十五話 城山高校へ その1

 魔法を使うゴブリン『ゴブリンメイジ』を含むゴブリンの群れを倒した俺達は、コンビニで良く見かけるオニギリを頬張りながら城山高校に向かっていた。

 現在地から城山高校までの道のりは七キロ超えており、目的地まで辿り着くのに二時間はかかる予定だ。

 ただしそれは人を襲うモンスターが居ない場合なので、城山高校に到着するのは四時間を優に超える可能性がある。

 それどころかレベルアップの為に勝てそうなモンスターを始末したり、強敵らしきモンスターとの戦闘を避けたり、不意打ちに備えて常に万全な体制を敷く以上、日暮れに到着しても不思議ではないだろう。

 日暮れの時間まで十二時間以上の余裕があっても。


「一体どうなってるのよ……!?」


 朝食を食べながら城山高校に向かっている途中、食いしん坊のニアの様子にシロは驚きの表情を出さずにいられなかった。


「もぐもぐ……ごくん。もぐもぐ……ごくん。もぐもぐ……」


 二十センチ未満の体格を持つ妖精のニアから見ると巨大過ぎるオニギリ、それも十個目のオニギリを幸せそうな表情で召し上がるニアの音が、『こんな筈では……』と言った表情をするニアと、呆れた表情を浮かべる俺の耳に聞こえてきた。


「どうなってるのよ、ザキ!! あんな小さな体なのにオニギリが十個も入ってるんですけど……!?」

「俺に聞かれても困る。妖精のニアの体なんて、人間の俺が知る訳ないだろ。医者でも研究者でもないんだぞ、俺は……」


 もっとも世界的な賞を貰った学者でも、ニアの胃袋の正体を把握するのは困難を極めるだろう……。

 十個目のオニギリを食べるニアの体形が崩れない事に、歴史上の天才学者でも解明する事は不可能だろう……。

 クソどうでもいい事ではあるけど。


「美味しいねー、このオニギリ! 色んな具が入っているから全く飽きないよ! オコメの甘味とか、ノリの風味と食感が物凄く美味しいんだけど……!」


 満面な笑みでオニギリをリスペクトする妖精。その両目は俺の手に持つオニギリに向けられている。


「絶対にやらねぇぞ。それでもオニギリを食べたいんならシロに頼めよ。お腹一杯に食べさせてあげると、お前を買収しようとしたシロに」

「えっ……!? い、いや、小さい体を持つニアだったら余裕で養えるかなーと、思っての発言だから勘弁して……いえ、勘弁してください!」


 俺とニアに向かって頭を下げるシロ。

 どうやらニアの食欲を常に満たす覚悟は持っていなかったようだ。


「おかわり、ダメなの……?」


 意気消沈するニアの姿が見えた。

 そんなニアの様子を見ながら俺は急いでオニギリを平らげる。食いしん坊のニアに奪われる可能性を摘む為に。

 そして急いでオニギリを食べ終えた俺は、『ごちそうさま』と言いながら周囲を見渡す。

 すると幾つかの自動車が放置されているのが見えた。積み荷を撒き散らしながら横転したトラックや、フロントガラスが蜘蛛の巣みたいに割れた自家用車や、血まみれの路線バスが道路上に放置されているのが見えたのである。

