十七話 アイテム

「ちょっと! いきなり変な物出さないでよ!!」

「『変な物』は言い過ぎだろ。まぁ、急に出したのは悪かったけどよ」

「全くよ……! それでコレは何なの? 今朝の『ガチャ』……だっけ? そのガチャのアイテムなの?」

「アイテムの出所は多分一緒だと思うけど、ガチャではなくクエストの報酬だ」


 食卓の上に出現したマジックアイテムは、『クエスト』の報酬で手に入れた。そんなクエストの仕様をニアに詳しく説明する。そして数分が過ぎた頃。


「また随分と出鱈目な能力ね……。モンスターではなく、神様が作った僕だと聞いた時は、ふざけてるのかと思ったわよ」


 俺のスマホ――神使を無遠慮にペチペチ叩くニア。それとローキックも繰り出している。

 何してんの、お前は……!? じゃれ合いにしては過激すぎるのもそうだが、テーブルの上で暴れるんじゃねぇ!!


「なによ、この出っ張り……えいっ」


『……!?』


 電気が流れた様な痙攣をする神使。そしてそのまま画面は真っ暗になり、糸が切れた人形の様に崩れ落ちた。


「何をしたんだ、ニア!」

「弱点を突いた……みたいな? 脇にある出っ張りに触れたら、こうなったのよ」

「……脇にある出っ張りだと?」


 ひょっとして電源ボタンだろうか?

 もしそうなら神使はスリープ状態にでもなっているのだろうか……おい、返事しろ。俺の声、聞こえるのか?


『も、問題ありません……ま、マスター』


 今にも死にそうな声が俺の脳内に飛び込んできた。どうやら無事(?)の様だ。


「ガチで心配したぞ。神使を失ってしまったら、お先真っ暗なサバイバルを送るハメに――って、何故もう一度押そうとしてるんだ!!」


 神使の弱点をもう一度突こうとするニアの姿を見た俺は、ニアの行動を妨害しようとする。

 しかしそれは一歩遅かった。


『……!?』


 再びスリープ状態に陥る神使。

 そして『な、なんの……これしき……』と復活を果たす神使であった。


「これ、面白いわね! どれどれもういっ「成敗!」ふぎゅ!?」


 神使のウィークポイントを攻めようとするニアの頭に、凸ピンをぶちかました。五割ぐらいの力を込めて。


『お手数おかけしてすみません、マスター。それとニアに制裁を加えてもよろしいでしょうか?』


 気持ちは分からんでもないが、今はスルーしてくれ……。それよりマジックアイテムについて説明を頼む。

 


「か弱い乙女の頭を叩くって、どういう神経してるのよ!!」

「やかましい! つーか、弱点を狙い撃ちするニアの方が悪いだろ……! それと静かにしてくれないか。目の前にあるアイテムについて色々と把握したいからさ」


 ニアに『あっち行け』と手を振る。

 その事に『ぶーぶー』と不貞腐れながら、青い液体が入った試験管の元に向かうニアであった。


「……邪魔なんだけど」

「見るだけよ。見るだけ」


 マジで見るだけにしろよ……。神使、アイテムの説明を頼むわ。


『承りました。では最初にニアの近くにある『マジックポーション』について説明します。もっとも名前の通り魔力を回復するアイテムです』


 魔力を回復ねぇ……。まだ魔法を覚えてないから無用の長物かな? それでも使う機会が訪れるとしたら、ニアの魔力が底を突いた時だろう。


『次は『盗人の手袋』について説明します。この手袋を装備すると、職業スキル『盗む』の成功率が上昇します』


 名前通りの性能だな。

 モンスターからアイテムを手に入れる機会が増えるのは良い事だし、素手を守るのに持って来いである。特に牛革(?)仕様で丈夫な作りなのが嬉しい――っと、装備してみるか。


「お、ピッタリだ! それと肌触りが良いし、滑り止めが付いてる」

「ねーねー、私のは? 私に似合う手袋とか無いの?」

「無いな」


 あったとして、何故お前にやらないといけないんだ……!

 それに人間である俺が、妖精専用の装備品を持っている訳ないだろ!!


