二十六話 記憶喪失の手掛かり

 宝箱トラップ騒動から二時間ぐらい経過した現在。

 俺とニアは目的地――ニアと初めて出会った大部屋に辿り着いた。三十メートル四方の広い空間であり、朽ち果てた石柱が乱雑に並び立つ大部屋にである。

 またその中心部にはニアが囚われていた宝箱。蓋が開けっ放しのアンティーク調の宝箱がポツンと残されていた。


「つ、疲れた……。それとお腹すいた……。ごはんをお腹一杯に食べたいんだけど(じー)」

「あー……。この空間を調べたら昼飯にするか」

「ぶー、今直ぐ食べたいー! スケルトンドッグの戦いの報酬として、ごはんを要求するわ!!」


 ニアの言う『スケルトンドッグの戦い』とは、宝箱騒動からこの大部屋に向かうまでの道中に起きた戦闘である。

 単独、複数、背後からの攻撃、あるいは前後を挟んだ攻撃。

 そんなスケルトンドッグ戦を切り抜けたのだ。それも連戦に次ぐ連戦であり、撃破トータル二十越えは確実であった。

 もっともスケルトンドッグの脅威度はかなり低い為、割と余裕で撃破出来たのである。俺一人で殲滅したと言っても過言ではない――のだが、ニアから報酬を強請ねだられるのは理由があった。

 その理由とは『強化魔法』である。

 複数のスケルトンドッグとの戦いに、強化魔法の支援を頼んだのだ。また強化魔法で強化された自分自身の『暴走』を早期に解決するべきだとの判断でもあった。

 ちなみに『暴走』とは、強化魔法『オーバースピード』に強化された『速さ』である。

 初めてオーバースピードを掛けて貰った際、勢い余ってスケルトンと体当たり(キス未遂)をしたり、スケルトンの攻撃を避けようと思って壁に激突した。

 そんな恥ずべき汚名を返上したい俺は、弱いスケルトンドッグ相手に練習しようと思ったのだ。

 お蔭で大分マシになった。

 そこそこ素早いスケルトンドッグとじゃれる具合には――。


「あの宝箱の調査が終わったら昼飯にするから我慢してくれ。昼飯の内容はちょっと豪華だぞー」

「ご、豪華……!? い、いや、騙されないわよ! どうせ残飯とか、石なんでしょ!!」

「残飯はともかく、石は無いだろ!! 正真正銘食い物だし、昨日の肉野菜炒めより美味いブツだよ!! ってか、昼飯用に作っていたのを見ていただろうがッ!!」


 今日の朝食タイムの途中。二枚の食パンにマヨネーズを塗り、ハムやレタスにシーチキンを挟むサンドイッチを作っているのを見ただろ! もちろんハムとレタスが傷んでないか確認したぞ! 食中毒で倒れたら詰みだしな!

 そんな食べ応えのあるサンドイッチ×2、全部俺の胃の中に収めてやろうかッ!!


「腹減ったー、腹減ったー、腹減ったー」

「親鳥から餌を求める雛鳥か、お前は……!? いいからサッサと宝箱を調査するぞ!」


 大部屋の中心部にある宝箱の元に移動し、ゆっくりとしゃがむ。そして例の宝箱の外装をマジマジと観察したり、空っぽの中身を調べて見る。


「う~ん……。特に変わったモノは無いな……。ニアの方はどうだ? この大部屋に辿り着いて何か思い出したか?」


 後ろから近づくニアに声を掛けた。


「全然……。これっぽちも思い出せないわ……あ、でも――」

「何か思い出したか?」


 ニアの様子に少々期待を込める。


「ごはんを食べたら思い出すかも」

「昼食抜きにしてやろうか、暴食妖精さんよ……?」


 期待した俺が馬鹿だったよ、畜生!


