二話 状況把握

 ゴブリンが攻めてくるかもしれない。

 そう考えた俺は切れ味が良さそうな包丁と、建築会社に勤めている父さんの金槌を用意した。

 そんな俺は一階にあるリビングのソファーを盾にするように隠れていた――――のだが、十分以上経過してもゴブリンが家に攻めてくる気配が全くなかったのである。


 気づかれなかったのか……?

 もしそうなら戦闘態勢はいったん解除した方がいいかな?

 そんで家の戸締りについて一応確認すると同時に、カーテンを閉める――うん、その方がいいと思う。ついでに窓シャッター……は閉まったままだったな。


 両親が『朝早く家を出るから』と昨日の夜言ってた。それと『窓シャッターは閉めたままにしておくから』とも言っていた。地味にありがたい。ただリビングの間が暗いけど。


 ****************************


「……ふぅ。これで大丈夫かな?」


 家と外につながる窓と玄関を確認した俺は、リビングにあるソファーに腰を掛けた。


 さて、これからどうすればいいんだろう?

 外にはゴブリンが単独、あるいは複数が徘徊している。

 それも女性を棍棒で滅多打ちにする事を厭わない存在。まるでRPGに出てくる『モンスター』そのものである。

 そんなモンスターに対し非力な俺が取れる行動と言えば、警察や消防に通報する事だけである――のだが『ゴブリンが女性を襲っている』なんて通報を信じてもらえるだろうか……?


 そう思案しながらスマホの画面を見る俺。すると――


『回線がパンク状態なので、警察どころか消防も連絡が取れません。それと家族の場合は別の理由で通話が不可能であります』


 俺の考えを読み取った正体不明のアプリ。そのアプリによって半ば強制的にメッセージが表示されたのだ。それも家族との通話が可能かどうかまで尋ねてもいないのに『家族と通話は不可能』と表示された。かなり親切である。


「回線がパンク状態……だと?」


 ひょっとしてゴブリンを把握したのが、俺だけではないのかもしれん。それでゴブリンについて通報が相次いでいる。そう考えれば辻褄が合うと思う。


「……うん? 家族の場合は別の理由で――って、何の事だ?」

『それはマスターが首都圏内に存在し、マスターの家族は首都圏外にいるからです。詳しくはテレビを見た方がよろしいのでは? マスターの母親からテレビを見る事を推奨されたのでしょう』


 一理ある。

 母さんからの電話で『テレビを見て』と言っていた。

 それと戒厳令が発令――って、戒厳令ッ!

 ダークファンタジーに登場しそうなゴブリンが、女性を惨殺するという異常事態のせいで戒厳令の事をすっかり忘れてた! 


『テレビを見るならば消音の状態する事をお勧めします』


 全くもってその通りだ。

 アプリの忠告を素直に受け止め、リビングにある40インチ以上のテレビの電源をONにする。

 もちろん電源のボタンを押すと同時に音量の『-』を連打。するとテレビの画面に見慣れたおじさん――内閣総理大臣が、無音で映し出された。それと完全武装した自衛官が、内閣総理大臣の両脇に控えている。


 かなりヤバい状況だと、一瞬で理解できた。

 特に完全武装した自衛官の目つき。

 どう見ても総理大臣に危害を加えたら無警告で発砲しますよ――と、目が語っているように見える。

 そんな自衛官を両脇に固める総理大臣のメッセージは、確実に悪い内容だと簡単に予想できた。

 それと総理大臣の上に表示されているテロップ。

 そのテロップには『視聴者の安全を確保する為、可能な限り音量を低くしております。また字幕を表示しているので、消音で視聴することを強く勧めます』と異例な事が書かれている以上。

