八話 ダンジョン

 ゴブリン共とオークの脅威から脱したと思ったら、灰色の石材で構成された通路に転移した。

 それも幅10メートルぐらいで、奥行きは観測不能の通路である。

 何故、観測不可能なのかと言うと、薄暗い先を把握できないのだ。無数の松明が壁に設置されているが、通路全体を照らすには不十分に見える。

 また通路内の温度は快適であり、真夏の屋外とは正反対な環境だ。ただし湿度は大差ないだろうと感じた。


 そんな通路に転移してしまった俺は、周囲の確認から始める。

 すると背後に巨大なクリスタルを発見した。幅1メートル、高さ2メートルの巨大なクリスタルは、地面すれすれに浮いている。


「セーブ出来そうだな……。異界浸食でゲームみたいな世界になってしまったから案外できるんじゃね――ッッ!?」


 狭い隙間に逃げ込んだ俺を睨むオーク――そんな姿が、クリスタルに映し出されているのを把握した俺は、身を硬直させずにいられなかった。


 何でオークがクリスタルに映ってんだ!?

 しかも俺が通った隙間の中から見たオークの姿に……って、まさか!?


「このクリスタルは、外部との出入り口か……!?」


 もしそうなら、辻褄が合うな。

 石造りの通路に足を踏み入れた俺の背後に、あの巨大なクリスタルが鎮座している。

 その事を考えると、巨大なクリスタルはドアの役割を持っているのではないだろうか?

 うん、きっとそうだ。なら、手を触れてみるか。


「うぉ、手がすり抜けた!?」


 巨大なクリスタルに触れた手は、何の抵抗もなく素通りした。


 どうやら俺の考えは正しかったようだな……あと、オークの姿が消えたみたいだけど……諦めたのかな?

 そんで代わりに狭い隙間を余裕で通れるゴブリン共がこちらに――って、ヤバいだろ!?

 急いで迎撃態勢を整えないと!!


 俺がこの通路に迷い込んだように、ゴブリン共がこの通路にやって来るかもしれない――そんなロジックに至った俺は、巨大なクリスタルから数歩離れ、現時点での最強武器である金槌を構える。


「よし、かかってこいや!」


 逃げ続けた俺だと思うなよ!

 複数相手は不利でも、狭い通路を通る以上、一対一になる事は確実だッ!!


 出会い頭に必殺の一撃を与える――そんな考えを持っていた俺は、ゴブリン共が転移してくるタイミングに備えた。

 しかし、ゴブリン共は目の前に現れなかったのである。


「……どうして、転移してこないんだ?」


 おかしいな……。

 狭い通路の真ん中あたりに、不可視の出入り口があると思ったんだけど……。

 それでその不可視の出入り口に触れた俺は、この通路に転移したと睨んでいるのだが……。


「ひょっとして、モンスターは不可視の出入り口を素通りするのか?」


 その考えなら辻褄が合うと思うんだけど……あ、そうだ。目の前にあるクリスタルの反対側を見てみればいいんじゃね?


 疑問を解決する為にクリスタルの背後に回る。

 するとそこに映し出されている光景は、徐々に小さくなっていくゴブリン共の背後であった。


「……どうやら俺の考えは、正しかったみたいだな」


 モンスターはこの場所に踏み入れる事はない。そう確信する事が出来た。

 それと多分だがこちらの様子も把握できないだろう。


「つまり、ここは安全圏なのか? モンスターが入って来れないエリア――いわゆるセーフルームってやつ?」


 もしそうなら、不幸中の幸いだぞ!

 ここにいればモンスターに襲われる心配がないからな!


『違います。安全圏でも、セーフルームでもありません。ダンジョンと呼ばれる特殊な空間です』


 喜ぶ俺に水を差す神使。


「今、ダンジョンって言ったのか……? ゲームに出てくるやつ?」

『肯定。RPG好きのマスターの考えるダンジョンを、そのままイメージしても問題ないでしょう』

「マジかよ……って事は、金銀財宝が眠っているのか?」

『肯定』


 俺の職業、シーフの出番だ!

 つまり俺の時代がやって来たな! このダンジョンのお宝を独り占めにして、俺TUEEEが始まるんだろう……なーんてな、ガハハ……!!


『モンスターを排除できれば、の話ですが』

「じゃ、逃げよう! 一刻も早くここから逃げるぞ!!」


 俺TUEEEの条件はあまりにも危険すぎるので、ダンジョンから脱出しようとする。


 安全第一! これ大事! ホント、マジで!

 危険を冒して俺TUEEEに挑むより、他人のTUEEEに寄生した方がマシだ!!


