十八話 争奪戦
アスファルトの熱で玉子焼きが出来そう。
そんな灼熱地獄とも言える屋外を、真水を求めて行動していた。俺と
数十分前に同行すると約束したニアは、トリニダード・スコーピオンの辛さにグロッキーな為、自宅警備員に転職させた。
俺一人(神使もいるが、実質一人)で行動するのは怖いけれど、今にもぶっ倒れそうなニアと同行するのは、流石に危険すぎるからでもあった。
なので『真水を獲得する』と言ったクエストは、俺だけで達成しなければならない。
『マスター……向こうに見えるショッピングモールに行くのですか? 守護神を自負する私としては、大変お薦め致しませんが……』
自宅の最寄り駅付近に居る俺は、神使の警告染みた念話を受け取った。
多種多様の膨大なモンスター集団が、数百メートル先にあるショッピングモールを、死にかけの
「流石にショッピングモールは諦めた方が良いな……。大量のモンスター相手に、俺TUEEEが出来るのなら話は別だけど」
とは言え、どうしたものか……。
問題のショッピングモールを正面から突破するのは不可能だし、ゲームの様に地下通路が存在する訳でも無い……。つーか、存在しても足を踏み入れる積りは全く無いが。
ショッピングモールから真水や食料などの生活物資を諦めようと思った俺は、周囲の状況を注意深く見渡す。
するとカップルらしき男女二人組の姿が目に入った。
「どうするの、ケンちゃん?」
「う~ん、どうしようかな?」
弓を携える女性と槍を持つ男性が、これからの予定について話し合っているようだ。
もっとも二人の話は興味無いので、別の方向に視線を移す。そこには柄の悪い集団が屯して居た。
「物資を手に入れる為なら、手段を選んでる場合じゃなくね?」
「おい、静かにしろ。聞かれたら面倒だ」
「つーかよ、空き家を狙った方が確実だろ」
「おっ、聖夜! 冴えてる~」
大小様々な凶器を手に持ち、身元を隠す為のバンダナを口元に覆い、不穏な空気と言動を出している。それは正に『ギャング』と呼ぶに相応しい出で立ちである。
『因縁を付けられたらヤバそうだ』そう俺は強く思った。
何故なら異界浸食された首都圏内の警察機構は、機能不全になっているのは確実である。つまり犯罪を取り締まる所か、抑制するストッパーの役割を担う組織が消滅したのだ。よって自己防衛を最高レベルに引き上げざるを得ない。
従ってギャングらしき集団からターゲットにされないようにする為、別の方向に顔を動かす。俺と同じ学生服を装備する幾つかのグループを見かけた。
ブレザータイプの制服からセーラ服など、様々な学生が徒党を組んで居る。
「ゴブリンだ!?」
一人の男子高校生が叫んだ。
「落ち着け。こっちから手を出さない限り、襲ってこないから」
「そんな訳無いだろ――って、あれ?」
ゴブリンが誰も襲わずに走り去っていく。それもショッピングモールを目指して。
「俺の言った通りだろ」
「あ、ああ……。でも何でだ?」
「俺にも分からねー……。ただショッピングモールを目指している所を見ると、俺達を襲うよりあっちの方がお得なんじゃね?」
あっちの方がお得……か。
その推理は多分正解かもしれない。
ショッピングモールの内部には、大勢の人間と大量の物資が残っている筈だ。そしてそれらを狙っているのだとしたら、先程のゴブリンの行動に説明がつくだろう。
「だったら今がチャンスなのでは?」
俺以外の誰かが呟いた。
「チャンス……あ、そうか!」
