十二話 思わぬ再会【後】

「何でこんなところに居るのよ、変態……!!」

「誰が変態だ! ザキだよ! ……ザキじゃねーよ!!」

「どっちなのよ……」

「……うん? 変態以外に誰か居るの?」


「「(ギクッ)」」


 シロの疑問にドキリとする俺達。

 それでも何とか平静を装いながらシロと会話を続けようとする。


「俺とシロ以外は誰も居ないと思うけど……。つーか、お互い無事だったんだな。ほんの少しだけの付き合いだったけど、色々と心配していたんだぞ」

「うわっ、キモ……。たった一回だけの共犯関係なのに、恩着せがましい台詞……ストーカーなの?」

「よくある社交辞令を言っただけなのに、『ストーカー』と呼ばれるいわれはないんだけど……!?」

「じゃあ何でこんなところに居るのよ? 私の後を付いてきたんじゃないの?」

「んな訳あるか! 台風から避難しようとここに来たんだよ! そっちこそ何でここに居んだよ!! それもわざわざ一階に――あっ」


 俺は『しまった』と言った表情を浮かべた。


「……聞いていたの?」

「スマン。聞くつもりはなかったのだが……」

「そう」


 シロは悲しげな表情を出しながら俯いた。


「あっ、あーと、その……。ふ、二日前! 立川のアジトから一緒に脱出する際、『用事があるから早く解散したい』とか言っていたけど、結局何の用事だったんだ?」


 シロの重い空気に耐えられるようなメンタルを持っていない俺は、無理矢理にでも話題を掘り起こそうとする――が、


「……私を責めているの?」


 予想外な言葉が聞こえてきた。

 それも怒りに満ちた声音である。


「早く家に戻ればママは無事に済んだと、私を責めているの!!」

「えっ……!? いや、俺は別に責めては……」

「だって仕方がないでしょ! ママがモンスターの毒に侵されたから、私は必死でそれを何とかしようと行動したのよ!! それなのに……ひっく、それなのに少し遅れただけで……ぐず」

「落ち着くんだ、シロ……! 俺が何を言っても慰めにはならないけど、自分を責めるんじゃねぇ!」

「貴方に何が分かるって言うのよ! 目の前で私を守る為にママが犠牲になった私の気持ちを!! せっかく目当てのアイテムを手に入れたのに……ひっく、ママが私を逃がす為に犠牲になった私の気持ち、貴方に分かるの……!」

「それは……」


 大粒の涙を流す顔を俺に見せてくる。

 後悔と、悔しさと、怒りと、哀しみが混じったシロの泣き顔が、俺の気持ちをかき乱してくる。

 そんなシロの泣き顔に対して俺は、沈痛な思いを浮かべる事しか出来なかった。


 母親を亡くした哀しみ、俺には分かんねぇよ……。

 幸いまだ身内の不幸を味わってないから、泣いているシロの気持ちは十分に分かる訳がない。

 それでも……それでもシロの気持ちは理解できると思う。

 母さんを亡くしたら、父さんを亡くしたら、そんな不幸な出来事に遭遇してしまったら、シロと同じ様に泣きじゃくる自信はあるからだ。

 けれど泣いているシロにどんな言葉を投げればいいのか、俺には分からねぇ……。

 哀しみに喘いでいるシロに対してどんな行動を取ればいいのか、俺は動けねぇ……。


「会いたいよ……。ママに会って謝りたいよ……。パパや姉さんにも会いたい……ううん、パパと姉さんにどんな顔をして会えばいいのよ……」


 涙で頬を濡らしながら俺の顔を見ている。

 その事に俺は『私を助けて!』そう叫び声をあげている様にも見えた。


 俺に……俺に出来る事なんてあるのだろうか……?

 一人の女の子を助けるなんて大役、ヘタレの俺が務まるのだろうか……?

