二十二話 脱出
クズ野郎が集めた物資をシロのマジックバッグに収納すると同時に、犯行の発覚を遅らせる為の偽装工作をする俺とシロ。
そしてそれは十分以内に終わらせる事が出来たのである。
「行くわよ、ザキ」
俺の事を『ザキ』と呼ぶシロは、黒と茶色の迷彩柄のマジックバッグを肩にかけている。
「ちょっと待ってくれ、シロ。憎いクズ野郎のアジトに侵入したのだから、ちょっとした置き土産を仕込みたいんだけど……」
ニヤリとした笑みを浮かべる俺は、カレーの匂いがする鍋を見つめている。テーブルの上に置かれた鍋である。
「何する気よ……。山賊に危害を加えるのは正直どうでもいいけど、時間を浪費するのは反対よ」
「直ぐ済ませるつもりだ。このマジックアイテム『トリニダード・スコーピオン』をカレーに入れるだけだ」
ボストン型の学生鞄から赤い粉末が入った瓶を取り出し、シロにまじまじと見せ付ける。
「劇薬はちょっと勘弁してよ……。山賊がもがき苦しむのはいいけど、毒殺するのは止めて。夢見が悪くなるから」
「安心しろ。中身は香辛料だ。世界一の辛さを持つ唐辛子だがな」
「世界一の辛さを持つ唐辛子をカレーに混入って、しょぼい悪戯ね……」
「この唐辛子の破壊力を知れば、『しょぼい悪戯』を撤回したくなるぞ」
そう言いながら食いしん坊のニアを悶絶させた唐辛子『トリニダード・スコーピオン』が入った瓶を開け、それを美味しそうな匂いを漂わせるカレーにぶち込ませた。
「ヒィ~ッヒヒヒ……。昨日の怨みに対する報復、味わって貰いたいのぅ。ヒヒヒ……」
邪悪な魔女が作るスープの如く、奇声を上げながらカレーをかき混ぜる。鍋の近くにあったお玉で。
「これで完成っと。クズ野郎のもがき苦しむ様が目に浮かぶのぅ、シロや……」
「私に振らないでよ、おじーちゃん……。なんて馬鹿な真似してないでさっさと行くわよ! 山賊が戻ってくる前に「ガチャッ」」
不意にドアが開け放つ音が聞こえてきた。
リビングのドアからではなく、その向こう――玄関がある方向からである。
チィ……!
もう戻って来やがったのか!
若者らしく寄り道とか、モンスターに食い殺されてしまえばいいものを!!
「こっちよ!」
シロが俺の腕を引っ張る。
玄関がある方向とは別の方向――バルコニーに連れ込む形で。
「ようやく休めるッス~~」
バルコニーに避難を終えた瞬間、ウドの呑気な声が耳に入った。
続いて『ドカドカ』と無遠慮に入ってくる立川とデクの足音も耳に入った。
ギリギリセーフだぜ……。
もっとも今居る場所が十階のバルコニーなので、逃げ場が無いのが難点だが……どうしようかな?
自分の実力を信じてロッククライミングの真似事でもするか? 命綱無しで……。
「私に付いて来て」
帰宅したクズ野郎共に見付からない様物陰に隠れていると、シロの小声が聞こえてきた。
『何かあるのか?』そう口に出さずにシロの姿を見ると、小さな手を『こっち、こっち』と手招きしているのが目に入った。
何を伝えたいのかよく分からんが、取り敢えずシロの近くに寄ってみるか……。
ひょっとしたら脱出する方法があるかも知れないし。
「あれを見て」
くの字に曲がった先を指差すシロ。
その指先には金属製のパイプと頑丈なワイヤーで作られた避難ハシゴが掛けられていた。
それも上の階――十一階に続くハシゴである。
「シロの潜入路兼脱出路か?」
「そうよ。私が先に上がるから、ザキも急いで来てね」
ワイヤー製の避難ハシゴを登りながら話すシロの動向を見守る。万が一シロが落ちて来た時に備えて……。
「ッ!?」
顔を真下に逸らす。
見てはいけないものを見てしまったからだ。
それとシロに気取られないよう、出来るだけ平静を整える俺でもあった。
「よいしょっと、……いいわよ。早く上がりなさい――って、何で真下を向いているのよ……あっ!?」
「ど、どうした!?」
シロの声に思わず視線を上げる。
すると恥ずかしさに顔を赤らめるシロの目が合った。
「……見た?」
「イエ、ミテマセンヨー」
レースが入ったピンクの布きれなんて、俺は見てませんよー。つーか、事故なので勘弁してくれッ!!
