二十話 隠密行動

 俺はテレビゲームが大好きだ。

 特にロールプレイングゲームを好んでおり、アクション要素が無いコマンド型のRPGがお気に入りである。つーか、RPGしかプレイしないと言っても過言ではない。

 何故ならプレイヤーの技量に左右されやすいアクションゲームや、一瞬の判断で勝敗が決するFPSゲームでは、エンディング(もしくは勝利)を迎える自信が無いからだ。

 その点RPGはプレイヤーの技量に依存されにくいし、レベル上げなどの準備をすれば簡単に攻略出来るのだ。

 つまりクリア保証があるか無いかの違いであり、全クリしやすいRPGが好きになるのは当然でもあった。

 そんなRPG好きの男子高校生『黒崎颯人』は何をしているのかと言うと――


「ゴブリン発見……。気づかれませんように……」


 巨大なミカン箱の中に隠れていた。

 それも亀の甲羅に見立てる形で地面を這っているのだ。


 真夏のアスファルトが熱いぃぃぃぃ……けど、ゴブリンなどのモンスターをいちいち相手にするのは面倒なので、ここは我慢するとしよう。

 それに命を守る防具はパンツ一枚しかないし、そのパンツのゴムが伸びている以上、モンスターと戦うのはあまりにも危険すぎるからな。他の生存者に見られたくない一面もあるけど……。

 とは言え、ダンボールを愛するス○ークと同じアクションをするとは思わなかったぜ。ほぼRPGしかプレイしない俺が、苦手なアクションゲームの主人公の真似をするなんてさ……っと、モノローグはここまでにしておこう。ゴブリンが直ぐ隣に居るからな。


「グギ……?」

「ギロ……?」


 二体のゴブリンがダンボール亀を不審に思っているようだ。


 気付くなよ、気付くなよ、気付くなよ、気付く……ふぅ、向こうに行ったか……これで6連続やり過ごせたぜ!


「さて、移動を開始するか」


 ダンボール亀がそろりそろりと移動する。

 また周囲にモンスターが居ない事を把握すると、ダンボール甲羅を大きく浮かばしながら走る。

 そしてモンスターを発見したらその場で待機し、モンスターが明後日の方向に移動するまでそのままやり過ごす。

 それらを数十分ぐらい繰り返していると、俺と同じ人間を発見したのである。


「荷物置いてけや、オッサン!! 痛い目に遭いたくなかったらな!!」


 聞き覚えのある声が俺の耳に入った。

 中学時代のクラスメイト『立川亨』に似た声である。

『昨日の囮作戦で俺を嵌めたクズ野郎かな?』そう考えた俺は、立川亨らしき人物の元に近づく。もちろんダンボール亀のまま慎重かつゆっくりと。


「アニキに殺されたくないなら、物資をこちらに寄越すッス!!」

「そんな……生きていくのに食料が必要なのに……」


 三人の男性が口論している。

 それも二対一の恐喝の現場であり、その二人組は知っている人間であった。


 やっぱりテメェか、立川亨……!!

 それと小柄の太っちょ……確か『ウド』と呼ばれていたな!!


「頼む……! 見逃してくれ……!! 僕には年老いた婆ちゃんが居るんだ!!」


 必死の形相で訴えるスーツ姿の会社員は、手荷物を両腕で抱えている。おそらく生活物資が入っているのだろう。


「ああっ、テメェの事情なんて俺等に関係あンのかよ!!」

「アニキの言う通りッス!! 無理矢理にでも頂いてゆくッス!!」


 涙ぐむ会社員を襲う二人。

 それは恐喝から強盗に切り替わった瞬間でもあった。

 それも立川が鉄パイプで手足を痛めつけ、それに怯んだタイミングでウドが手荷物を奪う――そんなコンビプレーを披露したのである。


「返してくれ……! それは必死で手に入れ――うぐっ!?」


 奪われた手荷物に手を伸ばす会社員だが、鉄パイプの痛みに失敗したようだ。


「ンだよ……まだ痛め付けられたいのか、オッサン!! 何なら病院送りにさせてやってもいいんだぜ!!」

「意地悪ッスね、アニキ! 病院なんて開いてる訳ないじゃないッスか……あ、それだと怪我したらマジでヤバイッスね~~」

「ヒィ……!!」


 二人の言動に顔を青ざめる会社員の姿が目に入った。


「そうだな、ウド。今の状況で怪我は洒落にならないだろうなァ……」

「うんうん、ひょっとしたら死ぬかもしれないッス!! それでも歯向かうッスか? 逃げるなら今の内ッスよ!!」

「ヒィィィィ……!! 命だけは取らないでくれぇぇぇぇ……!!」


 恥も外聞もなくこの場から逃げ出す会社員。

 そんな会社員の姿を見送る立川とウドは、『イェーイ!!』とハイタッチを交わしている。


 血も涙もない奴等だな。

 会社員を見て見ぬ振りをした俺が言う台詞ではないけどさ……って、そう言えばもう一人仲間が居た筈だよな?

