七話 鬼ごっこ

「キシャァァ……!!」

「ゲギャギャ……!!」

「ギヒ、ギヒ……!!」


 気色悪い声を上げながら走り続けるゴブリン共は、逃げ続ける俺の背後にいた。


「クソッ、クソッ……」


 悪態をつきながら後ろをチラリと見る。

 一、二、三……六体かよ……。

 まだ一体も脱落してないとは、随分と根性がありやがるな……!


『追っ手を撒くには、曲がり角を利用してください。連続で死角を作り続ければ、逃走成功率が高くなります』


 ゴブリン共から逃げ続ける俺に、的確ともいえる神使の念話が聞こえてきた。

 確かに……なら、右に曲がるぞ! そんでもって直ぐに左にッ!


「――あ、ヤベッ!?」


 ジグザグに進んでいた俺は、比較的大きい道に出てしまった事に、思わず声が出てしまった。

 クソッ……ゴブリン共から逃げる事を想定しなかったとは言え、なんでこっちの方向を選んでしまったんだ俺は……! 

 おかげで土地勘のない道を進むハメになった上に、こんな人通りが多そうな道に出てしまうなんてッ!!


「ヒィィ……あ、た、助けてください……!」


 助けを求める女性と目が合う。

 無理ッ!

 俺の状況を把握すれば、無理だと分かるだろッ!!

 それにアンタの近くにいるモンスターは…………なんて言うモンスターだ?

 小柄のゴブリンが大人になった容姿に、立派な皮の鎧と金属製の剣を装備したモンスター。俺のイメージでは『ホブゴブリン』だと思うんだけど?


『マスターの洞察力に感服いたします』


 当たりかよ――んでもって、あのホブゴブリンに俺が敵うと思ってるのか、アンタはッ!?


「悪いけど、こっちも命がかかってるんだ! 強く生きろよ、応援してるぜ!」


 見捨てると宣言しながら女性とホブゴブリンの横をすり抜ける俺。


「そ、そんな! 人でなし! 女性を見捨てるなんて――って、あれ?」


 後ろから非難の声が聞こえた――と思ったら、一際大きな足音も聞こえてきた。

 うん……なんか、足音が増えたような……って、なんでホブゴブリンが追ってくるんだ!?


「グオオオオオオォォォォォォ……!!」


 雄叫びを上げながら俺の後を追うホブゴブリン。その姿を走りながら確認した。


「な、なんで……!?」


 女性には悪いけど、俺より女性を襲った方が遥かに楽だろ……あ、俺を追っていたゴブリン共が女性の近くに――


「ヒッ――い、いや、止めて――って、なんで……?」


 ゴブリンに殺されると思ったのか、悲鳴を上げようとする女性。しかしゴブリンは女性を無視し、俺の後を追う事に疑問を浮かべる女性だった。


「いやいや、おかしいだろ……! なんで俺ばっかりモンスターが寄ってくるんだよ!」


 俺がコイツ等の仲間を殺した事に根に持っているのか!?

 それにしたってホブゴブリンの件は納得いかねぇぞ!!

 せめて平等に襲いやがれ! 今の時代は男女平等だと言うのにッ!!


『マスター『お守り』を使っては如何ですか?』


 不意に『お守り』を提案する神使。その『お守り』は八百万の神が作り上げたマジックアイテムであり、モンスターを遠ざける効果を持っているのだ。

 ただし30分と言う時間制限である。


「クッ……貴重なマジックアイテムを使いたくなかったが……」


 走りながらボストン型の学生鞄に手を突っ込む俺は、お守りを上手く取り出すことに成功する。

 使い方は念じるだけでいいんだったな……なら、


「「ガァー!!」」


 マジックアイテムのお守りを使おうとする俺の耳に、鳥類らしきの鳴き声が聞こえきた。

 カラスの鳴き声か……? 

 じゃない、さっさとお守りを使ってこの危機を乗り越え――痛ッ……!? 

 な、なんだ……後頭部に鋭い痛みが――うぐっ、おぐっ……っと、と、……あっ!?


 突然の連続攻撃に安定性を失った俺は、お守りをてのひらから滑り落としてしまった。


「嘘だろォォォォォォォォォォ……!?」


 地面に落ち、徐々に遠ざかる希望お守りに、涙目で絶叫を上げずにいられなかった。

 馬鹿じゃねぇのか……俺はッ!!

 このタイミングでミスするなんて、マジで馬鹿じゃねぇのか!!

 こんな絶体絶命の大ピンチに、お守りを落とすなんてアホ過ぎる!!


「「カァ―、カァー」」


 今もなお必死で逃げ続ける俺を、嘲笑うような鳴き声が聞こえてきた。

 舐めやがって……ってか、なんだあのモンスターは……?

