十一話 思わぬ再会【前】

 過去最強レベルの台風が完全に通り過ぎたのは日が沈んだ頃、十九時過ぎであった。

 バケツをひっくり返したかのような豪雨や、建物や木々を震わせた暴風は、泣き疲れて眠る赤子の如く消え去っていったのである。

 それは屋外で活動するのに絶好な天気が訪れた瞬間でもある。

 とは言え現在の時間帯は夜中なので、そのまま中央駅前地域交流館の一階のロビーで寝泊まりする事にした。


「そろそろ寝るとするか……。明日は朝早く行動したいからさ」


 一階のロビーの隅にある革張りの椅子に腰を掛けている俺は、画面を光らせながら宙に浮く神使と、俺の直ぐ近くにあるテーブルの中央に座るニアを視界に入れている。


「う~ん……。やる事がないからそのまま寝るのは賛成だけど、ちょっと怖くない? 今居る場所が広すぎて……」


 ニアは暗闇に支配されたロビー全体を不安げな眼差しで見渡している。暗闇の奥から見るも無残な『ゾンビ』に襲われたり、見たら失神しそうな『幽霊』が突如現れるのを懸念に思っている。そんな表情を浮かべているのだ。

 その事に俺は『馬鹿馬鹿しい……』と真っ向から否定したい気持ちに駆られたが、空想上の存在『モンスター』が現れるなどの現象が起きているので、ニアの懸念は的外れではないだろうと思った。


 幽霊が怖いので二階で寝泊まりさせてください――なんて口が裂けても言えないよなぁ……。異界浸食で不安を抱いている避難者に、架空の存在でもある妖精『ニア』を目撃したらパニックになる可能性も捨てきれない……はぁ、我慢してもらうしかないな。

 相川館長と、国広さん、新島さんに約束した事もあるし……。


『ご安心ください、マスター。その為の私が居るのを忘れていませんか?』


 暗闇に支配されたロビーの空間についてあれこれ考えていると、神使の念話が俺の脳内を揺さぶってきた。


『マスターが寝ている間、私が周囲を見張る役目を持っているのを忘れてませんか? ちなみに私の目は超高性能なので、暗闇の中であっても問題ありません』

「ああ、そう言えばそうだったな。暗闇の中を見通す目があるのは今知ったが」


 モンスターに寝込みを襲われないのは助かるな――っと、そろそろ寝るとするか。明日は朝早く行動したいから。

 特にゴミクズ野郎の立川に絡まれる暇もないくらい、ここを早く抜け出したい。


「ねーねー。シンシは何て言っていたの?」


 神使の念話を聞く術を持たないニアは、不満そうな表情を浮かべているようだ。


「真っ暗な空間を見通す目を持っているから心配するなってさ」

「ふ~ん……。ホントに見えるんでしょうね……。もし嘘だったら私の必殺技『フェアリーブレイカー』を食らわすからね!!」


 ニアは宙に浮く神使を指差している――ってか、妖精のお前が『妖精破壊フェアリーブレイカー』を使うってどうなんだってば……!!

 それと『フェアリーブレイカー』なんてカッコいい名前を付けているけど、ぶっちゃけ『拳を光らせただけのグーパン』だろ! 俺の『デコピン』より弱いんじゃねぇのか?


『そちらこそマスターに危害を加えたら滅します――っと、愚かな妖精に伝えてください、マスター』

「…………夜中の見張りは任せとけって、神使が胸を張っているぞー(棒読み)」


 俺以外の避難者がいるここでリアルファイトは避けたいので、神使の言葉を捏造する事にした。


「ならばOKよ! それでもう寝るの?」

「ああ。一刻も早く生活拠点を手に入れたいからな。だから朝早く起きて行動するぞ。それこそ日が昇った瞬間にだ」

「分かったわ」

「よし、そろそろ寝るか……っと、明かりを消してくれ」

『了解しました、マスター』


 そこで神使の画面は真っ暗になった。

 すると俺達が居る場所、中央駅前地域交流館のロビー全体が一瞬で暗闇に塗りつぶされていく。

 そして『おやすみ』と小さく声を出しながら目を閉じようとするが、


「ねぇねぇ、ハヤト。新しい生活拠点ってどんなところをイメージしているの?」


 小さな明かりが一つもない空間の中からニアの声が聞こえてきた。


 おい、こら。寝る時間だと言った筈だぞ。とは言え少しぐらい付き合っても問題ないかな? 太陽が完全に沈んだばかりであまり眠くないし……。


「イメージって言われてもなぁ……。取り敢えず『安全』と、『快適』を重視した一戸建てがいいな。もちろん鉄筋コンクリート造りのマンションでも問題ないが……。逆に聞くけど、ニアはどんな家がいいんだ?」

