二十七話 最奥
ほぼ一本道の通路型のダンジョン。
その最奥を目指していた俺達は、重厚な雰囲気を出す観音扉に辿り着いた。
ダンジョンボスが待ち構えていそうな大扉である。
あるいは伝説級の秘宝を守る大盾の様にも見えた。
「……引き返そうか、ニア?」
進路を阻む扉の異質さを読み取った俺は、『この場から急いで去らねば!』と本能が囁くのを覚えた。
金銀財宝を守る扉なら喜んで開けるけど、ダンジョンボスが待ち構えている可能性が高いだろう。
あるいは『お宝』の期待を利用した
そんな命懸けの博打をする勇気は持ち合わせてないのだが……。
「何で引き返さなきゃいけないのよ。それもあの扉を調べもしないで……あっ、分かった! 私が活躍するのを見たくないのよね! やれやれ……できる私に大量の報酬を渡したくな――フギュッ!?」
美少女妖精にあるまじき悲鳴が聞こえた。
俺が三割の力でニアの頭を凸ピンしたからである。
「うぐぅぅぅぅぅ……。あ、頭が……頭が割れるぐらい痛いぃぃぃぃ……!!」
灰色の石材で敷き詰められた床を転げまわるニア。
力加減間違えたかな?
スケルトンドッグと連戦&勝利したお蔭でレベル6に達成した俺の力加減を……ってか、ニアが今着ているドレスが埃まみれになるぞ。服の替えとか、予備とかないんだから、もう少し大切に扱ったらどうだ?
「何すんのよ、バカハヤト!! いくらできる私にお菓子を渡したくないからって、暴力はやり過ぎでしょ!!」
頭にタンコブを膨らませるニアが、目と鼻の先に飛び込んできた。
「軽く叩いたつもりだったけど、ちょっと力加減間違えたわー。スマンスマン……それよりこの扉を見てどう思うよ、ニア?」
「……ちょっと厳つい扉に見えるけど、それが何か? それと謝罪の言葉が軽すぎるんですけど……」
「俺の謝罪の言葉については取り敢えず放置しろ。問題は目の前にある扉だ。危険な香りがしないか?」
「危険な匂いって、どれどれ……」
観音扉にふらりと近付くニアは、小さな鼻を『くんくん』と小刻みに動かしている――って、言葉通りに受け取ってんじゃねぇよ、ポンコツ妖精! 小学生みたいなボケをかましてんじゃねぇ!!
「こ、この匂いは……鉄よ!?」
「見りゃ分かるから。つーか、俺が言いたいのは雰囲気――厳かな空気を纏う観音扉から、『我の眠りを妨げる者は八つ裂きにしてくれる!!』と聞こえてないか?」
「気のせいでしょ。それより私の活躍を見せてあげるから、お菓子を忘れないでよ!!」
そう言い終えると同時に扉を開けようとするニアの姿を目に――
「――って、何してんの!?」
ニアの突然すぎる暴挙を阻止しようとするが、一足遅く『ギギギギィィィ……』と嫌な音が耳に入ってくる。
「ふぉっ……!? こ、この扉、勝手に開いていくわよ!?」
「言うてる場合かッ!? 早く閉めろ! こんな怪しげな扉を開け放つなんて、命が幾つあっても足りねぇよ!!」
内開きで俺達を招き入れようとする観音扉。それを両手で妨害する俺だったが、
「ぐぬぬぬぬぬぬ…………だ、駄目だ!? 俺の力ではビクともしやがらねぇ!!」
強制的に開かれてゆく観音扉の力に敗北してしまった。。
「何かよく分からないけど、お疲れ様?」
「何が『お疲れ様』だよ、ニア……。それより注意しろ。あんな怪しげな扉が勝手に開くなんて、ヤバ過ぎるイベントが起きるのは確実だぞ!!」
呑気な空気を出すニアに警告を言い放つ俺は、銀色に光るコンバットナイフを取り出し、観音扉の向こう側に広がる部屋を注意深く見渡す。
直径四十メートルぐらいの円形の大部屋か……。それも天井が高すぎて見えない……。
それと爛々と燃え盛る松明が周囲の壁に設置されている。百本以上の松明が等間隔に設置されていると言っても良いだろう。
まるで地下闘技場の様だ。
あるいは黒魔術を行う為のステージにも見えなくはない。
「部屋の主が見かけないな……。俺と同じ人間もそうだが、モンスターや宝箱さえも見かけない。気にし過ぎだったのだろうか……?」
バッドイベントが発生すると覚悟していたが、空っぽの空間が広がる大部屋の内部に、俺は拍子抜けしてしまった。
俺の目の前に広がる大部屋の内部を見たところ、ダンジョンの最奥であるのは馬鹿でも理解出来るだろう。
何故なら出入口が一か所しかないからだ。
なのに『何も無い』なんて事が有り得るのだろうか?