「待って! ちょっと待って! もう少し頑張って思い出してみるから、ごはん抜きは勘弁してよ!!」

「その言葉、違えんなよ……。それで改めて聞くけど、何か思い出したか?」

「今の所はサッパリよ……っと、ちょっと退いてくれる? 宝箱の中に入ってみるから」

「分かった」


 ニアの邪魔にならない様、俺は宝箱の横に移動した。

 するとニアが宝箱の中に入り、角の隅などを観察し始める。


「特に目新しいモノは無いわね……。記憶も呼び起こす気配も無さそうだし……」


 人間の赤ん坊が眠るゆりかごと同じサイズの宝箱。

 その宝箱の中身を調べ終えたニアは、深いため息をついている。どうやら収穫は無かったようだ。


「宝箱の外からはどうなんだ? この宝箱そのものに見覚えはないか?」

「どれどれ……」


 妖精特有の翅をはためかせるニアは、宝箱の周囲を飛び回る。

 一周、二周、三周、四周目に入ったところで、地に降りるニアの姿が目に入った。

『諦めたのか?』そう思った瞬間。

 ニアは地面から何かを拾った。


「どうしたんだ、ニア?」

「何か気になる物を拾ったんだけど……」


 弱弱しい声で喋るニア。

 その手に持つ『何か』を俺に手渡してくる。


「種……だよな、これ……? 見た感じ柑橘系の種だと思うんだが……オレンジかな? あるいはグレープフルーツかもしれないが……」

「オレンジ……グレープフルーツ……(じゅるり)」

「唾液を出すな、食いしん坊。それと味の記憶を取り戻してんじゃねーよ。過去の記憶の方を取り戻せっての」


 記憶喪失に苦悩を抱えてると思ったんだけど、実はそんなに気にしてないんじゃないのか、お前は……?

 とは言え、こんな場所に柑橘類の種(予想だが)が落ちてるのは不思議すぎる。

 何故なら周囲には植物らしき物体は見かけないし、ここで飲食した覚えは無い。

 もっとも他の人間が訪れた可能性はゼロではないのだが……。


「……」


 俺の手に持つ種を静かに見つめるニア。

 その姿を見た俺は、『何かを感じ取ったのだろうか?』そう予感めいたものを覚えた。


「この種……見覚えがあるような……。知識としてではなく、ただ……何て言うか……懐かしい。うん、懐かしい気持ちがする」

「懐かしい気持ち……と言う事は、何か思い出したのか?」

「思い出したと言えば、思い出したんだけど……何て言うか……甘酸っぱい果物が実る木の枝に寝そべる自分――まではなんとか……」

「それ以外は? 家族とか、友達とか、住んでいる場所とかどうだ?」

「住んでいる場所は……森? あるいは山かな? 少なくとも緑が多そうな場所よ。それ以外は……う、う~~~~~~ん…………」


 ニアは頭を抱えている。

 それは過去の記憶を呼び覚まそうとしているのが分かった。


「……駄目ね。全然思い出せないわよ……はぁ……」

「そうか……まぁ、緑が多そうな場所に住んでいる。それだけでも分かったのはラッキーじゃね?」

「それもそうね……。あと木の枝に寝そべる私の事も思い出したわよ……オレンジかな? グレープフルーツかな?(じゅるり)」

「花より団子ならぬ、記憶より食欲かよ。先が思いやられるぜ、ったく……」


 つーか、この種。捨てて良いのか?

 RPGならキーアイテム扱いだけど、現実は生ゴミ扱いなんだけどさ……。


『少しよろしいですか、マスター?』


 種を捨てるかどうか迷っていたら、神使が目前にやって来た。


「どうした? 何か問題でも発生したのか?」

『違います。ニアが拾った種を解析したいのです。私の役目はマスターのサポートをする事ですが、同時に異界浸食についてのデータを集めています。よって例の種を解析したいのですが……』

