その38 疲れちゃいました。

結局その後は大騒ぎになった。主にお貴族様と町長の周りが。


結果として、その炎狼は貴族のペットとして飼われていた狼が逃げ出して、何かしらのきっかけで魔素にあたって魔物化したのだろうという話にまとまったらしい。

その狼もこの辺りにいるものとは少し違ったらしい。

なぜらしい、らしいと続くかと言えば、ペットなんて飼う余裕のない平民には心底どうでもいい、いや縁のない話だから。


「それで、なぜかソフィアが褒美をもらうことになったと。」


なんだかんだで貯めておいたクッキーを仕事終わりのヴィネーラと一緒につまみながら最近の経緯をぽつぽつと話す。


「そう。なんでだろうね。仕留めてくれたのルース様なのに。」


私は何もしていない。強いて言うなら狼でけがをした人たちの手当をして、その容体とかをルース様に話したことくらい。

野次馬の中にお貴族様が派遣した調査員もいただろうから自分が言わなくてもきっと伝わっていただろうし……。


「まあ、お上の考えることはよくわかんないわね。いいじゃない。こんないい機会無いわよ。せいぜい良い物もらっときなさい。」

「うーん……。」


そんなこと言われても思いつかないしなぁ。

お菓子はもう行くたびにもらっているし、特に切実に必要なものもあんまり浮かばないし。


「こんなに豪華なお菓子のお土産を毎回持たせるくらいの人だもの。きっといいようにしてくれるわよ。あーあ、いいなぁ。私もお友達になれたらお針子として良いお仕事もらえたかしら。ふふふっ。」

「ああ、うん。」


なんというか、そう言われると答えに困るね。


「ああ、いいのよ。気にしないの。ねえ、このクッキー?美味しいわね。」

「うん。」

「これ、ちょっと酸っぱいのに甘くておいしいわぁ。こんなの毎日食べられるなんてさすが王族ねぇ。」


ああ、一人になりたい。

ヴィネーラの優しさが嬉しいのに休まらない。

一人でゆっくり心を穏やかにする時間が欲しい。


「にしても、ひどい顔色ね。ただでさえ忙しいのにこんなにお仕事増えたんだから、お休みちゃんともらいなさいよ。」

「うん、冬支度終わったら」

「冬支度位周りを頼りなさいよ。そんなんで無理されて街の唯一の医者が倒れたら皆が迷惑をこうむるかもしれないのよ?ちゃんと自分をいたわりなさい。」

「うん。」

「お茶の販売でお金が少しはできてるでしょう?うまく使いなさいよ。あんまり人のお財布に口を出すもんじゃないけれど……。」


ヴィネーラが少しためらうように、でもはっきりと励ましてくれた。

彼女はいつも、こうやって人との距離感を図るのが上手い。

こんな風に、器用になれたらいいのにな、といつも思う。

「取り合えず今日は早く休みなさい。私もお暇するわ。ゆっくりね。」

「うん、ありがと。」


その後褒美の伺いに来た使いの人たちは父さんと母さんに任せてベッドに潜り込んだ。

しばらくだれにも会いたくない。疲れてしまった。

明日は休むようにと親二人には言われている。

朝からお茶のことも怪我した人のこともぎちぎちのスケジュールで考えて動くこともしなくていい。

そう思うとそれまで感じなかった疲れや色々な感情が一気に噴き出して、ぼろぼろと涙があふれた。

今、顔色が悪いだけでも皆に心配をかけてしまっている。

これ以上は心配をかけたくない。

いままで通り、ぼうっとしてる、ただ穏やかな私でいたい。


昨日とは違う、埃っぽくて、ごわごわの藁のベッド。

息苦しくなるのも構わず毛布を頭までかぶって、むりやり苦しい息をして、気が付けば朝まで夢を見ていた。

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