何かに気付いた男性は、ショッピングモールとは別の方向に向かって走り去る。また他の人間も男性と同じ方向に足を運ぶのが見えた。
「えっ……ど、どういう意味……? なんであの人達は急に走り去ったの?」
「ちょっと、アタシ達も急ぐわよ!」
「どうしたの、みぅちゃん? いきなり大声を出して」
「馬鹿! 今が絶好のチャンスなのよ! モンスターがショッピングモールに釘付けになっている今が……あっ!!」
みぅちゃんと呼ばれた女性は『うっかり口を滑らしてしまった』そんな表情を出しているようだ。そして――
「確かに! 今なら安全に動けるぞ!」
「おい、行くぞ! 出遅れたら不味い!」
「私達は西に行くから、そっちは東をお願い!」
その場に居る人間全員が、蜘蛛の子を散らすかの様に去っていく。『ショッピングモールと言う名の餌がある限り、周囲の危険度は低くなっているのでは?』そんな思考を導き出した結果なのだろう。
俺と同じ制服を装備する学生や、個性的or普通の服を着る老若男女。それとビジネススーツを着こなす会社員に、作業服を着用する労働者。更に犯罪を犯す事に躊躇いがなさそうな不良集団と、明らかにホームレスの住人とも言える恰好をした男女。最後に海外から来た異国の空気を纏う観光客。
年齢、性別、職業、国籍、見た目など様々な違いを持つ人々だが、全員が物資を求めて移動しているのだ。もちろん俺もその中に含まれており、相棒とも言える
「そこを退きやがれ!」
「うるせぇぞ、クソジジイ! ここは俺達のモンなんだよ!」
物資を手に入れようとあっちこっち移動している最中。若い男性と初老の男性が、口論している現場に出くわした。
それもコンビニの出入り口前で、両者とも武器を構えるシーンである。正に一触即発の状態だ。
コンビニの物資を手に入れるのは無理だな……。と言うより、争いに巻き込まれたくない。
生き残りを掛けた争奪戦に、弱気な事を考えるのはどうかと思う俺だが、もう少し平和的に手に入れたい。なのでコンビニは潔く諦めて違う場所にでも――
「――うぉっ!?」
燃え盛る火の玉が俺の顔を横切る。
そんな危機一髪の状況に、思わず足を止めてしまった。
何だ、今のは……!?
50センチぐらいの火の玉が時速100キロオーバーで、俺の鼻先を通過した挙句。すぐ隣にある街路樹に衝突、炎上……危うく火だるまになるとこじゃねぇか!!
「見たかッ! 僕のファイアーボールを! これ以上こちらに近づくと容赦しないぞ!!」
そこそこ大きいドラッグストアの前で、杖をブンブン振り回す青年が居た。
火の玉が飛んできた方角と、魔法使いが持っていそうな杖を装備している事から、下手人はコイツであると確信した。
「馬鹿野郎!! 火事になるだろうが!!」
「ぐふっ……!?」
身が隠れるほどの大きい盾を持つ会社員が、ファイアーボールを放った青年に、大盾を生かしたタックルを食らわせている。
「そうよ! 物資が燃えたらどうしてくれるのよ!!」
「そうだ、そうだ! 今は消防が機能してないんだぞ!! 住宅街まで燃え広がったらどうする積りなんだ!!」
「痛ッ……いぐ、うぐ……や、止めてくれ……」
会社員の攻撃によって地面に倒れ伏せた青年を、足蹴する女子高生と作業員の光景は、オヤジ狩りの現場みたいだった。
うん、スカッとする画だ!
ドラッグストアを独り占めにしようとした事と、ファイアーボールの件も含めれば、あのぐらいの制裁は妥当だろう……っと、ドラッグストア前に居た放火魔が排除されたけど、どうしようかな?
