二 茶話会《タフ・カラシル》ⰕⰀⰝ ⰍⰀⰓⰀⰔⰓ
茶会の始まり
茶会の始まり(前)
-------------------------------------------------------
四号月二十二日
-------------------------------------------------------
貴族は、労働階級とは別の意味で多忙だ。自分の領地さえ守っていれば良いというものでもなく、全体の奉仕者であることを暗に求められる。
その点ではザデュイラルもさほど変わらないらしく、名目上の〝伯爵〟であるカズスムクも、マルソイン家を将来負って立つ身として、せわしなく働いていた。
後見人である叔母のレディ・フリソッカ〔
一方の僕はというと、仮にも【肉】として購入された立場なので、図書係の仕事を与えられた。だが待遇としてはあくまで客人らしく、仕事と言っても蔵書の閲覧許可に等しい。なんたる僥倖!
貴族のようにもてなされているとは思わないが、それにしても、こんなに厚遇されていていいのだろうか?
「まあ、のびのび過ごしとけよ。オレを助けると思って」
僕の疑問にそんなことを言って、ハーシュサクは朝の内に館を発った。
[この時の彼の発言にはずいぶんと含意があったものだが、それを語るのは後にしよう。]
最初の朝食も書いておこうか。
メニューは苔を練りこんだ緑のパン、アーモンドバター、チーズ、きゅうり、トマト。それと砂糖煮のプラムを添えた、ブルーベリーとリンゴのオートミール粥。穀類の甘みにしゃきっとしたリンゴの歯ごたえが合わさり、起き抜けの胃に優しい。
-------------------------------------------------------
四号月二十三日
-------------------------------------------------------
よくよく考えれば、ヒト以外の脂質を受けつけない魔族の国に、家畜の乳脂肪から作られた食品があるはずがない。では、僕が食べたチーズはなんなのか?
小間使いに訊ねたところ、これは
ザデュイラルで
-------------------------------------------------------
四号月二十二日
-------------------------------------------------------
昼下がり、僕は雪の結晶を描くタイル敷きの廊下で、あちこちの浮き彫り細工をスケッチしていた。突然、バシーン! と背中をぶっ叩かれる。
「いだっ!?」と抗議の声を上げて振り返ると、タミーラクが立っていた。
「よう、
「どうも、ご挨拶さまです」
懲りないお人だなと思いながら、僕は特に反論しない。少なくとも、刃物のように鋭い目元口元からは、昨日ほどの敵意は感じなかった。
「お声をかけていただき感謝します。でも一応、僕は怪我人なのですが」
「そうだったな、死んだら美味しく食ってやるよ」
「謹んでご遠慮いたします」
[この返事にタミーラクは内心ムッとしていたのだが、当時の僕には知るよしもなかった。彼は相手が
ところで今日は旗曜日、休日だった昨日と違って平日のはずである。
「あなたは士官学校で寄宿舎に入っておられる、とお聞きしましたが」
タミーラクは先日と同じような赤革の長衣姿だった。ロングコートの一種だろうか。今日も帯びている彼の軍刀は、軍属学徒の身分証も兼ねるそうだ。
「この国じゃ〝三時のお茶〟に招かれたら、外出申請が通りやすいんだ」
僕らは話しながら、案内の使用人と共に会場である図書室へ向かった。
先ほど僕は図書係を拝命したと書いたが、午後からは茶話会の準備をするため、使用人の面々に「余計なことはしないでください」と追い出されてしまった。ので、部屋でマナー教本を読んでいたが、飽きて装飾のスケッチを始めたのである。
「てっきり、あなたは人族がお嫌いなのかと」
「いやー別に? 物見遊山のつもりで来たいけすかねえ野郎なら、本格的に追い返してやろうと思っていただけだ。意外と角が太い……あ、度胸あるって意味な」
タミーラクの警戒は妥当だろう。
ガラテヤに限らず、これまで魔族を研究した学者たちは、およそ彼らを〝人間〟と扱わず、勝手な見解を述べたものだ。
それでは僕はどうなのかと言うと、まず「魔族も人間である」と定義した上でこの旅に臨んだ。でなければ、話が始まらない!
それより、思ったよりも彼らの態度が寛容で、僕はほっとしている。大伯父に必死に頼み込んだ甲斐があったというものだ。
「あなた方の
「
Paxch――「(ザドゥヤ語)祭りの宴席、感謝の祭儀とその会食、【肉】の晩餐、生け贄を奉納し受け取ること」。
僕はカズスムクの
「まあ、鳥のフンを食う話をされたら別かもな」
僕がぎょっとして立ち止まると、タミーラクは「遅刻したいのか?」と怪訝そうに振り返った。突然何を言い出すのだろう。
「何ですか、鳥のフンって」
「お前ら人族は大好きだって聞いているからな。特に殻つきのやつ」
「……それは卵です!」
憤慨を隠せず、思わず天を仰ぐ僕をタミーラクは疑わしげに見つめた。
「
「東方の珍味でも、そういう卵料理があるらしいですね」
考えるだに頭がクラクラする。なるほど、目玉焼きの鮮やかな白と黄色も、燕のフンの白と黒も、卵を食べない彼らにとっては等しく見えるに違いない。
僕はなんとか気を取り直した。
「分かりました、鳥のフンの話はしません。しかし、そもそも茶話会では会話しても許されるんですか?」
僕はガラテヤで、魔族の食事作法に関するまともな文献を見つけられなかった。どうにか知り得たのは、〝決して食事中はしゃべらない〟ということだけだ。
マナー教本を見る限り、基本的な作法は大して変わらないように見えた。
だがガラテヤの場合、作法は常に社交家や美食家が更新し続けており、本に載った時には流行遅れになってしまっている。だから教本だけを信用するのは不安だった。
「あなた方の間では、食事中の口と舌は料理のために使うべきであって、会話に使うことは食材に対して敬意を欠く行為――と聞きましたが」
「あんたの国でも、供えものぐらいするだろ? 神とか、祖先とか、悪霊とかにさ。
[Jackt は
つまり、タミーラクは異国の異種族である僕に自分たちの文化を伝えよう、と言葉の原義そのままに解説してくれたのだ。こうした気遣いの数々に僕が気がつくのは、ずいぶんと後のことだった。]
「だから聞かず話さず命と向き合うし、
(※編註……ここでタミーラクが言っている「食事」とは正餐、晩餐、ディナー)
よって、茶話会では会話しても良い、と。
ザデュイラルでは日常の食事もまた、宗教的儀式の側面を持つようだ。教本を読んだ限りでは、カトラリーの使い方も配膳形式もさほど違いはなかったのだが。
昨夜から昼にかけて、僕の食事は直接部屋に運ばれてきた。だから彼らと飲食を共にするのは、この茶話会が初めてとなる。失礼がなければいいのだが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます