味のしないお茶会

「あら、院長直々にお話なんて何の用事かしらね。」

 筆記試験も実技試験も合格だったことを別室で待ってくれていたルースちゃんに伝えるとため息をつきながらそう言った。

「すみません。面倒なことになってしまって。」

「んーん、別にあなたはいいのよ。でもまあ、あんまり向こうの思惑通りにしたくないから一芝居は打つわ。あなたはとりあえずなにかあったらおろおろしておいてね。」

「は、はぁ。」

 神様、ルースちゃんは一体何を考えているのでしょうか。


「やあやあ、呼び立ててすまないね。さ、そこのソファへどうぞ。」

 院長室に入ると先ほどの鑑定の試験官だった人、もとい院長先生がにこやかな顔で出迎えてくれた。

「試験があってはろくに食事もできないほど緊張する子もいるからね。軽いものを用意させたんだ。まずは親睦を深めようじゃないか。」

「あら、院長先生直々にありがとうございます。」

「え、えっとありがとうございます。」

 進められるままに紅茶を飲み、お菓子をつまむ。

「すきっ腹には刺激が強いからミルクも入れなさい。」

「あ、ありがとうございます。」

 キラキラとした、飴細工の乗ったお菓子になんともいい香りの紅茶。

 すごくおいしいはずなのに、なぜかあまり味が分からなかった。


「ところで。」

「はい。」

 音を立てずにカップを戻した院長先生が、怖いほど静かに切り出す。


「君の推薦で来たこのソフィア君の能力はとても興味深い。試験官からの報告によるとほとんど魔力を使わずに全工程を行ったというじゃないか。私も完成品を鑑定したが、ほとんど魔力を感じることは無かった。これならば魔力酔いを全く起こさないポーションの生産技術の実用化にも一歩踏み出せるかもしれない。」


 院長先生の目は私に向きながらも、私には一切意識が向いてない。

 話している先はそう、私ではなくてルースちゃん。


「さらに色々なことを調べるためにも僕の助手、つまり研究員としてここに入学しないかね?もちろんその時には生徒とはまた違った扱いになるから過ごしてもらう寮も別になる。研究員ならば給金も出るから田舎への仕送りもできるようになるだろう。どうだ?私の助手になってみないかね?」


 やっと院長先生の視線が私から外され、息の出来ない緊張がほんの少しだけ緩んだ。


「院長、素敵なお言葉ですがお断りしますわ。彼女は北から私が派遣員として連れてきた薬師でもあります。彼女には研究は王宮に作られた施設で行ってもらう予定です。ただでさえその仕事をこなしながら勉学に励んでもらって能力をのばしてもらわなければいけないのに、ここの研究員まで兼任できるほどの余力はありませんわ。」

「しかしですね、今回の入学試験での調薬でも一番の出来だったんですよ。このままのばしていけば国としても大きすぎる利益を得ることが出来るはずです。みすみす見逃すわけには」

「王宮での研究よりもそちらの方が大事だとあなたは言うのですか。こちらの研究は多くの人の命を救うためのものです。そちらより優先させてしかるべきものですわ。それとも、院長先生はいつか分からない国の危機の為なら今多くの民が病で命を落とそうとも関係ないとおっしゃるのですか。」

「い、いえそこまでの事は」


 さっきまでの院長先生の威圧感にも負けない、いやそれよりもすごい気で圧している。


「ならばもうお話はこれでおしまいにさせていただきます。この後も彼女には色々と説明しなければならないことがありますのでここでおいとまさせていただきますね。ソフィア、行くわよ。」

「え、えっと、お、おいしいお菓子をありがとうございました。」


 さっと部屋を出ていく背中を追うとき、ちらと見た院長先生の目はとても冷たく燃えていて、まるで私を殺したいとでも思っているような恐ろしいものだった。

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知識で世間は渡れますか?―最弱少女の下剋上?― ユメハ @yumeha01

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