 かなりヤバい状況どころか天変地異の前触れだと勘ぐっても仕方がないと、俺はそう思った。


『――把握してる内容を繰り返し伝えます』


 深刻そうな表情で口パクをする総理大臣――ではなく、総理大臣の下に表示されている字幕を読み取る。


『本日の午前十時ジャスト。我が国の首都圏全域が謎の壁によって孤立しました。その壁は青白い光を帯びた透明なガラスを想像してください』


 総理大臣の口の動きが止まる。

 すると総理大臣から立派な道路が映し出され、それと同時に『東北自動車道。茨城県から福島県に続く県境 午前十時五分三十秒』と字幕が表示された。

 その東北自動車道の左側――北上するコースである道路が、原型を留めないほどの大破した車によって通行が制限されているのだ。しかも一台だけではない。映像を見る限り十台以上が大破に近いダメージを受けている。

 そんな大事故を起こした車の先には『青白い光を帯びた透明な壁』が天高く直立していた。


『この透明な壁は時速100キロで走る自動車でさえ破損は認められなかったそうです。また透明な壁は地中にも貫通しています。水の中も同様だそうです。さらに電線やガス管などライフラインが壁によって遮断されました。なのでこのテレビ放送もあと数時間で沈黙することになるでしょう』


 悲惨な事故現場から日本地図が映し出された。


『問題の壁は茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、山梨県の首都圏全域を囲っております。ただし小笠原諸島などの離島は影響下にありません』


 総理大臣が述べた首都圏全域が青く塗りつぶされる。それと同時に赤い線が首都圏をなぞるように書き加えていく。


『東京都や千葉県など海を接する場合は、海上の20キロ先に壁があるそうです。また壁の出入り口はまだ把握しておりません。それと航空自衛隊からの報告ですが、壁は宇宙空間まで到達してる可能性があるそうです』


 日本地図から再び総理大臣の姿が映し出される。


『壁についてもう少し詳しく説明します。首都圏を包囲する壁の材質は不明であり、物体や人間が通り抜けることは不可能です。また電波にも影響が出ています。壁が発生した当初は問題なかったのですが、徐々に影響が出始めました』


 ああ、そういう事か。

 アプリが俺の家族と連絡が不可能だとメッセージがあった。

 それは首都圏内と首都圏外を阻む壁のせいだと理解した。


『――以上、壁についての説明を終えます。そして次の報告は壁の内部に起きた異常事態について説明したいと思います』


 壁の内部――首都圏内に起きた異常事態と言うのは、やはりゴブリンの事なのだろうか?


『午前十時ジャスト。壁が突然現れたと同時に見た事もない生物がいる、と警察や消防に通報が相次いだそうです。それと警察官から化け物が市民を殺傷している、と報告がありました』


 深刻そうな表情で口を動かす総理大臣から、都内らしきの光景が映し出された。

 ガラス張りの高層ビルと、景観を損ねない範囲で作られた独創的な建築物。その足元には綺麗な大通りが数キロ先まで伸びている。

 そんな大通りは地獄絵図のようになっていた。


『た、助けてくれー!!』


 若い男性たが悲鳴を上げながら緑の餓鬼――ゴブリンの集団から必死に逃げ回っている。


『痛い、痛い……や、やめてくれー!!』


 年老いた老人を馬乗りするゴブリン。その手にある棍棒は、老人の頭にむけて振り下ろそうとする。


『嫌ッ! た、助けて……な、なんでもする――いぎィィィ!!』


 涙目を浮かべながら周囲に助けを求めるOL。その脇腹を黒い狼が噛みつき、内臓を引きずり出そうとしている。


『ひ、ヒィィ……あ、あ……た、助け』


 黒い狼に蹂躙されるOLの姿に腰を抜かす少年。その小さな体を丸呑みしようとする赤い大蛇――の所で映像が切り替わる。

 そして静止したゴブリンが、テレビ画面の中央に映し出された。


『先ほどの映像に出た生物は、壁の内部に突然現れました。それも数百種類にも及ぶ大群です。数百匹ではなく数百種類の生物――いえ、『モンスター』と呼ぶに相応しい危険極まりない存在が、壁の内部を闊歩しています』