 本名は知らないけど『デク』と呼ぶ大柄の男性で、俺の首の後ろに『アテンションカード』を張り付けた極悪人。

 そいつは何処にいるんだろう?

 昨日の怨みを晴らしたいから居場所だけは知っておきたいのだが……。


「一旦戻るとするか。デクのカレーが待ってるし」

「そうッスね、アニキ! 腹が減っては戦は出来ぬッス!!」


 丸い腹をさするウド。

 その姿に『食いしん坊だなァ、ウドは』と、口に出しながら歩を進める立川であった。


 家、あるいは拠点に戻るつもりかな?

 もしそうなら物資を手に入れるチャンスなんじゃね? ついでに昨日の怨みに対する報復を実行出来るだろうし……よし、尾行するか!


「待ってくださいッスよ、アニキ~。戦利品が多いせいで、リヤカーが無茶苦茶重いッス!!」


 ガラガラと音を立てるウドは、安っぽいリヤカーを引っ張っている。それも大量の物資が積まれたリヤカーである。


 宝の山じゃねぇかッ!?

 一体どうやってこれだけの量を手にしたんだ、コイツ等は……うん? リヤカーに積まれてる物の大半はリュックサックなどの鞄だな……しかもパンパンに膨らませて――ま、まさか!?


「それにしてもアニキ!! スーパーではなく他人の物資をターゲットにするなんて、頭が切れるッスね!!」

「おいおい、照れるから褒めンじゃねぇよ……。スーパーに向かうより、他人の物資を奪った方が確実。ンな事は誰でも思い付くだろ……まぁ、実行する度胸があるか無いかの違いだな」


 クズ野郎が得意げに語ってんじゃねぇよ!!


「あン……?」

「(ビクッ)!?」


 不意にこちらを見る立川。

 その事にキョドる俺であったが――


「どうしたんッスか?」

「いや……なンでもない。ちょっと気配がしたから後ろを振り向いただけだ……とは言え、警戒するに越した事はないがな」


 二人の足を止めたのは一瞬だけであり、直ぐに移動を再開するのであった。

 どうやら俺の存在は気付かれなかったようだ。


 危ねー。

 バレたら一巻の終わりだったぜ……。クズ野郎に見付かったら何されるか分からないし……。

 なのでもう少し距離を取りながら尾行を再開しよう――っと、そろそろ動くか。


 ダンボール亀のまま尾行を再開する。

 もちろん立川とウドとの距離を確保した上で。

 またゴミ捨て場に隠れるなど、『尾行されている』と2人に発覚されないよう心掛ける。

 そしてしばらく二人の後を追うと、そこそこ立派なマンションに辿り着いた。15階建ての綺麗なマンションである。


「あ、アニキ~……。荷物は少しずつ運んだ方が良いんじゃないッスか~~」

「バカヤロー!! 一度に全部持っていかないと盗まれるだろうが!!」

「それはそうッスけど、大量の荷物を抱えて10階まで登るのは勘弁して欲しいッス!! エレベーターが使えるなら話は別ッスが……」


 グチグチ文句を垂れ流すウドは、リヤカーから大量の荷物を取り出している。

 両腕をショルダーハーネスなどの持ち手に通し、空いた指先にはダンボールと言った姿である。


「停電中だから諦めンだな。それとマンションの中だからって油断すンじゃねぇぞ。モンスターが入り込んでいる可能性があるからな」


 リヤカーが盗まれないようチェーンを掛ける立川。

 続いてウドと同じように荷物を抱え、ウドと一緒にマンションの中に消えてゆく。

 そんな二人の様子を見届けた俺は、ダンボール甲羅を背負ったままマンションの内部――エントランスホールに侵入した。


 こちらハヤト、潜入に成功した――なんてステマの俺が言う台詞じゃねぇか……っと、目的の階は10階だったな。

 立川とウドの会話を盗み聞きした際、10階に向かうと言っていた。エレベーターが使えない事も……はぁ、頑張って登るとするか。停電で真っ暗な階段を――って、


「随分と明るいな……」


『これから暗闇の階段を登る』そう覚悟していたが、予想に反する光景を目の当たりにした。

 それは周囲を照らす光源の存在。まばゆい輝きを放つクリスタルであり、高さ30センチ幅10センチの歪な円柱サイズのクリスタルが、階段の踊り場の隅に設置されているのだ。それも一つだけではなく、沢山のクリスタルが置かれている。

