十三話 出立
八月五日午前五時ジャスト。
真夏の太陽の頭が見えるかどうかと言った頃、白雪雛――シロを仲間に加えた俺達は、中央駅前地域交流館のロビーで出発の準備を整えていた。
準備と言ってもただの持ち物確認と、モンスターを屠る得物の点検と、身体を守る防具のチェックなどをしているのだ。
「黒いコートなんて、熱くないの?」
僅かな返り血を浴びた白いワンピースを着た少女、シロが俺の防具に意見を出してきた。
外の天気が晴天と言っても過言ではないくらい爽やかな青空と、太陽の熱を吸収しやすい色のコートを装備した俺に、口を挟んできたのである。熱中症や、脱水症状の心配をしているのだろう。
ちなみに今の俺の姿は、青いジーパンと半袖の赤いシャツ。その上に暗闇のコートを装備しているのだ。
「クエストの報酬で手に入れた『暗闇のコート』なんだけど、神使が言うには問題ないそうだ。極寒の雪山だろうが、灼熱の砂漠だろうが、これ一枚で問題ないと豪語していたぞ」
『ちょっと半信半疑なんだけどさ』そう口に出す俺は、暗闇のコートをシロに見せびらかした。
「ふーん……。クエストの報酬と言うのなら、さぞかし優秀な性能を持っているんでしょうね。防御力はいくつなの?」
「この暗闇のコートの防御力は……ちょっと待ってろ」
俺はステータスの確認をする。
『メイン』
名前 黒崎颯人
Lv 9
性別 男
年齢 17
職業 シーフ Lv2
装備 武器 コンバットナイフ(物理攻撃力 20)
防具 暗闇のコート(物理防御力 50、闇属性ダメージ50%カット)
特殊 盗人の手袋(速さ&器用さ 5)
状態異常 無し
GP 537
「ヤべぇ……。学生服の十倍の防御力だ」
「いや、学生服の防御力なんて知らないんだけど……っで、いくつなのよ?」
「五十」
「……はっ?」
「暗闇のコートの防御力は五十あると言ったんだ。ついでに闇属性のダメージが半減だと」
「…………私のお気に入りのワンピース、ザキのコートと交換しない?」
「ふざけんな! ってか、男の俺にワンピースを渡されても困るわ!!」
それと人類が作り上げたワンピースと、八百万の神々が作り上げた暗闇のコート、それらが釣り合う訳ねぇだろ!! 寝言は寝てから言えっての!!
「冗談よ、冗談……」
「と言う割には結構目がマジなんだが……。一応言っておくけど、絶対にやらねぇからな。それでもどうしてもと言うのなら、シロの鞄――中身がぎっしりと詰まったマジックバッグなら考えてもいいが」
「ぜっっっっっっっっっったいに、嫌なんだけど……!!」
「だったら諦めるんだな。俺の暗闇のコート、安くはないんで。それよりちょっと頼みがあるんだけど、いいか?」
「嫌よ」
ぶっきらぼうに拒絶の言葉を吐くシロ。そんなシロの態度に触れる事なく俺は話を続ける。
「俺の荷物、学生鞄とリュックサックをシロのマジックバッグの中に入れて欲しいんだ。城山高校に向かう道中、モンスターとの戦闘を有利に働きたいから」
俺の戦闘スタイルは速さを生かした攻撃なので、重い荷物を背負いながらの戦いは避けたい。その代わり危険な前衛で戦うつもりだ。
「……持ち逃げされても知らないわよ」
「そこはまぁ、信用しとく。仮に裏切ったら立川にあることないことを吹き込むだけだから。脚色と捏造を織り混ぜた内容を」
「うわっ、外道……!? ニア、あんな男と一緒に行動するより私と一緒に行動しない? 私ならお腹一杯のご飯を食べさせてあげるわよ」
「えっ、ホントに……!? あっ、でもハヤトとの友情が……(じゅるり)」
妖精のニアはシロの肩に近づいている。
ニアと初めて出会った頃と同じ格好――薔薇のイメージを思わせる深紅のドレスと、炎の様な赤い髪飾りを着用したニアが、『えへへへ』と笑いながらシロの肩に近づいている。
「俺との友情を心配するフリをしながらヨダレを垂らしてんじゃねーよ!」
「ぶー!! お腹一杯に食べさせてくれないハヤトが言うセリフじゃないんだけどー!!」
「今は非常時だから満腹コースは無理だと言ってるだろ! せめて食べ物が沢山手に入れる状況まで待てよ!! つーか、そろそろ出発するぞ! シロ、ニア、準備はいいか?」
「私の方は何時でもいいわよ」
ショルダーバッグ型のマジックバッグを斜めにかけるシロは俺の顔を見ている。昨日の夜にタオルケットや枕を取り出した黒と茶色の迷彩柄のショルダーバッグ、そんなマジックバッグをシロは左肩から斜めにかけているのだ。
「お腹空いたけど準備はバッチリよ……あっ、ニイジマサン!」
