祝いましょう、そして、また会いましょう(後)

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抜粋(六号月二十三日から二十七日まで)

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 祭宴の料理は五十皿以上あったのではなかろうか? 僕はもう一生ぶんの肉料理を味わった気がした。そもそも素材が人肉なのだから、生国で口にすることはないが。


 内臓をほとんど食べ尽くし、肩肉、背肉、もも肉といった部位になると、何種類もの煮こみとローストが登場し、そのバリエーションに驚かされる。

 すりおろしたオレンジの皮入りマリネ液に一晩漬けて焼いたもの、じっくりリンゴ酒で煮こんだもの、杏仁乳クロイムで煮てアーモンドとレモンのクリームソースをかけたもの、ライ麦パン粉でとろみをつけた濃厚で味わい深いビール煮、スライスした舌のビーツと蕾の酢漬けケッパー添え、蜂蜜とリンゴたっぷりの網脂あみあぶら包み焼き。


 三日を過ぎたころには、ハーシュサク提供の大きな岩塩板を中庭で熱し、その上で直接【肉】を焼いて食べるという試みも行われた。

 元の形が残っていて、少し恐ろしかったのが手足だ。スパイスをきかせた手の煮こみアーモンド仕立てや、八時間以上煮こんでローストして骨まで食べられる足など。

 脚肉のローストの中でも、マーマレードとパイナップル果汁に粒マスタードを加えたソースのグレーズ焼きは、なめらかな肉に絶妙な甘さと粘りで絶品だ。


 人肉の味をなんと表現するべきかは、何度も考えた。僕は牛、豚、鶏、羊、鹿、うずらなどの肉を食べてきたが、強いて言えば豚と鶏が近いだろう。

 だがいかなる調理法でも、必ず最後に残っている独特の風味があった。それは未知の香辛料の説明と同じで、味わってみなければ分からないと思う。

 参考までにハーシュサクの言葉を借りよう。料理に詳しい方なら、何か分かるのではないだろうか?


「【肉】には複雑で力強い味付けがなじむ。魚や豚がどうかは知らんがね、蕾の酢漬け、クローブ、セージ、ナツメグ、りんご。だが脂肪を切り落とすと風味が繊細に変わるから、カルダモンや生姜、パプリカや柑橘類なんかもいい」


 宴会場とは別に、長広間ギャラリーはダンスホールとして解放されていた。食事が一段落し、ほろ酔い気分になると、そちらへ移動して歌ったり踊ったり、自前の楽器を演奏したりする。何なら厨房を借りて、新しいおつまみやデザートを作るのも、ザドゥヤ人には楽しみのうちだ。

 カドリルにワルツにポルカ、ガラテヤで人気のあるダンスはだいたいみんな踊り尽くしたと思う。しかしザデュイラル伝統舞踊となると、僕はお手上げだ。


 この催しも、ガラテヤ社交界のダンスパーティーのように取り澄ましていたのは最初のごく一瞬だけだったのではなかろうか。別に乱痴気騒ぎというわけではないが、きつくコルセットを締め、重く大きなドレスを着たご婦人がたではとてもついて行けない激しさだ。食事中に話せないぶん、おしゃべりでも盛り上がる。

 僕はすっかり、夏至祭礼の祭宴を楽しみきっていた。

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六号月二十八日 花曜日ディケリトルヤク

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 タミーラクがマルソイン家を訪ねてきたのは、祭りの五日目を過ぎたころだ。目付け役の若い男が同伴しており、そちらはトルバシド侯爵家の使用人らしい。


「いやー、遅くなって悪いな、カズー。父上が俺を料理するって話で、祝い客がいつもより増えて、中々来られなくなってさ」


 コガトラーサ家の祭宴は、宮廷料理長であるハジッシピユイに代わって、後継ぎのザミアラガンが取り仕切っている。彼は末弟のめでたい話をあちこちに触れ回ったようで、タミーラクは次から次へと訪ねてくる相手に忙殺されていたそうだ。


「まだ三年もあんのに、どいつもこいつも気が早いっつーの……」

「お疲れさま、ミル。来てくれて本当に嬉しいよ」


 ダンスや食事の休憩場所として用意された喫茶室のソファに、タミーラクはだらしなくひっくり返る。その横に、カズスムクは真鍮のカップを持って腰かけた。中身は、血とスパイス入りのホットチョコレート・ジュトマヘスジュトマーヘス〔Sutǫmhhes〕だ。

