六話 中央駅前地域交流館

 傘を差してもほとんど意味がない大雨と、トタンの屋根が吹き飛びそうな暴風の中。俺は未だに避難場所を求めて行動している。

 それも千葉NT中央駅付近で避難場所に良さそうな建物を探しているのだ。


「ハヤトー!! いい加減どこかの建物に避難しようよー!!」


 脇の下にある学生鞄の中から顔を半分だけ出すニアが口を開いた。その表情は疲れ切っているように見える。


「ちょっと待ってろ! 避難に良さそうな建物を探してる最中なんだ――っと、なんだこの張り紙は……?」


 急いで避難場所を探し回っている俺は、電柱や選挙ポスターに張られている紙が目に入った。

 その張り紙には『一時避難場所として開放しております。中央駅前地域交流館より』そんなメッセージと共に、大きな矢印がペイントされていた。


「中央駅前地域交流館って、あの建物だっけ……? 小学生の時に卓球やりに来た覚えはあるんだけど……」


 少し離れた場所にある二階建ての建物。鉄筋コンクリートで作られていそうな建物に視線を動かした。

 それと同時に小学生時代の俺が、中央駅前地域交流館にやって来た時の事を思い出そうとする。


 入り口前にある屋根が特徴的な建物だったよな……? アーチ状の屋根の形。あるいは口が開きった『Ω』の形をしていたよな?


「あの建物の入り口前の屋根、俺の記憶通りだな……。つまりあの建物は中央駅前地域交流館だという事になる――うん、行ってみるかな」


『張り紙の内容が確かなら行くべきじゃね?』そう思った俺は、中央駅前地域交流館の敷地内まで移動し、周囲の安全を確認しながら中央駅前地域交流館のロビーに足を踏み入れた。


「薄暗いな……。異界浸食のせいでライフラインがストップしたから当然と言えば、当然なのだが……ってか、生存者はいるのか? 避難場所だと思ったら実はホラーハウスでした、は御免だぞ……」