俺の目線の高さに浮くニアは俺達に近づく新島さんを発見した。それと同時に警察官の国広さんの姿も見えた。
「おはようございます。ニアちゃん、黒崎様、それから……白雪様。出発するつもりでしょうか?」
「うん、そうだよ。色々とありがとね。それとおはよう、ニイジマサン!」
笑顔を浮かべながら新島さんに挨拶をするニア。
その事に新島さんは『か、可愛い……』と声を漏らしていたが、俺は気づかないフリをした。新島さんの殺気が怖いので……。
「おはようございます、新島さん、国広さん。昨日は色々と迷惑かけてすいませんでした。それとニアを受け入れてありがとうございます」
相手の二人は俺より年上なので、なるべく丁寧を心掛けながら口に出した。
すると国広さんが一歩前に出てくる。
「お礼の言葉なら相川館長に贈ってください。もっとも相川館長はお疲れの様子なので、私の方から伝えておきましょう。それより早めに出発した方がよろしいかと。立川君が起きる前に……」
俺の目の前に立つ国広さんは疲れきった顔をしている。例の立川君――ゴミクズ野郎の立川の扱いに四苦八苦しているように見えた。
就寝している途中、二階から騒ぎ声が聞こえた気がしたな……。ひょっとして立川の馬鹿が騒ぎを起こしたのだろうか?
もしそうならとんだ疫病神だな。夢見が悪かった原因は立川の騒ぎせいかもしれん……ってか、どうでもいい事だな。今からここを立ち去るつもりだから。
「分かっています。立川とのトラブルはこちらも避けたいところなので、今直ぐにでもここを去るつもりです」
「助かります……いえ、申し訳ありません。市民を守る存在、警察官の私が黒崎君を追い出す様な形になってしまい、大変申し訳ありません」
心底申し訳なさそうな顔をしながら頭を下げる国広さん。
「いえ、他の避難者を守る為にやっている事は理解しています。それに妖精のニアや自分を守る為に心を鬼にしている事も理解しています。なのであまり気にしないでください」
「……黒崎君は本当に高校生ですか? 少なくとも君が私に対して怒る権利はありますが……」
「怒ってもどうにもならないのは知っていますから……。それに国広さんが悪い訳ではないですし、何時までも厄介になるつもりはありませんので」
「そうですか……」
国広さんは納得とは言い難い表情をしている。まるで己の無力さにどんな顔をすればいいのかと悩んでいる、そんな顔だと俺は思った。
「失礼ですが、行く宛はありますか?」
国広さんではなく新島さんが口を開いた。
「取り敢えず城山高校に向かうつもりです。自分が通っている高校がどうなったのか興味もありますし、ちょっとした約束がありますので」
俺は隣に立つシロの姿をチラッと視線を動かした。
「そう、ですか……。その……黒崎様と一緒に……?」
「ええ。仕方なく同行せざるを得ないのよ。お節介なザキに脅されてね」
「「脅されて!?」」
新島さんと国広さんが睨んできた。
「いやいや、俺は脅した訳では――――あるなぁ……。いや、でも、これは何と言うか、その…………ってか、誤解を招く言い方をすんじゃねぇ!」
「誤解も何も、ホントの事でしょ。取り敢えず私は先に外に出てるからあとよろしく」
「何がよろしくだ! せめて鬼の様な形相を浮かべる二人に説明をしてから外に出てくれよ……!!」
速足でロビーから外に出るシロに苦言を言い放つ俺は、シロの後を追おうとする――が、
「「黒崎様(君)、少々お話があります……」」
二人の手が俺の両肩を掴んでいるせいで一歩も動けなかった。
「違うんだって……! 俺はただシロを元気づけようとか、泣いているシロを助け「分かっています」したんだ……って、今なんて言った?」
「分かっています――っと、言ったのです。黒崎様が白雪様を助けようとした事は分かっているつもりです。その上で少々頼みたい事があります」
「……えっと、どういう意味っすか?」
シロの『脅された』に色々と追及されるのかと思ったんだけど……。
「黒崎君。我々は避難者について色々と話したり、心のケアをしているのですよ。その中でもあの子――白雪君だったかな……? 白雪君の様子が荒れていたのは我々も把握しています。理由は……聞いていますか?」
「ええ、まぁ……その、母親を亡くしたとか……」
「知っていましたか……。身内を失った事に悲しむのは白雪君だけではないのですが、白雪君の事はかなり心配に思っておりました。それこそ何とかしてやりたいと思った程です。それは新島さんも同じ思いです……そうですよね?」