争いに巻き込まれるのは嫌でも、リスク無しで物資を得るのは甘すぎるよなぁ……。
「なら、突撃してみるか!」
有言実行。
ドラッグストアに突撃する。それも俺だけではなく、周囲に居た人間と一緒に。
「どけどけどけ……!! 邪魔する奴は刺すぞ!!」
ヤクザ映画に出てきそうなドスを持った男性が、ドラッグストア内を駆け抜けている。それも柄を腹に当て、腰だめに突っ込む。まるで任侠映画に出てくる鉄砲玉のようだ。
「ちょっと、それはアタシのよ!!」
「うるせえぞ、ババア!! こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際なんだよ!!」
食品コーナーにある菓子類、缶詰、レトルト、パン、飲料物などを巡って争っている。特に飲料物――俺の目的である『ミネラルウォーター』が置いてある棚の前には、大勢の人だかりが出来ていた。
『せめて一本だけでも手に入れてやる!!』そう決意した俺は、殺気立っている集団の中に飛び込み、手を大きく前方に突き出す。
「きゃあ!」
柔らかい物体を掴んだ感触を覚えると同時に、若い女性の悲鳴が聞こえた……うん? なんだこの感触は……(もみもみ)
「どさくさに紛れて、私の胸を触るな!!」
「おぐぅ……!?」
股間から鋭い痛みを感じた。
気の強そうな女子高生が、俺の急所を蹴り上げたからである。
「ふ、不幸だ……」
余りの痛みに膝を屈する。
そんな無様な姿を曝す俺の元に、追い打ちをしようとする女子高生を確認した。
「ま、待てくれ……!? 今のは事故だ!! だからバットで……それも釘バットで殴るのは止せ!! 流石にシャレに――うぉ!?」
「避けるな!!」
「無茶言うんじゃねぇ……!! つーか、俺を抹殺する気か!!」
「当たり前でしょ! こんな非常時を利用して痴漢行為をするクズなんて、今ここで始末してあげる!!」
鬼気迫る表情をする女子高生に、俺は目を逸らせなかった。
金色に染めた髪が肩に触れるぐらい伸ばし、端正な顔立ちは怒りで紅潮させ、『夜露死苦』の文字が背に書かれた特攻服をセーラー服の上に羽織る。
それはどこからどう見ても、怒り心頭のヤンキーJKの姿だ。それも引き締まったウエストに豊満なバストを持つセクシーJKでもあった。
「食らえ! 変質者!!」
「ぬぉ……!?」
プロ野球選手並みのフルスイングを放つヤンキーJKと、それを間一髪で避ける事に成功する俺。
本気で当てに来やがった……!?
しかも避けるのが難しい胴体を狙いやがったんだけど……!!
「落ち着け! 胸を触ったのは謝る! それより周りを見ろ! 物資が手に入らなくなるぞ!!」
「黙れ、変態! アタシの胸は物資なんかより安くはない!!」
釘バットを
そして数分が経過した頃。
「ぜぇ、ぜぇ……。あ、アンタの速さ……一体どうなってんだよ……。攻撃が全く当たる気がしないんだけど」
「褒め言葉ありがとよ……。それで気が済んだか? ここの物資が空っぽになった以上、そろそろお開きにしたいんだけど」
肩で息をするヤンキーJKと、まだ余裕がある俺。
その二人の周囲には、空っぽの棚がいくつも並んでいた。ヤンキーJKと争っている間に、他の人が取っていったのだろう。
「じょーだんでしょ! 物資を手に入れられなかった上に、アンタを見逃すなんて、アタシのプライドが許さないっての!!」
「プライドで腹が膨れんのかよ……! もうホント、俺が悪かったから許してくれ! 機会があるかどうか知らないが、この埋め合わせは絶対にするから!!」
「埋め合わせはいらないから、さっさと死ね!!」
錆びた釘が打ち込まれたバットを大きく振り上げ、そのまま俺との距離を詰めるヤンキーJK。
まだやるのかよ……はぁ、これ以上付き合ってられん。
俺が100%悪いのは認めるさ。けれど唯一無二の命を失うのは御免だ。だから抵抗させてもらうぞ、ヤンキーJK!!
「もらったッ!!」
「させるかッ!!」
俺の脳天を狙った釘バットの軌道を見切り、ヤンキーJKとすれ違う瞬間に職業スキル『盗み』を行使した。
俺の命を脅かす
しかし――
「……あ、あれ?」
白いレースと可愛らしいリボンが縫い付けらている下着――胸のバストを美しく見せる為のブラジャーを手にしていた。Eカップ以上ありそうなブラジャーである。
何故ブラジャーを持っているんだ、俺は……!?
ヤンキーJKの武器を奪おうとスキルを行使した結果、可愛らしいブラジャーを手にするって、どういう因果してんだよ……うん? 因果だと? ま、まさか、このブラジャーは……!?
