二十九話 決着

 俺はテレビゲームのRPGが大好きだ。

 主人公と自分を置き換えて妄想するほどのゲームオタクだと自覚している。

 弱いモンスターをコツコツと倒してレベルアップし、クエストなどのお使いイベントをこなし、強力無比の武具でがっちりと固めた俺がラスボスを倒す――そんなテンプレのRPGの妄想をするのが大好きだ。もちろん可愛いヒロインと幸せなハッピーエンドを迎えるシーンも含めてである。


 そんなゲーム馬鹿な俺が非日常を望むのは不思議ではなかった。

 それもRPGに沿ったシステムで作られた世界で、ヒーローの如く活躍する物語。それが何時かやってこないだろうかと、心の奥底で切望していたのだ。

 あるいは憧れと希望に満ちたゲームを手放す様な夢を見出せない『現実』に嫌気を差したからでもある。


 夢や希望の無い『日常』は消滅しろ。

 そして俺が恋焦がれる『非日常』が始まって欲しい。


 そんな口にするのも憚れる内容を胸に秘めた男子高校生『黒崎颯人くろさきはやと』は絶体絶命の危機に見舞われていた。

 俺が渇望する非日常によってである。

 異界浸食で出現した石造りの通路型のダンジョン。その最奥に現れた支配者『黒獅子ルビーアイ』に屠られる直前でもあった。

 ある意味『天罰』と言っても過言では無い状況だろう。


 こんな所で死ぬのか、俺は……!

 ゲーム好きの俺が望んでいた世界で『何か』を成し遂げる前に、ここで惨たらしい最期を迎えるって言うのかよ! ふざけんじゃねぇ!!

 そりゃあ優柔不断でチキンハートの持ち主である俺が、勇者ヒーローなんて大層な役割を持っているとは言うつもりはないッ!! それでも――


「まだだ……! まだ俺はやれる筈だ……!」


 石材を敷き詰められた床に倒れ伏す俺は、止めの一撃を放とうとする黒獅子ルビーアイを睨み付けた。それと同時に立ち上がろうと全身に力を入れる。

 けれども体はピクリとも動かない。

 黒獅子ルビーアイのネコパンチのダメージが想像以上だったからだ。

 おまけに黒獅子ルビーアイの弱点でもある火――松明を手放してしまった。


 それでも俺は絶対に負けたくねぇ……!

 せっかく俺が待ち望んだ非日常が始まったんだ!

 異界浸食のせいで被害を受けた人達には悪いと思うけど、退屈な人生が終わる事を期待していたんだ!

 だからみっともなくても足掻いてやる! 他人から憐みの視線を向けられても最後まで諦めずに抵抗するんだ!

 それは今を生きる人々の義務と責務であり、非日常を求めた俺が呆気なく死ぬのは無責任だ!!


『命が尽きる瞬間まで絶対に諦めない!!』そう心に誓った瞬間、体の奥底から『何か』が溢れ出すのを覚えた。

 それと激痛に苛まれる体が軽くなった気がした。


「グオオオオオォォォォォ!!」


 黒獅子ルビーアイの鋭い爪が振り下ろされる。

 石の床に倒れ伏す俺の命を刈る為の攻撃だ。

 当然ここで死ぬつもりはないので、俺は直ぐに回避行動を取ろうとする。

 すると動けない筈の体が動き始めた。


 間に合え――ッ!!


 俺の頭に迫りくる鋭い爪に対し、俺は寝返りを打つように回避する。

 耳元から衝突音が聞こえてきた。

 俺の命を狙った黒獅子ルビーアイの攻撃が、つい先程まで寝転がっていた床を砕いた音である。

『間一髪だった』そう安堵するのも束の間、俺は急いで黒獅子ルビーアイの間合いから離脱する。


 何だこの感覚は……!?

 痛みや疲労が一瞬で消え去った上に、信じられないぐらいの力が沸き上がってくる……!!


 虫の息程ではないが満身創痍の状態だった。

 少なくともネコパンチと壁に衝突した痛みで体が動かせなかった筈だ。

 なのに今の俺は全快状態――いや、全快以上のコンディションである。打撲や擦り傷など怪我しているのにも関わらず、痛みや疲労感が一切感じられないのだ。またニアの強化魔法で底上げしたステータスより更にパワーアップした感覚を覚えたのだ。


『マスターの特殊スキル『火事場の馬鹿力』が発動しています。終了まで残り二分五十一秒、五十秒、四十九秒……』


 不意に神使の念話が俺の脳内を響かせた。

 それもカウントダウンが現在進行形で聞こえ続けている。


 特殊スキル『火事場の馬鹿力』だと……!?

