四話 行動開始

 スイカボムの自爆で破壊された自宅の敷地内にある駐車スペース。

 そこで俺達(俺とニア)は朝食を取りながら出発の準備を進めていた。


「持っていく物は大丈夫かな……? 食料に、ミネラルウォーターと、食器類。あとは簡単な調理器具を含む道具類っと、……キャンプどころか路上生活する経験が全く無いからどれを持っていけばいいのか分かんねぇんだけど……」


 シロから貰ったリュックサックに物資を詰め込んだ俺は、これからの生活に不安を抱いた。

 凶悪なモンスターが突如現れるなどの現象『異界浸食』が暴威を振るっている現在、市役所からホームレス救済の様な支援を受けられるとは思えないからだ。

 国民の生活を支えてくれる公務員達も異界浸食の被害に見舞われているだろうし、市役所自体が営業していない可能性もある。あるいはモンスターとの対応で精一杯かもしれない。

 つまり自分の身は自分で守らなければならないのだ。

 そしてそれは住み慣れた自宅から新たな生活拠点を、自分自身の手でつかみ取らなければならないのである。


「今日の予定は生活拠点の確保だな……。モンスターが歩き回っている外で生活するのは危険すぎるし……。集合住宅か、一戸建てか、どっちの方が便利だろう……?」


 プライバシーを尊重する場合は一戸建ての方が良さそうだ。その代わり俺達だけでモンスターなどの外敵から家を守らなければならないだろう。

 逆に集合住宅の場合は沢山の協力者を得られるかもしれない。むしろ協調を強いられる可能性がある。家を守る為なら協力するのは吝かではないのだが……はてさて、どうしたものか。


「難しい顔してるけどお腹が痛いの? それともお腹いっぱいだったりするのかな(じー)」


 新しい生活拠点について考えている俺の元に近づく妖精のニア。その両目は俺の朝食――あんパンにロックオンしている。つぶつぶの小さい実がトッピングしてある『あんパン』だ。ヤマ○キの定番商品の一つ、『つぶあんぱん』でもある。


「……やらないぞ。俺の大好物のあんパンは絶対にやらないからな」


 俺の好きな菓子パンランキング1位のあんパンは絶対に渡してたまるか!

 異界浸食のせいで首都圏から首都圏外への出入りが不可能である今、メーカーの商品を手に入れる機会がゼロになりつつあるからな!!


