二十一話 空き巣

「三人が戻ってくる気配は無いな……よし、開けゴマ!」


 立川、ウド、デク。

 三人のアジトから物資を奪取する為、目の前にある玄関のドアの鍵に対し、職業スキル『鍵開け』を使用した。

 すると鍵穴から『ガチャリ』と音を立てる。どうやら成功したようだ。


「ダンボールは邪魔だから玄関前に置いておこう……。少しは時間稼ぎになるかもしれないし」


 独り言を呟きながら玄関ホールに侵入する。

 パンツ一枚の姿にボストン型の学生鞄を持つ俺――不審者どころか変態と非難されても可笑しくない格好で……。

 そんな俺が最初に見た光景は、奥のリビングに続く薄暗い廊下であった。

 そしてその廊下を土足のまま上がり、壁などにぶつからないよう慎重に歩こうとする。


「なんだ、この赤い光は……?」


 ゴムがゆるゆるのパンツを押さえる俺は、一本の赤い光を発見した。

 それは床から30センチ上に浮かばせている線であり、動線をぶった切る形で張っている糸でもあった。


 なんだろう? この嫌な予感は……?

 俺の脳内が『気を付けろ!!』と激しく訴えている気がするんだが……。


『マスターの職業スキル『罠察知』が発動しているのでは?』


 不意に神使の念話が飛び込んできた。


 罠察知だと? 何時の間に……。

 ひょっとして職業レベルが2に上がった際、シーフスキル『罠察知』を獲得したのだろうか?

 もしそうなら辻褄が合うと思うのだが……特に『罠察知』なんてシーフにピッタリのスキルだろうし――って事は、


「ブービートラップ……ってやつか?」


 目の前にある一本の赤い光についての感想を口に出した。

 それと同時にブービートラップらしき物体をまじまじと観察する。


 手榴弾かな……?

 楕円形の小さな玉。手榴弾らしき塊が、赤い光の左端に置かれているのだが……。薄暗くて判別がつかない。


『手榴弾ではなく『ポイズンボム』と呼ばれるマジックアイテムです。またポイズンボムの殺傷力は皆無ですが、麻痺系の毒ガスを撒き散らします。ちなみに六時間ぐらいで回復するレベルです』


 背面ライトを照らしながら説明している。

 それはポイズンボム――ドクロのマークが描かれた手榴弾について解説する神使でもあった。


 おっかねぇな……。

 職業スキル『罠察知』がなかったらと思うとゾッとするんだけど、


「把握していれば怖くねぇなっと」


 ブービートラップに引っ掛からないよう慎重に飛び越える。

 そしてそのまま奥のリビングに続くドアノブを回すと――


「ッ!?」


 驚きの表情をする女子と目が合った。

 黒と茶色の迷彩柄のショルダーバッグを持つ女子である。

 それも茶色に近い黒髪のセミロングと、140センチの小柄の体格。そんな女子のコーディネートは白いワンピースにお洒落なブーツであり、勝気な目つきが印象的――ってか、昨日会った女子じゃねぇか!?