 凄まじいほどの力を感じている理由が、特殊スキル『火事場の馬鹿力』の効果だと言うのか……!!


 驚きの表情で俺の手足と体を確認する。

 どことなく白いオーラの様な物が見えた気がした。


『肯定。ちなみに火事場の馬鹿力によるステータスの上昇率は十倍です。ただしスキルのレベルが1なので三分が限界です。また制限時間が切れたら極度の疲労が襲いますので、制限時間内に戦闘を終わらせた方がよろしいでしょう――ご武運を、マスター』


 制限時間がたったの三分って、俺は巨大変身ヒーローかよ……!! ステータスが十倍に跳ね上がるのは凄く魅力的ではあるが……ってか、文句を言ってる場合じゃねぇな!!


「悪いが勝たせてもらうぜ、黒獅子さんよ……!!」


 コンバットナイフを構えながら叫んだ。

 それと同時に黒獅子ルビーアイを睨み付ける。


「グオオオオオォォォォォ!!」


 俺の叫び声に呼応する黒獅子ルビーアイ。

 その巨大な体躯がこちらに近づいてくる。


「うおっと……!?」


 黒獅子ルビーアイの飛び付きをギリギリのタイミングで回避した。

 そして直ぐに反撃――俺の片手に持つコンバットナイフを両手で握り締め、黒獅子ルビーアイの脇腹を抉る気持ちで突っ込む。


「食らいやがれッ!!」


 大声を出しながら黒獅子ルビーアイの脇腹にナイフの刃を入れる。

 皮膚や筋肉繊維を引き裂く感覚を覚えた。


「グオオッッ!?」


 苦痛に顔を歪める姿。

 それはコンバットナイフが十数センチ刺さった痛みに堪えている様にも見えた。


 攻撃が通じた!

 なら、この好機を逃してたまるかッ!!


 特殊スキル『火事場の馬鹿力』によるステータスアップした俺の攻撃力は有効である。

 そう判断した俺は更なる攻撃を企むが――


「グオオオッ!!」


 お返しだと言わんばかりのネコパンチを真横に放つ黒獅子ルビーアイ。


「何のッ!!」


 真横から迫りくるネコパンチに、地面に伏せる形でやり過ごそうとする。

 すると黒獅子ルビーアイの鋭い爪を持った前足が、俺の頭上を通過した。

 回避に成功したのである。


「今だ!!」


 絶好のチャンス到来だと把握した俺は、コンバットナイフで再び黒獅子ルビーアイの脇腹を目掛けて攻撃する。

 それも出血死を狙った連続刺突である。

 一撃、二撃、三撃。素早く刺し、すかさず引き抜く。それらを三回繰り返した俺は、そのまま四回目の攻撃に移ろうとするが、


「グオオオオッ!!」


 鋭い牙を覗かせる黒獅子ルビーアイが、俺の腕を食い千切ろうとする。


「うおおおぉぉ……!?」


 情けない声を上げながら黒獅子ルビーアイの間合いから抜け出した。


 あ、危なかった……!

 もう少し遅かったら……『火事場の馬鹿力が発動していなかったら』そう思うとゾッとするんだけど……!!


「ガルルル……」


 先程の出来事に顔を青ざめる俺の元に、唸り声を上げながら近づく黒獅子ルビーアイ。

『激怒』の一言にピッタリの様子だ。


『一分三十秒経過。二十九秒、二十八秒……』


 不味い、残り一分と少しかない……!!

 どうする? 危険を覚悟してもう一度脇腹を狙うか? 正面を狙うのは論外だし、背後を取るのは流石に許してくれそうもない……せめて『アレ』があれば……。

 もっとも『アレ』を使えば確実に勝てる訳ではないのだが……。


 特殊スキル『火事場の馬鹿力』のカウントダウンの残り時間を聞いた俺は、黒獅子ルビーアイをどうやって打ち取るか思案していた。

 そんな俺の視界にニアが映り込む。


「お待たせハヤト! アレを持ってきたわよ!!」


 ジャストタイミングで宙を駆け付けてくるニア。

 その小さな両手には自身より大きい『アレ』を掴んでおり、それをぶら下げる形でこちらに向かってきている。


「受け止めるからそのまま投げてくれ! それと松明も頼む!!」

「分かったわ! えいやーッ!!」


 ニアは『アレ』を投げた。

 黒獅子ルビーアイとの戦いに終止符を打つ切り札になりえる可能性を秘めた『アレ』を。

 そしてそれは綺麗な放物線を描きながら俺の頭上に落ちてくる。


 ナイスリリースだ!

 このままキャッチして黒獅子に――ッッ!?