もっとも何事も無い方が嬉しいのだが、そんな都合の良いイベントは存在しないだろう……。
「警戒し過ぎなんじゃないの、ハヤト?」
そう言いながら大部屋に『フラフラ~』っと、蝶が移動するように侵入するニア。
「おい、待てッ!? モンスターが隠れているかも知れないんだぞ!!」
「隠れる場所が無いから大丈夫でしょ。むしろ慎重し過ぎるのも問題だと思うんだけどー」
「無警戒よりはマシだろ! それとこの大部屋――如何にも『ボス部屋』っぽくないか? もしそうなら直ぐに引き返すべきだ!」
「ボス部屋って……まぁ、確かに雰囲気がそれっぽい――ッ!? 避けて、ハヤト!!」
「ッッ!?」
ニアの只ならぬ声を聞きとった俺は、一瞬で背後をチラッと見る。
すると剣を振り下ろそうとするスケルトンソルジャーの姿が目に入った。
「ぬおおおぉぉぉぉ……!?」
情けない声を上げながら前方に飛び跳ねる。
そして間を置かずに『ガツン!!』と鋭い音が聞こえてきた。先程まで居た床を叩き付けた音である。しかもその床は大きく陥没しているのが分かった。
あ、危ねぇぇぇぇぇぇぇぇな、畜生……!!
レベル6に上がった俺の『速さ』じゃなければ、左右に別れて死んでいたぞ、この骸骨野郎ッ!!
「大丈夫、ハヤト!? 怪我とかしてないよね!!」
「問題ない! ニアのお陰で無事だ!」
スケルトンソルジャーの奇襲を回避する事に成功した俺は、スケルトンソルジャーから目を離さないまま後ろに下がる。
敵は一体だけだろうか……?
剣と盾を持つスケルトンソルジャーの一体だけなら、ほぼ確実に勝てる相手だ。
何故なら前回戦った時のレベルは3であり、現在のレベルは倍の6である。また金槌より強力な武器である『コンバットナイフ』や、自慢の速さを更に強化する『盗人の手袋』を装備している。
そしてニアの『強化魔法』と言う名の切り札を持っている。速さを強化する『オーバースピード』と、力を強化する『ハイパワー』の
「始めから全力で行かせてもらうぜ! ニア、強化魔法『オーバースピード』を頼む!」
「OKよ、ハヤト!!」
ニアに強化魔法の支援を要請をした俺は、その場でスケルトンソルジャーの動向を監視する。今居る大部屋と通路を結ぶ観音扉の前に立つスケルトンソルジャーの
「カタカタ……」
監視対象者であるスケルトンソルジャーの口元が動いた。『侵入者は始末する!!』そんな幻聴が聞こえた気がしないでもない。
チッ……。強化魔法を受ける前に倒すのは当たり前か――って、
「不味いッ!?」
スケルトンソルジャーの動きを見張っていた俺は、金属製の観音扉が勝手に動き出すのを確認した。俺達を円形の大部屋に閉じ込めるつもりのようだ。
「カタカタカタカタ……」
慌てふためく俺に高笑いをするスケルトンソルジャー。
そんな腹立つ姿を一撃で始末したい俺だが、ニアの強化魔法を受けていない俺が勝てる確率は怪しい。
ニアに強化魔法の支援を頼んだのは良いが、まだ時間が掛かるみたいだ!
