二 茶話会《タフ・カラシル》ⰕⰀⰝ ⰍⰀⰓⰀⰔⰓ

茶会の始まり

茶会の始まり(前)

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四号月二十二日 旗曜日ルケデルヤク

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 貴族は、労働階級とは別の意味で多忙だ。自分の領地さえ守っていれば良いというものでもなく、全体の奉仕者であることを暗に求められる。


 その点ではザデュイラルもさほど変わらないらしく、名目上の〝伯爵〟であるカズスムクも、マルソイン家を将来負って立つ身として、せわしなく働いていた。

 後見人である叔母のレディ・フリソッカ〔Chrizoka自由気まま〕監督のもと、平日のうち五時間は勉学に専念しつつ、訪問客を迎えたり、挨拶回りに出かけたり。


 一方の僕はというと、仮にも【肉】として購入された立場なので、図書係の仕事を与えられた。だが待遇としてはあくまで客人らしく、仕事と言っても蔵書の閲覧許可に等しい。なんたる僥倖!

 貴族のようにもてなされているとは思わないが、それにしても、こんなに厚遇されていていいのだろうか?


「まあ、のびのび過ごしとけよ。オレを助けると思って」

 僕の疑問にそんなことを言って、ハーシュサクは朝の内に館を発った。

[この時の彼の発言にはずいぶんと含意があったものだが、それを語るのは後にしよう。]


 最初の朝食も書いておこうか。

 メニューは苔を練りこんだ緑のパン、アーモンドバター、、きゅうり、トマト。それと砂糖煮のプラムを添えた、ブルーベリーとリンゴのオートミール粥。穀類の甘みにしゃきっとしたリンゴの歯ごたえが合わさり、起き抜けの胃に優しい。

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四号月二十三日 赤曜日スタンジリヤク〔Stanzjrjak〕

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 よくよく考えれば、ヒト以外の脂質を受けつけない魔族の国に、家畜の乳脂肪から作られた食品があるはずがない。では、僕が食べたチーズはなんなのか?


 小間使いに訊ねたところ、これはケトイアケトヤ〔Ketoýyha〕という大豆の絞り汁を固めた食品の塩漬けで、つまりチーズもどきであった。

 ザデュイラルでミルククロイム〔Klǫgm〕と言えば、牛乳ではなく豆乳か杏仁乳アーモンドミルクなのだ。なお、間抜けにも僕がしばらく気づかなかったように、とても材料が豆とは思えないほどしっかりチーズの味がした。

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四号月二十二日 旗曜日ルケデルヤク

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 昼下がり、僕は雪の結晶を描くタイル敷きの廊下で、あちこちの浮き彫り細工をスケッチしていた。突然、バシーン! と背中をぶっ叩かれる。

「いだっ!?」と抗議の声を上げて振り返ると、タミーラクが立っていた。


「よう、食用猿ラブタスくん。茶話会に遅刻するぞ、お前」

「どうも、ご挨拶さまです」


 懲りないお人だなと思いながら、僕は特に反論しない。少なくとも、刃物のように鋭い目元口元からは、昨日ほどの敵意は感じなかった。


「お声をかけていただき感謝します。でも一応、僕は怪我人なのですが」

「そうだったな、死んだら美味しく食ってやるよ」

「謹んでご遠慮いたします」


[この返事にタミーラクは内心ムッとしていたのだが、当時の僕には知るよしもなかった。彼は相手が蒙昧もうまいな人族だ、とよくよく理解していたのだ。]

 ところで今日は旗曜日、休日だった昨日と違って平日のはずである。


「あなたは士官学校で寄宿舎に入っておられる、とお聞きしましたが」


 タミーラクは先日と同じような赤革の長衣姿だった。ロングコートの一種だろうか。今日も帯びている彼の軍刀は、軍属学徒の身分証も兼ねるそうだ。


「この国じゃ〝三時のお茶〟に招かれたら、外出申請が通りやすいんだ」


 僕らは話しながら、案内の使用人と共に会場である図書室へ向かった。

 先ほど僕は図書係を拝命したと書いたが、午後からは茶話会の準備をするため、使用人の面々に「余計なことはしないでください」と追い出されてしまった。ので、部屋でマナー教本を読んでいたが、飽きて装飾のスケッチを始めたのである。


「てっきり、あなたは人族がお嫌いなのかと」

「いやー別に? 物見遊山のつもりで来たいけすかねえ野郎なら、本格的に追い返してやろうと思っていただけだ。意外と角が太い……あ、度胸あるって意味な」


 タミーラクの警戒は妥当だろう。

 ガラテヤに限らず、これまで魔族を研究した学者たちは、およそ彼らを〝人間〟と扱わず、勝手な見解を述べたものだ。


 それでは僕はどうなのかと言うと、まず「魔族も人間である」と定義した上でこの旅に臨んだ。でなければ、話が始まらない!