 それと今居る場所――『北千葉道路』に隣接された鉄道路線には、脱線事故を起こした列車の現場が確認できた。


「まるでサバイバルパニックホラー映画のワンシーンだな……。元人間のゾンビではなく、モンスターに襲われた現場なんだろうけどさ」


 正直に言うと目を覆いたくなる光景だ。

 効率を考えての行動とは言え、朝食を食べながら移動するのはNGだったかもしれない。

 血まみれの車窓が見える車や、内臓が見える程の損壊が激しい死体。それらを視界に入れながらの食事はキツすぎる。

 お陰でオニギリ二個だけでお腹一杯だ。シロは一個でギブアップしたそうだ。

 暴食妖精のニアは十個どころかまだまだ余裕が有りそうだけど……。


「朝食の環境は最低最悪だけど、ゴブリンなどのモンスターの姿が見えないのは助かるな」

「それでも油断は禁物よ、ザキ。死角からモンスターが飛び出てこないとは限らないんだから」

「分かってるさ。不意討ちで死ぬなんて事は勘弁したいからな。それより移動するペースを少し上げようぜ。朝飯食い終わったからさ」


 俺はモンスターの不意討ちに注意しながら歩くスピードを上げる。


「そうね。日が暮れる前に城山高校に着きたいし……」


 俺の提案に同意を示すシロも周囲の警戒をしながら歩くペースを上げた。


「ペースを上げるのはいいけど、オニギリをもう一個……。もしくはパンでもいいから……(じゅるり)」


 よだれを滴ながら食べ物を催促するニア。そんな空気を読まないニアに対し、


「「寝言は寝てから言え……!!」」


 俺とシロは激怒した。

 すると『ガーン……』と言った擬音を出すニアの姿が見えた。

 そんなどうでもいいような朝食を済ませた俺達は、現在地でもある北千葉道路を注意しながら移動している。

 前方、後方、左右。常に視界を動かしながら、特に放置された自動車の物陰に警戒しつつ歩いているのだ。

 そして二十~三十分ぐらい進んだところで、ニアは何かを発見する。


「あっ、美味しそうなキノコが生えてる……(じゅるり)」


 ニアは道路の脇に生えているキノコ、三十センチの青いキノコが群生している場所に、よだれを垂らしながら近づいている。

 その行動はある意味危険過ぎるのだが、俺とシロは問題ないと判断した。


「ヒトカミダケ……だよね? 目とか、口がないみたいだけど……」


 シロは道路脇に生えているキノコの正体を口にした。それは最弱モンスターの名前であり、『ピー、ピー』と可愛らしい声で威嚇するだけのモンスターの名前だ。

 

