六話 囮作戦

 ヒトカミダケとの戦闘(一方的な虐殺だけど)を終えた俺は、目的地であるコンビニが見える場所まで移動した。

 詳しく述べると、さっきまで歩いていた路地と幹線道路との合流地点である。

 またコンビニは幹線道路を挟んだ先にあり、道路上には複数の車が放置されていた。それもフロントガラスにヒビが入っていたり、赤い血痕が付着された自動車である。

 そんな自動車の近くにはボロボロになった死体と、石になったスマホが目に入った。


「モンスター……絶対いるよな……?」


 緑が綺麗な街路樹の前で、姿勢を低くする俺は、道路の向こう側にあるコンビニの様子を窺う。

 ショーウィンドウと自動ドアのガラスが割れてる――って事はモンスターが突撃、もしくは店内で暴れたんじゃね?

 ならモンスターは確実にいると考えて行動した方がいい、そう思っているのだが――


「見えねぇな……。せめて数だけでも知りたい所なんだけど……う~ん。どうしようかな?」


 迂闊に足を踏み入れて、強制バトルは御免だしな。特にモンスターの種類、頭数、強さが不明なら戦闘は避けたい。


「とは言え、コンビニからの物資も捨てがたいんだよなぁ」


 もう少し近くに移動するか――そう考えながら幹線道路の周囲を見渡している俺の耳に声が聞こえてくる。


「オイ、そこのお前」


 尊大な声――それも男の声が後ろから聞こえた俺は、その方向に顔を振り向く。


「うげっ!?」


 突然の声の主を確認した俺は、苦虫を噛み潰したような顔をした。


 会いたくない奴とエンカウントしちゃった……。

 金髪、ピアス、ネックレス。目つきどころか顔つきがヤンキーだし、ファッションもヤンキー……不良児であるテメェにピッタリだぞ、立川亨!


「オイオイ、嫌そうな顔すんじゃねェよ。俺とお前の仲だろ」


 銀色に光る鉄パイプを俺の頬に『ペチ、ペチ』と押しつけられる。


 ふざけんな、このゲス野郎ッ!

 中学時代の俺を虐め――られてないな……けど、授業中や全校集会などで騒ぎまっくったのを忘れたとは言わせねぇぞ!

 また俺とは別の人間にだが、虐めや恐喝。生徒&教師相手に暴行事件も起こしただろ! それと他校との喧嘩もな!

 そのおかげでテメェがいるクラス――俺が所属するクラスメイト全員が迷惑を被ったんだ!

 主に『社会奉仕』と言う名の連帯責任として、公園の清掃を休日にやらされる羽目になったんだぞ! それもほぼ毎月1~2回以上だ!! 休日返せ、ゴミクズ野郎!


「……俺に何か用か?」


 心中を隠しながら言葉を吐いた。


 俺はテメェに興味も、用も無いから消えてくんない?


「ちょっとなー、お前にいい話があンだよ……乗るか、乗るよな、乗れよクズ」


 クズはテメェだろ、ぶち殺すぞ――と言いたいんだけど、言ったら逆に殺されかねないので、ここは黙って堪えるとしよう……。


「トオル、知り合いか?」


 不意に第三者の声が聞こえた。

 その声にどこにいるんだと視線を漂わせていたら、立川の後ろに二名発見した。180センチを超える大柄の男性と、160センチの太っちょの男性である。

 二人はどこからどう見ても立川の仲間であり、不良にぴったりの出で立ちであった。


 さっきの声、多分だがデカい方かな……? 年は俺より上みたいに見える――と言うより、老け顔がピッタリだ。

 あと、三人分のスマホも確認できた。それも宙に浮くスマホである。


「ああ、俺の中学時代のクズでな。確か田中だっけ?」


 黒崎颯人ですが、なにか。


「アニキの中学時代って、どんな感じだったんスか?」


 太っちょが声を上げた。


 コイツの声、少年みたいだな……俺と同い年に見えるんだけど。


「おー、聞いちゃう! 俺の武勇伝! いやー当時の俺は結構ヤンチャでな。特に一年の四月にあった――」

「あ~それはまた今度にしねぇか。トオルの旧友に用があんだろ」


 チャラそうな雰囲気を出す立川は、嬉々と昔話を語ろうとするが、大柄の男性が静止した。


 誰が旧友だ……! あんなゴミ野郎!