「う~~ん……。色々あるけど、美味しいお菓子が沢山あるところなら何処でもいいわよ! 特に果物がなる木の近くだったらいいなぁ(じゅるり)」

「……一応考慮はするけど、過度な期待はするなよ。俺達みたいに生活拠点を探している人間はいるだろうからな」


 俺達と同じ目的を持った人間ライバルが多ければ、俺達が望む条件を持った『優良物件』を見つけるのは困難になるだろう。

 つまり明日は中々ハードな一日になる可能性がある。場合によっては競争相手とのトラブルも避けられないだろう。人間相手と殺し合いは勘弁したいところだが……。


「そういや記憶喪失の方はどうなったんだ? 言いたくないなら言わなくてもいいんだけどさ」

「う~~ん……。特に変わらず、と言ったところね……あっ、そうだ! ちょっとお願いがあるんだけど!」

「却下」

「私はまだ何も言ってないんだけど……!?」


 暗闇の中なのに怒ったニアの姿が見えた気がした。


「どうせ無茶な事を頼むんだろ……。今の俺に余裕があるように見えんのかよ、無理無理」

「聞く前に無理と言わないでよ! 私の簡単なお願い事を!!」

「簡単なお願い事ねぇ……。どんな内容なんだ? 無茶な願い事なら容赦なく切り捨てるからな」

「それぐらいは弁えてるわよ。それで私の願い事なんだけど、育ててみたい物があるの」

「……犬や猫などのペットは許可できないぞ」

「動物じゃないわよ。植物、私が閉じ込められていた宝箱の近くに落ちていた種を育ててみたいんだけど……いい?」


 ニアの言う『種』とは、グレープフルーツなどの柑橘類に似た種の事である。正体不明の異世界の種らしいが……。


「育てる事自体は問題ないけど、上手く育つとは限らないぞ」

「それでも育ててみたいの! 果物が実ったらお裾分けするから! 私が食べきれない分ぐらいは……」

「食いしん坊のお前が『お裾分け』なんて、絶対しないだろ……。でもまぁ、育ててもいいぞ」

「ホントに!」

「ああ。ただし余裕が出来たらだぞ」

「やったー! ありがとー、ハヤト! 果物が実ったら最初に食べさせてあげるわよ!!」

「そりゃどうも。期待せずに待ってい『少しよろしいでしょうか、マスター』」


 ニアと暗闇トークを繰り広げている最中、神使の念話が俺の脳内に入ってきた。


「とうした、神使? ――っと、悪いけど会話はストップだ、ニア。トラブルの可能性があるから静かにしてろ」

「分かったわ」


 暗闇の中からニアの返事を聞き取った俺は、暗闇を見通す事が出来る神使とコミュニケーションを取る。第三者に聞かれる心配のない念話で。


『お話し中、申し訳ありません。ですが少々厄介な事が起きました』


 厄介な事ねぇ……。

 ゴミクズ野郎の立川が近づいているとかじゃねぇよな?

 もしそうなら暗闇に紛れる形でフルボッコにしてやろう。それも某漫画の『オラオラ』を食らわしてやろうじゃねぇか。


『マスターの因縁の相手ではありませんが、マスターの知り合いがこちらに近づいております』


 うん……?

 俺の知り合いがこちらに近づいているって、誰の事を指しているんだ――っと、ちょっと不味いな……。

 暗闇の向こうから小さな明かりが見えてきたんだけど、その明かりが俺達の居る場所に近づいてきやがる……!!


 懐中電灯らしき明かりと、小さな足音が俺達の居る場所――中央駅前地域交流館のロビーの隅に近づいている事に、俺は警戒レベルを上げようとする。


「ニア、隠れてろ(小声)」

「おけ(小声)」


 ニアと短いやり取りをした俺は、暗闇のコートで顔を隠す形でやり過ごそうとする。


 俺達の味方かどうかは分からないので、取り敢えず様子を見るとしよう。

 それと真っ暗――と言うより月明りしかないので、このままやり過ごせるのではないのだろうか……?


