茶会の始まり(後)


 図書室の一角には外に張り出した陽当たりの良いスペースがあり、そこは直射日光を避けて書架も離されていた。元から茶会などに使う場所なのだろう。

 場にしつらえられた六角テーブルは、幾何学模様を描く見事な寄木細工だ。木材の他にも貝殻の真珠層や金属が使われており、さぞかし職人が手をかけたことだろう。


 なめらかな天板の上には、ライラックやデルフィニウムが生けられ、銀の湯沸かしと磁器のティーセット、様々なお茶の友が並べられている。

 テーブルにはカズスムクの他に、見知らぬ少女がすでに着席していた。青みがかかった長い銀髪を高く結い上げ、眼鏡をかけている。


 なるほど、タミーラクは彼女が来ていることを踏まえて、僕が「鳥のフンの話」をしないよう釘を刺したのだと知れた。


 少女の白と水色のドレスは驚くほどタイトで、僕は眼のやり場に困ってしまう。パニエやクリノリン、はてはバッスルすらない体の線そのままのワンピースなのだ。

 袖口だけは花のようにフリルが広がって優美だが、首元は禁欲的に詰めた立て襟で、首から肩、脇腹へと斜め開く襟を華やかな飾りボタンで留めている。


 後で彼女の立ち姿を見た時には、スカートに深くスリットまで入っていてひっくり返りそうになった(タミーラクにまた笑われた)。下にロングスカートを履いているとはいえ、こんな若い女性が破廉恥な……。

 しかも、これはザドゥヤ女性の礼服・ユエタリャ〔Ưetarja旗の子〕だそうだ。

 礼服! いっそ煽情的ですらあるこの大胆な衣装が!?

(※編註……当時のガラテヤでは、女性は厚着で体の線を隠すものであった)


「今日はお招きいただき……」

「ごきげんよう我が親愛なる友人たち。お客人の味はどうだったよ、カズー」


 言いかけた僕の挨拶は、しゃっくりに潰された。自分の肉を食人鬼がどう味わったか聞く、中々出来ない体験だ。一口では大して分からないとは思うが。

 眼帯の伯爵は明るい日の下にいると、ほとんど透明のように見えた。髪の色に反して肌の色素が薄く、命を吹きこまれた氷雪の人形だ。


「ごきげんよう、ミル。シグ・カンニバラ、あなたから頂いた血肉は、昨夜のうちにありがたく賞味いたしました」

「あ、どうも。お粗末さまです……」

「なんだそりゃ」


 どう答えたらいいものか、つい口走った僕をタミーラクが笑った。

 カズスムクは筒のような立て襟の背広スーツを着て、襟飾りのスカーフを締めていた。これはフエミャ〔Chemja剣の子〕というザデュイラルの基本的な礼装であり、古シター語の中でも特に古い言葉で剣士、剣を持つ者を意味するそうだ。

 ボタンは見当たらず、前の合わせ部分のフチに蔓草紋様があしらわれ、裾や袖には、花びらのように刃を連ねた意匠(※八輪剣花章)が刺繍されている。


「角がないのって変な感じね、ガラテヤ人は」


 同席していた少女が口を開く。決断し終えた戦術家のように、冷たく研ぎ澄まされた表情をしていた。きりっとした目鼻口は神経質なまでに整った配置で、「たるむぐらいなら死ぬ」という気迫させうかがえそうな、常在戦場の美貌である。

 高嶺の花を擬人化して完全武装させ、冬の海へ発つ戦艦に乗せたような人だ。


「こちらは私の婚約者で、イェキオリシ伯爵〔L'm Ý'l Kåjachgje Hekgoris〕令嬢ソムスキッラ〔Zomskcylla白百合 Varasu Kaszephe Hekgoris〕です。お見知りおきを」