「一口だけでも(じゅるり)」

「却下だ。ニアの一口は大食いチャンピオンの一口と同じレベルだからな」

「ぶー!」


 不機嫌そうな表情をしながら口を尖らすニア。そんなニアを無視する形であんパンをかぶりつく。


「相変わらず美味しいなぁ、このあんパン……。この上に付いている実の正体って知っているか?」

「知るわけないでしょ!! それより一口だけでも!!」

「しつこいぞ、ニア。お前にあげたクリームパンとチョココロネ。それとチョコチップメロンパンがあるだろ」

「もう食べ終わったわよ! けどお腹いっぱいにはなってないのよ!」


 ニアは俺の腕にしがみついた。

 それと同時に俺の腕を揺らすなどの嫌がらせをしている。


「おーねーがーいー! 一口だけでもちょうだいー!!」

「ええい、鬱陶うっとうしい……!! ほんのちょびっとでもいいならくれてやるから静かにしろ!!」

「いやったー!!」


 朗らかな笑みを浮かべるニアは直ぐに俺の腕から離れた。

 その事を確認した俺はあんパンを小さくつまみ、そのあんパンを小さく引き千切った。


「……それだけ?」

「文句あんのかよ……」


 親指より小さいあんパンの欠片に白い目をするニアと、これ以上の譲歩は認めないといった目付きをする俺。


「ケチくさー」

「何がケチ臭いんだよ……。二十センチ未満のニアの一口ならこんなものだろうが……」

「ぶー!!」


 ニアは不満気の表情を浮かべたままあんパンの欠片を頬張ると、


「うまっ……!?」


 一瞬で恍惚の表情に切り替わった。


「おかわりを求めたら本気でどつくからな。それと出発の準備――持っていく物の確認しとけよ! 忘れ物を取りに戻るのもめんどくさいから」

「りょうか~い……って、何処に行く予定なの?」

「特に決めてない……と言うより、現在進行形で悩んでるところだ」

「悩んでるって、どんな悩みなのよ?」

「ニアに相談しても解決できるとは思えないんだけど……まぁ、いいや。新しい生活拠点について悩んでいるんだ。路上生活とかキャンプは流石に嫌だろ?」


 路上生活やキャンプに必要だと思われる物資をかき集めた俺だが、モンスターが歩き回る外で生活するつもりは全くない。

 とは言え安全な家を手に入れる機会が簡単に訪れるとは思えない。

 だから保険のつもりで様々な道具を揃えたのである。


「外で生活したらモンスターに襲われるでしょ! 嫌よ、そんな危険な生活を送るのは!」

「分かってる。だからちゃんとした家を手に入れたいんだ。ボロ小屋とか、公衆トイレとかじゃなく、しっかりと作られた住処を手に入れたいんだよ」

「だったらいいんだけど……。つまりどんな家にしようかと悩んでるの?」

「それもあるけど、それ以前の悩みだ。家を手に入れる方法について悩んでるんだよ……。普通は不動産会社と呼ばれる家を売買する会社に相談するんだけど、非常時の今でも営業してるかどうかが心配でな……」


 あと未成年の俺と真面に取り合ってくれるかどうかの問題があるなぁ……お金の問題もあるけど。


「仮に不動産会社が営業していない場合だと、家を手に入れる手段がかなり制限される。つーか、ないんじゃね? 合法で家を手に入れる手段が」

「……罪を犯すつもりなの?」

「ニアの言いたいことは分かるけど、それしか手はないと思うぞ……。もっとも住んでいる人間を追い出す様な事はしない。空き家に住み着くだけだ。住居侵入罪といったところだな」


 人類の敵であるモンスターが闊歩するといった前代未聞の現象に見舞われている以上、犯罪を犯しても緊急避難が適用される可能性が高いだろう……。無制限で罪を犯すつもりは毛頭ないが。


「それ以外の方法はないの? すでに住んでるニンゲンと交渉するのはどうなのよ?」

「見知らぬ相手に『一緒に住まわせてください』って交渉するだと……。無理無理。身元が怪しい人間を自宅に招き入れるなんて嫌すぎるだろ」


 初対面の人と会話するだけでも嫌なのに、居候の交渉なんてハードルが高すぎるわ!