 つまり停電中とは思えない程の明るい空間が広がっているのだ。ラノベの小さな文字を読むのに苦労しないレベルの明りである。


『鬼火、あるいはウィル・オ・ウィスプと呼ばれるモンスターのドロップアイテムだそうです。また『ライトクリスタル』と呼ばれるマジックアイテムでもあります』


 神使の念話を聞き取った俺は、ライトクリスタルをマジマジと観察している。


 停電中には持ってこいのアイテムだな……うん、欲しい。

『鬼火』だっけ?

 そのモンスターは強いのか?

 それと何処に行けば遭遇できると思う?


『鬼火の強さはゴブリンより弱いですが、仕留めるのが困難です。そもそも鬼火は宙を浮くタイプのモンスターなので、遠距離攻撃手段が必要になります。また中途半端な攻撃はかえって危険なので、なるべく避けた方がよろしいかと……』


 どれぐらい危険なの?


『目に見えない衝撃波を放つそうです。それもタイキックの10倍ぐらいのダメージだと、他の契約者から報告を受けています』


 他の契約者って田○じゃね? ノッポの体型と、しゃくれた顎。驚くとオーバーリアクションでビビる芸人……ってか、余計な情報を掘り起こして何になるんだ、俺は……?


『それと鬼火は夜中に出没するモンスターであり、人畜無害なモンスターでもあります。こちらから危害を加えない限りですが……まだ続きますか?』


 いや、十分だ。

 ありがとな、神使。


『構いません。むしろ情報提供は神使の役目でもあります。なので気になっている事は遠慮せずに質問してください』


 分かった。

 けど今は大丈夫だ。

 二人を見失うのは不味いから、また今度よろしく頼む。


 神使とのコミュニケーションを終えた俺は、足音を立てない様ゆっくりと階段を登り始める。当然ダンボール甲羅を背負った状態で……。

 そしてしばらくするとウドらしき声――驚きの叫びが聞こえてきた。


「モンスターと遭遇したのかな?」


 もしそうならコンバットナイフを瞬時に取り出せるようにしておこう。不測の事態に備えて。


「この化けイヌがッ!!」

「キャインッ!?」


 立川の怒声と犬の悲鳴が俺の耳に入った。

 それと階段から転げ落ちる音が徐々に大きくなり、俺のすぐ横にモンスターらしき物体が落ちてきた。


「く、クゥ~ン……」


 短い鳴き声を放った後、『ガクリ』と床に倒れ伏すモンスター。

 それは犬の頭を持つゴブリンに見えた。


 コボルトかな?

 ゴブリンと同じくRPGに登場する雑魚モンスター……だよな?


「仕留めたッスか!?」

「多分な。手応えがあったし……おっ、経験値が入った」

「流石ッス、アニキ!!」

「まーな……ってか、驚きすぎだろ! コボルトなんてゴブリンと同じ雑魚だぞ」

「それはそうッスけど、急に現れたらビックリするッス。けど次から気を付けるッス!」

「そうしてくれ……ンじゃ、行くぞ」


 ここで二人の会話が終わり、二人分の足音が聞こえた。それも足音が緩やかに遠退いていくのが分かった。


 モンスターの生死は経験値のアナウンスで分かるけど、ドロップアイテムの有無は確認しないのか?

