フィクションにおける食人といえば、往々にして、戦慄と恐怖、猟奇の匂いをまとわずにはいられない題材です。かのハンニバル・レクター博士の恐怖の晩餐、あるいはケッチャム『オフシーズン』で描かれる地獄の祝祭……そこにおいては、食われるものに一切の尊厳はなく、食人という行為は、食われる者に対する究極の支配のかたちとしてあらわれます。それは、はなはだしく寒ざむしいものです。
それに対して……本作で描かれる食人行為は、非常に“暖かみ”がある。無論、人間を食らうという行為の持つ容赦なさは具体的に描かれますが、猟奇の匂いはない。人が生きるための、生き続けるための営みとしての食人。そしてまた、それは、食べられる人への慈しみと、惜別の念に満ちた厳粛な行為でもある。まったく架空の世界における、架空の文化の物語でありながら、その営みの手触りには人間の息吹が感じられるようであり、個人的に非常に興味深く、新鮮に感じました。
また、この食人文化が、物語の根幹にしっかりと関わっているのも大事なポイントです。特異な設定が設定倒れに終わらず、物語の根幹をなし、物語を駆動させていることは、作者の力量の高さを示していますね。登場人物の行動原理にすら、がっちりと食人文化の設定が関わっているあたりはさすがだと思いました。作者がしっかりと自己の創造した世界を把握し、それにもとづいて物語を組み上げているとわかります。
物語は、面白うてやがて悲しき……という有名な歌の通りに、物悲しい余韻をもって幕を閉じます。そのあたりもまた、個人的な好みにあうものでした。あらゆるものは流転し、移り変わり、失われゆく。物語の中で語られる昔話や神話の通りに、万物は輪廻し、ひとところに留まらない。
しかし、それでも、思い出は残るのです。暖かな思い出だけは。あたかも、灰の中で静かに輝く埋火のように。その美しさをしみじみと噛みしめたくなる、そんな読後感がありましたね。
総じて、非常にハイクオリティのファンタジーでした。先に述べたように、いささかきつい描写はあるものの、それでもなおこれは読むべき一作だと思います。