『ダンジョンから出るのは構いませんが、このタイミングで外に出るのは危険ではないでしょうか?』

「……」


 神使の念話に、無言で足を止める。

 た、確かに……。

 ゴブリン共や、オークが近くにいるのは確実だ。


『取りあえず休憩してはどうでしょうか? マスターのスタミナが残りわずかですので』

「俺のスタミナが少ない……って、どういう事だ?」


 ゴブリン共と命がけの『鬼ごっこ』の事を言っているのか?

 あ、ヤベ、思い出したら、メッチャ疲れてきたんだけど――うん? ステータスを確認しろだと? どれどれ?


『基本値』

 スタミナ 2/27

 マジック 15/15

 物理攻撃力 13

 魔法攻撃力 11

 物理防御力 10

 魔法防御力 7

 速さ 17

 器用 15

 幸運 21

 成長タイプ 速さ

 次のレベルまであと 12


「うわっ、俺のスタミナ、ギリギリじゃねぇか!?」


 死ぬの……!

 ねぇ、俺もうすぐ死ぬの!

 スタミナ0になったら、即ゲームオーバーなの!!


『違います。スタミナはあくまで体力です。0になっても死にませんが、極度の疲労で動けなくなります』

「そ、そうか……なら、よかった」


 ――って、よくねぇよ!

 極度の疲労で動けなくなったら、ヤバいだろ!


『でしたらクエストの報酬にある『スタミナポーション』を活用してはどうでしょうか?』

「そうだな……うん、取り出してくれ」


 神使の提案に同意した瞬間、赤い液体が入った試験管が現れた。


「不味そうだな……」

『安心してください。中身はトマトジュースです』


 何故トマトジュースなんだろう……まぁ、いいや、いただきます。


「――う、美味すぎる!?」


 なにコレ!? 美味すぎて逆に怖いんだけど……!


『神界で育てられたトマトを使用しております』

「贅沢過ぎるわ、馬鹿野郎!! どこの世界に神様の食べ物を人間に食わすんだ!! けど、どうもありがとうございましたッ!!」


 神使に説教しながら土下座する俺。

 神様の食べ物を分け与えるなんて、恐れ多すぎるわ……!


『感謝は行動で示してはどうでしょうか? 丁度、モンスターに遭遇したようですので』

「えっ、遭遇って何の事だ?」


 神使の念話の意味がよく分からなかった俺は、周囲をぐるりと見渡す。

 すると灰色の石材で統一された通路の奥から、ボロボロの布きれを纏った骸骨が、非常にゆっくりとした足取りで近づく。


「うぉッ!? モンスターが俺の後ろに――って、早く教えろよ!! 不意討ちで殺されたら、お前も困るんじゃないのか!!」

『落ち着いてください。あのモンスターは『スケルトン』と言って、アンデット系の最弱モンスターです。脅威度は漆黒の魔鳥と同格です』


 あの無駄にカッコいい名前の鳥と同格かよ……。確かゴブリンより弱いんだっけ?


『肯定』

「あのモンスターが持っている武器、剣みたいなんだけど……。それでもゴブリンより弱いのかよ」


 スケルトンと呼ばれたモンスターに対し、油断なく武器を構える。


 全身が骨って、どこを攻撃すりゃいいんだよ! 幸い一体だけみたいだから、何とかなりそうだけどさ!


「先手必勝か、それとも後手を狙うか……ッ!?」


 攻め手を決めあぐねている俺に、スケルトンは無言で攻撃し始めた。


「――って、遅ッ!?」


 スケルトンの攻撃に、ひらりと身を躱す。そしてそのまま金槌をスケルトンの頭部に目がけて振り下ろす。


 バキッ!


 骨が砕ける音が聞こえ、スケルトンの頭部があさっての方向に飛んでゆく。


「弱っ……って、まだ動けるのか!?」


 頭部を失ったスケルトンは、『カタカタ』と音を鳴らしながら剣を振ろうとする。

 それも正確に俺の右肩を目指して――


「うぐっ!?」


 右肩から鋭い痛みを感じた。刃物である剣を真面に受けた俺は、死の予感を覚える。


 クソッ……頭部を潰したから、問題ないと、タカを括ってしまった!

 馬鹿じゃねぇのか、俺は!! ゴブリンより格下の相手に敗北するなんて、死んでも死にきれねぇぞ……!!


 スケルトンにしてやられた。そう後悔する俺は、等間隔で設置されている松明の光源で、刃物を受けた右肩のダメージを確認する。


「あ、あれ……? 血が出てない……」


 生命の源である鮮血が吹き出た痕跡が見当たらない。それどころか白いワイシャツは、無傷のままであった。


 斬られた――そう思っていたんだけど、当たり所が良かったのだろうか? それとも防具がスケルトンの武器より優秀だったのか?