 中央駅前地域交流館のロビーの内部を見渡す俺は、一人も見かけない事に不安を抱いた。

 モンスターが現れるなどの異界浸食が猛威を振るっている以上、死者が溢れるホラーハウスどころかモンスターの巣窟になっている可能性があるからだ。


「え、縁起でもないこと言わないでよ……!?」


 学生鞄の中にいるニアは顔を青ざめている。

 幽霊とか、お化けなどの怖い話が苦手なのだろうか……ふむ。


「俺の友達の友達から聞いた話なんだけどさ……。今居る建物――中央駅前地域交流館に曰くつきの話が「ストップ!!」」


 俺の怖い話を大声で遮るニア。そんなニアの態度を無視する形で怖い話の続きをしようとするが、


「これ以上続けたら大声で叫ぶわよ! ハヤト以外の人間に見つかる程の大声を出すからねッ!!」

「チッ……」


 ニアの自爆宣言のせいで断念する事にした。


「それより疲れたから適当な場所で休もうよー。それか甘いお菓子を食べながら寛ぎたいー」

「休憩するのは賛成だけど、お菓子の数が少ないから自制してくれ。そんで休憩する場所だが……何処がいいかな……?」


 そう言いながら周囲を見渡す。

 すると俺以外の人間が近づいているのが分かった。

 白髪が目立つ初老の男性と、ガタイのいいアラサー男性と、柔和な笑みを浮かべる女性が、俺の元に真っ直ぐ向かってきているのだ。


「ニア、隠れてろ。それと声を出すなよ」

「分かってる」


 音を立てないようしずしずと学生鞄の中に引っ込むニア。そんなニアの姿を見届けた俺は、近づいてくる三人に注意を向けた。


「大変失礼なのじゃが、君は避難者で間違いないかの?」


 俺の目の前にやって来た三人の内の一人、初老の男性が口を開いた。

 その人は落ち着いた柄のスーツを着ており、中央駅前地域交流館の責任者の様な雰囲気を出している。


「あ、はい……。台風から身を守る為に来ました。それと可能であれば一晩、ここで泊まらせて貰えばと思っておりますが……大丈夫ですか?」


 相手は俺の倍以上を生きた人間なので、滅多に使わない敬語で話す事にする。


「大丈夫じゃぞ。問題や騒ぎを起こさないと約束するなら、一晩どころか長期でも構わん。好きに過ごすが良かろう」

「ありがとうございます。ただ一晩だけで問題ありません。明日の天気次第ですが、朝早くにここを出る予定です」

「ふむ……。無理に引き留めるつもりはないのだが、何処か行く当てがあるのかの? 失礼ながらご自宅やご家族は……」


 初老の男性は不憫といった表情を浮かべる。


「両親はおそらく無事だと思います。異界浸食が起きた日の早朝、車で岩手に遊びに行きましたので……。もっとも家の方は瓦礫の山になってしまいましたが……」

「ご自宅が瓦礫の山とは……もしかして未明に起きた事と関係があるのかね?」

「そうです。ガルーダと呼ばれる空飛ぶモンスターが、自爆するスイカボムを落としたんです。しかもスイカボムが運悪く家に落ち、そのまま自爆してしまったのです」


 それとガルーダの群れを殲滅したのは俺だ――なんて事は言わなくてもいいかな? 称賛されるのは流石に気恥ずかしいので……。


「やはりのう。君と同じ境遇に陥った方々がこちらに避難して来ているから……っと、そう言えばまだ名乗っていなかったの……。ワシは中央駅前地域交流館の館長を務める相川じゃ。よろしくのう、若者」


 そう言い終えた中央駅前地域交流館の館長を務める相川館長は、柔和な笑みを浮かべる女性にアイコンタクトを取る。

 すると柔和な笑みを浮かべる女性が一歩前に出てきた。

 それはパンツスーツを着こなす女性が、書類を抱えながら俺に近づいたのである。


「初めまして。私は新島と申します。それと相川館長と同じ職場で働く事務員です。それから――」


 柔和な笑みとパンツスーツが似合う新島さんは、ガタイのいいアラサー男性の姿に目を向ける。


「中央駅前交番に勤務している国広です」


 ガタイのいいアラサー男性――ではなく、警察官の制服姿の国広さんが、敬礼をしながら自己紹介をした。


「あ、どうも……。俺――じゃなくて、自分は黒崎颯人と言います。一応高校二年生です」

「クロサキ、ハヤト様ですね……。申し訳ありませんが、こちらの書類にご記入していただけますか?」


 事務員の新島さんは俺に書類を差し出してきた。

『避難者名簿』と書かれたクリアファイルである。

 どうやら俺を避難者だと認定してくれたようだ。


「分かりました」


 そう言いながら俺は新島さんから避難者名簿を受け取り、そしてそのまま俺の個人情報をすらすらと書き始める。

 本名、性別、年齢、住所、職業、家族構成、それと簡単なアンケートなどを書き、避難者名簿を事務員の新島さんに手渡す。


「これでいいですか?」

「確認しますので少々お待ちください…………うん、大丈夫です。それと一応確認しますが、お一人だけですか? もし複数いらっしゃるのでしたら、この避難者名簿にご記入していただけると助かります」

「自分一人だけです」


 俺はサラッと嘘を吐いた。

 とは言え妖精のニアは人間じゃないので、ある意味嘘ではないのだが。


「分かりました。では二階に上がってください。ちなみに申し上げますと、東側が男性、西側が女性、真ん中がファミリー向けと区分けしております。なので黒崎様は東側で休んでいただけると助かります。ここまでで何かご質問はありますか? 女性の私に質問しづらい内容であれば、男性の国広さんに質問しても構いません。ご質問ありますか?」