「グオオオオオォォォォォ!!」


 頭上から落ちてくる『アレ』に手を伸ばす。

 そんな無防備状態の俺を好機と捉えたのか、黒獅子ルビーアイは口を大きく開けながら跳躍した。

 俺の首を狙った攻撃である。

『回避しなければ』そう頭を過る俺であるが、同時に『アレ』を落とすのは不味いと思った――よし、上手くキャッチした!


「これでも食らえッ!!」

「グガッッ……!?」


 口を大きく開ける黒獅子ルビーアイに、文字通り『アレ』を食らわせた。

 二升五合の大きな酒瓶『八塩折之酒やしおりのさけ』を黒獅子ルビーアイの口腔にねじ込ませたのだ。

 八百万の神が作り上げたマジックアイテムであり、ガチャの景品でもある『アレ』を。

 次の瞬間。

 ガラスが割れる音が聞こえてきた。

 それとアルコール特有の臭いが鼻に付いた。


「グオオオッッ……!?」


 黒獅子ルビーアイは顔を顰めている。

 その口元から赤い血を流しているのが分かった。

 どうやら二升五合の大きな酒瓶を噛み砕いたようだ。


 自慢のたてがみがずぶ濡れだぞ、黒獅子さんよ……ってか、八塩折之酒の効果はどうなったんだ?


 俺は黒獅子ルビーアイの様子を確認する。

 強力な性能を秘めたマジックアイテム『八塩折之酒』の効果を信じて。


「ガオオオオォォォォ!!」


 俺の期待を無視する様に突撃を仕掛ける黒獅子ルビーアイ。

『流石にボスモンスターは無理だったか』そう決めつける直前、黒獅子ルビーアイは盛大に転倒した。


「グォォォ……!?」


 何が起きたんだ、そう言わんばかりの表情を浮かべている。


「俺のプレゼントは気に入ってくれたか?」


 黒獅子ルビーアイの転倒に心当たりがある俺は、思わずニヤリと悪い顔を浮かべた。

 それとほぼ同時にニアの姿が目に入ってくる。


「松明持ってきたよー!」

「グッドタイミングだ、ニア! 松明を早く渡してくれ!! 黒獅子の調子を取り戻す前にッ!!」

「OKよ、ハヤト! 受け取って!!」


 そう言いながら松明を俺の方向に投げ飛ばすニア――って、


「燃え盛る松明を投げるんじゃねぇぇぇぇ……!?」


 文句を言いながら何とか松明をキャッチする。

 そして直ぐに酩酊状態に陥った黒獅子ルビーアイの頭――ではなく、アルコール濃度100%の八塩折之酒で濡らす鬣に、


「火達磨になりやがれッッ!!」


 松明の炎で引火させた。


「グオオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!」


 鬣を燃やす炎に絶叫する黒獅子ルビーアイは、鬣の炎を消そうと地面を転げ回っている。

 柔らかい腹を見せると言った行動を取っているのだ。


『残り四十秒! 急いでください、マスター!!』

「分かってるッ!!」


 神使から警告を受け取った俺は、炎を灯す松明を投げ捨てる。


 残りの時間を考えるとこれが最後の攻撃になる!

 なら全身全霊を一撃に込めなければ!!


 止めの一撃を放つ。

 そう決意した俺はコンバットナイフを逆手に構える。


「いっけぇぇぇぇぇぇ、ハヤトー!!」


 ニアからのエールが耳に入った瞬間、俺は空高くジャンプした。


「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 魂の叫び声を上げながら落ちてゆく。

 ありとあらゆる生物の急所である胸――心臓に一撃を与える為に。

 俺の特殊スキル『火事場の馬鹿力』と、ニアの強化魔法『ハイパワー』で強化した攻撃力。

 それと落下による運動エネルギーと、俺自身の体重を加味した必殺の一撃は、黒獅子ルビーアイの胸を突き刺す。


「グオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ……!?」


 黒獅子ルビーアイの耳をつんざく咆哮が全周囲を震わす。

 今居る円形の大部屋だけではなく、俺とニアの体を含めて震わしたのだ。


「やっかましい……んだよッ!!」


 確実に仕留める為、胸に突き刺したコンバットナイフをねじり回す。

 赤い血液が俺の顔と白いワイシャツに飛び散る。


「グガッ!? グガガッッ……!!」


 ナイフをねじり回す度に痙攣けいれんを起こす黒獅子ルビーアイ。

 その赤い目の光は徐々に消えていくのが分かった。


 安らかに眠れよ、黒獅子。

 お前は間違いなく強かったぜ。


『黒獅子ルビーアイを仕留めた』そう安堵した直後、神使から『タイムアップです!!』と念話が聞こえてきたのである。

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