 食事の休憩場所と書いたが、ここのテーブルは主にデザートや飲み物、軽食が並べられている。紅茶にコーヒー、各種薬草茶、血割りのシェリー酒にぶどう酒。


 特に見事なのは、ソムスキッラ作の〝ファ・ヤクサ・ハスモン〟〔fa Jaxh casmon〕だった。その名は〝贖罪の紅玉〟を意味する、伝統的デザートだ。

 これは血割りぶどう酒を人皮のゼラチンで固め、中に蜜煮のリンゴをたっぷり閉じこめたゼリーで、美しい赤色は紅玉の名に恥じない。

 タミーラクは「まっ、いいや」とソファから身を起こすと、カズスムクから飲み物を受け取った。そして目付け役に手土産を出すよう言う。


「イオ、これ食えよ、お前のために焼いたんだぜ」

「わざわざ? なぜ……」

「良いから食えって。俺が口につっこむ前に」

「はいはい」


 意外なプレゼントに驚きながら、僕は渡された包みを開封した。まだ温かく、ふわっと香ばしい匂いが漂ってくる。見た目はシンプルなクッキーのようだが。

 カズスムクより先に食べていいのだろうかと思ったが、横目で見ると、眼帯の伯爵はニコニコと見守っていた。勧められたのは僕だし、固辞しても失礼だろう。

 口にすると素朴な旨さで、一枚をじっくり味わった。


「うん、美味しいです。不思議に柔らかくて、しっとりしている。この脆い感触は、あえてそうしているんでしょうか。何というか、ほっくり甘い風味も独特ですね」


 タミーラクはふふん、と得意げに鼻を上向かせた。彼は鋭く剣呑な強面をしているが、こういう表情をすると年相応のあどけなさが出てくる。


「それ、豆ジャムオルサを練りこんで焼いたんだよ。お前、あれの食感がダメなんだろ? これなら舌触りは変わるし、風味も残る。二枚目はもっと、豆の香りを味わえよ」

「僕のためにって、そういうことですか!?」


 碧血城で、僕が豆ジャムのパイを嫌々食べたのを気にしていたらしい。悪いことをしたなと我ながら思うが、工夫を凝らしてまた再挑戦しようとは。


「あなたも負けず嫌いですね。でも、ありがとうございます、これは本当に美味しいですよ。立派な菓子職人の腕だ」

「おう、褒めろ讃えろメガネザル。この世には〝まずいと言われる食べ物〟ほど悲しい物はないんだぞ。俺は絶対にゴメンだね」

「……あなたは大丈夫でしょう。稀代の天才、ここ数百年で最高と呼ばれる宮廷料理長の手にかかるのですから」

「まあな! 父上が調理してくださるなんて、本当に夢みたいだ!」


 それは、自分が食べられる側であることを自覚した言葉だ。自らは食材である、というタミーラクの態度に、僕はいまだに居心地の悪さを覚える。


「そうだ、イオ。お前奉納ガグリフ中つ宮ユインデルキャルス見たんだろ? どうよ、感想は」

「大変興味深かったです。遺体に音楽を聴かせたり、頭蓋骨を祀ったり……話に聞いていたあなた方の信仰や文化が、こうして実際に見られて興奮しますね。まあ、中つ宮ではニフロムをいただきましたが」

「彼、最後までちゃんと立ち会ったんですよ」

「へえー、初めてにしちゃやるなあ、お前」


 カズスムクが付け加えると、タミーラクはバシバシと僕の肩やら背中やらを叩いてねぎらってくれた。正直痛いが、甘んじて受けよう。咳こみそうな息を整える。


「そういえば、贄候補も中つ宮に入るんですよね」

「当然だろ。俺は父上がバリバリ【肉】さばくの見て育ったんだ」


 タミーラクはまたも、嬉しそうな満面の笑顔になった。知らぬなら教えてしんぜよう、と言わんばかりの、誇らしげな躍動感を持って語りだす。


「父上がやると、いつも魔法みたいに皮はするりと剥け、はらわたはスポッと抜け、大鉈一閃すりゃ綺麗に背骨が割れる。んで、テキパキ手足も外して、とにかく父上の一番格好いいところを見るのが楽しみだったんだよ」