「多分な……。敵に襲われないよう普通のキノコのフリをしているんじゃね? ってか、経験値狩りならぬキノコ狩りでもするか?」


 全部で五十体オーバーのヒトカミダケの経験値をノーリスクで手に入れられるのは魅力的なんだけど、どうしようかな? 城山高校に向かっている途中なんだけどさ……。


「そうした方がいいんじゃない? 美味しいキノコをドロップする可能性もあるから。あれ、結構美味しいのよ。食べた事ある?」

「ヒトカミダケのドロップアイテムを手に入れた事はあるんだけど、諸事情で食べられなかった」

「それはまた残念だったわね……で、キノコ狩りするの? 私としては美味しいキノコを食べたいから問題ないけど」

「そうか。ならキノコ狩りをしながら先を進むとしよう。それと言うまでもないけど、モンスターに注意しながらな」

「分かってるわよ」


 俺とシロは近くのヒトカミダケに近づく。するとヒトカミダケを引っ張るニアの姿が目に入ってきた。


「うーん……! うーん……! よっこいしょー!!」


 ニアは綱引きのつもりでヒトカミダケの傘の部分を強引に引っ張っている。まるで土に埋まった大根を収穫するかの如く。


「何をやってんだ、お前は……?」

「見ればわかるでしょ! と言うより、ハヤトも手伝ってよ! このキノコを食べたいからッ!!」

「……ヒトカミダケをどうやって食うつもりなんだ? 仕留めた直後に消えてなくなるモンスター相手に、どうやって調理するつもりだよ?」

「えっ? ヒトカミダケ? このキノコが――って、よく見たらヒトカミダケじゃな「ピギュー!!」」


 ヒトカミダケの可愛らしい声が聞こえてきた。

 同時にゆるキャラっぽい目と口が現れ、ニアの上半身を口に入れている。


「ピギュー! ピギュー!」

「もがー! もがー!」


 ニアの上半身を噛み砕こうと口をモゴモゴ動かすヒトカミダケと、そのヒトカミダケの口から必死に逃れようと足をじたばたするニアの様子が目に見えた。


「シュール過ぎる光景だな……」

「確かに……じゃないッ! 早く助けてあげなさいよ!!」

「そうだな――っと、じっとしていろよ」


 俺はもがき続けるニアの両足を片手で掴み、合図なしでニアを一気に引き抜く。


「く、くちゃぃ……」


 涙目を浮かべるニアの顔が見えてきた。

 しかも粘液まみれになったニアの顔である。


「クサッ……!? おま、お前の……じゃない、ヒトカミダケのよだれ、めっちゃクサイんだけど……!!」


 あまりの臭さに思わずニアをシロが居る方向に投げた。


「ちょっと! ニアを放り投げるなんてひど――って、クサッ……!?」


 ニアを両手で受け止めたシロは、ニアから漂う臭いに顔を顰めている。


「ひ、酷いよ……。私の事をくさい、くさいって、私はくさくないのに……ぐすん……」

「あっ、ごめん。ニアはクサくないわよ。うん、ニアは…………ごめん。ちょっと離れてくれる……。水あげるからちょっと距離を取って」

「ヒナの意地悪ぅぅぅぅ……!!」


 ニアは泣きながら俺に近づく――って、


「こっちくんじゃねぇ!! せめて粘液を洗い流してからきやがれっての!!」

「私とハヤト、友達だよね……? 友達は苦楽を共にする存在だよね……?」

「だから何だ!? お前が受けた苦しみを俺に味わえと言うつもりか!? ざけんな! お前の楽しみは俺のモノ、俺の楽しみは俺のモノだけど、お前の苦しみはお前のモノだ! 俺の苦しみはお前のモノだがな!!」

「それ、どんなジャイアニズムよ……!? ザキの不幸ぐらい、ザキ自身が味わいなさいよ!!」

「うるせぇ! 早く水を寄こせ! 間に合わなかったらシロも俺の不幸を味わせてやるぞ!! 俺とニアとシロ、友達だからな!! 苦楽を共にする仲間だからなッッ!!」

「不幸を撒き散らす仲間は要らないわよ!! それと少し待ってなさい! 水を取り出すから時間を稼いで!」

「イエス、マム!!」


 俺はじりじりと近づくニアとの距離を保ち続ける。


「落ち着くんだ、ニア! もう少ししたら綺麗な水で洗い流してやるから!」

「ううぅぅぅぅ……。だったら早くしなさいよぉぉぉぉ……!」


 幽鬼の如くフラフラとこちらにやってくるニア。


「シロ、早くしてくれ……! 粘液まみれのニアを浄化する為の水を……ってか、怨霊の怒りを静める清水を頼む……!!」

「怨霊は流石に言い過ぎでしょ――っと、後はよろしく!!」


 シロはミネラルウォーターが入ったペットボトルを下手投げをする。

 そしてそのペットボトルをキャッチするのに成功した。


「ハヤトォォォォォォォォォォ!!」


 俺の名前を叫びながら抱き着こうとするニア。

 そんなニアを迎え撃とうとする俺は、ミネラルウォーターが入ったペットボトルの口をニアに向け――


「悪霊退散!!」


 力任せでペットボトルを握りつぶした。

 するとペットボトルのキャップと、ミネラルウォーターがニアに直撃する。


「ぶふふっ……!?」


 ニアの声にならない悲鳴が聞こえた。

 しかし俺は気にせずにシロからもう一本のペットボトルを手に入れ、ニアの頭上からミネラルウォーターをぶっかけようとする。


「真上から流すぞ。頭を洗いたかったら勝手にやれ」

「ひゃー!? つ、冷たい……!? けど粘液まみれよりマシよ!!」


 ニアは頭上からのミネラルウォーターで髪の毛をすすいだり、粘液まみれのドレスを洗い流している。

 そしてしばらくすると、ニアのスッキリした顔が見えてきた。


「スッキリしたか?」

「もちろん。少し寒いけど気分は最こ――ぶえっくしょん……!!」


 ニアは鼻水を撒き散らした。

 その様子を見かねたシロはマジックバッグからバスタオルを取り出し、そのバスタオルをニアに手渡している。


「ありがとー、ヒナ」

「どういたしまして。それと怪我はないの?」

「怪我の方は大丈夫だよ。鼻が曲がるぐらいくさかったけど……」

「それはご愁傷さまだったな。ニアの軽率な行動の結果だから、自業自得とも言えるが……」

「ぶー! 一言多い!!」


 バスタオルを羽織るニアは頬を膨らませている。


「興奮したフグみたいになってんぞ。つーか、そろそろキノコ狩りを始めたいんだけど」

「……キノコ狩り?」

「ああ。経験値狩りならぬキノコ狩り。ヒトカミダケの経験値と、ドロップアイテム『美味しいキノコ』を手に入れる為のハンティングだ」

「美味しいキノコ……!?」

「興味あるのか?」

「うんうん!」


 満面な笑みを浮かべながら首を縦に振るニアの様子が目に入った。


「だったらキノコ狩りを手伝うんだな。それとシロもよろしく頼むな」

「OKよ、ザキ」

「なら早速始めるぞ。モンスターに注意しながらな」


 そう言いながら直ぐ近くのヒトカミダケを踏み潰す。

 そんな俺の行動を皮切りにキノコ狩りがようやく始まったのであった。

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