九話 勝負に勝って試合に負けた

「ヤベッ……!?」

「ああン……!?」


 俺と立川の間に割り込んできた声に動揺する俺と、不愉快な表情を浮かべながら顔を動かす立川。そんな俺と立川の元に国広さんが駆け付けてくる。


「避難所でのトラブルは厳禁です! 君達がどんな理由で喧嘩をしていたとしても――って、立川君……!?」


 立川の姿を見た国広さんは驚きの表情を浮かべた。


「うげっ……!? 何でテメェがいンだよ、ポリ公……!!」


 唐突にやってきた国広さんの姿を見た立川は、苦虫を噛み潰したような顔に変化した。まるで『0点のテストが親に見つかった』そんな表情である。


「それはこちらの台詞です! 何故立川君達がここに……って、避難しにきたんですか……? もしそうなら喧嘩などのトラブルは止めていただきたい。ここから追い出されたくなければ」

「はぁっ……!? ここから追い出すって、本気で言ってンのか!? 市民の味方を自称するポリ公の台詞とは思えねぇンだけど……!! あと俺の喧嘩に口出してンじゃねぇ!! シメるぞ、ポリ公ッ!!」


 立川は短機関銃を持つ国広さんにメンチを切っている。


 オイオイ、随分と命知らずだな。撃たれても知らねぇぞ――ってか、


「国広さん、クズや……立川を知っているんですか?」


 俺は立川の動向を注視しながら疑問を口にした。


「ええ、まぁ……。補導やら注意やらで立川君と面識がありまして……」

「ああ、なるほど……」


 俺が中学生の時、クズ野郎の立川が補導されたと朝のHRで言っていたな……。それも一回だけではなく何度も……。逮捕されたと学校中が噂された時期もあったなぁ……。


「俺を差し置いてポリ公と喋ってンじゃねぇ!! それと喧嘩の邪魔だからどっか行ってろ、ポリ公!!」

「お断りします。先程も言いましたが、ここは避難所です。いかなる理由があろうとも喧嘩は許可できません。他の避難者の迷惑を考えてください。それでも喧嘩をするというのなら――」

「追い出す、って言うのかよ……! 俺等を嵐の外に追い出すなンて、ポリ公にあるまじき発言だぞ!! つーか、喧嘩の原因は山口が舐めた態度を取ったからだ!!」


 そう言いながらバールの先端を俺に向ける立川――って、誰が『山口』だ! 俺の名前は黒崎颯人だっての!! クズ野郎に名前を憶えて欲しくないから訂正の言葉を出すつもりはないけど、適当に呼ぶんじゃねぇ!! 国広さんが混乱するだろうが!!


「喧嘩の原因が山口……君でしたら、山口君が謝罪の言葉を出せば手打ちになりますね。でしたら山口君、立川君に謝罪してください。それで喧嘩は終了です」

「はぁっ!? 何トチ狂った事を言ってンだ!! 謝罪の言葉で俺の怒りが収まるほど安くは「俺が悪かったです。すいませんでした」おい! 勝手に謝罪の言葉を口に出すンじゃねぇ!!」


 立川は怒りの形相で俺に詰め寄ろうとする――が、


「そこまでです、立川君! これ以上山口君に近づいたら追放処分を受けてもらいます! それが受け入れられないのであれば、私が立川君の相手をします……どうしますか? 立川君……」


 俺と立川の間に国広さん自身が割って入ってきた。壁役、あるいは盾役を買って出てきたのである。それも短機関銃『9ミリ機関けん銃』を構えながら。


「ンだと、コラ……!! 俺とコイツの喧嘩にいちゃもンを付けるどころか、喧嘩を勝手に終了させてンじゃねぇ!! せめてコイツに2、3回ぐらいは殴らないと腹の虫が「おい、トオル……」ねぇぞ!! 分かったらコイツを俺に差し出「トオルってば!!」何だよ、デク!! 俺は今忙しいンだよ!!」