「特にありません」

「そうですか……。国広さんは黒崎様になにか話しておく事がありますか?」


 新島さんは警察官の国広さんの顔を見る。


「そうですね……。言われなくても分かってると思いますが、今の状況は最悪と言っても差し支えないでしょう。異界浸食によるモンスターが現れた事もそうですが、最強レベルの台風が近づいているこの状況は、一歩間違えれば全滅する可能性があります。もっともモンスターの攻撃、あるいは台風の被害で全滅――ではなく、『内側』から全滅する可能性があります」

「内側って、どういう事ですか?」


 俺は疑問を口にした。

 モンスターと台風の脅威に全滅ではなく、内側から全滅する事に疑問を抱いたのだ。


「避難者のストレスが爆発する寸前なんです。凶悪なモンスターに殺される恐怖と、モンスターに身内を殺された怒りなどの感情が、何時爆発してもおかしくない。そんな危険極まりない状況に陥っているのです」

「そ、それは……ヤバすぎる状況なのでは……?」

「ええ、大変よろしくない状況です。何がきっかけでストレスが爆発するか戦々恐々していますよ、私達は……」


 そこでガタイのいい警察官の国広さんは、俺の顔をしっかりと見詰めてくる。

 犯罪者、乱暴者、詐欺師、ギャングなどの反社会的な人間かどうかを疑う目つきをしているのだ。


「私に敬語や敬意などの気を使わなくても構いません。その代わりトラブルなどを引き起こした場合は、追放といった処置を取らせていただきます」

「追放って、マジですか……いえ、本当ですか……?」

「他の避難者の安全を守る為です。ご理解ください。それと私に敬語で話さなくても大丈夫ですよ」

「ど、努力する……ってか、短機関銃を所持する人間相手に、砕けた言葉遣いができるとは思えないのですが……」


 俺は国広さんの後ろ腰にある短機関銃、あるいはサブマシンガンが見え隠れしているのが分かった。

『ガチャで手に入れたのかな……?』そう思っていると、


「証拠品から盗んだ一丁です。自衛隊が正式採用している9ミリ機関けん銃に似せて作られた複製銃であり、現役の自衛官でも見分けがつかないシロモノ……カッコいいでしょう?」


 ヤバすぎる内容が俺の耳に入ってきた。

 その事に俺は『そ、っすね……』と引きつった笑みで答える事しかできなかった。


「国広さん……」

「国広君……」


 直ぐ近くにいる新島さんと相川館長の二人が、白い目をしながら国広さんの顔を見ている。


「……冗談です。この9ミリ機関けん銃は今朝の無料ガチャで手に入れただけだから安心してください」

「そうですか……っと、そろそろ上に上がってもいいですか? 自宅が破壊されてからロクに休んでいないので……」

「おっと、済みません……。取り敢えず私が言いたいのは、異界浸食のせいでストレスが高まった住民とトラブルが起きないよう、できる限り静かに過ごして欲しいわけです。その代わりというわけではありませんが――新島さん、後はお願いしてもよろしいですか?」

「かしこまりました。では国広さんがおっしゃっていた『その代わり』の事を説明いたします……とは言っても、大した事ではありません。ただ当館に避難してきた方々全員に、当館に備蓄してある非常食を分けているだけです。それからイベント用の美味しいクッキーを「美味しいクッキー!?」」


 不意に女性特有の高い声が聞こえてきた。

 俺の脇の下にある学生鞄の中からである。

 ボストン型の学生鞄の中、つまりニアの声が聞こえてきたのである。

 それもはっきりとした声であり、動物の鳴き声と誤認するのは無理がある様な声であった。


「「「……」」」


 中央駅前地域交流館の相川館長と、パンツスーツが似合う事務員の新島さんと、ガタイのいい警察官の国広さんの三人が、無言で俺の学生鞄を凝視している。不審者を見るかの如くの視線で俺の学生鞄を見ているのであった。

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