「動かないで!!」


 目の前に立つ女子が叫ぶ。

 その小さな両手にはオートマチックの拳銃を握り締められており、その銃口は俺の胸に向けられている。


「何でパンツ一枚なのよ……」


 俺の姿に顔を赤らめる女子。

 その視線は俺の顔をしっかりと見定めている。


「触れてくれるな……。色々あったんだよ……」


 女子の追及に顔を背けながら返答した。


「答える気は無いみたいね……まぁ、いいわ。鞄を床に置いて、両手を上げなさいよ。そうすれば命だけは助けてあげるわ」

「鞄を床に置くのは構わないが、両手を上げるのはちょっと……」

「死にたいの? 一応言っておくけど、本物だからね。この銃」

「知ってる。昨日発砲しただろ」


 発砲する現場は見ていないが、銃声を聞き取ったからな。ゴブリン共から逃げる最中に。


「まぁね……ってか、私の事知っているの?」


 とぼけた表情ではなく、『知らない』と言った顔つきをする女子。


「覚えてないのかよ……。昨日ゴブリン共に追われている時、お前に助けを求めただろ。そんで困っている俺を直ぐに見捨てたじゃねぇか」

「あーなんか、そんな過去があったわね……。でも今は関係の無い話よね? 分かったらさっさと両手を上げる! 鞄を床に置いた上で!」


 これ以上話す余地無し。

 そんな態度を露わにする女子は、相変わらず拳銃を構えている。


「わ、分かった……。ちょっと待ってろ」

「うんうん、物分かりの良い男子は好きよ」

「そりゃどうも」


 調子の良い声を出す女子を余所にする俺は、ゆっくりとボストン型の学生鞄を床に置いた。


「次は両手を上げなさいよ。もちろんゆっくり上げてね。ゆっくりと♪」

「その前に俺のはな「ストップ!」」


 女子が俺の言葉を遮った。

『うんざり』そんな表情を出しながら。


「状況理解しているの、変態さん……? 私に逆らったら蜂の巣になるわよ。それも血塗れの蜂の巣に……ね」

「クソッ……。覚えてやがれ」


 捨て台詞を吐きながら両手を上げる。

 当然ゴムが緩々のパンツを押さえる手を含めて。


「ようやく観念し――」


 不意に会話が途切れる女子。

 その視線は俺の股間に定まっている。


「嫌ァァァァァァァァ……!!」


 女子の甲高い悲鳴がリビングを震わした。


「変態! 何考えてんのよ! 両手を上げなさいと言ったけど、パンツを下ろせなんて一言も言ってないわよ!!」

「好きで下ろした訳じゃねぇ! パンツのゴムが緩いんだよ!!」

「ゴムが緩いなら新品に交換すれば良いでしょ!! 何で今までそんなパンツを穿いてんのよ!! ばっかじゃないの……!!」

「誰が、馬鹿だッ!!」


 思わず一歩前に出す。


「ちょ、ちょっと動かないで! 貴方の……貴方のアレが……その……ゆ、揺れてるから、こっち来ないで……! 貴方の言い分は理解できたから!」

「言い分も何もまだ弁解していないんだけど!!」

「うるさーい……!! とにかく一歩も動かないで!! 動いたら本気で撃つからッ!!」

「全裸のまま待機しろと言うのかよ、お前は……!? せめてパンツを穿くのを許可するなり、他の……あれだ、お前の後ろにあるハーフパンツを寄越せ!!」


 女子の後ろにある椅子。

 その椅子の背もたれにハーフパンツが掛かっているのだ。

 そしてそれを『俺に渡して欲しい』、そう顎でサインをする俺でもあった。


「……条件があるわ」


 俺の求めるハーフパンツを『チラッ』と横目で見る女子。


「飲める条件だと嬉しいが……どんな?」

「簡単な条件よ。私に危害を加えず黙って見届けるだけ。それを約束できるならハーフパンツを渡すわ。もちろん貴方の命も取らないであげる……どう? 貴方にとっても良い話だと思うんだけど……?」


 確かに良い話だ。

 ハーフパンツを手に入れられるどころか、俺の命の保証してくれる。それは願っても無い話なのだが……


「危害を加えないのは理解できるが、黙って見届けるってどういう意味だ?」

「鈍い変態だね……。私がここに忍び込んだ理由なんて、想像が付くでしょ。貴方達の物資を狙っている事に」

「えっ……?」


 首を傾げる俺。


「うん……?」


 首を傾げる女子。


「え?」

「うん?」

「……えっ?」

「……うん?」


 言葉にならない声で応酬する俺と女子。

 そして――


「クズ野郎の仲間じゃないのか!?」

「私と同じ目的を持った人なの!?」


 お互いの予想をぶつけ合った。

 そしてその予想は大正解だったのか、女子の雰囲気が和らぐのを覚えた。


「何よ、もう……。てっきりあの山賊の仲間が戻って来たのかと思ったじゃないのよ!」

「あのゴミクズ野郎と一緒にするんじゃねぇ! 虫唾が走る……! お前の条件飲むからハーフパンツを早く寄越してくれ。女子の前で全裸は精神的にキツイから……」

「私も貴方の全裸を直視するのはキツイわよ……ほらっ」


 俺の生まれたままの姿に苦情を言い放つ女子は、片手で拳銃を構えたままハーフパンツを手に取り、それをぞんざいに投げつけて来た。


「他人のハーフパンツ。それもクズ野郎のハーフパンツを穿くのは業腹だが、致し方あるまい――っと、これで全裸から半裸にグレードアップを果たしたぜ。サンキューな……中学生?」