 見た目は大きなカラスに、二つの頭――双頭の鳥が、俺の頭上を飛び回っているんだけど。


『漆黒の魔鳥です。脅威度はゴブリンより低めですが、鋭いくちばしに注意してください』


 無駄にカッコいい名前だな。


「「カァー、カァー」」」


 ステレオボイスで鳴くな、うっとおしい……それと何で俺に狙い撃ちをするんだ?

 女性を襲っていたホブゴブリンに、コンビニから鬼役を務めるゴブリン×6に、ステレオボイスで嘲笑う漆黒の魔鳥。

 生き残っている人間がチラホラ見かけるのに、何故かターゲットを切り替えない。

 そんな異常な状況に『何者かが俺を謀殺しようとしている』と想像するのは俺の自意識過剰だろうか……?

 あるいは『陰謀に巻き込まれた』と思うのは現実逃避だろうか?


『謀殺に陰謀……ですか……。ひょっとして――』


 何かに気づいたのか神使が俺の後ろに回る。

 うん、なにか思いついたのか? 俺の後ろに何かあるのか?


『――どうやらマスターの考えは正しかったようです』


 なんだとッ……!?

 謀殺と陰謀と言った推理が正解って、こんな目に合わせた下手人は誰だ!

 それと手口は――なんだろう……? こんな馬鹿げた状況を作り上げた極悪非道な手口はなんだ?


『マスターの背中を触ってください。首のすぐ後ろにあります』

「分かった、待ってろ……」


 神使の念話を受け取った俺は、利き手に持つ金槌を鞄に入れ、背中に手を伸ばした。


 うん……?

なんだこの感触は……紙かな……。カードサイズのしっかりとした紙が俺の背中についてやがる。


「なんだ、このカードは……?」


 背中に付いてある紙――カードを取り出した俺は、『なんでこんな物が背中に?』と疑問を浮かべていた。


 銀行のキャッシュカードとほぼ同じサイズだな……。それと白地の中央に『赤い目』が刻印されている――ひょっとしてこれもマジックアイテムなのか!?


『肯定。このマジックアイテムは『アテンションカード』と呼ばれます。効果はモンスターから執拗に狙われます』

「――オルアッ!!」


 怒りの声と共にアテンションカードを、あさっての方向に投げ捨てる。


 えげつないにも程があるぞ、このクズアイテムは……!?

 どう見ても他人を陥れる為にある、と言っても過言ではないゲスアイテムだろ!

 もっとも本来の使い道は、レべリングのアイテムかもしれないけど――って、そんな事はどうでもいい!

 問題は何故、俺の背中に『アテンションカード』と言う名の疫病神に憑かれていたのか――である。


 アテンションカードを背に張り付けられた人間は、モンスターに殺される可能性が高い。

 それは未必の故意による殺人行為に他ならない。

 そんな鬼畜の所業を行える人間に俺は一人も心当たりが――あるなぁ……それも業況証拠的にも奴しか思い浮かばないんだけど!


 命の危機に陥れた犯人に心当たりがある――それと同時に、数分前の出来事を思い出す。


『――ちょっと俺の作戦に付き合えよ』


 中学時代のクズ野郎である立川亨が、下卑た表情で俺を誘った。

 今思えば、この時点で裏があると考えるべきだったな、畜生!


『よし、俺と坊主! 先に動くぞ!』


 立川の仲間であるデクが、俺の背中をグッと押した――それは突撃の合図ではなく、アテンションカードを俺の背に張り付けたのだとしたら――


 なるほど、テメェが実行犯か!

 そんでもって主犯は、立川のゴミクズ野郎だな!!


『おそらくマスターの想像通りかと思います』

「あのクズ野郎共……今度見かけたら、闇討ちしてやる!」


 主犯の立川、実行犯のデク、それともう一人いたな……たしかウドと呼ばれた小柄のデブ男だったっけ……?

 このゴミクズ三人組は確実に始末しよう。俺以外の人間に被害を被る前に。

 もっとも一対三では完全に不利なので、暗殺と言った手段を取らせてもらうからな!!

 覚えておけ、社会のゴミ共!

 この俺様を怒らせた事を後悔させてやる――そんな威勢のいい事を考えていたら、乾いた銃声らしき音を拾った。


「……今の、銃声だよな?」


 正面を走りながら、二時の方向に顔を動かす。

 近いな。

 そっちに逃げ込んでみようか?

 銃声=銃を持ってる人間。つまり警察法によって拳銃を携帯する事を認められた警察官か、戒厳令によって防衛出動している自衛隊しか思い浮かばない――ならば、これに賭けるのもアリなんじゃね?


『私もアリだと思います。『保護』は難しくとも一時的な『支援』ぐらいは期待してもよいのでは?』


 神使も俺の考えに同意したので、銃声が聞こえた場所を最終目的地と定める。

 体力的に、これが最後のチャンスだ!