「分け前カット」
「グハッ!?」
【ハヤトは心に100のダメージを受けた!!】
「ワザとじゃないから許してくれよ……」
「ハシゴ回収の刑よりマシでしょ。いいからさっさと上がりなさいよ」
「了解っと」
目の前にある避難ハシゴを慎重に登る。
そして数分も経たずに十一階のバコニーに辿り着いたのである。
「ハシゴ回収しておいて」
「イエス、マム」
シロの命令を忠実に実行する。
クズ野郎が空き巣の被害に気付く可能性がある以上、ハシゴを回収するのは理に適っているからだ。白いワンピースの中を覗いてしまった負い目もあるが……。
「……ふぅ、終わったぞ」
「お疲れ様。あとは一階まで私を護衛してね。分け前が欲しかったら」
「護衛するのは別に構わないけど援護だけは頼むよ、マジで……」
そう言いながら夕焼けに染まる街並みを見下ろす。
すると真っ黒の煙が幾つも上がっているのが見えた。自動車、家屋、店舗、様々な場所、様々な方角から煙が上がっている。
また大小様々なモンスターが闊歩しており、それらに抵抗あるいは逃げ惑う人々の様子が目に入った。
「血の池地獄みたいね……。真っ赤に染まった世界でモンスターに追われる人々……見ていて嫌になる光景よ、全く……」
眼下に広がる景色の感想を口にするシロは、不機嫌な表情を出している。俺も似たような表情を浮かべているのだろう。
「同感だな……っと、そろそろ行くか。夜道を歩きたくないんで」
「私も夜道だけは歩きたくないわよ。それより急ぎの用事があるからさっさと行動に移って貰いたいんだけど」
「急ぎの用事って?」
「ザキに話す義務あるかしら?」
拳銃をチラつかせるシロ。
「……無いな」
「だったら早く行きなさいよ。ちなみにこの部屋は空き家だから遠慮する必要ないわ」
「OKだ、シロ。俺から離れんじゃねぇぞ」
バルコニーからリビングに向かう俺とシロ。
そしてそのままリビングから玄関まで移動し、ゆっくりと十一階の共同通路に足を踏み入れる。
「誰も居ないみたいだな……。モンスターも」
「少なくとも目に見える範囲は――でしょ。油断してるとモンスターに食い殺されるわよ。もしそうなったら私の独り占めだから、むしろ願ったり叶ったりだけど……って、現れたわよ!!」
唐突に拳銃を構えるシロ。
その銃口は共同通路の奥から現れたモンスター『コボルト』に向けられている。
「出番よ、ザキ!」
「分かってる……一応言っておくけど、俺の背中を撃つんじゃねぇぞ!」
護衛対象のシロを背中に隠す様に前に出る俺は、『コボルト』と言う名の脅威を排除する為、学生鞄からコンバットナイフを取り出す。
ハーフパンツとアロハシャツの貧弱な防具を身に着けている以上、ダメージを受けずに一撃で倒した方が良いだろう。つまりカウンター狙いだ!!
「ウオーン!!」
「そこだッ!!」
俺の命を狙うコボルトと交差する。
そして――
「ガヒュ……!?」
コボルトの喉から笛を吹く音が聞こえてきた。
またコンバットナイフを持つ手から生暖かい液体に濡れる感触を覚えた。
「運が悪かったな、コボルト……」
憐憫の目を向ける俺は、瀕死のコボルトを横に受け流す。
するとコボルトの姿は跡形もなく消滅し、代わりに経験値のアナウンスが俺の脳内を響かせる。
『経験値を10獲得しました。GPを5獲得しました』
ゴブリンを倒した時と同じ戦果だな……。見た目もゴブリンと同じ体格をした犬の獣人だからか?
「上手く仕留めたようね……なら、急いで下に向かうわよ!」
シロは姿なきコボルトの血溜まりを一瞥し、階段がある方向に足を動かす。もちろん俺もシロの前方を歩く形で同伴する。
「ボディガード代、奮発してくれよ」
「考えておくわ。それより周囲の警戒をしなさいよ。階段なんて死角が多い場所を利用しているんだから」
「それもそうだな――って、またコボルトかよ!」
階段で一階を目指している途中だったが、先程のモンスターと同じコボルトと遭遇してしまった。それも階段の踊り場で遭遇したのだ。二体のコボルトに。
「ウオーン!!」
「邪魔だッ!!」
飛び掛かるコボルトに渾身のヤクザキックをぶち込ます。
「キャイン!?」
俺のヤクザキックを真面に受けたコボルトは、悲鳴を上げながらコンクリートの壁に激突した。
生死の判断をする暇は無い!
二体目のコボルトに攻撃をしなければ――
「伏せて!!」
「――ッ!?」
シロの短い言葉が耳に入った瞬間。俺は慌てて床に寝転がる。シロの必殺の武器――拳銃を使用するのだと直感したからだ。
「死になさい!!」
冷酷な言葉を吐き捨てるシロ。
続いて一発の乾いた銃声が辺りを響かせる。
「ガフッ……!?」
大量の血を吐くコボルト。
その胸の中心には一発の銃創が深く刻まれている。
『どう見ても致命傷だ』そう判断する間も無く、コボルトが消滅していくのが見えた。
手の届かない距離から一撃必殺はえげつないな……っと、俺のキックを受けたコボルトはどうなったんだ?
「く、クゥ~ン……」
俺のヤクザキックを受けたコボルトは、床に倒れ伏したまま鳴き声を上げてる。
そして間を置かずに消えてゆくコボルトを把握した。
『経験値を10獲得しました。GPを5獲得しました』
無味乾燥のアナウンスが聞こえてきた。
それは二体のコボルト戦に勝利した
「怪我無いわね?」
「ああ」
「なら先に進みましょ」
俺とシロは周囲を警戒しながら階段を下りる。
近接武器を持つ俺は前方を。遠距離武器を持つシロは背後に。そんな隊列で一階を目指している。
それから二人がマンションの外に出るまで十数分掛かったのである。
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