千葉県編 その二(仮名)

一話 ホームレス

 八月四日午前六時三十分。

 今日の天気模様はあいにくの曇りであり、数時間後には雨が降りそうな空模様でもある。また湿気と生暖かい空気が辺りを吹きさらっている。

 そんなご機嫌斜めの天気である外に俺とニアが居た。


「これからどうするの、ハヤト?」


 裾の長い深紅のドレスを身に纏う妖精ニアは、不安げな面持ちで俺の顔を見詰めている。


「どうするって言われてもなぁ……。こんな事態に陥るとは全く想像していなかった……はぁ、マジでどうしよう……」


 白いTシャツと青のジーパンといったラフな恰好をした俺は、目の前に広がる光景――見るも無残な瓦礫がれきの山を見ている。

 木材、コンクリート、ガラス、プラスチック、それから白物家電などの生活用品が乱雑に積み重なった山を。

 そしてそれらの中には愛用のパソコンやゲーム機が埋まっており、両親と俺を繋ぐ思い出の品々も瓦礫の中に眠っているのだ。

 そんな目を背けたくなる様な瓦礫の正体は、父さんが三十年ローンで組んだ5LDKの一戸建ての成れの果てである。


 日本の首都圏にモンスターが現れてまだ四日目だというのに、『自宅』という名の生活拠点を失う羽目になるとは流石に予想出来なかったぜ……。


 とは言えモンスターが外を闊歩しているので、何時かは自宅に攻め込んでくる可能性はゼロではない事は知っていた。

 ただ自宅がたったの一晩で瓦礫の山にリフォームするぐらいの被害を受けるとは想像しなかっただけである。

 それも俺の大切な宝物や生活必需品が、ボロボロかつズダズダに成り代わるとは予想だにしなかった。


「う~~ん…………。取り敢えず使えそうな物資を掘り起こすか。特に食料を中心に……っと、崩落に気をつけろよ。あとガラスとか鋭利な物にも注意しとけ」

「分かったわ、ハヤト」


 俺とニアは目の前にある瓦礫の山に足を踏み入れる。

 木材などの建材が折り重なった足場を注意しつつ、まだ使えそうな物資を掘り起こそうとしているのだ。

 そしてしばらくすると缶詰などの保存食を取り出す事に成功したのである。

 またボストンバッグ型の学生鞄や、替えの下着にと幾つかの衣類を手に入れられた。

 それと路上生活に必要な物資。カセットコンロなどの調理道具と、ステンレス製のタンブラーなどの食器類と、折りたたみ傘の様な便利な道具類を瓦礫の山から発掘したのである。


「ハヤトー! ちょうど良さそうな鞄を見つけたよー!」

「おー分かった。どれどれ……って、シロからもらったリュックサックじゃねぇか! でかしたぞ、ニア!!」


 ニアが見つけた大容量のリュックサックの姿を目にした俺は、ニアに褒め言葉を投げながらリュックサックの中身を改める。

 すると幾つかの食料が入っているのを確認した。それもほぼ無傷に近い状態である。


「リュックサック自体も無傷だな……。それと他の荷物を入れるスペースがある……よし、これも持って行こう」


 両手を塞がないタイプの鞄であれば、モンスターとの戦闘に支障はないだろう。そんな判断もあった。


「シロって誰なの? ひょっとして私と同じ妖精じゃないわよね?」


 俺の目前に浮くニア。

 その表情は何故かぷくーっと頬を膨らましている。


「シロは俺と同じ人間だ。そんで初めて顔を合わせたのは異界浸食が起きた初日でな。その日は会話する暇はなく一瞬で別れてしまったんだ」

「ふ~~~~ん…………。それでこの鞄を手に入れた経緯は何なの?」

「手に入れた経緯か……ちょっと長くなるなぁ……。二日前、ニアがトリニタード・スコーピオンを味見したせいでグロッキーになったのを覚えているか?」

「忘れるわけないでしょ、あんな劇薬……。もう二度と味わいたくない一品よ……」


 眉根をひそめるニアの顔が見えた。

 世界最凶の辛さを持つトリニタード・スコーピオンを味わった記憶が蘇ったのだろう。


「グロッキー状態のニアを連れて行かなかったあの日、俺は立川亨たちかわとおる――ゴミクズ野郎の自宅アジトに忍び込んだ」

「犯罪じゃないのよ……!?」


 目をカッと見開くニアだが、俺は気にせず話の続きをする。


「忍び込んだ先には一人の人間が居た。拳じゅ……殺傷力が高い飛び道具を持つ人間と鉢合わせしたんだ。それもパンツ一枚のあられもない姿の俺に武器を突き付けられる状況でな」

「何でパンツ一枚で人様の家に忍び込んでんのよ!? 馬鹿なの!! 大馬鹿――いえ、変態じゃないのよッ!!」

「パンツ一枚の姿になったのは色々あってなぁ……うん、その話は割愛しておこう。ある意味黒獅子との戦いより肝を冷やす出来事だったんで……」

「随分と勿体ぶった言い方するじゃないのよ……。逆に聞きたくなるんだけど」


 勘弁してくれ。

 男のケツを狙う変態モンスターの穴掘りゴリラ。そんなモンスターの話なんてしたくねぇんだよ、俺は……。つーか、需要が全くない話だし、誰得な話なんて聞きたくないだろ。


「話を少し戻すぞ。武器を持った人間と鉢合わせ――もうこの時点で薄々と感づいてるんじゃないのか?」

「……シロと呼ぶニンゲン?」

「そうだ。そのシロは俺と同じ目的を持った人間でな。鉢合わせした際にはゴミクズ野郎の仲間だと勘違いしてたんだ。もっとも俺もゴミクズ野郎の仲間だと勘違いしたんだが……っで、俺とシロの目的は直ぐに同じだと知った。だから一緒にゴミクズ野郎の物資を根こそぎ頂戴したんだ」

