十六話 帰宅
オーク爆殺から家までの道中は、モンスターと遭遇&戦闘を避ける事が出来た。
そんな奇跡的な幸運に見舞われた俺達だったが、『人間』の存在を知らないニアと同行したせいで、家に辿り着くまで数時間も掛かってしまった。
『ねぇねぇ、ハヤト! アレはなんなの!?』
好奇心に支配されているであろうニアは、特段何もない普通の街灯を指差す。そんなニアの姿に、『夜道を照らす明りだ』と素っ気なく答えた。
『じゃあ、アレはなに!?』
道路上に放置されている自動車に驚きの声を上げるニアは、大都会の光景にカルチャーショックを受けた田舎者のようだ。
フロントガラスが蜘蛛の巣のように割れていたり、ボディが大きく歪んでいる自動車。それは何処からどう見ても事故車なのだが、元の形を知らないニアにとっては、興味の対象になりえる物体なのだろう。
『こ、これは……!?』
飲食店の入り口付近にあるガラスのショーケースの中身を凝視するニア。その視線の先には精巧な食品サンプルが並んでおり、口元から涎を啜る音が聞こえた。
それと『初めて見る物体なのに、これは食い物だと私の本能が囁いてるわッ!!』と、叫び声を上げながらショーケースを揺らしている――など、家に辿り着くまでのイベント『初めての人間社会を巡るニア』をクリアした。
もちろんモンスターに殺されたであろう犠牲者の姿を目に入る機会もあったが、恐怖に震えたニアの名誉を守る為、そのイベントについては割愛する。そして――
「ここがハヤトの家なの?」
自宅前に辿り着いたシーンから始まる。
「そうだ」
「ほ~……。色々とデカいわね……。ひょっとして偉い人?」
自宅の玄関前に立つ俺と、ウロチョロ飛び回るニア。そんな二人が家に着いた時刻は12時ジャストであり、真夏の日差しや気温がキツイ時間帯でもあった。
にも関わらず、ニアの様子は平然としている。おそらく知的好奇心に駆られているせいで、体感温度などがマヒしているのだろう。ある意味羨ましい……。
俺はニアのせいで疲労困憊だ。
異界浸食によって社会インフラが壊滅的であるが、屋外には文明社会の結晶が至る所にあり、それらに興味津々のニアと付き合ったせいで、精神的かつ体力的にも限界を迎えようとしていた。
モンスターと鉢合わせを避ける事が出来たとは言え、モンスターの姿を確認出来ないのは、少々不気味に感じるんだけど……。
それに生存者の姿を確認出来ない事も、不気味を通り越して恐怖を覚えるぞ。
もっとも『モンスター』か『生存者』、あるいは両者とも遭遇したいかと言えば、NOと即答するけどな。
モンスターと命を賭けたバトルは勘弁だし、生存者にニアの事を説明するのは面倒だからだ。特に生存者の方が色んな意味でヤバいかもしれない。架空の存在とされている『妖精』を見た結果、どんな化学反応を起こすか分からないからだ。
「……運が悪ければ殺されるかも」
「ふぇ……!?」
ニアの顔を見ながら物騒な言葉を吐く俺と、素っ頓狂な声を出すニア。
あ、悪ぃ……。生存者と鉢合わせた時の脳内シミュレートの結果を呟いちまった……めんご。
「私……殺されるの……?(ぐすん)」
「あ~……気にするな。それより家に上がろうぜ。ニアに美味しいアイスを食べさせると約束したしな」
涙ぐむニアに『美味しいアイス』と言った餌で誤魔化す俺は、自宅の玄関の鍵を開けようとする。
ちょっと待てよ。
俺のスキル『鍵開け』って、自宅の鍵とかも開けられるんじゃね? もしそうなら金庫の鍵とか、車の鍵も効果があるのかも……。
もっとも犯罪を犯すつもりはない。ただ緊急時に『鍵を開けないとヤバい』状況が訪れたら、躊躇せずに『鍵開け』を使った方が良いだろうな……なら、試してみるか。開けゴマ!
すると鍵穴から金属音が聞こえたのである。
「おっ、マジで出来たわ……。つーか、『鍵開け』を持っていれば、キーを探す手間が省けるな」
玄関のドアを開け、無遠慮に中に入る俺。当然ニアも俺の後を追い、『お邪魔します!』と元気よく声を出している。
「ふぃ~……。あ、靴は脱いで……いや、脱がない方が良いかな? モンスターが家の中に押し込まれる可能性があるし」
玄関ホールに踏み入った俺は、ニアに日本人宅のマナーを教えようとしたが、様々な可能性を考慮した結果、アメリカ式のマナーを推奨する事にした。
とは言え、土足で家に上がるのは抵抗があるなぁ……。けど命に関わるかも知れないから、気にせず土足で上がるとしよう。もっともニアに至っては靴を脱ぐ素振り所か、そのまま我が家の内部を探検してやがるんだけど……おい、少しは遠慮しろよ! それと『キャッホー』とか叫んでんじゃねぇ!!