 俺は革張りの椅子に腰を掛けながら息を潜める。

 すると二メートル未満の距離から物音が聞こえてきた。おそらく二つ隣の椅子に腰を掛けたのだろう。

 その事に俺は『一体誰が何の用でここに来たんだろう?』そんな疑問を思い浮かべた直後、


「ママ、パパ……ひっく、ぐず……」


 女性の声――それもかなり若い女性の声と、胸を締め付けられる様な嗚咽が俺の耳に入ってきた。


 親を……亡くしたのか……。

 それともモンスターに襲われる恐怖で泣いているのだろうか……いや、モンスターに襲われる恐怖で泣いているのなら、月明かりしかない一階に来る筈はないだろう。


「どうして……ひっく。どうして私を……助ける為に……」


 二つ隣の椅子に座る女子の顔が見えないぐらいの暗さの中、『悲哀』の感情がロビー全体に浸透していく。

 それは無関係である筈の俺もまた、悲しみの気持ちが芽生えてくる。


 かわいそうであるが、あの女子にしてやれる事は少ないだろう。

 どうにかしてやりたい気持ちはあるのだが、気の利いた言葉を送るようなセンスや、家族を喪った哀しみを癒すスキルは持ち合わせていない。

 そんな俺に出来る事と言えば、泣いている女子に気付かれない様に過ごすだけだ。わざわざ誰も居ない筈の一階にやって来てのだから……。


「ちょっと、ハヤト」


 ニアの小声が俺の耳に飛び込んできた。

 同時に『ペシペシ』と俺の頬を叩きつける感覚を覚えた。


「何だよ……」

「何だ、じゃないでしょ! 泣いている女子が居たら声を掛けてあげなさいよ! かわいそうだと思わないの!」

「無理だっての……! 親を亡くした女子にどんな言葉を送ればいいのか分かんねぇんだから!!」


 俺とニアは小声で応酬をする。


「それでも一人で居るよりはマシよ! いいからサッサと声を掛けてあげなさい! これは命令よ!!」

「命令って、何でお前が上のつもりなんだよ……! ってか、何て声を掛けりゃいいんだよッ!!」

「何でもいいわよ! ただ一人にしてあげない事が大事なんだから! 天気の話でもいいからあの子に寄り添って!!」

「無茶言うなよ! 俺がイケメンなら黙って寄り添えるだろうけど、俺はフツメン……最悪モブ扱いのビジュアルだぞ! そんなブサイク……まではいかなくても、モブ野郎の俺が泣いている女子を癒せる訳がな「誰か居るの……?」」


 ニアと小声で話し合っている最中、泣いている女子の声――俺達に向けられた言葉が聞こえてきた。

『気付かれたか!?』そう思った俺は、ネコの鳴き真似で誤魔化そうとする。


「にゃ、にゃ~ん……」

「「うわっ、気持ち悪い声……!?」」


 俺の渾身の演技を酷評する二人の声が耳に入った。


 気持ち悪いって、酷くね……!?

 テンパってたとは言え、ネコの鳴き真似は上手く出来た方だと思うんだけど……!


「つ、ツクツクボーシ……。ツクツクボーシ……」


 ツクツクボウシ(セミ)の鳴き真似なら問題ないだろ!

 ネコの鳴き真似より、ツクツクボウシの鳴き真似の方が得意だし……!


「日が暮れた夜に鳴く訳ないでしょ! いいから下手糞な鳴き真似を止めなさいよ! 全身に虫唾が走るんだけど!!」


 怒りの感情が込められた声が俺の耳に飛び込んできた。直ぐ近くに居るニアの怒声ではなく、二つ隣の椅子に座る女子の声である。


「ホーホケキョ……。ホーホケ「撃つわよ……! ウグイスも鳴かずば撃たれまい、そんなことわざを知らないの!!」それを言うなら『雉も鳴かずば撃たれまい』だよ!!」


 小物のウグイスを獲っても美味しくねぇだろ……いや、食った事ないけどさ!


「ウグイスでも雉でも私にはどっちでもいいのよ! それより正体を現しなさいよ、変質者!!」


 そう言いながら懐中電灯の明かりを俺に向ける女子。その事に『隠れるのはもう無理か』そう考えた俺は、素直に顔を晒す事にした。同時に相手の顔を知りたいので、神使に『明かり』の要請をする。

 すると二つ隣の椅子に座る女子の顔がハッキリと見えてきた。


「お、お前は……!?」

「あ、貴方は……!?」


 驚愕と言った表情を出す俺と女子。

 茶色に近い黒髪のセミロングと、小学生から中学生になったばかりのような見た目と、白いワンピースを着こなす女子――白雪雛しらゆきひなと再会した事に驚きの表情を出したのだ。

 それと白雪雛ことシロもまた、二日前の共犯者でもある俺と再会するとは思わなかったのか、驚きの表情を漏らしているのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る