 こちらにやって来るのは勘弁したいけどさ……。


「さて、ストーキングを再開するか」


 昨日の怨みに対する報復と物資の奪取を目的としている俺は、二人の後を追いかける。それはコボルトなどのモンスターに奇襲攻撃されないよう、周囲を確認しながら階段を登る俺でもあった。


 それから十分程経過すると、目的の階に到着したのである。


「し、死にそうッス……」

「残り20メートルあるか、無いかの距離だぞ。いいから黙って歩け」

「手厳しいッス、アニキ~」


 階段付近の物陰に隠れている俺は、共同通路を歩く二人を確認した。

 山盛りの荷物を抱える立川とウドの姿だ。両足をプルプル震わせ、ヨロヨロとふらつく二人でもある。


 疲労困憊のようだな……。

 いっそこのまま背後から襲った方が良くね? そう思う程の疲れ具合だ。


「おい、デク。今帰ったぞ! 開けてくれ!」


 玄関のドアを軽く蹴飛ばす立川。

 しばらくすると玄関のドアから大柄の男性――デクがのそりと現れる。


「大漁の様だな、トオル……」

「おうよ。カモが沢山居たんでな! 思わず乱獲しちまったぜ!」

「そうか……まぁ、話の続きは部屋の中でしよう。取り敢えず上がんな……もっともお前の家だから、『おかえり』とでも言った方が良いか?」

「絶世の美女ならともかく、老け顔のデクからはノーサンキューだ。胸焼けする」

「締め出すぞ……」

「家主は俺だが……」


 立川とデクの喧嘩が始まる――そう思った矢先、


「アニキ~~。疲れてるから喧嘩は後にして欲しいッス……。と言うより、アニキは疲れてないんッスか……?」


 二人の口論に割り込むウド。


「チッ……、ウドに免じてここは許してやる」

「先に喧嘩を売ったのはトオルだと思うのだが……まぁ、それは置いておこう。俺のカレーが不味くなる」


 怒りのトーンが霧散されていく。

 そして三人(立川、デク、ウド)が玄関のドアの向こうに消えていくのを確認する。


「これで居場所は把握したな……。そんで報復と物資の奪取に移りたいのだが――」


 未だにダンボール甲羅を背負う俺は、次のミッションについて作戦を考え始める。


 火責めなんてどうかな?

 三人相手に勝てるとは到底思えないし、ローリスクで仕留める事が出来そうだが……あ、駄目だ。場所が悪すぎる。

 他の住人が居るマンションでは、第三者に被害が及ぶ可能性があるからだ。それに消防が機能していない以上、被害が大きくなりすぎるかもしれない。

 あと奪取する予定の物資も灰になってしまったら元も子もない……火責めは却下だな。人道的にもアレすぎるし……。


『マスター、少しよろしいですか?』


 不意に神使の念話を感じた。

 その事に『どうした?』と思念で返事する。


『報復など次の行動について考えるのは構いませんが、早めに行動をした方がよろしいかと……。日暮れまで一時間もありませんので』


 午後六時十五分。神使スマホの画面に表示されている。


『撤退する事も視野に入れてください。もっとも最終的に判断するのはマスターですので、良く考えた上で行動してください』


 撤退かぁ……。

 それも収穫無しで家に戻るのはちょっとなぁ……。

 でもクズ野郎の居場所を突き止めたので、無駄足ではないのが唯一の救いだが……。


「……家に帰るか」

『賢明な判断かと』


 無念の撤退を決めた俺は、ダンボール亀のままこの場から動き出そうとする。

 そんな時――


「留守番したいッス、アニキ~~」


 ウドの情けない声が俺の耳を打つ。

 10階から1階に戻ろうとする俺の耳にだ。

『なんだろう?』そう思い戸惑っていると、複数の足音が聞こえてくる。十中八九俺の元――ではなく、階段を利用するつもりだと直感した。


 半分の確立だが上に逃げるとしよう……。来るなよ、来るんじゃねぇぞ、来たらコンバットナイフでぶっ刺すからなッ!!


「俺の我儘に付き合って貰って悪いな……。でも俺一人で大丈夫なんだが……。急いで歩けば往復で二十分掛かるかどうかの距離だし」

「そうそう。デクもこう言ってるし、家でゆっくりしま――グヘッ!?」

「ぐちぐち文句言うんじゃねぇよ、ウド! それで福神漬けを取りに行くだけなんだよな?」

「ああ。手作りの福神漬けを取りに行くだけだ。カレーには福神漬けが無いと駄目だろう」

「別に無くとも問題ないッスけど――グフッ!?」

「ふざけんじゃねぇぞ、ウド! カレーには福神漬け! それだけは絶対に譲れん! そうだろ、トオル!!」

「お、おお……。カレーには福神漬け……うん、確かに欠かせないな」


 三人の足音が徐々に遠ざかる。

 それと話し声も遠退いて行くのが分かった。

 どうやら1階――それも屋外に向かっているようだ。デクの手作り福神漬けを求めて……。


 そしてそれは物資を奪取する絶好のチャンスが訪れた事を意味するのであった。

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