だからって強行突破をするのはリスクが大きい……クソッ、どうすりゃいいんだよ!!
そんなどうしようもない葛藤を抱く俺は、観音扉が完全に閉まるのを見届けるしかなかった。
「強化魔法の詠唱が終わったけど……」
両手を上げるニアが口を開いた。
オーバースピードの魔方陣を真上に展開しながら。
「もう遅いから取り消ししてくれ」
「取り消すのってどうやるのよ?」
「魔法が使えない俺に言われても……ってか、普通は取り消せるんじゃないのか?」
観音扉にゆっくりと近づき、慎重に手を触れる。
そして力一杯に観音扉の取っ手を引っ張る俺だが――
「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ……だ、駄目だ。ビクともしやがらねぇ!!」
鍵掛かってんのか?
もしそうなら俺の『鍵開け』で如何にかなると思うが……よし、開けゴマ!!
「――痛ッ!?」
観音扉に触れる手から鋭い痛みを覚えた。
職業スキル『鍵開け』を発動した手からである。
また解錠に成功した気配は無かった。
「どうしたの、ハヤト!?」
「鍵開けのスキルを使ってみたんだけど……何故か失敗した」
俺の大好きなRPGに言わせれば、『しかし、不思議な力でかき消された』ってトコかな? 地味に痛い静電気を食らったが……。
「えっ!? じゃあ、どうやってここから脱出すればいいのよ! あと強化魔法はどうすればいいの!」
「うるせぇな……そもそもニアが観音扉に手を触れたのが間違いだろ。自分の失敗を俺にぶつけるな――っと、取り敢えず周囲の確認でもするか」
円形の大部屋から脱出する手掛かりがないかと見渡す。
『百本以上の松明が壁に掛けられているだけの侘しい大部屋に、脱出の手掛かりを求めるのは厳しくね?』そう考えながら周囲を見渡す俺だが、時を置かずに『何か』を発見した。
「何だ、あれは……? 大部屋の中央に黒い
ボス部屋の様な雰囲気を持つ円形の大部屋。
その中央にふわりと浮く『黒い靄』を把握した俺は、鳥肌が立つほどの戦慄が走った。
な、何だこの嫌な気配は……!?
光を吸収する程の黒い靄から尋常じゃないプレッシャーを感じて来やがる……!!
「何よ、あれ……!?」
黒い靄を見たニアは恐れ戦いている。
どうやら俺が抱いた危惧は勘違いではなさそうだ。
「ニア!! 強化魔法を掛けてくれ!! それと何が起きても良いように覚悟しとけ!!」
「うん、分かった!! オーバースピード!!」
ニアの強化魔法が発動すると同時、黒い靄が爆発的に広がり始める。
「ぬおおおおおぉぉぉぉぉ……!?」
「きゃああああぁぁぁぁぁ……!?」
爆発の中心から不気味な暗闇が俺とニアを吹きさらす。体の芯を凍てつかせるような暴風である。
そしてそれは黒い吹雪を全方位に撒き散らす光景であり、只ならぬ気配を持ったボスが現れる前兆だと直感した。
来るのか……!?
この通路型のダンジョンを支配するボスモンスターがッ!!
そう頭に浮かんだ瞬間。
俺とニアの体を
「グオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ……!!」
耳を劈く雄叫びが周囲を震わした。
それはルビーの様な赤い目を持った黒い獅子――百獣の王に相応しき声量を持った咆哮であり、戦意を喪失させる様な威圧が籠っている。
そんな雄叫びを上げたボスモンスターの見た目は、全身を真っ黒に染めたバーバリライオンであり、左右合わせて四つのルビーアイが特徴的である。
それと銀色に輝く爪と牙を保有しているのが分かった。
『黒獅子ルビーアイ』そんなボスモンスターの名前が俺の脳裏をよぎった気がした。
「レベル6の俺が相手するには無理ゲーってレベルじゃねぇぞ……!!」
古代の地下闘技場の様な大部屋の中央に立つ黒獅子ルビーアイの姿に、俺は何とも言えない表情を出すしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます