ソフィアスによる末文(二)
無作法にも、私はイオが旅立つまでの序盤と、一時帰国した時のくだりをかいつまんで読んだ。なるほど、彼から見れば家族に信じてもらえず、裏切られたような気持ちだったのだろう。身の危険もあったし、憐れと言えば憐れだ。
私が手っ取り早く答えを得たのを見て、それまで黙っていたレイアが口を開いた。
「実は祖父の手記を出版したいと考えています。カンニバラ家の皆様はガラテヤ側の遺族に属するので、ご許可願えれば……いえ、お力添えいただけませんか?」
そう話す彼女の瞳には強い意志の光が宿っており、これは少々文句を言ったところで止まらないだろうなと思わされた。
「まあ、私で手伝えることがあれば」
首をすくめて、もう一つの荷物を見やる。
「それと、遺灰の方も。お引き受けしますよ……少しは同情してもいい気分になってきました。手記の残りの部分は、これからじっくり読ませていただきますが」
私は店内をしみじみとした気分で見回した。
ここへ入った時は古色蒼然とした美しい建物としか思わなかったレストランも、かつてイオが食事し、〝魔族向けメニュー〟にうんざりした場所だと思うと不思議な気持ちだ。今、店内にはレイア以外の食人種も数名訪れている。
それから少し他愛のない話を交わして、彼女と別れた。
そのまま真っ直ぐ家路に就いても良かったのだが、なんとなく一人で手記を読んでしまいたくて、私はイオの遺灰と共にホテルへ泊まった。
レイアはまだ数日ガラテヤにいるそうで(彼女はこの時、留学を計画していた)、何か聞きたいことがあればすぐ訪ねていける。
チェックインして手記を開いたのは昼過ぎだったはずだが、読み終えたころには空が白み始めていた。なんだか学生時代に戻ったような気分だ。
大叔父が綴った文章と、残されたスケッチ、夏至祭礼の集合写真。
私は箱を開け、そこに収められた遺灰をつまんで、自分の舌に乗せた。
口の中がほこりっぽくなるような、ただの灰の味。大叔父の人生、ある男の一生が詰まった苦味がよぎって、頼りない余韻が跡形もなく消えていった。
【終】
北阿古霜帝國民族誌《エッタ・イグニブラ・ユト・ザデュイラル・ゼネプブイサリィ》 雨藤フラシ @Ankhlore
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます