十四話 ゴブリンとの戦い
「出番よ、ザキ。無様な真似をしたら切り捨てる……いえ、背中を撃つわよ」
俺の背後に立つシロは、オートマチックの拳銃を構えながら俺に警告した。目の前に居るゴブリンの群れに突っ込め、そして戦果を挙げてこなければフレンドリーファイアも辞さないと。
「ちょろっとお前を脅したとは言え、俺と仲間になると言ってくれたよな。あれは嘘だったのかよ……」
「うっさい。どうせザキの攻撃スタイルは接近戦でしょ。いいからサッサとゴブリンの群れに突撃しなさいよ。それともレベルが低くて勘弁したい訳?」
「そうは言ってはいないが……はぁ、援護ぐらいは頼むぞ!」
コンバットナイフを利き手に持つ俺は、文字通りゴブリンの群れに突撃を敢行する。
錆びたナイフや先が尖った木の枝。もしくは棍棒らしき武器を持ったゴブリンの群れだが、俺は恐怖と言った感情は微塵も抱いていない。
十体居るかどうかの群れに突っ込むのは自殺行為であるが、黒獅子などのモンスターを打ち破った俺のレベルと、暗闇のコートなどの優秀な装備品と、遠距離攻撃手段を持つ
「まずは一体目だ!!」
そう叫びながら一番近いゴブリンに強襲する。それも頸動脈と言った生物の急所を切り裂くつもりで。
「ギギャ!?」
ターゲットのゴブリンと目が合う。驚きと恐怖の色が混じった目である。
そんなゴブリンの喉元にナイフを滑らせる。
するとゴブリンの喉に一本の線が浮かび上がっていく。
「ガヒュ――!?」
笛を吹く様な音が聞こえてきた。
同時にゴブリンの喉から青い液体、ゴブリンの血が吹き出るのを確認した――が、俺はそれに構わず次のターゲットに移る。
「ギギッ!?」
「ゲギャ!?」
次のターゲット、二体のゴブリンが驚きの表情を漏らしている。
俺に仲間を殺された事に驚いているのか、俺のターゲットにされた事に驚いているのかは知らない。
けれどそれは些末な事なので、俺は二体のゴブリンを始末しようとする。
「シッ――!!」
短い掛け声と共にナイフで薙ぎ払う。
二体のゴブリン。それぞれの喉に目掛けて銀色の一閃が通り過ぎる。
「ガフッ――!?」
「ゲヒュ――!?」
二体分の気持ち悪い断末魔が俺の耳に入ってきた。
それと最初のゴブリンと同じ様に青い血を吹き出すのが見えた。
そして間髪入れずに次のターゲットに向かおうとするが、
「ギギャ―!!」
「ギロギロ!!」
「ゲギャギャ!!」
奇声をあげながら俺に攻撃しようとするゴブリン×5の様子を把握した。
その事に俺は『ちょっと不味いかな……?』などと後ろ向きな事を考えた瞬間、背後から二発の銃声が聞こえてきた。
「グギッ!?」
「ゲヒッ!?」
眉間から青い血を吹き出しながら崩れ落ちる二体のゴブリン。それは遠距離攻撃手段を持つシロが、俺の背後から狙撃した結果である。
「三体ぐらいなら何とかなるでしょ。あとよろしく」
「そりゃどうも――っと、オラァ!!」
威勢のいい声と共に一体のゴブリンを蹴り上げる。するとゴブリンの骨が砕けた様な感触を覚えた。
「グフ……!?」
俺が蹴飛ばしたゴブリンが二、三メートルぐらいの高さに打ち上がる。打ち上がったゴブリンが硬いアスファルトに打ち付けられる間もなく、残りの二体が俺に攻撃を仕掛けてくる。
「シャアァァ!!」
先の尖った木の槍――と言うより粗末な木の杭で俺の腹を貫こうとするゴブリン。そんなゴブリンの攻撃を360度回転する様にかわした上で――
「――フッ!!」
木の杭を持つゴブリンの胸にナイフを突き刺した。
そして直ぐにナイフを抜き取り、もう一体のゴブリンの動向を確認する。
「ゲギャギャ!!」
奇怪な叫び声を上げながら棍棒で俺の頭をかち割ろうとするゴブリン。そのゴブリンとの距離は目と鼻の先であり、武道の経験がない常人であれば『詰み』だっただろう。レベル1の常人であれば、の話であるが。
「ノロ過ぎて止まって見えんぜ、雑魚モンスター!!」