 静止したゴブリンから、複数の黒い狼が映し出れる。その黒い狼から、五メートルを優に超える赤い大蛇。その赤い大蛇から、布きれを纏う一つ目の巨人。その一つ目の巨人から何々――といった具合で様々なモンスターを紹介し、最後には総理大臣が映し出された。


『そんな未曾有の大惨事を把握した私は、つい先ほど首都圏全域に戒厳令を敷きました。本来なら国会の承認が必要ですが、市民を保護する最善手が自衛隊の無制限活動であると私は確信しております』


 戒厳令とは、非常時に軍隊(ここは日本だから自衛隊)に統治権を委ねる事である。


『最後は首都圏内にいる全ての人間に伝えます。現在の状況は最悪と言っても差支えません。現にモンスターの跳梁によって治安維持が崩壊寸前です。自衛隊に武器制限などありとあらゆる制限を解除しておりますが、皆様の安全が確保できません。また壁による物理的な障害あるため、外部からの救助は絶望的です。ですが――』


 字幕が急に途切れたと思った瞬間。総理大臣の両脇に控えていた完全武装の自衛官が、総理大臣の盾になるように前に出た。


 タン、タン、タタタ……。


 消音で視聴していたはずなのに銃声が聞こえた気がした。


『モンスターです! モンスターが官邸の内部に侵入されました!』


 姿勢を低くしながら懸命に伝える総理大臣。その総理大臣の元に複数の自衛官が駆けつける。


『最後に重要な事を伝えます! スマートフォンを確認してください! スマートフォン――スマホを持ってない方は、持ち主不明のスマホが手元にあるはずです! いいですね、スマホを必ず確認してください! それとこの映像はテレビ電波が正常である限り永続的にループします――以上!!』


 そこで映像が大きく乱れ、しばらくすると一番最初に見たシーンが映し出された。


『――把握してる内容を繰り返し伝えます』


 ループ再生が始まった。

 そう理解した俺はテレビの電源をOFFにした。


「さてスマホを確認するか」


 総理大臣の遺言――まだ死んでないかもしれないが、スマホを必ず確認してください、と必死で訴えていた事を思い浮かべながら、スマホの画面を見る。

 すると『なにか知りたい事がありますか?』とメッセージが表示されていた。


「そうだな……色々あるけど、お前は何者なんだ?」


 最初から核心にも迫る質問をアプリにぶつけてみた。


『一言で申し上げれば神使しんしです。日本の神――八百万の神が、人間を救うために作り上げたAI、それが私です』


 神様って存在するんだ……。


『存在します。ついでに申し上げると、首都圏を覆う壁――結界を作り上げたのは八百万の神です』


 ちょ、ちょっと待て! 

 壁を作り上げたのは神様だと……! 

 どうしてこんな逃げ道を塞ぐような真似をッ!!


『全ては異世界の侵攻を防ぐためです』


 異世界……だと?

 どういう意味だ?


『文字通りの意味です。異世界の侵攻――いえ、浸食の方が正しいかもしれません。モンスターが出没するといった異世界の常識が、この世界に広がりつつあります。その常識を食い止めるために結界を作り上げました』


 俺たちは生贄か何かですか……?

 大を生かすために小を切り捨てるのは合理的ではあるけど、血も涙もない鬼畜な行為だと思うんだけど……。


『また神使のシステムは異世界の常識を利用しております。強制的に結界を作り上げたお詫びとして無償で提供するそうです』

「……そうか。一応聞くけど何でここなんだ? 首都圏全域が異世界に浸食された理由はあるのか?」

『理由――ですか……。ありますが、知りたいのですか? 正直に申し上げると知らない方がいいと思いますよ。それより今後の活動方針を定めては如何ですか?』


 俺の質問に対して話題を逸らそうとする神使。その真意を問いただそうと口を開けたが、今置かれてる現状を思い出した俺は、神使の思惑に乗っかる事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る