 それより、思ったよりも彼らの態度が寛容で、僕はほっとしている。大伯父に必死に頼み込んだ甲斐があったというものだ。


「あなた方の礼儀作法マナー風俗慣習エチケットについては、全くの無知なので、それで怒らせてしまうかも……」

Paxchパクサや晩餐ならな。茶を飲んで雑談するだけなんだから、別に気にすんなよ。あいつも文句言わねえって決めたら、ずっとニコニコしてっから」


 Paxch――「(ザドゥヤ語)祭りの宴席、感謝の祭儀とその会食、【肉】の晩餐、生け贄を奉納し受け取ること」。

 僕はカズスムクの莞爾かんじとした笑みこそが怖いとは思うが、異邦人ゆえ容赦されることに期待するしかない。ここへ来てまだ二日目なのだ。


「まあ、鳥のフンを食う話をされたら別かもな」


 僕がぎょっとして立ち止まると、タミーラクは「遅刻したいのか?」と怪訝そうに振り返った。突然何を言い出すのだろう。


「何ですか、鳥のフンって」

「お前ら人族は大好きだって聞いているからな。特にのやつ」

「……それは卵です!」


 憤慨を隠せず、思わず天を仰ぐ僕をタミーラクは疑わしげに見つめた。


スチア〔Stga〕ってのは、スチガ〔Stggå(※Stgaの複数形)〕が入っているもんだろ。ご先祖様は、翼持つ人間の卵を食べる時は、殻ごと雛を煮殺したそうだ」

「東方の珍味でも、そういう卵料理があるらしいですね」


 考えるだに頭がクラクラする。なるほど、目玉焼きの鮮やかな白と黄色も、燕のフンの白と黒も、卵を食べない彼らにとっては等しく見えるに違いない。

 僕はなんとか気を取り直した。


「分かりました、鳥のフンの話はしません。しかし、そもそも茶話会では会話しても許されるんですか?」


 僕はガラテヤで、魔族の食事作法に関するまともな文献を見つけられなかった。どうにか知り得たのは、〝決して食事中はしゃべらない〟ということだけだ。

 マナー教本を見る限り、基本的な作法は大して変わらないように見えた。


 だがガラテヤの場合、作法は常に社交家や美食家が更新し続けており、本に載った時には流行遅れになってしまっている。だから教本だけを信用するのは不安だった。


「あなた方の間では、食事中の口と舌は料理のために使うべきであって、会話に使うことは食材に対して敬意を欠く行為――と聞きましたが」

「あんたの国でも、供えものぐらいするだろ? 神とか、祖先とか、悪霊とかにさ。食事ヤクタユム〔Jacktaym〕はだ、【肉】であろうとなかろうと」


[Jackt は貴族カヤフギェの Jach と同じ言葉からの派生で、「供物」のことである。そして接尾辞 -aym は「到る、達する」なので、Jacktaymは「供物を受け取る」と解せる。

 つまり、タミーラクは異国の異種族である僕に自分たちの文化を伝えよう、と言葉の原義そのままに解説してくれたのだ。こうした気遣いの数々に僕が気がつくのは、ずいぶんと後のことだった。]


「だから聞かず話さず命と向き合うし、タフ〔Tach〕なら人と向き合う社交の時間だ」

(※編註……ここでタミーラクが言っている「食事」とは正餐、晩餐、ディナー)


 よって、茶話会では会話しても良い、と。

 ザデュイラルでは日常の食事もまた、宗教的儀式の側面を持つようだ。教本を読んだ限りでは、カトラリーの使い方も配膳形式もさほど違いはなかったのだが。

 昨夜から昼にかけて、僕の食事は直接部屋に運ばれてきた。だから彼らと飲食を共にするのは、この茶話会が初めてとなる。失礼がなければいいのだが……。

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