 立川はデクとウドがいる方向に振り向く。それと釣られる形で俺と国広さんも視線を動かした。そこには――


「あ、アニキ~……は、腹がヤバいッス……。と、トイレに行かせて欲しいッス……」


 お腹をさすりながら顔を真っ青にするウドの姿が見えた。


「またかよ……!? いい加減、腹の調子を取り戻せ!!」

「いやいや、無茶言うんじゃねぇよ……。つーか、カレーのダメージが残っているのに腹パンをしたトオルが悪いだろ。それとここで言い争いするのは勘弁してくれ。ウドの調子が最悪な事もあるが、俺自身も濡れた服のままで過ごしたくない」

「うるせぇ! それぐらい我慢しやがれ! 俺はコイツをギタギタに叩き潰さなきゃ気が済まねぇンだよ!!」

「落ち着けよ、トオル……。お前が怒るのは理解できるけど、一対二で勝てる自信があるのか? 言っておくけど俺は加勢しないぞ。ウドはトオルの腹パンでKO寸前。それでも喧嘩したいのか? ギタギタに叩き潰されるのはトオルの方になると思うぞ」

「うぐっ……!!」


 デクの指摘に言葉が詰まる立川。

 それは『孤立無援』にピッタリの様相を露わにしている。


 勝負あり、だな……。

 俺の戦略的撤退『謝罪』をした事で国広さんを味方につけたのと、立川の取り巻きの二人が喧嘩に参加しない(参加できない)事により、俺と立川の喧嘩は引き分けで終わった。

 とは言え俺の『勝ち』といっても過言ではないだろう。あるいは『勝負に勝って試合に負けた』そんな感じかもしれない。

 立川をボコボコに殴れなかったのはちょっと残念ではあるが……まぁ、次の機会に――いや、ゴミクズ野郎に出会いたくないから次の機会はないな……ないよね?


「喧嘩はお開きでよろしいですね? でしたら二階の避難所に向かっても構いません。トイレは二階に上がって直ぐ右隣にあります」


 そう言いながら二階に続く階段の方向に顔を動かす国広さん。


「そりゃ助かる……ウド、二階に上がるぞ……って、流石に歩けそう見えねぇな。やれやれ……俺の腕に掴まれ」

「め、面目ないッス……」

「気にすんな。食い意地を張ってカレー一杯を食べきったお前が悪いとは言え、一番悪いのは俺が作ったカレーに悪戯をした外道だろ」


 デクはグロッキー状態のウドと一緒に、二階に続く階段がある方向に足を向けている。


 カレーに悪戯をした『外道』とは、俺の事だよな……? 立川のアジトに忍び込んだ際、カレーにトリニタード・スコーピオンを仕込んだ覚えがあるし……うん、この事実は墓場まで持っていく事にしよう。シロと一緒に物資を根こそぎ盗んだ事も含めて。


