五話 避難

 誰も住んでいない空き家を探しに行こうとする俺だったが、スマホに憑依している神使から『台風9号が近づいている』と警告を受け取ったので、大人しく避難する事にした。

 現に体を持っていかれそうな暴風が何度も吹きさらっており、台風という名のバッドイベントが近づいているのが分かった。


「ハヤト! 雨が降り始めたわよ!」

「分かってる! それとあんまり喋らない方がいいぞ! 舌噛むから!」


 食料などの生活物資をパンパンに詰め込まれたリュックサックと、安全上の理由でニアと神使が入った学生鞄を持つ俺は、ポツポツと雨が降る中を走り続けていた。

 それもリュックサックなどの鞄を持った複数の男女と一緒に走り抜けているのだ。


「あのニンゲン達、どうして私達と同じ方向を走っているの?」


 脇に抱える学生鞄の口から上半身を乗り出すニアは、俺と同じ方向を走る人間達を指差した。


「見知らぬ人を指差すんじゃねぇ! 変な因縁をつけられたら面倒だろ! つーか、妖精がここにいるとバレたら不味いだろうがッ!!」


 そう言いながら上半身を乗り出すニアを学生鞄の奥に押し込めようとするが、


「何の、これしき……!!」


 万歳のポーズで抵抗をするニアであった。


「無意味な抵抗するんじゃないってば……! 頼むから大人しく引っ込んでくれよ! お前の存在がバレたらホントにヤバいんだって!!」


 モンスターだと勘違いされたら殺される可能性があるんだぞ!

 あるいは妖精といった稀有な存在がいる事がバレたら捕獲される可能性もあるんだぞ!


 そんな事を考えながら抵抗を続けるニアを、ゴリ押しで学生鞄の奥に引っ込めさせた。

 そして学生鞄のファスナーを閉めようとする。


「ちょっと待ちなさいよ! こんな狭い空間に閉じ込めるつもりなの! この美少女妖精である私を鞄の中にッ!!」

「ええい、暴れんじゃねぇ……!! 見た目は美少女妖精でも中身はポンコツ妖精のお前を守る為だか「フェアリーブレイカー!!」」


 ――ビリッ!


 脇の下にある学生鞄から破けた音が聞こえた。

 それと同時に『脱出成功よ!!』と口にするニアの姿が目に入った。


「何してんの、お前は……!? 俺の鞄に穴を開けるなんて、正気を疑う行動なんだけど……!!」

「それはこっちのセリフよ! 狭い鞄の中にか弱い女の子を閉じ込めるなんて、鬼畜の所業だと非難されてもおかしくないわよ!!」


 雨の中を走りながらニアと口論し続ける。それもなるべく声のトーンを落としながら。


「鬼畜で悪かったな! けれど鞄の中に押し込めたのは理由があんだよ!」

「理由って何よ! どうせ大した理由じゃないんでしょ!」

「んな訳あるか……! ニアを鞄に押し込めた理由――それはニアの安全を守る為だ! 前にも言ったと思うけど、妖精は架空の存在だとされるんだよ! だから俺以外の人間に見つかったら何されるか分かんねぇんだぞ!!」