焦る事なく半身を逸らす形で棍棒の一撃を回避し、直ぐ様ゴブリンの頭を目掛けてナイフを振り下ろした。
「ギィィィ……!?」
激痛による悲鳴を上げるゴブリン。その醜い顔からは青い血が吹き出ている。それは『重傷』と言っても過言ではないダメージであるのだが、その足取りはハッキリとしている。
『ナイフの一撃が浅かったか……』そんな事を考えていると、蹴り上げたゴブリンが路上に叩きつけられた音が聞こえてきた。
「ギ、ギギ……」
路上に叩きつけられたゴブリンは瀕死の様である。なのでソイツは後回しにするべきだと判断し、顔にダメージを負っても闘志を燃やすゴブリンを仕留めようと行動する。
それは両手でコンバットナイフを握った上での突撃であり、心臓がある場所の胸を狙った必殺の突きだ。
「俺の経験値になりや「ゴブリンから離れて!!」」
重傷を与えたゴブリンに止めの一撃が胸に刺さる直前、シロの近くに控えるニアの叫び声が耳に入った。何らかの危機が迫っている――そんなニアの警告を聞き取った俺は、間髪入れずにバックステップをする。その時だった。
どこからともなく直径五十センチ以上の火の玉が飛んできた。
「ギギャァァァァァァ……!?」
止めを刺そうとしたゴブリンが火達磨になった。
先程の火の玉に直撃したからである。
『一体どこから火の玉が飛んできたのか?』そう思いながら周囲を見渡すと、
「ゲギャ……」
悔しそうな表情を浮かべるゴブリンの姿が見えた。
木製らしき杖を持ったゴブリンであり、三十メートルぐらい離れた場所に立つゴブリンである。
そんな杖を持ったゴブリンを見た俺は、魔法を使うゴブリン『ゴブリンメイジ』だと直感した。
「『ファイアーボール』ってやつかな……? 俺と瀕死のゴブリンをまとめて葬り去ろうとしたのか?」
飛び道具ならぬ魔法に最大限の警戒をする。
千度を確実に超えていそうな火の玉を食らったら大怪我では済まないからだ。
一瞬で距離を詰めて攻撃する――のはリスクが大き過ぎるよな……。魔法が発動するタイミングを計り間違えたら『ゲームオーバー』である以上、そんなハイリスクは回避したい。
なのでシロの遠距離攻撃を頼むのはどうだろうか?
年下のシロに懇願するのは情けなくもあるけど、遠距離攻撃には遠距離攻撃で対抗するのが鉄則だしな。うん、そうしよう!
「シロ! 頼みがあ「嫌よ」だけど――って、今なんつった?」
「嫌って言ったのよ。この戦闘はザキが使えるか、使えないかのテストだから」
「テストって、聞いてないんですけど……」
杖を構えるゴブリンメイジの様子を見ながら苦言を呟いた。
「うっさい。最後の一体だからどうにかなるでしょ。それとも私を助けると言った言葉、嘘だったの?」
「嘘じゃねぇよ。ただ安全に事を進めるにはシロの遠距離攻撃が一番だろ」
「それでも頑張りなさいよ。ザキの実力を正確に把握したいから。それより相手に集中したらどうなの? さっきの魔法、また飛んでくるみたいだけど」
「チッ……」
俺は舌打ちをしながらゴブリンメイジのファイアーボールをひらりで回避する。それと同時に『魔法を使うゴブリンメイジ』をどうやって攻略するかを考え始める。
シロの遠距離攻撃が期待できないのなら、危険を冒してでも突撃するしかないのだが、何かいい策はないのだろうか?
石でも投げながら突っ込むか?
それとも自慢の速さを生かしてジグザグに進むか?
あるいはジリジリと近づきながら突撃のタイミングでも図るか?
「ハヤトー! 強化魔法、いる?」
「あっ、その手があったか……!? ニア、強化魔法『オーバースピード』をた「ダメよ」何でだよ!?」
シロの横やりに俺は声を荒げずにいられなかった。
俺に恨みでもあんのかよ……!?
遠距離攻撃手段を持っているのに俺の頼みを拒否したり、ニアの強化魔法の要請を禁止するって、縛りプレイを強要するにしてはS過ぎんだろ!! 黒焦げの死体を見たいのか、お前は……!!