「俺を置いてどこに行くンだ、デク! コイツとの決着がまだついてねぇンだぞ!!」

「諦めろよ、トオル……。お前の旧友を相手にするのはともかく、警察官の国さんとやり合いたくねぇんだよ。三対一で国さんと喧嘩して勝った覚えがねぇからな」


 立川の制止する声に、デクは『やれやれ』といった表情をしている。

 そして俺、国広さん、立川の視界から見えなくなるのに時間はさほどかからなかった。


「まだ私に用があるのですか、立川君? 喧嘩が終わったのでしたら二階に上がっても大丈夫ですよ。もちろん他の避難者に危害を加えたら私が容赦しませんが」

「ぐっ……」


 国広さんの言葉に『忌々しい』といった顔つきを漏らす立川。加えて『今度会ったらただじゃ済まさねぇからな!!』そんな捨て台詞を吐きながらデク達の後を追い始める。

 それは立川との戦争トラブルが終結を迎えた瞬間でもあった。


「やれやれ……。立川君がここに避難してきたのを知った時はどうなるかと思いましたが――」


 立川の姿が完全に見えなくなった頃、国広さんが俺の顔を見ながら話しかけてきた。


「騒ぎを起こさないと我々に約束したのではないのですか、黒崎君?」

「うぐっ!?」


 国広さんから目に見えない攻撃を食らった気がしないでもない……ってか、回避不能の強制イベントに遭遇した俺にどうしろと言うんだよ……。


「それと君の名前はどちらなのですか? 黒崎君? 山口君?」

「黒崎颯人で間違いありません……」

「そうですか……ちなみに立川君とはどんな関係ですか?」

「中学時代のクラスメイトです。とは言ってもクラスメイト『だけ』の関係ですが」


 俺は『だけ』の部分を強く誇張した。クズ野郎の仲間だと誤認されたくないからである。


「中学時代のクラスメイト……ですか……。それはなんとも……」


 国広さんは気の毒そうな顔つきを浮かべた。

 暴行、窃盗、恐喝などの罪を犯す事に厭わないゴミクズ野郎、立川享が在籍していたクラスに所属する俺に不憫に思ったのだろう。

 危険人物でもある立川享が間近に居る事の恐怖や、迷惑千万な立川享を抱えたクラスに対するバッシングについて想像したのだろう。

 そしてそれは正解であった。

 立川享の暴力による恐怖や、謂れのないバッシングは実際にあった。それどころか気の弱いクラスメイトが餌食にされた事もある。幸い俺はターゲットにされなかったが、クラス内の環境は『最悪』の一言であった。

 更に学校のイメージ回復の手段とか、クラスの連帯責任に対する罰などでボランティアをやらされる羽目になった事もある。それも貴重な日曜日に……。


 クラスメイトだけでのボランティアは楽だったけど、全校生徒でのボランティアは針のむしろだったな……。

 他のクラスに所属する生徒、先輩、後輩からの視線や陰口が痛かったなぁ……。『アイツがいるクラスのせいで休みが……』とか、『ゲーム機を買う軍資金を盗られた、あのクラスにいるアイツのせいで……』とか、『あのクズ野郎を何で押さえ付けないんだ!』などの声が聞こえたんだよなぁ……。

 しかも全員がやりたくないボランティアをやる羽目に陥った元凶、立川享はサボりやがったんだよな。


「ハヤトー。もう大丈夫?」

「ああ、問題ない……ってか、勝手に出てくるんじゃない! あのクズ野郎が戻ってきたら不味いだろ!」


 俺の顔の直ぐ近くに浮くニアに声を上げた。


「へーきでしょ。会話の内容を一言一句聞き取っていたんだけど、あの嫌そうな人が直ぐに戻ってくるとは思えないわよ」

「それでも油断は禁物だぞ、ニア。それと嫌そうな人どころか正真正銘嫌な人だ。だから間違っても仲良くしようなんて思うなよ」

「言われるまでもないわよ。それより少し気になっている事があるんだけど……」

「気になっている事って、何の事だ?」

「タチカワトオルって、あのタチカワトオルなの? 今朝ハヤトが『家に忍び込んだ』とか、『物資を盗んだ』とか、『食べ物に劇薬を混ぜた』と罪を告白していたじゃない。その被害者のタチカワトオルなの?」

「ああ、その立川享だ。言っておくけど謝罪する気はな「少しよろしいでしょうか、黒崎君……」うん? どうかしましたか、国広さ――あっ!?」


 警察官の姿をした国広さんの姿を見た俺は、何かを思い出したかのように驚きの表情を出した。


 ヤベぇ……。

 俺の近くに犯罪を取り締まる警察官が居るのを忘れてた……!