「何で疑問形で呼ぶのよ……。小学生だと思ったのかしら? もしそうなら一発ぶち込んであげるけど……どうなのよ?」

「イエ、ソンナコトナイデスヨー」


 小学生と間違われるのは地雷みたいだな……でも、マジで小学生と間違えても仕方ないと思うぞ。小柄の体つきもそうだが、顔つきが幼すぎる。特に見るも無残な地平線が物語っているしな……ふっ、将来に期待するが良い。女子ロリよ……。


「何か失礼な事考えてないでしょうね……」

「気のせいだから気にするな。それよりこれからどうするつもりだ? 俺はミネラルウォーターが欲しくて忍び込んだ口だが……もちろん食料も手に入れたいけどさ……。つーか、銃を下ろしてくれね? 何時暴発するかハラハラしてんだけど」

「貴方が山賊の仲間じゃないと分かっても、私の味方だと証明された訳ではない……とは言え、このままでは時間の無駄よね……よし。一つ提案があるんだけど」

「話の流れである程度予想が付くけど、どんな提案だ?」

「私と貴方。二人でマンションを出るまで手を組む事よ」

「乗った!」


 女子の提案に即答した。

 このまま睨み合いを続けるのは得策ではないと判断したからだ。


「なら早速手伝って……あ、これ着て。半裸だと目のやり場に困るから」


 背後を向ける女子から派手な柄のシャツが飛び込んできた。赤い花が描かれたアロハシャツである。

 そしてそれを受け取った俺は、嫌そうな顔をしながらアロハシャツを羽織る。


「うん、意外と似合うわよ」

「ぜんぜん、嬉しくねー。クズ野郎の衣服を着る心境を察しろよ、中学生」

「その呼び方止めてよね。私の名前は『白雪しらゆきひな』。『シロ』と呼ぶ事を許してあげるわ」

「OKだ、シロ。俺の名前は黒崎颯人だ。『クロ』とでも呼んでくれ」

「嫌よ。『ザキ』と呼ぶ事にするわ」

「死の呪文で呼ぶんじゃねぇ! 俺の苗字は『くろさき』だ! 濁点だくてんを付けるな!!」

「分かったわ、ザキ」

「張り倒すぞ、ゴルァ!!」


 俺の抗議にスルーするシロは、ショルダーバッグをフローリングの床に下ろしている。黒と緑の迷彩柄のショルダーバッグであり、シロの腰が隠れるぐらいの大きい鞄を。


「取り敢えず物資を私の所に持って来て。ザキの分も持って行ってあげるから」

「だからザキと呼ぶんじゃねぇよ……ってか、シロの鞄を使うまでもないだろ。クズ野郎が奪っていった鞄を利用すれば一石二鳥じゃね?」

「ちっちっちっ……。それは普通の鞄だとしたらの話でしょ。安心して。私の鞄はマジックアイテムよ! 流石に無制限に入る訳ではないけど、軽トラ並みの積載量まで問題ないわ!!」


 シロのドヤ顔が目に入った。


「便利なアイテムだな。正直羨ましいぞ……っと、そろそろ動くか。クズ野郎が戻ってくるのに十分も無いだろうし」

「戻ってくる時間分かるの?」

「おおよそだがな……。クズ野郎が階段を下りる際、盗み聞きしたんだよ。大柄の男『デク』が手作りの福神漬けを取りに戻るのが二十分掛かる――ってさ」


 十分前の出来事を語る俺は、リビングの周りにある持ち主不明の鞄とミネラルウォーターなどが詰め込まれたダンボールを、シロのマジックバッグの近くに移動させている。


「ふ~~ん……。なら少しは余裕を持って作業出来るわね」


 呑気な事を言うシロは、マジックバッグの前に置かれた物資を手に取り、そのままマジックバッグの中に入れている。


「マジックバッグの口より大きいダンボールが入るって、物理法則無視しすぎだろ……あ、ちょっと待て。全部持って行くのは止そう。俺とシロの犯行が発覚するのを遅らせる為に」

「……確かに。だったら空のダンボールや、目立つ鞄(持ち主不明の)を置いて行くのはどう?」

「良いアイデアだ! 早速偽装に取り掛かるぞ!」

「「おー!」」


 自然と掛け声が出てしまった。

 それも息ピッタリの掛け声でもあった。

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