 異界浸食で凶悪なモンスターが蔓延る首都圏に、シロを守りながら行動なんて出来るのだろうか……いや、無理だろう。

 四六時中ずっとシロの事を気に掛けるのは不可能だからだ。

 それと他人の命を守るなんて責任、ヘタレの俺には重すぎる。

 俺のミスで怪我を負わせるかもしれない、俺の油断で死なせてしまうかもしれない、俺の不甲斐なさで失望させてしまう事などを考えると、最初から関わらなければいいだろう…………だけど、


「ごめんなさい、ひっく……。ごめんなさい、ママ……」


 泣いているシロをこのまま見捨てる真似なんて、ヘタレ過ぎる俺に出来る訳がない……!

 クラスメイトの女子からモテる訳でもないモブだが。

 何かを背負った運命の勇者でもない村人だが。

 巨万の富や、社会的地位などを持たない一般人だが、俺はシロの事を助けてやりたい!! だから――


「俺と一緒に来ないか……?」


 俺は文字通りシロに手を差し伸べた。

 母親を亡くした事に嘆くシロに、俺は真剣な表情を浮かべながら手を指し伸ばしたのである。まるで淑女にダンスのお誘いをする様に。あるいは女子生徒に愛の告白をするかの如く。


「ふざ、けてるの……!」


 俺の行動に怒りのこもった目をするシロ。

 そんなシロに軽蔑されないよう、俺はシロの目をしっかりと見ながら口を開く。


「俺は本気のつもりだ。お前を守ってやる――なんて偉そうな台詞を言える様な強さを持っている訳ではないけど、寂しい思いだけはさせないつもりだ。だから俺と一緒に来ないか……いや、俺と一緒に来てくれ!」

「ば、ばっかじゃないの……! 赤の他人を助けるなんて余裕、ある様には見えないんだけど……!! 同情のつもりならほっといてくれる!!」

「同情で悪いかよ! それに赤の他人だと言ったが、俺にとっては他人じゃねぇ! 二日前に悪事を働いた『共犯者』だ!! だから……その……あれだ! ゴミクズ野郎の立川にチクられたくないから、俺と一緒に来い!!」

「はぁっ……!? わ、私を助ける理由が……み、密告されたくないからって、どんな理由よ……!!」


 シロは俺の誘い文句が気に入らないのか、激怒と言った表情を出している――知った事かッ!!


「うるせぇ! とにかく俺と一緒に来やがれ! お前が思っている以上にあの立川はヤバいんだよ!! 一対一でのタイマンなら勝てるだろうけど、奴がタイマンを張るような聖人じゃねぇんだぞ!!」


 立川亨の恐ろしさは『躊躇ちゅうちょ』と『遠慮』がない事だ!

 窃盗や恐喝をするのに躊躇をしない。相手との喧嘩に武器を使う事に遠慮をしない。そんな人間失格の代表、立川亨に目を付けられたらめんどうなんだぞ!!

 レベルの差で一対一のタイマンなら勝てる自信はあるけど、物資を根こそぎ奪った事がバレたら、絶対にヤバい報復をしてくる事は確実なんだぞ!!


「だから俺と一緒に来い! 立川にバレるリスクは摘みたいから! それでも俺の誘いを拒否すると言うのなら、物資を盗んだ事を立川に告げ口をしてやるぞ!! それもカレーにトリニタード・スコーピオンを混ぜた事も捏造してな!!」

「物資を盗んだ事はともかく、カレーの件は完全にザキの仕業でしょうが……!! 誘い文句に脅しを混ぜるって、どんな誘い文句よ!! せめてもう少しかっこよく言いなさいよ!!」