「……腹減ったし、飯の用意するか?」
自宅の奥に消えていくニアを見届けた俺は、昼食の用意する為にキッチンに向かう。ニアと約束した『美味しいアイス』については、食後に出すつもりだ。
「ランチメニューは何にしようかな? カップ麺? パスタ? それとも面倒だけどチャーハン……って、炊飯器の中身は空っぽだった」
炊飯器の中身が空っぽであれば、米を研ぐなどの行動を起こせば良いのだが、自宅に帰って来たばかりの俺のヤル気はゼロなので、ご飯を使うメニューを諦めた。
けれども昼食そのものを諦めた訳ではない。
ただご飯モノ以外のメニューにしようと思っただけであり、『どうせなら賞味期限が近い物から食べよう』そんな合理的な理由も浮かんで来た。
よって冷蔵庫の中身を検めようとするが――
「……生温い」
冷蔵室の温度に顔を
故障は有り得ないだろう……。仮にそうだとしたら、不運すぎて涙が出て来るぞ。『天変地異』と呼ぶに相応しい現象が起きた首都圏内で、新品の冷蔵庫を手に入れる可能性は皆無に等しいから――ってか、冷静に考えると停電じゃね?
凶暴なモンスターが闊歩している以上、ライフラインに支障が来るのは時間の問題だろう。
『マスターの推理通りです。12時間前に首都圏全域がブラックアウトしました。原因は発電所や変電所などの電力関係先が、モンスターに襲撃されたそうです』
やはりか。
それで復旧の見込みはありそうなの?
『復旧の見込みは無いそうです。また他のライフラインも全てストップしました』
水道とガスも止まったのか?
『肯定。それと通信も途絶しました』
マジかよ……。
これからどうやって生活すればいいんだ?
水が無ければ4日で死を迎えるのは確実だし、真夏の地獄を乗り切るクーラーが使えないのは苦痛だぞ。
それと料理するのに必要不可欠のガスを使えない現状、料理のレパートリーが大きく制限される。また加熱が出来ないとなると、食中毒のリスクも考慮しなければならない。
「……まさに『三大ライフライン』だな。水道、電気、ガス、それらが途絶えたら絶望的じゃねぇか。もっとも『たら』じゃなくて、現に起きているけどな……はぁ、取り敢えず飯作るか」
三大ライフラインが途絶えた事に頭を悩ませる俺だが、改めて昼食作りに取り掛かるのであった。
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「う~ん……。食えなくもないけど、進んで食べたい味ではないわね……」
「昼飯の世話になっておいて、よくそんな口きけるな! 約束の『美味しいアイス』は抜きにしてやろうかッ!!」
ガスが使えなければカセットコンロを使えば良い。
そんな一家に一台あるであろうカセットコンロを活用した俺は、野菜たっぷりの『肉野菜炒め』を作り、たった今完食したのである。
「ちょっと! 約束は守りなさいよ!!」
二本の爪楊枝(箸代わり)の先端を俺に向けている。
「だったら文句言うんじゃねぇよ! お世辞にでも良いから『美味しいね』ぐらい笑顔で言えってのッ!!」
「お、美味しいわよ……。もう少し塩味が欲しい所だけど」
「賛辞か、嫌味か、どっちかにしろよ……ったく、ちょっと待ってろ」
食卓の上にある空の皿をシンクに移動させ、その近くにある冷蔵庫から『美味しいアイス』を取り出す。チョコレートとバニラのカップアイスである。
「一番美味しいバニラをやろう……。ニアとの出会いを祝して」
そんな耳触りの良い言葉を吐く俺だが、その魂胆はチョコレートのカップアイスを渡したくないだけであった。
「わーい、ありがとー!!」
「……ついでだからフタを取ってやるか」
子供の様な眩しい笑顔をするニア。
その姿に心が『チクリ』としたので、カップアイスのフタを取るのを買って出た。どのみちニアの体格では無理があるだろうし、カップアイスの中身を考慮すれば、俺が開けざるを得ないだろう。何故なら――
「やっぱり液体になってやがるー」
白い液体がなみなみ入っていた。
停電から12時間経過したので、バニラアイスは完全に溶けている。とは言え、まだひんやりと冷たい。その事実を知った俺は、『スプーンより、ストローの方が良いかな?』なんて事を呟きながら、ストローと共にバニラのカップアイス(液体だけど)を差し出す。
「……ミルク?」
「の様に見えるがバニラ風味の牛乳だ。甘くて美味しいぞ」
「ふぅ~ん……。どれどれ……」
完全に溶けたバニラアイスにストローを差し込むニア。そして液体を吸う音が聞こえて来た。
「……!?」
ニアの目が大きく開いた。
どうやら気に入ったようだ。それとも甘い物なら何でも良いのだろうか?