「おーそうだった。懐かしいクズに出会って思わずテンション、ハイになってたわ、やべー……まぁ、いいや。ちょっと俺の作戦に付き合えよ」


 馴れ馴れしく俺の肩を叩く立川。その顔は下卑た空気を孕んでいた。


「話だけは聞いてやる……。どんな作戦だ?」


 心底嫌そうな顔で答える俺。


 虐めっ子の立川が立てる作戦なんて、碌でもない内容だろ……。


「簡単に言うと囮作戦だ」


 却下だ、馬鹿野郎!

 立川の『囮』の言葉に青筋を立てる。


「オイオイ、落ち着け。囮作戦と言ったが、お前が囮役やるんじゃねぇぞ」

「……どういう意味だ」


 一体何を企んでやがるんだ! 

 囮役など損な役回りを進んでやるタイプじゃないだろ、お前は!


「一応聞くけどよ、お前の狙いはコンビニの食糧なんだろ?」

「そうだな」


 何を今更……?


「コンビニの中はモンスターがいるぜ――それも七体だ」

「やっぱりいるのかよ」

「ああ、マジでいるぜ。緑の餓鬼――ゴブリンが七体だ。そんな危険地帯に一人で突っ込むのは馬鹿らしいだろ」


 だからって囮役は嫌だぞ! どうしてもと言うなら立川、テメェがやれよ!


「そこで俺が考えた囮作戦があるんだ……もちろんお前は損しないぞ。何故ならこの俺様が作戦の要――囮役を務めるんだからな!」


 笑顔で自分自身にサムズアップする立川。


「…………………………はぁ!?」


 損な役回りを自分がやる――そんなあり得ない事を口走った立川の言葉を俺は理解できなかった。


 頭打ったのか、お前は……?

 それとも薬に手を出して正常な判断を失ったのか?

 あるいは異界浸食によるゲームみたいな世界に、自分が勇者とか英雄の役回りだと勘違いしてるんじゃねぇのか……?

 おい、そこのお二人。お前等はどう思ってるんだ? 


「トオルは本気らしいぞ」

「アニキはマジで言ってるっス」


 俺の視線に気づいた二人が答えた。


「俺の事を信用してねぇのかよ、お前は」


 当たり前だろ! 今まで積み重なった罪状を思い返せば、信用なんてゼロどころかマイナスだよ――けど、


「作戦を教えろ」


 胡散臭い匂いがするけど、立川と組むのを承諾の意を示す俺。

 ヤバくなったら逃げよう。

 コイツ等が死のうが、泣き叫ぼうが、完全無視して退散する――そんな心構えで行くか。


「お、乗り気になったか! いやー、よかった……作戦なんだけどさ、割と簡単だぜ。この作戦は――」


 ピンチになったら逃げる――そんな俺の胸中を知らない立川は、得意げに作戦の内容を語った。


 ****************************


 立川が語った作戦は至ってシンプルな内容だった。

 まず俺、大柄の男、小柄の太っちょ、の三人は、コンビニから少し離れた曲がり角で待機する。

 次に立川がコンビニの入り口で適当に騒ぎを起こし、そのまま俺達が居る交差点を真っ直ぐ走り去る。

 するとコンビニ内にいるゴブリンは、騒ぎを起こした立川の後を追い、俺達が待機している交差点を真っ直ぐ走り去る。

 最後に真っ直ぐ走るゴブリンを確認したら、曲がり角で待機している俺達がゴブリンの背後を突く――以上、立川亨作の囮作戦の全貌である。


「そンじゃ、俺はゴブリンを釣り上げてくるぜ。ぬかるなよ、デク、ウド、田口」


 そう言いながら曲がり角から出ていく立川。


 俺の名前は黒崎颯人だ、適当に呼ぶな。

 もっともクズ野郎に名前を覚えて欲しくはないけど……さて、神使。


『なんでしょう』


 一応聞くけど俺とお前の念話による会話は、第三者に聞かれる心配ないんだよな?