 自分の体を確認する俺に、スケルトンが再び攻撃し始める。


「やらせるかッ!!」


 スケルトンが振るう剣に、金槌で横に軌道をずらす。


 よし、上手くいった! そんでボディの中心――あの如何にも弱点ですよ、と出張している『紫の石』みたいな場所を――


 ――バキン!?


 石が砕け散る音が聞こえた。俺の金槌がスケルトンの胸にある『紫の石』にジャストミートしたのである。


 お、糸が切れたように崩れ落ちた。それも剣を手放す形で――って、あの剣。かなりボロボロだぞ……。


「ああ、だから平気だったのか。新品だったら間違いなく死んでいたな」


 仰向けに倒れているスケルトンを油断なく観察する。

 仕留めたんだよな……あ、消えた。


『経験値を8獲得しました。GPを2獲得しました』


 ゴブリンより弱いとは言え、この数値は厳し過ぎじゃね?


『お疲れ様です。それと新たなクエストを獲得しました。確認しますか?』

「いいよ、別に。どうせスケルトンを10体倒せ、とかだろ」

『肯定。また『ゴブリンを10体』も追加されております』


 クエストを用意した八百万の神は、俺達にモンスターを出来るだけ沢山始末して欲しいのかな? 報酬と言う餌をぶら下げる形で。


『概ね、その考えで間違いありません。八百万の神サイドからすれば、モンスターはこの世ならざる『異物』です』

「異物か、確かにそうだな。異界浸食で発生した存在だから当然と言えば、当然――ってことはさ、このダンジョンも異物に該当するのか?」

『肯定。ダンジョン攻略しますか? 八百万の神からダンジョン系のクエストを用意しているそうですが』


 絶対嫌だ!

 俺一人で薄暗いダンジョンを踏破する所か、今すぐにでもダンジョンから脱出したい。

 けれど、外にはゴブリン共やオークが、俺の命を狙っているだろう。

 だから数時間ぐらいはダンジョン内で待機しようと思う――んだけど、


「待機するぐらいなら、ダンジョン攻略に挑むのもアリか……?」


 倒したスケルトンとは別のモンスターが、この場にやって来ないとは限らない。むしろ確実にやって来るだろう。

 つまり待機しようが、ダンジョン踏破しようが、危険度は同じぐらいじゃないのか?

 だったら、ダンジョン踏破に挑んでもいいんじゃね。


『ではクエストを確認してください』


『クエスト』

 クエスト受注一覧

 特技スキル『盗む』を成功させる 報酬 盗人の手袋

 特技スキル『鍵開け』を使用する 報酬 煙玉

 職業Lvを上げてみよう 報酬 コンバットナイフ

 仲間を作ろう 報酬 聖なるロウソク

 ヒトカミダケを100体倒そう 報酬 癒しのベル

 Lv5以上達成 報酬 トリニダード・スコーピオン

 ゴブリンを10体倒そう 報酬 100GP←NEW

 スケルトンを10体倒そう 報酬 100GP←NEW

 ダンジョン攻略しよう(初回) 報酬 暗闇のコート←NEW


 クエスト完了一覧

 ヒトカミダケを10体倒そう 報酬 100GP

 Lvを上げよう 報酬 マジックポーション


 う~ん……取りあえず、ヒトカミダケの報酬だけ受け取っておこう。マジックポーションはまだ使い道なさそうだし。

 

『100GP獲得しました。ガチャしますか?』


 頼む――そう思念を送ると、見慣れたガチャガチャが映し出された。


『おめでとうございます。寝袋が当たりました』


 そう表示されると同時に、マミー型の寝袋が目の前に現れた。


「緑の巨大な芋虫……?」

『違います。見た目はともかく、これは立派なマジックアイテムです』


 いや、どうみても芋虫だろ……。

 所々皺がある部分が、リアルすぎると思うんだけど……まぁ、いいや。どんな効果があるんだ?


『寝袋を使用してる間は、完全無敵状態になります。ただし一回限りですので、ご注意してください』

「寝込みを襲われないのは有難いな……」


 持ち歩くの邪魔だけどな――いや、待てよ。持ち歩くの邪魔なら、今使えばいいんじゃね?

 そもそもダンジョン踏破する動機は、時間つぶしだし……。


『ヘタレにも程がありますよ、マスター。いい加減、覚悟を決めてください』

「あーはいはい、分かりました」


 と言っても、この寝袋どうすんだよ……はぁ、取り敢えず通路の隅に置いとくか。

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