「ええ、そうです。ですが私達では白雪様を助ける事はできません。他の避難者の世話などがありますし、白雪様と付きっきりにはまいりません。なので白雪様の事を頼みたいのです」
「頼み事、ですか……?」
俺は真剣な目付きをする二人に気圧される。
「はい。頼み事です。先程『脅されて』などと口に出しておりましたが、黒崎様の事を心底嫌っている様には見えませんでした。なので白雪様の事を気に掛けてやって欲しいのです。難しい頼み事なのは重々承知しておりますが、私達ではどうにもならないのです」
そこで新島さんは頭を深く下げた。
「本来なら私のような大人が寄り添うべきなのですが、人手が圧倒的に足りない状況です。またモンスターが現れるなどの前代未聞の真っ只中、君達を完全に保護する事は不可能です。そんな危機的状況に頼み事をするのは流石に気が引けますが、白雪君の事を助けてくれませんか」
国広さんも新島さんと同じ様に頭を下げる。
「えっと……俺に……俺に出来る事なんてたかが知れていますが、出来る範囲でなんとかしてみます…………いえ、仲間に誘った以上、限界ギリギリまで守ってみせます!」
「そこは限界を超えても守ってみせます――でしょ、ハヤト! それと私もヒナの事を助けるつもりだから!!」
俺とニアは頭を下げる二人に言った。『白雪雛を守る』そんな誓いの言葉を二人に言ったのである。
すると二人の安堵した顔が目に入ってきた。
「ありがとうございます、黒崎様、ニアちゃん。それと道中のご無事を祈ります」
「こちらもありがとうございます、黒崎君、それと……ニア、君……。我々の代わりに白雪君の事をよろしくお願いします」
「分かりました。新島さん、国広さん、俺達はこれから城山高校に向かいます。ニア、そろそろ行くぞ」
「うん、分かった! 色々とありがとね、ニイジマサン、クニヒロサン!!」
笑顔で手を振るニア。
そんなニアと一緒に中央駅前地域交流館のロビーから外に出る。そこには不機嫌な顔を浮かべるシロが居た。
「遅いわよ、全く……。この私を誘ったんだからサッサと城山高校に連れて行きなさいよ!」
「悪い、悪い。色々と世話になったから挨拶とかしててな。ほら、人としてのケジメ――ってやつ?」
「何よ、ケジメって……。それより、ほら」
シロは俺に片手を差し出してきた。『握手を求めているのだろうか?』そう考えていると。
「ザキの鞄! 持ち逃げされないと信用するなら貴方の荷物を寄越しなさいよ!」
「お、おう……。よろしく頼むな」
俺はシロに学生鞄を手渡した。
シロが持つマジックバッグ――軽トラ一台分の収納力を持つショルダーバッグに、俺の学生鞄を入れて貰う為だ。それと食料などの物資が入った俺のリュックサックも、シロのマジックバッグの中に入れて貰った。
「身軽になったんだから私を必死に守りなさいよ」
「もちろんだ。俺の全財産をシロに預けた以上、お前を置いて逃げるつもりはないから安心してくれ」
「ふん、どうだか……」
シロはマジックバッグからオートマチックの拳銃を取り出し、中央駅前地域交流館の敷地から出ようとする。
俺もシロと同じ様に武器――コンバットナイフを利き手に持ちながらシロのあとを追い、前衛と案内を務めるつもりでシロの前に出た。ニアはシロの肩付近を浮く形で移動するつもりの様だ。
「場所、ホントに分かるんでしょうね?」
「まだ疑ってんのかよ……。ガチで城山高校の生徒だっての、俺は。それも自転車で通学してんだぞ。道案内なんて楽勝、楽勝」
余裕と言った表情でシロをエスコートをする俺――あっ、そこ右だから。そんで五十メートルぐらい直進だぞっと。
「ふーん……。ならザキに任せるわ。もし迷ったら撃ち殺して埋めるから覚悟しなさいよ」
「怖ッ……!? ヤクザの発想そのもので滅茶苦茶怖いんですけど……!? ニア、城山高校に辿り着けなかったら土の養分にされるぞ!!」
「えっ……!? 私、ヒナに殺されるの……!?」
「安心して、ニア。殺すのも、埋めるのも、ザキ一人だけだから」
「そっかー。なら安心だね♪」
「ニア。俺とお前、友達だよな……? 安心ってどう言う意味なのか、今ここでじっくりと語り合おうじゃねぇか! もちろん拳を交えてな!!」
「キャー、ハヤトに殺されるー! 助けてー、ヒーナー!!」
などと他愛もない会話をしながら移動していると、前方からゴブリンの群れを見かけた。二桁に達するかどうかのゴブリンの群れである。
そしてそれはモンスターとの戦闘が始まった瞬間でもあった。
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