「何してんのよ、ハヤト……。シロもそうだけど、他人の物を奪うなんて罰当たり、天罰が下っても知らないわよ……」

「天罰はゴミクズ野郎の方に落ちると思うがな――っと、ついでにゴミクズ野郎の食べ物にトリニタード・スコーピオンを混ぜておいたぞ」

「ばっっっっっっか、じゃないのよぉぉぉぉぉぉおおおおおお……!!」


 ニアは俺の胸ぐらを掴んでいる。


「外道!! 鬼畜!! 人でなし!! あんなヤバいブツを無断で食べ物に混ぜるって、凶悪犯罪並みの残虐な行為じゃないのよッッ!!」

「ワッハッハッハ……」

「笑ってる場合かー!! 今直ぐ謝罪に行きなさいよ!!」

「断固拒否する。ゴミクズ野郎が俺にしでかした罪の内容や、全く無関係な他人を襲っていた事を加味すれば、俺のした行為は称賛されてもおかしくないからな……ってか、シロの話の続きをしていいか?」

「勝手にすれば!!」


 突き放つ様に答えるニアは顔を真っ赤にしている。


「シロと共にゴミクズ野郎の物資を奪う、それは見事に成功した。そして物資を二人で山分けする時、このリュックサックと一緒に幾つかの食料を手にしたんだ。これでリュックサックを手にした経緯の話は終わり、拍手をよろしく~」

「……拍手の代わりにビンタでもいい?」

「ゴミクズ野郎の頬を叩くのは問題ないけど、俺の頬はキス専用だから拒『えぃやッ!!』――痛ッ!?」


 頬から鋭い痛みを感じてきた。

 ニアの腰に入った正拳突きが頬に直撃したからである――って、


「何してんの、ニア……!? 俺に攻撃したのもそうだけど、ビンタは何処に行ったんだ!?」

「うっさい! 裁きよ! 悪い事をした者には裁きを与えるのは当然でしょ!!」

「ニアの言う『悪い事』って、ゴミクズ野郎から物資を奪った事か? それならゴミクズ野郎の自業自得ともいえる結果だから、ニアが怒る必要はねぇよ……。それより出発の準備を進めようぜ。雨が降る前にさ」


 怒りの表情を浮かべるニアから真上――厚い雲に覆われた空を視界に入れる。

 そしてニアもまた俺と同じく空の様子を目にした。


「ずぶ濡れは流石に勘弁したいわね……はぁ、分かったわよ……。とは言え盗人の裁きは延期しただけだからね!」


『盗人』って俺の事かよ……。

 ステータスの職業が盗賊シーフだからある意味ピッタリと言えば、ピッタリなのだが……まぁ、それは置いておこう。今は出発の準備を進めなければいけないしな。


「そんじゃ物資の発掘を続けるぞ……あ、そうだ。持ちきれない分の食料は今日の朝食に回すつもりだからな」

「朝ごはん!?」


 ニアはぱあっと顔を輝かせている。


「朝食を腹一杯に食べたいなら頑張って探すんだな。それと手に入れた食料の総量にもよるけど、働きに応じた量を約束しようじゃねぇか」

「分かったわ、ハヤト! よーし、やる気がみなぎってくるわよッッ!!」


 食べる事が何よりも大好きなニアは、闘志を燃やしながら瓦礫の山に突っ込んでいった。もう少し詳しく述べると、瓦礫の隙間に潜り込んでいったのである。二十センチ未満の小さな体を最大限に利用する形で。


 どんだけ飯に飢えてるんだよ、暴食妖精は……。

 やる気が出たのは良い事だから何も言わずおくけどさ。


「そろそろ俺も動くか。食料や道具などを掘り起こす事もそうだが、持っていく荷物の選別もしないとな」


 ご機嫌斜めの天気が更に悪化する前に出発したい俺は、改めて瓦礫の山に埋まっている物資の回収に勤しむ。

 それは瓦礫の山が崩落しないよう慎重に掘り起こし、手に入れた物資は安全な場所(駐車スペース)に置く。そして直ぐに瓦礫の山に足を向ける。

 そんな繰り返し作業を一時間ぐらい続けた。

 すると現在保有する最強武器『コンバットナイフ』と、調味料を含む食べ物を取り戻せたのである。


「これ以上めぼしい物が見つからないな……よし、ここまでにするか! ニア、朝飯にするぞ!」

「ちょっと待って! これを手に入れたらそっちに向かうから!!」


 瓦礫の隙間からニアの声が聞こえてきた。


「あんまり無理すんなよ! 瓦礫が崩れたらぺしゃんこだからな!」

「分かってる! これだけだから!」

「いや、全然わかってねぇだろ……まぁ、いいや。朝食の準備してるから早めに終わらせろよ!」

「りょうか~い!」


 ニアの返事を聞き取った俺は、瓦礫の山から駐車スペースに移動する。瓦礫から掘り起こした食料などを含む物資を置いた場所にである。

 ちなみに駐車スペースにある筈の自家用車は、両親が岩手県に遊びに行く交通手段として使用しているのだ。お陰で埃まみれの物資を置く場所は困らなかった。


「人生は山あり谷ありと言うけど、ホームレスになるとは予想もしていなかったな……」


 埃まみれの物資が置かれている駐車スペースに着いた俺は、自宅の成れの果てでもある瓦礫の山を見ながら独り言を呟いた。

 それと同時に数時間前の未明に発生したイベントを思い起こす。

 自宅が瓦礫の山になってしまった原因。それらの出来事を鮮明に回想するのであった。

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