「じゃあ、俺と付き合ってくれ!」

「嫌よ、鏡を見なさい!!」

「グフッ……!?」


【痛恨の一撃!! ハヤトは心に1000のダメージを受けた!!】


「でもまぁ……私の『お願い』を聞いてくれたら、少しの間だけは付き合ってもいいわよ」

「マジで……! 聞く、聞く! どんな『お願い』でも軽くクリアしてやんよ……っで、どんな願いなんだ?」

「とある高校に連れて行って欲しいの。二つ駅先にある城山高校に連れて行ってくれると約束するなら、少しの間だけは付き合ってもいいわよ……場所、分かる?」

「分かるも何も……俺、城山高校の生徒なんだけど……」


 シロと俺が言う『城山高校』とは、生徒が千名を超えるマンモス校でもあり、生徒数が多い事以外は何の特徴もない普通科の高校である。

 ちなみに二つ駅先にある高校なのだが、ほぼ毎日(晴れてる時)自転車で通学しているのだ。電車賃を浮かばすために。そして浮いたお金はゲームと漫画に。ゲーム好きの俺の情熱と体力、舐めんなよ……!!


「ホントに? 嘘言ったらタダじゃおかないわよ」

「嘘じゃねーよ。マジで城山高校に通う男子生徒だっての。それよりどうして城山高校に行きたいんだ? 薄々察せるが……」

「理由は言いたくない。ただザキの考えている通りで合ってるわよ、多分……。それで私の『お願い』を聞いてくれるの?」

「もちろんだ」

「随分と即答するわね……。一応言っておくけど、異界浸食のせいで交通機関は使えないわよ。だから徒歩で向かう事になる。私の言っている意味、分かってるの?」

「モンスターに襲われるかもしれない……ってか、確実にモンスターと殺し合いになると言いたいんだろ?」

「そうよ。それでも私のお願いを聞いてくれるの?」


 シロは俺の顔を真っ直ぐ見つめている。YESか、NOか、俺の言葉を待っている様だ。

 そしてその返事は当然――


「問題ない。これでも修羅場をくぐり抜けたんだ。城山高校なんてピクニックの気分で行ってやるさ」


 俺は笑顔でYESの意を伝えた。

 するとシロは俺の視線から逃れる様に顔を僅かに逸らした。


 あれ?

 駄目だったか?

 俺の笑顔、そんなにキモイのかな……?


「本気、なのよね……。だったらその……ありがと……」


 俺自身の顔面偏差値に悩んでいると、聞き取れるかどうかの言葉――シロの感謝の言葉が俺の耳に入ってきた。

 それと口元が緩むシロの横顔が見えた気がした。

 その事に『俺と一緒に行く事でいいんだよな?』そう思った直後、妖精のニアがシロの前に飛び出そうとするのが見えた。


「こんばんはー! そして初めましてー! 私は妖精のニアです! よろしく!」

「えっ……!? はい、よろしく……じゃないッ!! 何なのよ、貴方は……!?」


 空気をぶち壊すかの様な笑顔を浮かべながら自己紹介をするニアと、突然目の前に現れた妖精に驚き表情をするシロ。


 普通にびっくりするよなぁ……。

 フィギュアサイズの人間が目の前に現れたんだから――ってか、ちょうどいいからそのままニアの事を説明しておくか。


「コイツは妖精のニアだ。ついでに俺の仲間でもある」

「妖精が仲間って、嘘でしょ……!? あんな得体の知れないモンスター……には見えないわね……」

「まぁな。常識はずれの食いしん坊が欠点だけど、スピードアップなどの強化魔法が使える妖精だ。あと自分の事を『美少女』などと評する痛い妖精でもあるが」

「誰が『痛い妖精』よ、誰が……! ちゃんと私の事を紹介しなさいよ!!」

「紹介と言ってもなぁ……。食いしん坊、強化魔法、それ以外に何かあったか……あっ、そうだ。記憶喪失だから少しは気に掛けてやってくれ。それと出会いについてなんだけど――」