 真剣な表情でニアの顔を見詰めた。


「何されるかって、考え過ぎじゃないの……? 殺されるわけじゃあるまいし……」

「その可能性が高いって、俺は思ってるんだけど」

「……冗談だよね?」

「冗談で済めば御の字、と言ったところだ。それでも鞄の中から出たいか? 俺の悲観的過ぎる考えを『妄想』だと断ずる勇気があるのなら、鞄の外に出てみろよ」

「え、遠慮します……」


 ニアはおずおずと学生鞄の中に引っ込んでいった。


「分かってくれたか――っと、そろそろ目的地に着くぞ。俺が通っていた小学校に」


 学生鞄の中から顔を半分だけ出すニアを確認した俺は、進行方向にある大きな建物に視線を動かした。

 そこには白いペンキが塗られた小学校の校舎があった。

 それとアーチ状の屋根の体育館も視界に入った。


「ハヤト以外のニンゲンが沢山いるんだけど……何かあったの? お祭りをしているわけではないんだよね……?」


 俺以外の人間に見つからないよう慎重に辺りを見渡すニアは、小学校の校門に集う人間達に疑問を抱いているようだ。


「お祭りだったら嬉しいけど、残念ながら大外れだ。俺と同じ理由でこの学校にやってきたんだろう。避難場所を求めてさ」

「あのでっかい建物が避難場所なの?」

「そうだ。小学校――六歳から十二歳の男女が勉強を学ぶ場所だ。妖精社会には学校はないのか?」

「う~~ん……どうだろう……。多分あると思う……じゃない、ある気がする」

「随分とハッキリしねぇのな……。とは言え記憶喪失だから仕方な「ふざけんじゃねぇぞ!!」」


 唐突に男性の怒声が俺の耳に入ってきた。

 俺達が向かっている先、小学校の出入り口でもある校門から聞こえてきた。


「どうしたんだろう? 男の声が聞こえたんだけど……」

「分かんね――ってか、雰囲気が悪そうだな……。取り敢えずあそこに近づくけど、ニアは大人しくしていろよ。あるいは置物のフリでもするんだな」

「おっけー。私は置物、私は置物、私は置物……」

「いや、そこまでしなくても……」


 学生鞄の中で自己暗示をかけるニア。そんな姿を若干呆れながら校門に近づく俺は、徐々に複数の怒鳴り声が聞こえ始めてきた。


「学校に入れてくれないって、どういう事だ!! 俺達を見殺しにするつもりか!! この外道ッ!!」

「外道で結構ッ!! こっちは子供達を守る為ならなんだってやるつもるだ!! 分かったらこの場から立ち去れ!!」


 校門を挟む形で対立する二つの集団。槍、斧、剣、弓などを構えた二つの集団が言い争っている。


「台風が近づいている状況なのに、俺達に『立ち去れ』なんて良く言えるな……!! 避難場所を独占してんじゃねぇぞ!!」

「そうよ、そうよ!! 子供達を守る為なんて言ってるけど、結局は自分達を守る為の方便でしょ!! こっちには年老いた老人達がいるのよ!! 赤ん坊だっているのに……!!」

「うるせぇ!! そもそもお前達を受け入れる余裕はないんだよ!! 分かったら諦めろ!!」

「ここじゃなく、他所に行きなさいよ!! 頑丈な建物なんてマンションとか、他にも幾らでもあるでしょ!! わざわざこの学校に来ないでよ!!」


 少しずつ強まる雨と暴風を受けているにもかかわらずヒートアップし続ける二つの集団。そんな一触即発状態の人だかりを少し離れた場所で観察していた。


「雰囲気が悪そうなんてレベルじゃねぇな……」


 このままだと死人が出る様な乱闘が起きるのも時間の問題だ……とは言え、二つの集団を宥める勇気はこれっぽちもない。巻き添えで怪我する可能性もあるからだ。最悪死ぬ可能性も捨てきれない。

 それと雨粒が大きくなっている。

 台風9号の本格的な嵐が目の前にやってきているのだろう。

 であれば――


「大人しく別の避難場所に向かった方がいいんじゃね……?」


 険悪な空気を出す二つの集団と、台風9号が刻一刻と近づく状況。それらの情報をまとめた結果、俺は『別の場所に向かった方がいいのでは?』と思い至った。

 なのでこの場から静かに立ち去ろうとする。


「……何処に向かってるの?」


 ニアは学生鞄からそろりと顔を覗かせた。

 小学校の校門から遠ざかっていくのに疑問を覚えたのだろう。


「別の避難場所。直ぐ近くにある中学校に向かっているところだ」

「ここから近いの?」

「隣と言っても過言ではないぐらい近いぞ。百メートルあるかないかだ……ってか、あれが見えるか?」


 道路を挟んだ先にある大きな建物――中学校の校舎に視線を送った。


「あそこに向かってるの?」

「そうだ。ちなみに一年と数か月前の俺、中学時代の母校でもあるぞ。人生で一番楽しかった時代だな……今のところは」


 立川亨のせいで休日が潰れるなどの被害を受けたけど、基本的にはいい思い出が沢山あるなぁ……。

 小学校からの友達と一緒に遊びまくっていたし、片思いの可愛い女子との思い出……うん、良い時代だった。

 片思いの女子に想いを告げなかったのは未だに尾を引くけどな。


「出入り口って、ここだよね……? さっきのところよりニンゲンが少ないんだけど……」

「しー、静かにしてろ……。バレたら避難どころじゃなくなる……」


 数分も経たずに中学校の校門に辿り着いた俺達。

 その校門の内側には雨合羽を着た男子が三名おり、校門の外側には俺達しかいなかった。

 それと校門は開いたままである。


「おい、また来たぜ……!」

「またかよ……! もういい加減諦めて欲しいんだけど……!!」

「まぁまぁ、あっちも色々と必死なんだからさ……とは言え、ウザったいのは同意だが……」


 校門の内側にいる男子×3の大声が耳に入った。

 それも歓迎の言葉ではなく、悪意が込められた内容である。

『俺達を受け入れるのは無理かな?』そんな後ろ向きな事を考えながら校門の前に移動する。


「え~と、避難したいんだけど……いいかな? 一晩だけでも構わないんだが……」


 十中八九、俺達を受け入れるのは無理だろう。

 それでも言うだけならタダなので、要望を口にしてみたのだが……結果はどうだ?


「駄目だ。ここから立ち去れ――と言いたいんだけど、お前一人なら構わない」

「えっ……!?」


 俺は『信じられない』といった表情を浮かべた。

 それと同時に『聞き間違いかな?』と悲観的な考えが頭を過った。


「どうした? 学校の敷地内に入る事を許可するって言ったんだが……聞こえなかったのか?」

「あ、いや……拒否されると思ったんで……いいのか?」


 先程の男子とは別の男子×2の様子を見る。


 罠でも仕掛けているのだろうか……?