「そんなにですか」


 僕はついぼんやりとした返事になった。自慢話が嫌というのではなくて、それを語る当人の身の上をつい案じてしまったがために。

 カズスムクたちが、贄の命に敬意を払うからこそ、大事に調理し食べることはよく理解できた。けれど、タミーラクはまた立場が違うではないか。


「なんだよ、つまんねえ顔しやがって」


 もちろん、彼は気に入らないようだった。少し迷ったが、この際はっきりさせておこうと思い、率直に訊ねてみることにする。


「そうですね。僕にそんな心配されてもご迷惑でしょうが、食べられる側のあなたが、解体から調理まで参加されるというのが、なんとも不思議な感じがします」

「心配? 何言ってんだよ、俺は食べる側だろが」


 タミーラクは不可解そうに首を傾げた。


「それは今の話で、あなたは将来的にはそちら側でしょう」

「あー、もう! 今は今、先は先だろ。分かってねえなお前!」


 力いっぱい背中を叩かれ、僕は今度こそ盛大に咳きこんだ。


「食事は日ごと夜ごとのもんだが、食材にとっちゃ一回切りだろ。誰だっていつか食べられるんだ、俺が人を料理しておかしいわけがあるかよ」

「まあ、それは、はい」


 若い身空で、タミーラクはなんとも潔い。

 それは、カズスムクから眼をもらったという過去がそうさせるからだろうか? それを僕が知っているということを、自分から言うのははばかられた。

 理屈としては分からなくもなかったが、感覚的にはふに落ちない。僕のそんな歯切れの悪さを察してか、タミーラクは口調を柔らかくした。


「そりゃ、ガキのころは怖いって気持ちもあったけどよ。俺が将来食われるってことは、俺が今食べてる人たちも、同じように怖かったり辛かったりしたわけじゃん」


 恐怖についてタミーラクがあっさり認めたことが、僕にはやや意外だ。これぐらいならば、まだ口にできるのか。


「だったら、先に【肉】になった同類のために何かしなきゃな、って考えたら、それはしっかりさばいて、料理して、美味しくいただくってことになるんだよな。どうせなら、美味い美味いって喜ばれた方が、生まれて死んだ甲斐もあるってもんだ」


 晴れやかに、快活に、栗色の髪をした少年は自分の死について話す。

 いずれ捧げる自身の命がそうであるように、先に逝った命へ敬意を示して。それが彼の人生、タミーラクという生命の在りようなのだと。


「……そうか。以前、あなたがニマーハーガンの話をした時、新しいウェロウを美味しくしてやりたい、と言っていたのは。そのためだったのですね」

「おう。分かったか」


 ただ真っ直ぐに生きていく者の、のびやかな微笑み。それに胸がしめつけられるような気持ちと、引き止めてはいけないのだという強い確信を覚えた。

 おそらくこれは、カズスムクがかつて拒絶したものだ。


「ミル、今日は写真師を呼んでいるんだ。イオと君も一緒にどうかな」

「記念写真か! いいな!」


 その話を最後に、僕らは喫茶室を後にして、また饗宴の輪に戻っていった。宴会場に出入りするたび、三人の髑髏に「ありがとう」と挨拶する。


 ハーシュサクとヴェッタムギーリは毎晩のように酔いつぶれ、祭りの後半ではそこにクトワンザスも引きずりこまれていた。

 カッマルキリエと踊りたがる女性は引く手あまた、ヒーソサッタとイラティキレフは二人でイタズラざんまい、女性陣は固まってずっとおしゃべりしていたようだ。


 食べて、飲んで、踊って、歌って、永遠に続くような狂騒の時。終わらないでほしいとさえ思えたこの宴は、生け贄たちの命でまばゆく光り輝いていた。

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七号月一日 旗曜日ルケデルヤク

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 最終日には聖体料理の像が壊される。中に詰めた菓子は籠に分けて招待客のみやげ物に、器の焼き菓子は酒と干し果物、香辛料に漬けこむ。

 ほどよくふやけた所をかまどで焼くとふっくら仕上がり、先の漬け汁に砂糖を加えて煮詰めたシロップをかければ、祭宴の終わりを告げるケーキとなる。


 その名はクドワ・ガヤルシ〔Kudva ĝajars〕。

〝さようなら、また会いましょう〟という意味だ。

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七号月二日 赤曜日スタンジリヤク

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 かくて祭りは終わり、僕はガラテヤへ帰国した。

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