「飲みながらでも良いから、俺の話を聞いてくれないか? これからの事についてさ」
「……(ズズズ)」
音を立てながらバニラアイスを飲むニアは、首を『コクコク』と小さく頷く。OKのようだ。
「食休み……30分ぐらいしたら外に出ようと思うんだ」
「嫌よ。(ズズズ)暑いし。(ズズズ)」
「俺もニアと同じ気持ちだよ……。でもな、食料を多く確保したいんだ。特にミネラルウォーターが欲しくてな」
飲料物ではなく、『真水』が欲しいのだ。
インスタント・レトルト食品や、料理などに使う水。それらを手に入れる為、高温多湿の屋外に出なければならない。
「一人で行けば良いでしょ」
「家主に向かって言うセリフじゃねぇんだけど……!?」
「だったら取引よ。ハヤトの美味しいアイスを私に寄越したら、一緒に行動してあげるわ」
「何で俺のアイスをお前に……」
そう言い掛ける俺は、ある事に気づいた。
ニアのバニラアイスが溶けているなら、俺のチョコレートアイスも溶けてるんじゃね?
実際、俺の手に持つチョコレートのカップアイスから、液体が入ってる感じがするし……。
もしそうなら、このアイスは報酬としてぶら下げた方が良いだろう。
モンスターが居る外に、一人で行動するのは危険すぎるし、俺だけ苦労するのは癪だ――そう考えた俺は、チョコレートのカップアイスのフタを慎重に取り除く。
すると茶色の液体が入っているのを確認した。
「その取引、交わしてもらうぞ」
「むふふふ……。まっかせなさいよ!!」
二つのカップアイスを前にするニアは、満面な笑みを零している。
「――さて、ステータスの確認でもするか」
30分後にモンスターが居る屋外で活動する以上、準備は万端にしたい俺は、ステータスの確認――スマホの画面に視界を移す。
『メイン』
名前 黒崎颯人
Lv 5←NEW
性別 男
年齢 17
職業 シーフ Lv2←NEW
装備 武器 無し
防具 桜木高等学校の制服(物理防御力 5)
特殊 無し
状態異常 無し
GP 115
レベルが結構上がってるなぁ……って、職業レベルが2に上がってるぞ……! それと何で武器が無しに……ああ、今持ってないからかな――っと、次に移動してくれ。
『基本値』
スタミナ 35/35(+8)←NEW
マジック 20/20(+5)←NEW
物理攻撃力 16(+3)←NEW
魔法攻撃力 13(+2)←NEW
物理防御力 12(+2)←NEW
魔法防御力 9(+2)←NEW
速さ 25(+8)←NEW
器用 17(+2)←NEW
幸運 5
成長タイプ 速さ
次のレベルまであと 124
全体的に上がってる! やったぜ! けど幸運がヤバくね?
まるで『ふたご座の貴方は大ピンチを迎えるでしょう♪』なんて、朝の星座占いのコーナーみたいな感じだ……まぁ、それは頭の片隅にでも置いといて。次はクエストについて確認しておくか。
『クエスト』
クエスト受注一覧
仲間を作ろう 報酬 聖なるロウソク
ヒトカミダケを100体倒そう 報酬 癒しのベル
ゴブリンを10体倒そう 報酬 100GP
ダンジョン攻略しよう(初回) 報酬 暗闇のコート
スケルトンソルジャーを5体倒そう 報酬 200GP←NEW
オークを5体倒そう 報酬 200GP←NEW
Lv10以上達成 報酬 エリクサー←NEW
職業Lvを3以上達成 報酬 ダイナマイト←NEW
クエスト完了一覧
Lvを上げよう 報酬 マジックポーション
スケルトンを10体倒そう 報酬 100GP←NEW
特技スキル『盗む』を成功させる 報酬 盗人の手袋←NEW
特技スキル『鍵開け』を使用する 報酬 煙玉←NEW
Lv5以上達成 報酬 トリニダード・スコーピオン←NEW
職業Lvを上げてみよう 報酬 コンバットナイフ←NEW
完了一覧の項目が結構多いなぁ……けど、『仲間を作ろう』のクエストは完了にならないの? ニアが居るのに?
『クエストの『仲間を作ろう』を達成する条件が、『人間』を仲間にする事です。なので妖精のニアと仲間になっても、完了になりません。そもそも妖精と仲間になるのが、予想を超える異常事態なのですが……』
妖精ではなく人間を仲間にねぇ……まぁ、今は置いておこう。
これから屋外に出る為の準備をしなければならないし、取り敢えず報酬は全部受け取っておこう。装備品の名前らしき物があるし、『煙玉』は何処からどう見ても逃走用のアイテムだろう……なら、今のうちに手に取って置けば良いだろうしな。
『賢明な判断だと思います。それと食卓の上に出しますか?』
ああ、それで頼む。
神使の提案に同意した瞬間、クエスト完了の報酬が食卓の上に現れていく。『マジックポーション』『盗人の手袋』『煙玉』『トリニダード・スコーピオン』『コンバットナイフ』5種類の報酬である。また『100GP』については、ステータスの『メイン』にあるGPに加算された。
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