「この程度、ザキ一人でなんとかしなさいよ。私を城山高校に連れて行くと豪語したんだから、魔法を使うゴブリンなんて余裕で倒してみなさいよ」
「……簡単に言ってくれるなよ。こっちは遠距離攻撃手段を持ってないんだぞ。一発でも食らったらあの世生きの攻撃に尻込みをするのは当然だろうが! とは言え」
コンバットナイフを構えながら両足に力を入れる。
三十メートル先で杖を構えるゴブリンメイジを一撃で仕留める覚悟を持ちながら、
「約束は可能な限り守る性質なんでな、俺は……!!」
両足に込められた力を一気に爆発させた。
黒獅子などのモンスターを幾つも屠ってきた俺の実力をシロに見せつける為に、あるいはシロの期待に応える為に、俺はゴブリンメイジの元に全力疾走をする。
「ゲギャギャ!!」
ゴブリン特有の耳障りな声が聞こえてきた。同時に杖を振り上げる様子を確認した。
すると直径五十センチ以上の火の玉――ファイアーボールが杖の先に現れるのを把握した。
「ゲギャー!!」
ゴブリンメイジは一際大きい声を上げながら杖を振り下ろした。ゴブリンメイジとの距離まであと十メートルと言ったところで、赤く燃え盛るファイアーボールを撃ってきたのである。
そんな必中のタイミングで放ったファイアーボールは、
「やられてたまるかッッ!!」
地面スレスレのスライディングで回避した。
プロ野球選手の盗塁王も絶賛するレベルの鋭いスライディングで、メラメラと燃焼させる火の玉を避けてみせたのである。
「ゲギャ……!?」
ゴブリンメイジは激しく狼狽える様だ。
必中のタイミングで放ったファイアーボールを回避された以上、激しく狼狽える心理は分からなくもない。
しかし俺とゴブリンメイジは敵同士なので、スライディングの勢いを持ったままゴブリンメイジに強襲する。
「悪く思うなよ……!! ただ相手が悪かっただけだ!!」
コンバットナイフを強く握り締めながらゴブリンメイジに言った。
そして次の瞬間。銀色に光るナイフの刃をゴブリンメイジの首筋に走らせる。『手応えアリだ!!』そう思ったのも束の間、ゴブリンメイジの首筋から青い血を吹き出すのを確認した。
「が、ひゅー」
ゴブリンメイジの断末魔と言うべき笛の音色が、直ぐ近くに立つ俺の耳に入ってきた。
続けてアスファルトの路上に倒れる音も聞こえてきた。
最後に倒れたゴブリンメイジの死骸がテレビゲームの様に消滅し、RPGのシステムみたいな経験値のアナウンスが俺の脳内を響かせた。
「全部始末したみたいね。お疲れ様」
「流石だね、ハヤト! 友達の私としても鼻が高いよ!」
拳銃を片手に持ちながら俺に労いの言葉を言うシロと、笑顔を浮かべながら宙に浮くニアは、俺が立つ場所にゆっくりとやってくる。
「そりぁどうも。それで俺の実力テストの結果はどうなんだ?」
「悪くはない、と言ったところね。少なくとも城山高校までの道のりは心配しなくても大丈夫と言ったところかしら」
「城山高校に辿り着いた先も俺を頼っていいんだぞ。さっきの様な無茶ぶりは勘弁したいが」
「考えておくわよ。それより先に進んだ方がいいんじゃないの? 他のモンスターがやってくる前に」
「分かってる。けど少しの間はスロースペースで歩こうぜ。ちょっと疲れた」
今の俺にとってゴブリンは格下の相手ではあるけれど、魔法を使うゴブリンメイジと戦ったのはこれが初めてだ。
だからちょっと疲れたのである。特に丸焦げ必至のファイアーボールを絶対に回避しなければならない、そんな強迫観念に駆られれば疲れるのは当たり前だろう。
なので少しぐらいはゆっくり歩いてもいいのではないだろうか……。
「あっ、だったら朝ごはんを食べながら移動しない? その方が効率がいいし……(じゅるり)」
ニアはもっともらしい事を口にしている。
『効率』などと無難な言葉で飾ってはいるけれど、ニアの口から涎を垂らしているのは見えた。
そしてそれはどこからどう見ても『朝ごはん』の催促であり、食いしん坊のニアの欲望を満たす為の提案である事は明白だった。
とは言えニアの言葉は間違ってはいないので、俺達は朝ごはんを取りつつ先を進むのであった。
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