 頑張れ、俺! やれば出来る! 銃を持った警察官か、自衛隊でもいい。そいつ等にモンスターを倒してもらえば、晴れて自由の身になれる!


「――いたッ!?」


 最終目的地にラストスパートを掛ける俺は、黒光りの銃器を持った人間を発見し、俺の危機を救う人間に値するか品定めをする。


 髪型は茶色に近い黒髪のセミロング。体格は140センチの小柄で、顔つきは勝気な目が印象的だな……あと、服装のコーディネートは、白いワンピースにお洒落なブーツ――どう見ても女子じゃねぇか!


 せめて銃を持った婦警をよこしてくれ――って叫びたいんだけど、銃を持った女子に妥協しようじゃねぇかッ!!


「――ん?」


 俺の気配に気づいたのか、少女はこちらを振り向いた。


 小学生か……?

 それとも中学生?

 高校生ではない事は確かだろう。胸のサイズが控えめだし、顔つきからしても幼すぎる。


「ッ!?」


 不審者を見るような目付きをする少女。その両手には、オートマチックの拳銃を握りしめており、銃口は何故か俺に向けられていた。


「ちょっと待て! 俺はお前を襲うつもりはない! 後ろ! 俺の後ろを見てくれ!!」

「……」


 走りながら必死で弁解する俺に、無言で銃口を降ろす少女。

 分かってくれたか。

 なら、後ろのモンスターを倒してくれ――って、


「逃げないで! 頼むから逃げないでくれ! せめてモンスターの一体だけでも!!」

「無理よ!」


 短い言葉で俺の視界から消えようとする。


 せっかく見つけた希望を、みすみす逃してたまるか!

 女子には悪いけど、俺も必死なんだ! モンスターを全部――とは言わないが、せめて半分ぐらいはどうにかして欲しい!

 特に大型のホブゴブリンだけでも助かるんだが……。


「クソッ……見失った!」


 少女を追って右往左往する。


 そう言えば、まだモンスターがいるのか? 例のマジックアイテムを取り除いたから、少しは減っていてもおかしくは――


「グォォォォ……!!」

「グヒ、グヒ……!!」

「ゲギャギャ……!!」


 うん、まだ付いて来てやがる……。

 ただ、あの無駄にカッコいい名前の鳥はいないみたいだ。


『警告! 前を見てください、マスター!!』

「え、なに? 前がどうした?」


 後ろを確認していた俺は、神使から只ならぬ念話が聞こえ、進行方向の先を確認する。


「ブヒ、ブヒ……」


 二メートルを超える豚面のモンスターと、エンカウントしてしまった。


 不運にもほどがあるだろ!

 ゴブリン共に追われて体力的にも限界だというのに、オークと遭遇……って、オークだよな?

 豚面のモンスターと言えば、スケベの代名詞でもあるオークしか思い浮かばないんだけど。


 返り血を浴びたコックコートに、血塗れの肉包丁を持ち、憤怒を匂わす表情を隠さない。

 そんなオークの雰囲気は、スケベとは正反対の出で立ちであり、どちらかと言うと殺人鬼の様相である。


「ブヒィィィ……!!」


 よだれを撒き散らしながら叫ぶオークは、肉包丁を高らかに掲げた。


 どうすんだよ!

 ゴブリン共に追われている俺は、あのオークの先しか逃げ道がないんだぞ……!

 何かないのか、この状況を打開する方法――


「――ッッ!?」


 周囲を見渡しながら走る俺は、起死回生に繋がる『何か』を発見した。


 これが正真正銘、最後のチャンスだ!

 間違えるんじゃねぇぞ!


「う、おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 自分自身を鼓舞するように叫ぶ俺は、オークの懐に飛び込もうとする。


 狙いはオークそのものじゃない!

 俺の本当の狙いはオークのすぐ近くにある――


「――ブヒッ!!」

「――そこだ!!」


 渾身の力で振り下ろすオークの肉包丁。それが当たる瞬間、俺はオークのすぐ近くにある『隙間』に逃げ込む。


 ガン!!


 隙間に入り込むと同時に、甲高い音が聞こえてきた。


 よし、このまま隙間の奥に進むぞ!

 リーチの長い肉包丁で掻き回されたら不味いし、小柄のゴブリンが殺到してきたら面倒だ!


 頑丈なブロック塀同士で作られた狭い隙間。そんな隙間の出口を目指している俺は、不意に広い空間に飛び出る。


 ――って、どこだよ!! ここはッ!?

 狭いブロック塀の隙間を通っていたのに、石造りの通路に瞬間移動って、ゲームの『転移の門』に踏み込んだのかよ!!


「どこかの小説に、トンネルを抜けたら~なんて、言葉があったけど、この状況はないだろ、マジで……」


 無数の松明が等間隔で設置されている石の通路に、俺の不平不満が響き渡るのであった。

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