『肯定』


 他の神使にも聞かれない?


『問題ありません。マスターの秘密とプライベートは、神使である私が責任を持って保護いたします。ただし異界浸食による情報は、八百万の神に報告しますので、その点はご容赦ください』


 そうか、なら安心だな――本題に入るぜ。ゴブリンは強いのか?


『武器を持った成人男性であれば、余裕で勝利できます。もっとも一対一の場合ですので注意してください』


 分かった――そう思念を送ったと同時に、少し離れた所から頭が悪そうな声が聞こえてくる。


「うおおぉぉぉぉ……! やべぇ、ゴブリンが居やがる! 逃げなければ!」


 複数の足音が聞こえてくる。それも徐々に音量が上がってくる。


「ななッ! 緑子が七だ! 予定通りやれ、デク!」


 必死に走る立川の姿を確認した。それと宣言通り七体のゴブリンを把握する。


「よし、俺と坊主! 先に動くぞ!」


 大柄の男――デクが俺の背をグッと押し込む。

 それが突撃の合図だと理解した俺は、ゴブリン共の後を追い始めた。

 狙いは最後尾の奴だ!

 それも手加減なし、頭部を一撃で仕留める気持ちでッ!


「ギギャ……!?」


 俺の殺意に気づき、振り向こうとするゴブリン。


 気づかれた――だが、もう遅いッ! 俺の武器――金槌の痛みを思い知れ!


『――グシャ!!』


 ゴブリンの頭から血と脳漿が飛び散りる。

 そして進行方向に倒れ、『ビクン、ビクン』っと痙攣している。


「ギギ……!?」

「ギ、ギ……!?」

「ギロギロ……!?」


 足を止め、驚きの声を上げるゴブリン共。


 うぐっ……気持ち悪い音が聞こえた。それと嫌な感触も覚えた。

 人の形に近いゴブリンを屠ったせいか、心理的ダメージが半端ない……ヤバい、ちょっと吐きそう……って、殺したんだよな?

 ヒトカミダケを殺したときは『経験値~』が聞こえてきたんだけど――お、ゴブリンが消えた。


『経験値を10獲得しました。GPを5獲得しました』


 ……地味に少なくね、経験値。ヒトカミダケを10体連続で殺した方が安全だし、楽チンだと思うんだけど。


 なんて事を考えながらゴブリン共の様子を見る。


 一体、二体、三体、四体、五体、六体……うん? 六体だと?


「大柄の男――デクは? 俺と一緒に仕掛ける予定だったデクはどこに行った?」


 正面にいる六体のゴブリンから目を離さないように、慎重に左右を見渡す。

 …………いない。

 あ、あれ……どういう事だ……おい、神使。後ろ見てくれるか?


『――マスター、残念な報告があります』


 す、ストップ!! 聞きたくない!! この状況で『残念』は絶体絶命のピンチだぞ!!


『受け入れてください。例の二人――デクとウドはどこにも見当たりません』


 ガッデム……!

 信じた俺が馬鹿だった!

 大ピンチに陥ったら真っ先に逃げよう――なんて後ろめたい事を考えていた俺に、まさかの裏切り行為かよ。恐れ入るぜ、クズ野郎!!


「ギギャ―!!」

「ギャギャー!!」

「ゲギャー!!」


 仲間を殺された事に激しく威嚇するゴブリン共は、木製の棍棒を乱暴に振り回している。


『どうしますか? 戦いますか?』


 アホかッ! 俺はLv2で、しかも一人だぞ!

 こんな絶体絶命の状況は、勇者でも無理ゲーすぎる!

 たとえるなら……某国民的RPGに出てくるドクロを持った大烏×6に、Lv2の勇者一人で挑むような行為だぞ! 最弱モンスターの青いプルプルした玉ねぎ×6でも危険すぎるわ!


『でしたら、早急に逃げる事をお勧めします』


 神使の提案に『言われるまでもない』と短く発言すると同時に、回れ右する。その瞬間、ゴブリン共と命を懸けた鬼ごっこが始まるのであった。

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