「住居侵入罪に、窃盗罪に、暴行罪ですか……。いやはや立川君と同じレベルの危険人物でしたか、黒崎君は……。とは言え君を逮捕する権限も資格も無いに等しいので、この場で拘束するつもりはありませんが」

「……権限も資格も無いって、どういうことですか? 拘束されないのは助かりますが……」


『懲戒免職でも食らったのだろうか?』などと失礼な事を考えながら安堵する俺。

 そんな俺とは対照的の雰囲気、深刻そうな表情を浮かべながら口を開く国広さん。


「凶悪なモンスターが突如現れた結果、警察をはじめとする様々な機関が壊滅状態に陥っているのです。当然首都圏内にある自衛隊の駐屯地や基地、私が所属する警察署も壊滅されたと報告を受けています。よって君を逮捕しても身柄を送検する場所がないのです……残念ながらね」

「な、なるほど……。つまり無罪放免という事ですか?」


 今ここで逮捕されないのは嬉しいけど、自衛隊の駐屯地や基地が壊滅された事は何気にショックだな……。


「誠に残念ながら。とは言え被害者があの三人組だけでしたら、私の胸の中にしまっておきましょう……他の人にも危害を?」

「いえ、立川達の三人だけです」

「そうですか。でしたら私の方からは何も言う事はありません。それと私も二階に戻りますが、後は大丈夫ですか?」

「大丈夫です。それとトラブルの仲裁、ありがとうございます」


 俺は国広さんに向かって軽くお辞儀をした。


「えっと、私の方からもありがとー。クニヒロサン」


 ニアも国広さんに向かって軽くお辞儀をする。


「いえいえ、避難所の平穏を守るのが私の仕事ですから。では、本官はこれで」


 そう言い終えた国広さんは、ゆっくりとした足取りで二階に向かっていく。

 そして俺とニアの視界から国広さんが消え去る瞬間、入れ替わる様に新島さんの姿が目に入ってきた。

 大きめのやかんと、複数のシャンプーボトルが入ったどんぶりを手にする新島さんの姿である。


「お待たせしました、ニアちゃん。お風呂の準備が整いましたよ」


 そう言いながら大きめのやかんを上げる新島さん。

 そのやかんの中にはお風呂用のお湯が入っているのだろうと、俺は直感した。同時に新島さんがもつどんぶりは湯船の代わりなのだと、俺は直ぐに理解した。


 目〇おやじの茶碗風呂ならぬどんぶり風呂かよ……まぁ、俺が入る訳じゃないから文句はないのだが……。


「やったー! ニイジマサン、大好き!!」

「ッッ!? も、もう一度お願いします……!」

「ニイジマサン、大好き!! 世界で一番大好き!! ハヤトの1000倍大好き!!」

「~~~~~~~~ッッ」


 新島さんはとろける様な笑みを浮かべている。見た目だけは美少女のニアからの褒め言葉が気持ちいいのだろう。

 そんな新島さんに声を掛けようとするが、


「あの新島さ「なんでしょうか、黒崎様? 私に何か御用ですか?」ヒィ……!? い、いえ、その……」


 新島さんの凍り付いた笑みにしどろもどろになる俺であった。

 それは『至福の一時を邪魔すんな、ゴミ野郎……!!』そんな幻聴が聞こえてきそうな笑みに気圧されたのである。


 こ、殺される……!

 ニアと新島さんの会話に口を挟んだら殺されるかもしれない……うん、ここは黙って成り行きを見守ろう! 死にたくないから!!


「ニアちゃん、今直ぐにお風呂に入りますか?」

「うん。今直ぐにでもお風呂に入りたい。あ、でも……」


 そこでニアはおそるおそるといった様子で俺の顔を見る。


「安心してください。黒崎様が見えない場所に移りますから」

「そうなの? だったら早速移動しようよ。スケベなハヤトが見えない場所に」


 ニアは笑顔を浮かべながら新島さんの肩に移った。


 誰が『スケベ』だ、誰が……!!

 俺の評価を勝手に下げるんじゃねぇ、ポンコツ妖精!!


「分かりました。では何処か適当な場所に移りましょうか。黒崎様が見えない場所に」


 そう言いながらニアと共に俺から離れる新島さん。

 そして俺の視界からニアと新島さんの姿が見えなくなるのに時間はかからなかった。


「一日一回の無料ガチャとステータス確認。やるとしますか……」


 中央駅前地域交流館のロビーの隅に陣取る俺は、一人寂しく口に出すのであった。

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