「ぶー! ハヤトだけズルい!!」

「ズルかねーよ! 無いモンは無いんだから、潔く諦めるんだな!」

「じゃあコレ頂戴!」

「何が『じゃあ』だ……って、マジックポーションは飲み物じゃない! 魔力を回復する貴重なマジックアイテムだぞ!!」


 RPGの作品にもよるけど、MPを回復するアイテムは貴重だからな。そんなアイテムを飲み物扱いするのは、溝に流し込むのと同じ行為だぞ。


「魔力を回復するアイテムなら、私に打って付けじゃないのよ」

「だからって、今飲んでも意味ないだろ」

「味見だけでも!」

「却下」


 ニアに飲み干されないようマジックポーションを手に取り、神使に向かって『説明の続きを頼む』と念じた。


『手袋の次は煙玉です。地面など硬い物体に強く叩きつけるだけで発動します。すると煙が周囲に広がりますので、注意してください。また煙の成分は特殊な効果を持っています』


 どんな効果だ?

 八百万の神が作り上げたマジックアイテムだし、普通の煙玉では無いのだろう……。ひょっとして、毒の煙……いや、それだと使用者も被害を受けるか。


『毒と言えば毒ですが、使用者には効果が及びませんので安心してください。ちなみに毒の効果は、状態異常の『幻視』です』


 逃走用のアイテムにピッタリの効果じゃねぇか。そう思念を飛ばす俺は、拳サイズの白い玉――煙玉をまじまじと見つめていた。


『次は『トリニダード・スコーピオン』につい「う~ん、う~ん……」』


 ニアの唸り声が急に飛び込んで来た。

 その事に『どうしたのだろう?』そう思いながらニアを見る。トリニダード・スコーピオンらしき粉末が入った瓶のフタを開けようとしている。


「……いい加減にしないと怒るぞ。邪魔しない約束したのに、アイテムの価値を下げる行為をするな!」

「フタ取るだけよ! 取るだけ!」

「嘘つけッ!! 味見する気満々だろ!! 第一、食用なのか知らないんだぞ! 劇薬だったらどうす『大丈夫です、マスター』」


 神使の横やりが入って来た。

 そしてそのまま神使の念話が続ける。


『瓶の中身はトリニダード・スコーピオンと呼ばれる香辛料ですので、一口ぐらい摂取しても死にはしません。味については味覚を持つニアが説明した方がよろしいでしょう。きっと面白い感想を頂けるかと』


 そうかよ……なら、このままニアに味見させてやるか。アイスの件もちょっと悪いと思うし、ニアの我儘を受け入れてやろう。


 神使の提案に乗っかる事にした俺は、ニアの行動を見守り続ける。

 すると瓶のフタを開けるのに成功する姿を確認した。


「凄い真っ赤ね……。味見して良い? 良いよね? ではっ」


 俺の許可貰う前に、トリニダード・スコーピオンの味見を強行する。

 そんな幼稚な立ち振る舞いをするニアに、生暖かい笑みを浮かべるしか出来なかった。


 妖精の女王から取った名前だが、色々と早まったかなぁ……。

 ニアの並々ならぬ食欲を把握していれば、暴食ベルゼブブから名前を取っただろう……『ベル』とか良くね? ベルゼブブと同じ翅を持つ仲間だし……って、何故プルプル震えてるんだ?


「うがあああああぁぁぁぁぁ!!」


 絶叫と共に反り返るニア。


「か、辛いぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 後頭部を強く打ち付け、テーブルの上を転げ回る。


「ぎ、ぎいいぃぃぃぃぃ……の、喉がッ!! 喉が痛いぃぃぃぃぃ!!」


 喉を掻き毟る。

 それと目が真っ赤に充血し、『みずみずみずみず……』と、気持ち悪い声で延々と垂れ流す。

 そんな常軌を逸しているニアの姿に、俺は戦慄を覚えたのであった。


 おい、神使……。


『なんでしょうか、マスター?』


 トリニダード・スコーピオンってどんな香辛料なんだよ……? むしろホントに香辛料なのか? ニアの様子から見れば、兵器だと疑われても仕方がないんだけど……。


『正真正銘、香辛料です。ただし八百万の神が改良した一品ですが……。そもそもトリニダード・スコーピオンは、ギネス世界一の辛さを持つ唐辛子です』


 ギネス世界一って、マジかよ……ん? 改良って、どういう意味だ?


『農業を司る神が宴会の余興に使用する為、現世にあるトリニダード・スコーピオンを改良したそうです。それも気合の入った神通力を行使した結果、高天原一の辛さを持つ唐辛子が出来ました。ちなみに宴会の余興は地獄の有様だったそうです。高天原を統べる主宰神であるアマテラスオオミカミ様が口にした際、危うく天岩戸に引き籠る寸前だったとか……』


 馬鹿なの……?