「分かった。それで俺はどうすれば良いんだ?」

『例の種を画面の上に置いてください。その後はこちらで勝手に解析を進めますので』

「了解っと」


 俺は神使の要求通り――ニアから手渡された種を神使スマホの画面の上に置く。

 すると心電図やバイオリズムみたいな線が表示された。正体不明の種を解析しているのだろう。

 そして数分が経過した。


『お待たせしました、マスター。種の解析結果をお伝えしましょうか?』

「ああ、頼む」

『了解しました。ニアが拾った種の解析結果ですが、地球上に存在しない遺伝子が発見されました。よって別次元――いわゆる異世界から漂流した物体であると断定します』

「やはりか……んじゃ、この種は果物の種なのか? ニアが言っていた『甘酸っぱい果物が実る木』の種だったりするのか?」

『おそらくは……。地球上にある柑橘類。特にグレープフルーツに近い遺伝子情報を感知しました。よってニアの言葉に矛盾は無いかと……確証は出来ませんが』

「そうか……まぁ、この種が普通の種じゃない事が分かった。それだけでも大収穫だろう」


 そう言いながら種を手に取り、ニアが居る方向に顔を向く。


「この種、ニアが持ってろよ。記憶喪失の重大な手掛かりなんだからさ」

「うん!!」


 返事と共に種を受け取るニア。

 そしてそれを深紅のドレスのポケットにねじ込むニアを確認した。


「そろそろ飯にでもするかー」


 ボストン型の学生鞄から食料を取り出す。

 ラップに包まれたサンドイッチ×2と、500ミリリットルのミネラルウォーター×2である。ついでに幾つかの菓子類も用意した。

 小休止を兼ねた昼食タイムの始まりである。


 ****************************


「80点。美味しいけどボリュームがイマイチね」


 サンドイッチの感想を口にするニアは、幸せそうな表情をしている。


「今は非常時だから文句言うんじゃねぇよ」


 そう言いながら昼食の後始末をする。

 それはサンドイッチを包んでいたラップと、菓子類の袋などのゴミを学生鞄の中に仕舞う俺であった。


 非常時――異界浸食のせいで経済や流通などが壊滅状態の中、食料を手に入れる手段は限られているんだぞ!

 それなのにボリュームとか贅沢な事を言ってんじゃねぇ!! しばくぞ、ゴルァ!!


「ぶー……。それで次は何する予定なの?」


 ゴミの後始末を終えたと同時、ニアが俺の直ぐ隣にやって来た。


「急に予定を言われてもなぁ……。ニアが良ければだけど、ダンジョンの奥に進んでみたいんだが……大丈夫か?」

「夕ごはんのメニューしだいですねぇ~~。リクエストは甘いアップルパイを……(じゅるり)」

「俺の料理の腕を知っての発言とは思えねぇな……。それに停電中の状況でアップルパイのような凝ったメニューなんて作れねぇよ」

「じゃあ、大量のお菓子で手を打つわ!」

「俺もお菓子食いたので却下だ。なので代わりに出来高制を提案しようじゃないか」


 強化魔法一回につき、クッキー一枚で足りるんじゃね? あるいはポン菓子一粒とか? 駄菓子屋に売ってるニンジンのやつ。


「デキダカセイって何よ?」

「仕事した分だけ収入が入るシステムの事だ」

「ふむふむ……つまり?」

「ニアが沢山活躍すればその分多くお菓子が手に入る――そういう認識で構わない」

「なるほど……できる私にとって相応しい仕組みね」


 誰が『できる私』だ! ポンコツ妖精の間違いだろ――っと、口に出したい俺だけど黙っていよう。


「OKよ、ハヤト。その『デキダカセイ』でお菓子を沢山手に入れてみせるわ!!」

「そうか、そうか。できる妖精の決断スピードは早いな。頼りになるぜ!」

「まっかせなさいよ!!」


 ドヤ顔で手を腰に当てるニア。

 それを『流石だ!』とか『カッコいいぞ!』などを口にしながら拍手ヨイショする。


 報酬のお菓子の内容と量を確認しなくていいのかなぁ~……? 一回分の成果に対し、ポン菓子一粒のつもりだが……。(ニヤリ)


「そんなに褒めないでよ、もう……。やる気が溢れて来るじゃない!!」


 ニアの背後からヤル気の炎が見えた――様な気がしないでもない。チョロいな。


「私に付いて来なさいよ、ハヤト! この『できる私』にッ!!」


 先導者を自ら買って出るニアは、颯爽とこの場から移動しようとする。未だに立ち入っていない場所『未踏域』と、その最奥を目指して。

 もちろん俺もニアと一緒に向かう。

 今居る大部屋から徒歩五分先にあるT路地。ダンジョンの出入り口と、ダンジョンの最奥に続く未踏域だ。大部屋から出てきた俺とニアから見ると、左が屋外に続く出入り口であり、真っ直ぐが最奥に続く道である。

 そして俺達二人(ついでに神使も)はダンジョンの奥を目指しているので、そのまま正面に向かって歩を進める。

 すると精巧なレリーフが刻まれた扉が目に飛び込んできた。幅二メートルの観音開きの扉である。

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