その19 えっと、私、学校に行くんですか?
「君はソフィアと言ったかな。ここまでご苦労。派遣事務官のメディチだ。」
つやのあるどっしりした木の机の上に、紙の束が積み重ねられている。書類の仕事いっぱいあるんだな。お偉いさんはすごいや。
さっきのお偉いさんはメディチさんというお名前らしい。へぇ。覚えてられるかな。
「お招きいただきありがとうございます。」
村長に聞いた言葉遣いをそのまま返す。メディチさん、なんかにこにこして笑ってるから多分大丈夫。多分。道すがら練習して良かった。
「楽にしていい。君の恩恵を調べさせてもらうよ。」
「はい。おねがいします。」
「シリウス、これへ。」
さっきのオオカミみたいな人が、その表情のまま布を敷いたお盆を大事そうに持ってきた。
怖い!油断したらその目で射殺されそう。帰りたい。
「ソフィア、もう少しこちらに。シリウス、彼女にそれを。」
メディチさんの座っている机に近づくと、シリウスさんから、お盆を差し出される。
水晶のペンはさっき使ったものよりも少し太くて全体に綺麗な透かしや飾りが付いていた。
「きれい……。」
「んっんん」
つい見とれてしまった。
「あ、すみません。」
「君はこういう綺麗なものが好きなのかい。いい眼をしているね。」
メディチさんがなぜだか楽しそうだ。その代わりシリウスさん、怖い、怖いです。ごめん、ごめんなさいって!もうやめて‼泣きそう‼
「それじゃあ調べるよ。そのペンを持って。」
それからさっきと同じようにメディチさんが何かを唱えると、光の文字が浮かんでいく。
『知識の箱』
おお、今度はちゃんと分かった。どんな効果なのか全然分かんないけど。
なに知識の箱って。
「ほう、知識の箱か。君は面白いものを持っているね。」
えっと、説明が欲しい。説明してください、メディチさん。
「えっと、その……?」
水晶のペンをシリウスさんに返しながら、説明を求める。
「ああ、君の恩恵は知識の箱というものだ。簡単に言えば、ほかの人よりも楽に勉強が出来るようになるものだね。シリウス、この辺りに学校はあるのか?」
「いえ、ございません。せっかくですので、この辺りに分校の予定地を見繕ってもよいかと思われます。」
勉強……学校……。昔父さんが薬屋になるのにめちゃくちゃ修行をしたって言ってたな。そんな感じなのか。でも学校って基本的に貴族とかにしか行けないんじゃなかったっけ。あ、でもマーリンがお家を継ぐのに算術の勉強をしてるって言ってたな。
「んー、そうすると少し遠すぎるんだよね。ねえ、ソフィア、君はもし君の父さんよりも賢く多くの薬を作れる方法を学べるとしたら、学校に行きたいと思うかい?」
「……学校は、尊い生まれの方のみが行かれると聞いたことがあります。」
行きたいとか以前に私たち平民は学校にいけないみたいなことを聞いた気がする。
「おや、その話はどちらで?」
「シリウスさん、えっと、あれ、いつだろう。小さいころに聞いた覚えがあるけれど覚えてないです。」
怖いよぉ……。
「……そうか。」
もう許してください……もう怖い帰りたい。
「まあまあ、シリウス怖いよ?で、ソフィアちゃん、どうだい?」
確かにもっといろんな薬が作れるようになったら父さんが喜ぶかもしれない。
ただ、母さんとかみんなで大洗濯会とか、ヴィネーラたちと色々やろうと思ってるからすぐにはできないよなぁ。
「その学校に行くというのは、すぐなのでしょうか?」
「いや、まだ学校も君を受け入れる準備があるからね。それに学校に行くならば君のご両親にも話をしないといけないからね。シリウス、明後日までに決めればいいか?」
「はい、ご両親への説明も含めて明後日で問題ないかと。」
「よし、じゃあ今日はこれで。君は学校に行きたいかどうかを考えておくといいよ。」
そういうとメディチさんはそのまま執務机の書類に目を通し始めてしまった。
えっと、あの、私まだ学校が何なのかあまりよくわかっていないんですけど……?それに私学校に行くって言ってないよね?そもそもとりあえず、学校って身分が私より確実に上の人たちが行くところなんだよね?
「ソフィア、もう帰りなさい。」
「え、あ、はい。」
シリウスがそっと部屋の外に誘導する。
廊下に出てドアを一度締めると、シリウスは声色だけは優しくつぶやいた。
「ソフィア、今日の夜が君にとって最後のゆっくりする日になるかもしれないな。」
「え、それはどういう」
「ゆっくり休め。そして腹いっぱいにして安心して寝ろ。それが幸せというものだ。」
彼はそれだけ言い残すと、元いた部屋へと戻ってしまった。
え、私、これどうすればいいの……?
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