 トリニダード・スコーピオンを改良した農業神は、頭のネジが外れた大馬鹿野郎なの……?


「みずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみずみず」


 ゲジュタルト崩壊しそうな言葉を呟き続けるニアは、ゾンビの様な足取りで俺の元に近づいて来る。


「言っておくが、マジックポーションはやらんぞ。麦茶ならOKだが」


 麦茶入りのピッチャーをそのままニアに差し出した。


「……(ごくごくごくごくごくごくごくごくごくごく)」


 1リットルの温い麦茶が、凄まじい勢いで消費されていく。それも20センチに満たないニアの中に。


 随分とファンタスティックな光景だな……。貴重な飲料物を消費させるのは仕方ないと割り切るとして――


「――危ねっ!?」


 空のピッチャーが俺の頬を掠めた。


「おかわりよ!」

「斬新なおかわりの仕方だな……! つーか、さっきのがラストだよ! それに飲み物は節約したいから我慢してくれ!!」

「うるさーい! おかわりったら、おかわりなのよ!! 口の中のマグマを鎮火させるのに水分が必要なの……!! 分かったらマジックポーションを私に寄越せぇぇぇぇぇ……!!」


 鬼の様な形相をしながら飛び込んできた。それは黒いGの必殺技を繰り出すかの様である――


「――うぉ!!」


 突然の攻撃に、思わず手を振り払う。

 すると俺の掌から柔らかい物体と衝突する感触を覚えた。


「げふっ……!?」

「あっ……悪い」


 飛び掛かったニアがテーブルの上に衝突し、『ひ、酷いわよ……』と短い言葉を吐き、静かに息絶える――かの様に見えた。

 そんなニアの元にゆっくりと近づく神使。


『妖精の生態について記録しておきましょう』


 そんな念話が聞こえると同時に、背面カメラからフラッシュを焚くのが見えた。


「……仕返しにしては、やり過ぎじゃね? 止めの一撃は結果的に俺がやってしまったけど、ニアの屍(まだ生きてるが)をさらすのは許してやれよ」


 むしろ一歩間違えれば、俺が被害者になりかねないんだけど、その事についてはどう思ってんだよ。


『ご安心を。ニアの食欲を把握していれば、マスターより先にトリニダード・スコーピオンの味見をするのは、分かり切っていましたから』


 恐ろしい奴だな……まぁ、いい。最後の『コンバットナイフ』について説明してくれ。


『畏まりました。ではコンバットナイフについて説明いたします。このナイフは鍛冶を司る神が作り上げた武器です。また特殊な効果はありませんが、『切れ味』と『頑丈さ』は普通のナイフの比ではありません』


 革製の鞘に収まれたコンバットナイフを手に取り、その鞘の中身を検めようとする。


 ふむ……見た目は、サバイバルナイフだな。それも鞘に刃を収めるタイプであり、折りたたみ機能の無いシースナイフだ。

 それと刃渡り30センチぐらいで、銀色に光るエッジが特徴的である。

 また背にあるギザギザの刃――セレーションだっけ? そのギザギザの刃が、海の暴力者『鮫』のイメージを思い浮かばせる。


『お気に召しましたか?』


 勿論だ。ちょうど攻撃力が欲しかったからな。

 そう思念を送ると同時に、コンバットナイフを『装備する』と強く念じる。そしてステータス画面を確認した。


『メイン』

 名前 黒崎颯人

 Lv 5

 性別 男

 年齢 17

 職業 シーフ Lv2

 装備 武器 コンバットナイフ(物理攻撃力 20)

    防具 桜木高等学校の制服(物理防御力 5)

    特殊 盗人の手袋(速さ&器用さ 5)

 状態異常 無し

 GP 215


 攻撃力が一気に上がったなぁ……。

 それと『盗人の手袋』の性能も有難い。特に俺の強みである『速さ』を更に強化されるのが嬉しい。


「クエストの報酬の確認を終えたし、後10分ぐらいしたら外に出ようかな?」


 神使から説明を受けた五種類のマジックアイテム。

 その内の装備品はそのまま装備する事にし、残りはボストン型の学生鞄の中に仕舞っておく。

 そして家に出る時間までソファーでリラックスする俺と、未だにテーブルの上で『返事がない、ただの屍のようだ』の役を務めるニアであった。

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