その2 私、なんだかムズムズします!

 目が覚めると、夜になっていたようで、隣の部屋から父さんの声が聞こえる。

 今日は氷のお魚釣れたのかな。あれ、釣ってすぐに焼いてもらうのおいしいんだよね。ぜんぜん食べたいとか今は思えないけど。

「あ、少し頭痛いの治った気がする」

 少し体を起こしても吐きそうなくらいの頭痛はしない。ちょっとお水飲みたいな。あと雪の塊欲しい。ゆっくり体を起こして、よたよたと部屋を出る。

「ああ、ソフィアもう寝てなくていいのか?」

「なに言ってるのまだ顔色が悪いわどうしたの?」

「ん、ちょっとお水飲みたくて」

 母さんが椅子を引いて座りやすくしてくれる。

「ちょっと待ってね」

 母さんは汲み置きの水瓶から水をひしゃくですくい、カップに入れようとする。

 ゾワッ。

「ちょ、ちょっと待って。あの、その」

 なんでだか分かんないけど、そのままの水は飲んじゃいけない気がした。

「あら、スープの方が良かった?」

「ううん、お水でいいんだけど、一回お湯にしたのをさましたのがいい。」

 本当は井戸で汲みなおしたものを沸かして冷ましたのがいいけど、そこまでしてもらうのは、ちょっと。夜だし。

「少しあったかい方がいいの?」

「うーん、もうぐつぐつの熱くしたのがいい。冷ましながら飲むから。」

「なんだソフィア、お前寒いのか?ほれ、父さんの一枚着るか?」

 父さんが上着をかけてくれる。

「ありがと」

 母さんはしっかり温めたお湯をカップに入れてくれた。湯気がしっかり出ているのを見て安心する。そのお湯は、なんにも味がしないのに、なんだか少し甘いような気がした。


 それから飲み水は全部ぐらぐらと沸かしてからのものにしてもらって飲むようにしたら体が楽になってきた。母さんはちょっとめんどくさいと言っていたけど、水瓶の水をそのまま飲もうとするとすごい嫌な感じがして飲めなかった。食欲が戻ってきて、ご飯が食べられるようになってもそれはなぜか変わらなかった。


 飲み水を沸かすようになってから1週間後、すっかり元気になった私は久しぶりに父さんの仕事場に手伝いに来ていた。父さんは小さな薬屋をやっている。薬屋と言っても、難しい薬は作れないから、簡単な風邪薬や傷薬、あとは薬草をそのまま売っている。時々流れてくる商人を泊めてあげる代わりに色々な薬を見て、良い物があれば買っておいていたりもするけど、高くてあんまり買えたことはない。

「今日はこの窯の火を見てればいいの?」

「ああ、一定にしといてくれ。もししんどかったらちゃんと言うんだぞ」

 窯に向かって手をかざして炎を思い浮かべる。

「竃の神よ、火を我らに分け与えたまえ」

 ぼうっと火が生まれ、薪にパチパチと燃え移っていく。生活魔法って便利だよねぇ。これが出来るようになりたくて、すごく練習した。お仕事についていきたいとぐずったときに、普通に火を起こすのはすごい大変だから、ちゃんとこれが出来るようになったら父さんのお仕事を手伝おうねって言われたから。ゆらゆら揺れる光が今日もきれいだ。時々炎が弱ってきそうだと思ったら魔力を流してやる。それ以外は特に何もしなくていい。

「今日は何作るの」

「アザミの処理だな」

「私もやりたい」

「手をケガするからだめだ」

 アザミはとげに少し毒があって、指をさしてしまうと少しの間ビリビリする。ピンセットでつまみながらトゲを落として、きれいな茎と花にする。トゲは武器屋に売れば狩り用の武器に使えるらしいから、いつも量がたまったら買い取ってもらっている。

「もう熱下がって3日もたったんだよ。やらせてよ。」

「1週間は窯の火だけって言って来たろ。今日はだめだ。」

「えー、けちー。」

 少し拗ねて見たけれど、それでも父さんは揺らがない。もう集中してるから聞こえてないかも。

 父さんがちまちまとアザミのトゲを抜き取り、私は窯の火の番をしながら流れる雲を見ていた。今日は久しぶりの晴れだから、少しお出かけもできただろうな。朝なら朝露取りにいけただろうし。釣りにも行けただろうな。洗濯もよく乾いただろうな。……洗濯?

 そういえばベッドの布団、前に洗ったのいつだっけ。枕も干したのいつだっけ。服も取り替えたい、これ絶対汚れてるよね。

 急に自分や周りの汚れが気になってしょうがなくなってきた。洗濯したい。洗濯しなきゃ。

「父さん、ちょっとこれもういい?戻って洗濯しなきゃ」

「ああ、薬もできてるしいいだろ。」

 もうむずむずしてしょうがない。生返事を聞きながら、もう一秒でも早くと通りへ飛び出していった。

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