「だったら家をたくさん持ってるニンゲンと交渉すればいいでしょ」

「……その人間とどうやって交渉するんだ? 家をたくさん持ってる人間が誰なのか知らないんだけど」

「が、頑張って探すとか……」

「罪を犯したくないのは理解できるけど、緊急避難という事で納得してくれ」


 そう言い終えると同時にあんパンを口元に運び、無言であんパンを食べ続ける。罪の意識(まだ犯していない)にどんよりするニアの姿を見ながら。

 そして三分もしない内にあんパンを平らげた俺は、出発の準備に取り掛かる。


「そろそろ移動を開始するけど、何か質問あるか? 気になってる事でもいいんだけど」

「う~~~~ん…………色々あるけど、取り敢えず今はあああああぁぁぁぁぁ!?」


 悩むそぶりをしながら宙に浮いていたニアは、大声をあげながら明後日の方向に吹き飛ばされた。

 かなり強めの突風を全身で受け止めてしまったのだろう。


「今日の天気はかなり悪いな……。何時雨が降ってもおかしくない上に風がありやがる……」


 厚い雲が漂う空を確認しながら呟いた。

 同時に『雨が降ったらどうしよう?』などと懸念を抱く俺でもある。


「か、軽く死にかけたわよ……」


 腰まで伸ばした金髪がボサボサになったニアが、死にかけの鳥の様にフラフラとこちらに戻ってきた。


「酷い有り様だな……。美少女妖精を自称する姿だとは思えない程だぞ」

「うっさい、バーカ!! ハヤトも風に吹き飛ばされてしまえ!!」

「俺みたいな中肉中背の男性が吹き飛ばされる様な暴風がやってきたら、お前もただでは済まないけどな……ってか、そろそろ出発するぞ」


 俺は様々な物資を収納したリュックサックを背負い、その上にボストン型の学生鞄を肩に掛けた。


「パンパンに荷物が詰まったリュックサックだけど、戦闘に支障はなさそうだな……よ、はっ、と」


 その場で軽くステップ踏んでみた――うん、大丈夫そうだな。


「空き家を探しに行くの?」

「そのつもりだ。住居侵入罪をする覚悟はでき――うぉぉぉッ!?」

「きゃあああッ!?」


 出発する準備が整った俺とニアの元に、強烈な突風が巻き起こった。それも生ぬるい湿気を含んだ突風であり、うんざりするぐらい何度も吹き続いている。


「うわわわっ……!!」

「俺の腕に掴まれッ!!」


 小さな体を持つ妖精のニアが突風で吹き飛ばされそうになっている。

 そんなニアの様子を見た俺は、ニアを片腕で抱きしめる形で助けに入った。


「あ、ありがと……」

「礼はいい! それより俺の腕に――いや、鞄の中に避難してろ!」

「分かったわ!」


 小柄のニアを抱えて行動するのは少々危険だと判断した俺は、ニアを学生鞄の中に避難させた。


「……意外と快適かも?」


 脇に抱える学生鞄の口から顔を出すニアは、長い髪をなびかせながら感想を呟いている。


「それは良かったな――っと、そろそろ移動を開始してもいいか?」

「ちょっと待って、ハヤト! あれも鞄の中に入れてくれる?」


 ニアは直ぐ近くの地面に置かれている石を指差した。

 赤、青、緑、黄色などの色彩を輝かせる黒い塊『輝石きせき』である。


「黒獅子を倒した時に手に入れた輝石か……。ちょっと待ってろ」


 俺はニアの頼み事を実行――拳サイズの輝石を学生鞄に入れた。ニアが押し潰されないよう配慮しながら。


「他に何かあるか? なければ出発するつもりだが」

「持ち物の方は大丈夫だと思うんだけど……」


 歯切れの悪い返事をするニア。


「何か気になる事でもあるのか?」

「気になるっていうか、今日の天気は異常だと思わないの? 昨日の風は微風に等しかったのに、今日の風は強いどころか暴風なんだけど」

「……確かに今日の天気は悪いな」


 雨が降りそうな天気の上に、暴風……。まるで『台風』の前触れみたいだ――そう考えた瞬間、


『緊急警報です!』


 神使が俺の目の前にやってきた。

 そしてそのまま神使の念話が聞こえ続ける。


『風の神様でもある志那都比古神しなつひこのかみから緊急の連絡が届きました。『台風9号が首都圏に近づいてるから警戒しとけ』との事です。それと『台風の威力は過去最強レベルなので、頑丈な建物に避難しろ』と強くメッセージが届いております』

「……マジで?」

『肯定。なので空き家探しは後日にした方がよろしいかと』

「分かった。知らせてくれてサンキューな」

『お役に立てて何よりです。では』


 俺との念話を終えた神使は学生鞄に近づく。

『どうした? 何かあったのか?』そう考えていると、神使は学生鞄の中に入っていった。


「どうしてシンシも鞄の中に入ってくるのよ!?」

「おい、暴れんじゃねぇ。それと何かあったのか、神使?」

『私もニアと同じ様に吹き飛ばされる可能性があるので、私も学生鞄の中に入らせてもらいました』

「ああ、なるほど……。取り敢えずニアと仲良くしとけよ。ニアも神使と仲良くしてくれ」

『善処いたします』

「絶対に嫌なんだけど!」


 俺の言葉に承諾する神使と、拒絶の意を示すニア。

 そんな神使とニアに反応する事なく歩を進める。


「――っと、忘れるところだった」


 駐車スペースから路上に出たところで足を止め、自宅が建っていた方向に体を向けた。


「お世話になりました」


 そう感謝の言葉を口にしながら深く一礼をした後、ゆっくりと顔を上げる。

 そして俺達はこの場から立ち去るのであった。

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