 俺はニアとの出会いのエピソードを簡潔に説明した。宝箱に閉じ込められていた事、記憶が失っていた事などをシロに説明したのである。


「妖精が仲間だけでもお腹一杯なのに、記憶喪失って……。ホントに記憶がないの? えっと……ニア……さん?」

「ニアでいいよ。さん付けはちょっとよそよそしいから。それで貴方の名前は何て言うの?」

「白雪雛よ……。白雪が名字で、名前が雛。ニアなら……うん、雛と呼んでいいわよ」

「分かったわ、ヒナ。よろしくね」

「俺の方もよろしくな、雛」

「ええ。こちらもよろしくね、ニア。それとザキ、貴方はシロと呼びなさいよ! どさくさに紛れて雛と呼ぶな、変態!!」

「俺に対しての扱いが辛辣過ぎませんか……!? ってか、誰が変態だよ! ザキ……じゃなかった。黒崎でも颯人でもいいからそっちで呼んでくれませんかねぇ、雛ちゃん!!」


 俺の大好きなRPGに出てくる死の呪文と同じ名前で呼ばれたくないんだけど……!

 特に魔法やスキルなどが現れた首都圏内で、その名前で呼ばれるのはデンジャラスなんだけど……!!


「雛ちゃん、呼ぶな……! ザキに呼ばれると背中がぞわっとするから絶対に呼ばないでくれる……!」

「だったらザキと呼ぶなよ! せめて黒崎にしてくれ!!」

「四文字は長いからボツよ。それよりニアの記憶喪失なんだけど……ってか、聞いてもいいのかしら? 記憶喪失なんてデリケートな話題……」

「別にへーきだよ。名前や思い出など覚えてないけど、今はそんなに苦労してないから。ただちょっと不満があるんだけど……主に食生活が」

「食生活に不満……って、まさか!」


 シロは俺の顔を睨んだ。


「いやいや。虐待をしているとか、そう言うんじゃねぇから安心してくれ。それより明日は早く行動したいからもう寝ようぜ。んで、雛ちゃんは「シロよ!!」……シロはどうすんだ? 二階に戻るのか? ここで寝るのか? 俺としてはどっちでも構わないけど……」

「変態のザキと一緒に寝たくないから二階に戻る……っと言いたいんだけど、一秒でも早く城山高校に行きたいからここで寝るわよ。一応言っておくけど、私に手を出したら撃つからね!」

「はいはい、お子様に手を出す様な男じゃないんで安心してくれ」


 俺は就寝の準備に入る。

 とは言っても革張りの椅子に座りながら寝るつもりだ。暗闇のコートをタオルケットの代わりにする形で。


「私を子供扱いしないでくれる……。これでも来年は女子高生になるんだけど!」


 俺と同じくシロも就寝の準備をしようとしている。

 シロの鞄――黒と茶色の迷彩柄のショルダーバッグからタオルケットを取り出している様だ。それと枕も取り出している。


「そう言えばニアはどこで寝るつもりなの?」

「「テーブルの上」」

「……ニアが良ければだけど、私と一緒に寝ない? 膝枕ぐらい貸してあげるわよ」

「いいの?」

「ええ。流石にテーブルの上はどうかと思うし……。硬いでしょ」

「うん、物凄く硬い。なのでお言葉に甘えまーす」


 ニアはロケット花火みたいにシロの元に移動した。


「おいおい、ニアをあんまり甘やかすなよ……。つーか、見た目は可愛くても中身を知ったら幻滅するぞ――っと、おやすみ」

「ぶー! 意地悪なハヤトなんか悪夢にうなされてしまえ!! あとお・や・す・み!!」

「中身がどうであれ女の子に優しくしない男って、サイテーだと控え目に思うわよ。でも――」


 シロの言葉が途切れた。

 その瞬間、今居る場所が暗闇に支配されてゆく。就寝する為に明かりを消したからだ。シロの懐中電灯の明かりや、俺のスマホ――神使の明かりを消したのである。


「でも改めて言っておくわ、ありがと……。それからおやすみ」


 窓からの月明りと、星明りしかないロビーの空間の中、白雪雛の感謝の言葉がハッキリと聞こえてきた。

 その事に俺は『気にすんな』と聞こえるかどうかの声で返事をした後、俺達は夢の世界に旅立つのであった。

 ちなみに夢見はニアの捨て台詞通り最悪だった、畜生……。

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