どうしたのよ、ザキ? 目的地に着いたのに浮かない顔をして……お腹が痛いの?」

「ちげーよ、馬鹿。周囲の状況が不自然だからどうしたものかと考えてんだよ。このまま敷地の中に入るべきか、止めるべきかを」


 他ならぬシロの願いで城山高校に向かった俺達なんだけど、城山高校に入るのがちょっと躊躇うんだよなぁ……。とは言えこのままトンズラするのも有り得ないだろうし……どうしたものか。


「このまま引き返す、なんて選択肢は有り得ないわよ」


 俺の言葉に不快を露にしたシロの声が、夕焼けで赤く染まった城山高校の校舎を見上げる俺の耳に入ってきた。


「どんな理由でここに来たかったのか分からないけど、正門の見張りがいないなんて変だと思わないか? それに校舎の雰囲気がおかしい気がするんだが……」


 俺は『SOS』と書かれた画用紙が窓の内側に張られたり、窓ガラスが所々割れているなどの異様な状況を匂わす校舎を見ながら言った。


「モンスターが突然現れるような異常事態が起きたんだから、多少はパニックになってもおかしくはないと思うんだけど」

「それはまぁ、確かに……」


 シロの反論に納得する俺ではあるが、心のどこかに不安の種が芽生えてくるような気がした。


「どうしても行きたくないの?」

「そう言うわけではない……んだけど、ちょっとヤバい雰囲気があるな~っと、思っただけだ。引き返す気はないんだろ?」

「もちろんよ」


 シロは机とイスで出来たバリケードを慎重に登ろうとしている。

 そんなシロの様子を視界に入れていると、不安そうな面持ちを浮かべるニアが近づいてきた。


「ハヤト、なんか凄く嫌な気配がするんだけど……あそこに行くつもりなの?」

「そのつもりだ。シロを一人にさせるのも心配だからな。それにもう夕陽が差す時間帯だろ。夜道を歩くどころか野宿は勘弁したいと思わないか?」

「それはそうなんだけど……」


 俺の言葉に難色を示すニアは、バリケードをよじ登るシロの様子を見たり、夕陽で赤く染まる城山高校の校舎を見上げている。

 不気味な雰囲気を出す城山高校には行きたくないけど、シロを見捨てたくない。そんな心の声が聞こえた気がした。


「俺達も行くぞ。それともシロとここで別れたいのか?」

「そんなことないわよ……って、ちょっと待ってよ!」


 シロを追いかけるようにバリケードを登る俺と、それを慌てた表情で俺の背後を追うニア。

 そして俺達は目的地の城山高校の敷地内に足を踏み入れ、そのまま城山高校の校舎の中に移動した。

 すると床に散らばったガラスなどの破片や、鋭利な刃物や鈍器などで傷つけられた壁や、黒く変色した血だまりが目に入ってくる。

 死者が出るほどの激しく争った形跡だろう、俺はそう直感せざるを得なかった。


 城山高校に足を踏み入れる前から薄々と予想はしていたが、今すぐここから離れた方が良いと本能が訴えるような光景だな……。

 とは言え死体がどこにも見当たらないので、誰かが埋葬するなどの処理をしたはずだ。つまり死体を処理した生存者がここにいる以上、ここは安全なはず……だよな? 生きている人間の姿がまだ見えないのはかなり不安になってくるのだが……。


「そう言えばヒナは何しにここに来たかったの?」


 激しく争った形跡が生々しく残る廊下を歩いている途中、俺と同じような表情を浮かべるニアがシロに声をかけた。


「私のお姉ちゃんに会いたくて来たの……」


 シロは不安と焦燥感に満ちた表情を浮かべている。先程シロが口にした『お姉ちゃん』の無事を心配しているのだろう。

 あるいは死の臭いが充満する城山高校の中で『お姉ちゃん』と再会できるのかを心配しているのかもしれない。


 やはり肉親に会う為に城山高校に来たかったのか……。無理はない。母親を亡くしてしまったことを考えると、親しい人間に会いたくなるのは当然だ。

 だけどこんなところにシロの『お姉ちゃん』がいるのだろうか?

 モンスターが現れたあの日ここにいたとしても、今もここに留まっているのだろうか? それこそもうすでに――――いや、それ以上は考えないようにしておこう。今はシロの『お姉ちゃん』を全力で探さなければ。


「シロの姉は何年生なんだ?」

「三年生よ。一応弓道部に入っているの。名前は白雪葵しらゆきあおいなんだけど……お姉ちゃんのことを知ってる?」

「いや、残念ながら……。そもそも俺は友達が少なくてな。ぶっちゃけ俺の高校生活はそんなに面白いモンじゃねぇんだ。ゲームと漫画にどっぷりとハマったオタクに近い生活をしていてな。だからクラスメイトとか、先輩後輩に全く興味がないんだ」


 俺はかつての高校生活を思い出しながら口にした。

 勉学に励むことなく。クラスメイトと交流することなく。ただゲームと漫画だけが生き甲斐の高校生活。ある意味自堕落の生活を続けていた自分を思い出したのだ。


 振り返ってみると酷い高校生活を送ってんな、俺は……。

 とは言え今更クラスメイトと交流するのも結構勇気がいるし、何よりモンスターが闊歩している首都圏内で仲良しこよしは難しそうだ。それ以前にクラスメイトと無事に再会できるとは思えないけどよ。