 それともコイツの独断だったりするのだろうか……?


「追い返すのもカワイソーじゃん。内緒にしてやるからさっさと入れ」

「あー、見てない見えない。俺は眠いし、疲れたし、少しの間は立ちながら寝ようかなー」


 俺を中学校の敷地内に入る事を、口と態度で許可する男子×2。


「……ホントに立ち入っていいのか?」

「構わない」

「問題ない」

「見てない」


 俺の言葉に一瞬で答える男子×3。その表情は笑みを浮かべているように見えた。

『歓迎の笑みだろう』そう判断した俺は、中学校の敷地内に立ち入ろうとする。


「お邪魔し――おぐっ!?」


 不意に硬い何かとぶつかった。

 校門の内側に足を踏み入れようとした瞬間、目に見えない壁にぶつかったのである。

 しかもその反動で尻餅をついてしまう。


「ぴぎゃっ!?」


 学生鞄の中からニアの悲鳴らしき声が聞こえた。

 尻餅をついた際、学生鞄が地面に衝突したからだろう。

『ヤバい、ニアの存在がバレたか!!』そんな事を思い浮かべる俺であるが――


「ぷっ……!?」

「おい、見たかっ!?」

「ぴぎゃ――だってか……!? 受けるし……!?」


 校門の内側にいる男子×3は腹を抱えている。

 ニアの滑稽すぎる悲鳴が、俺の悲鳴だと勘違いしているようだ。

 その事に『学生鞄の中に隠れているニアの存在はバレずに済んだ』と判断すると共に、


「騙しやがったな、テメェ等……!!」


 立ち上がりながら怒りの言葉を吐いた。


「騙しましたが、何か……?」

「気付かないアンタが悪いだけだろ……。責任転嫁してんじゃねぇよ、ばーか」

「つーか、代償なしで事が進むなんて有り得ないしー」


 ニヤニヤといった表情を浮かべる男子×3。

 そんなゲス野郎を睨み付けると同時に、目に見えない壁の正体について考察し始める。


 バリアとか、結界の類だろうか?

 それとスキルでバリアを発生したのだろうか? それとも魔法? あるいはマジックアイテム?

 どちらにしてもバリアは破壊する事ができるのだろうか……?

 神使、このバリアは破壊できるのか? それとバリアの正体について何か知っているか?


『マスターの目の前にあるバリアは破壊できません』


 ニアと同じく学生鞄の中に潜む神使から念話を受け取った。

 そしてそのまま神使の念話が聞こえ続ける。


『バリア――もとい結界ですが、マジックアイテム『神域』によるものです。ある一定の敷地内の出入りを制限する事が可能の結界であり、連続稼働時間は一週間という長さを持っております』


 出入りの制限って、どういう意味だ?


『神域を発生する際、あらかじめ設定する事ができるのです。例えば『女性のみが通行する事が可能である』といった結界を作る事ができます。すると男性であるマスターは結界の中に立ち入る事ができません』


 随分と便利なマジックアイテムだな……。

 それと目の前にある結界の出入りの条件は何だ――そう神使に尋ねようとするが、


「生徒と生徒のご家族以外の方はご遠慮くださいってな!!」

「ちなみにOB卒業生もお控えください~~」

「それと入学希望は受け付けておりませんので、悪しからず」


 結界の出入りについての条件を暗に伝える男子×3の声が耳に入った。


「先輩たる俺にナメた口を利きやがって……」

「えっ、パイセンだったんすか……? こんちゃーっす! ほら、お前達も」

「ちわっす!」

「ちゅーっす!」

「喧嘩売ってんじゃねぇぞ、テメェ等……!!」


 どう見ても敬意が皆無である男子×3に、俺は怒りの意を示した。


「ガチギレだー、怖ーい。でも俺等を殴る事はできませんよー」

「逆にこっちは攻撃できるけど、それでも突っ込んでみる? カウンターでボコボコにしてやんけど……」

「俺等のパイセンだから見逃してやってもいいけどさ……それでも立ち向かうって言うなら容赦はしねぇぞ。それと荷物を取られたくないなら立ち去るんだな、ばーか」


 ナイフなどの得物をチラチラと俺に見せつける男子×3。

『俺を馬鹿にした事を後悔させてやる!!』そんな事を思い浮かべながら武器を取り出そうとするが、直ぐに冷静を取り戻そうとする。


 落ち着くんだ、俺……。

 破壊不可の結界がある以上、あのゲス野郎共に攻撃する事はできねぇんだ!

 それに雨と風が更に強くなってるこの状況、急いで別の避難場所に向かわないとマズい……!!


「クソッ……。この借り、いつか万倍で返してやるからなッッ!!」


 そんな捨て台詞を吐く俺は、この場から急いで立ち去る事にした。

 背後から男子×3の下卑た笑い声を受け止めつつ、俺は別の避難場所に向かうのであった。

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