「また避けられたか……けど、アタシはまだ諦めて――ッッ!?」
背後に居るヤンキーJKと目が合う。
それも『信じられない』と言った表情を浮かべるヤンキーJKと目が合ってしまった。
「そ、そのブラ……あ、アタシの……じゃないよね……」
豊満なバストを持つヤンキーJKが、自分の胸に手を触れる。
するとヤンキーJKの背後から『ゴゴゴゴ……』と怒りを表現した擬音と共に、恨みに支配された般若が見えたような気がした。
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……」
憎しみの籠った声を延々と吐き続けるヤンキーJKは、剣道の『上段の構え』を取り始める。
そんなヤンキーJKの動作を見届けた俺は、『逃げ』の一手しか思い浮かばなかった。
「待て、この性犯罪者!!」
ドラッグストアから飛び出る俺は、背後からヤンキーJKの怒声が聞こえてきた。当然走る音も耳に入った。
「うおおおおぉぉぉぉぉ……!! つ、捕まってたまるかぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
人だかりを避けながら全力疾走する。
それもヤンキーJKの魔の手から逃れる為、ジグザグで走り続けている。『右』『左』『右』『左』と言った形で、曲がり角を利用しているのだ。
「ま、待て……!! 連続で進路変更するなんて、卑怯すぎるでしょ!!」
「うるせぇ!! 俺は命が掛かってるんだ!! 卑怯な戦法だろうが、利用出来る物は何でも利用するんだよ!!」
俺を追うヤンキーJKの姿が、徐々に見えなくなっていく。
また足音の音量も低くなっていくのが、ハッキリと分かった。
「ちょ、ちょっと待って……! アンタを逃すのは業腹だけど、せめてブラだけは返して!! ねぇ、聞こえるんでしょ!! ブラだけでも置いといてくれたら、追うのは止めるから!!」
後方からヤンキーJKの声が聞こえた。
しかし内容は上手く聞き取れなかった。
恨み節でも叫んだのかな……?
不幸な事故とは言え、セクハラまがいな行為をしたのは事実だし、罵詈雑言でも
『違います。あの女子高生は『ブラジャーを返したら、マスターを見逃します』と、叫んでいるそうです』
未だに逃走を続けている最中、神使の念話が聞こえてきた。
『ブラジャーって何の事だろう?』そう思いながら利き手に意識を向ける。すると白いブラジャーを握りしめられている事が分かった。
「ヤベェ……。スキルで盗んだ物をそのまま持ってきちまった……」
どうしよう? このまま捨てるべきか?
ヤンキーJKに直接返すのは危険すぎるし、このまま所持しているのは不味すぎる。何故なら下着ドロと非難されかねないからだ。
『どこか適当な場所に置くべきでは?
どこか適当な場所って言われてもなぁ……。
路上に放置するのは流石に可哀想だし、何か目立つ場所にでも置いといてやりたいんだけど――
「――ぶふ!?」
柔らかい壁に接触した。
それも煤で汚れた様な黒い壁であり、チクチクと固い毛が覆われた壁でもある。
そんな薄汚い壁に接触した理由は、脇見で走っていたからだ。もちろんブラジャーを置く場所を探して。
「ウホッ……」
俺の頭上からゴリラ特有の鳴き声を聞き取った。
また正面にある薄汚い壁が、僅かに動いたのを見逃さなかった。
「な、なんだろう……。この凄まじいプレッシャーは……」
冷や汗を流しながらゆっくりと顔を上げる。
深紅の口紅を引いたマウンテンゴリラの頭部を発見した。
「ウホー! ウホウホウホ、ウッホー!!」
俺の目が合ったマウンテンゴリラは、目をハートにしながらドラミングをしている。
動物園から抜け出したのか、お前は……?
それともリアルな着ぐるみ――な訳ないよなぁ……。2メートルを優に超える巨体が滑らかに動いているし、口元などの顔の筋肉がキチンと機能している……うん。本物だ。動物園の檻の向こうに居るマウンテンゴリラそのものだ――って、
「ヤベェだろ!? こんな市街地のど真ん中で、猛獣と遭遇するなんてッ!!」
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