 なるほど、未来の配偶者が本日のもてなし役として同席しているというわけだ。角の良し悪しは僕には分からないが、美男美女の組み合わせである。


「初めまして、ユア・レディシップ。〝片角の海軍魔女〟と同じお名前ですね」


 挨拶を済ませ、僕らはそれぞれ椅子を引かれた席に座った。タミーラクとソムスキッラにカズスムクが挟まれ、僕は彼と対面する格好で、順次熱いお茶が供される。

 ソムスキッラはつんと視線をそらした。


「次に魔女呼ばわりしたら、その舌抜いて塩漬けにするわよ、ガラテヤ人」

「キュレー〔Kcyllé〕、あまりからかわないで」


 カズスムクが間に入ってくれて僕はほっとした。「キュレーは魔女が気に入ってんだよ」とタミーラクが付け加える。

 彼女の声には言葉ほどの険はない。だがその表情は、不動の峻厳。


「舌の味が良いかどうかは話術の巧拙次第。ガラテヤ人、イオと言ったわね、わたくしの前でガラテヤ語は禁止。あちらの敬称で呼ばないで」

「分かりました。なんとお呼びしましょう」

「わたくしのことは、ユーダフラトル〔Ydafratl〕と呼びなさい」

「分かりました、お嬢さまユーダフラトル


 僕はガラテヤの製菓文化は優れたものと信じてやまないが、ザデュイラルのそれも負けてはいない。茶話会のために用意された菓子は、見事なものだった。


 干し果物とナッツ、甘く煮た野菜とナッツ、豆とナッツで三種類の具がごろごろ入った焼き菓子・ザルガカカムス〔Sargha雷鳴kåkamsクッキー〕は見た目にもカラフル。

 サフランとレーズンを入れた黄金色のパン・センブラカヤ〔Zenbraサフランkajaパン〕は焼き立てふわふわ。香辛料が利いていて、酒にも合いそうだ。


 スグリとベリー類の果汁を混ぜた冷たいプディング・バタトーリ〔Bathtǫrg拍手のピュレ〕や、花びらで彩られた杏仁乳寒天アーモンドゼリーは柔らかく皿の上で震える。他、クランブルケーキに、じゃがいもや干しトマトをカラッと揚げたもの、などなど。


 そしてこのすべてが卵、牛乳、バター不使用!

 給仕されたのは明るく薄い桃色の花茶モルブタフ〔Molbtach〕 だ。口当たりは丸くすべらかで、ほのかに甘やかな香りがするが、おそろしく味が薄い。


「まずは、フィカ〔Fika〕をどうぞ」


 カズスムクは個々のカップの横に置かれた小さなボウルを勧めた。白く繊細な器には弾丸ほどの小さな実が盛られ、ピンが刺さっている。

 全体はリンゴに似た淡い黄みがかかった白で、細長い先端はぶどう酒のように赤い。何の果物か分からないが、蜜漬けのようだ。


 ガラテヤの茶会で最初に食べるのはサンドイッチだったが、ザデュイラルではフィカらしい。一つ食べてみると、想像していたような甘ったるい味ではなかった。

 シャキシャキと軽快な歯ごたえに、甘酸っぱくてとてもさっぱりしている。爽やかな気分で飲み込むと、花のような香りが心地よい後味を残して去っていった。


 もっと驚いたのは、カズスムクに勧められて花茶を口にすると、香りがさらに増したことだ。この茶とフィカは、完全に二つで一つの組み合わせなのである。

 ソムスキッラは満足げにため息をついた。頬が少し緩んでいる。


「カズー、今年のフィカ、今までで一番だわ」

「ついにお婆さまにもめられたからね。シグ・カンニバラにもお気に召していただけたようで、何よりです」

「あなたが作ったのですか?」


 後で知ったが、フィカに使う果実はアクや毒抜きの処理が難しく、これを上手く作れるかどうかが技術を測る一つの指標にされているのだ。


「はい、多忙ゆえフィカ以外は厨房に任せました。ご容赦下さい」

焼き菓子ザルガカカムスはわたくしが作ったものよ」

「え? この国では貴族が料理や菓子を作られることは一般的なのですか?」


 三人のザドゥヤ貴族は、おやっと怪訝な顔になった。どうやらお互い、異なる常識にぶつかったらしい、ワクワクする。タミーラクが訊ねた。


「あんた、トリとかウシとかさばかねえの? あっちじゃそういうの食うんだろ」

「それは専門の料理人に任せますね」


 ガラテヤでも、何百年か前の貴族は狩りをして獲物を持ち帰ると、自ら皮を剥いだりさばいたりしたそうだ。時代が下るとそういう仕事は料理人に任せることが普通になったが、ザデュイラルでは料理テム〔Tem〕は貴族には必須の嗜みらしい。


「伯爵は、日々の食卓をご自分で用意されるのですか?」

「いえ、それは当家の料理人スコズ〔Scǫs〕に任せます。私たち(貴族)の場合、人をもてなしたり、余暇の楽しみで。そして祭礼の儀式として料理を行うのです」


……嫌な予感がしてきたが、基本的にイオ・カンニバラの主人はその好奇心である。


「では、伯爵はご自分の手で、人間をさばいて調理されるのですか?」

「もちろん、します。当主の大切な務めですから」


 まばゆい氷の笑みには、一点の曇りも無かった。

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