「ゲームや漫画は私も嫌いじゃないけど、ザキの高校生活は改めた方がいいわよ」

「言われなくても分かってる。だけどゲームが滅茶苦茶面白くてな。高校の授業が終わったら真っ先に家に帰る生活を続けてしまったせいで、俺の立ち位置がもはや空気扱いなんだよ。『お前、いたのか……!』と驚かれたり、『えっ、誰だろう?』と疑問に満ちた顔を向けられたことがあってな。だから高校での生活はもう捨てたんだよ。改善したい気持ちはあるけどゲームと漫画は捨てられない。なんかいいアドバイスあったりするか?」

「知らないわよ。てか、中学生の私に高校生活のアドバイスを求めるってどうなのよ? それより三年生の教室はどこにあるの?」

「三階だ。でも避難生活を送っている人がいるなら体育館に向かった方がいいと思うが……体育館は後にするか?」


 俺は二階に続く階段を見上げながら言った。


「体育館は近いの?」

「直ぐ隣にある。ってか、体育館に続く通用口が見えるだろ。あの先に見える建物が体育館だ」

「近いわね……。じゃあ体育館に向かいましょ」

「OKだ」


 俺はシロとニアを先導するように体育館に向かった。

 そして数分もしない内に体育館のドアの前にたどり着き、その体育館のドアに手を触れようとするが、


「開けちゃダメ!!」


 二十センチにも満たない小さな体を持つニアが、俺の手を抱きかかえるように邪魔をしてきた。


「おい! 危ねぇぞ! 前にも言ったけど、体格の差で大怪我をする可能性があるんだぞ!!」

「ハヤトに言われなくても分かってるわよ! だけどホントにヤバいから体を張ったの!! あのドアの向こう――かなりヤバい空気を出しているわよ!!」


 ニアは体育館のドアから目を離さないよう注意深く睨んでいる。それはドアの向こう側にいる『何か』を感じ取り、その『何か』に怖れているようにも見えた。

 そんなただならぬ雰囲気を出すニアの様子を見た俺は、怪訝な表情をニアに向けながら口を開く。


「ヤバい空気って、どういうことだ? 俺には何も感じないけど……シロは感じるのか?」

「いいえ、私もザキと同様に何も感じないわよ。気のせい――じゃないの?」


 シロも俺と同じような表情を浮かべている。


「気のせいなんかじゃない! あのドアの向こう側からおぞましい魔力を感じるのよ!」

「おぞましい魔力、だと……?」

「そうよ! あのドアから肌を突き刺すような痛みを感じたり、気合いを入れないと意識が持っていかれそうな悪意を感じるの!! それと激しい憎しみと恨みが渦巻く気配があるわよ!! 嘘や冗談じゃないからあのドアは絶対に開けないで!!」


 ニアは鬼気迫る顔を浮かべながら言った。

 そのことに俺は思わず『わ、分かった……』と肯定の返事を口にしてしまうが、俺の頭の中では納得はしていなかった。


 ニアの態度に思わず同意したとは言え、魔法の扱いに一日の長がある妖精のニアだからこそ感じる『何か』があるのだろうか? でもホントに――


「ホントにドアの向こうは危険なのかよ……?」


 ニアの主張に疑いの目差しを浮かべる俺は、目の前にある体育会のドアを不用心に触れた。

 すると背筋が凍りつくようなおぞましい感覚が全身に走り、その感覚から逃れるようにドアから飛び退いた。


 何だ、今の感覚……!?

 恐怖、憎しみ、怒り、悲しみ、ありとあらゆる負の感情が襲ってきたんだが……い、一体何が起きてるんだ!! ヤバいとか、そんな次元じゃない! それこそ黒獅子と対峙したときよりも遥かにヤバい気配を感じ取った!!


「いきなりどうしたのよ、ザキ? 不細工な顔がより不細工になっているんだけど」

「不細工で悪かったな、じゃねぇ! あのドアに触れてみれば分かる! ただ、間違ってもドアを開けるんじゃねぇぞ!!」


 俺はシロに警告を発しながら後ろに下がり、シロが俺と同じように体育館のドアに手を触れようとする。そんな時だった。


「雛!!」

「「「――ッッ!?」」」


 年若い女性の声が俺達の背後から聞こえてきた。

 そのことに体を一瞬だけ硬直させる俺達だったが、直ぐに俺達は後ろを振り向こうとする。

 すると白と黒の弓道着を着用した女子がこちらにやってくるのが分かった。

 

 シロのお姉ちゃんだろうか? 先程シロの本名『雛』と呼んでいたし……てか、生存者がいたんだな。良かったぜ。死体どころか生きている人間に会えない状況は不気味に思っていたからな。


「お、お姉ちゃん……。あ、あの、その……」


 シロは今にも泣きそうな顔をしている。母親の死に目に合ったばかりのシロが、肉親の姉と無事に再会することが出来たからだ。

 そんなシロの様子を見た俺は、感動の再会シーンが目の前で繰り広げられるだろう、そう思っていた。しかし――


「今すぐここから出ていきなさい!!」


 感動の再会シーンにそぐわない言葉、シロの姉の明確な拒絶の声が飛んできたのであった。

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首都圏ファンタジー。日本の首都圏にモンスターが現れたけど、取り敢えず頑張って生き残りたいと思います。 千葉一 @phnak-45

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