【天空のカヴァルリー】 〜若き元空挺軍総帥の憂鬱〜
瀬道 一加
Act 1. 集約
Section 1. 訓練にて。
Scene 1. 呼び出しと、警報。
殺風景で小さな部屋の中央で、ミィヤ・ミカエルソンは背中を伝う冷や汗を感じながら立ちすくんでいた。
(ああ、どうして私はいつもこうなんだろう……)
頭の中でそうつぶやきながら、いたたまれなくなって目をギュッとつぶった。その原因は、向かいにいるミィヤを呼び出した人物だ。もっとも、より正確に言えば、原因はその人物に自分を呼び出させるようなことをしでかした、ミィヤ自身なのだが。後ろで組んだ手にも、じっとりと汗を感じ始める。
「うーん……」
と、唸るような男性の声が聞こえて、ミィヤはびく、と更に身体を固くした。
「ミカエルソン訓練員。」
少しの間の後に、名前を呼ばれる。ミィヤは大きく深呼吸をしてから、ゴクリとつばを飲み込んだ。意を決して目を開き、返事をする。
「……はい」
しっかりと返事をしたつもりだったが、口の中はカラカラで、声はかすれていた。正面には、椅子に身を深々と沈めた男性がいる。ミィヤと同じ、白を基調とした制服に身を包み、足を組んでしかめ面で座っている。その膝の上辺りには、椅子に組み込まれているコンピューターが映し出すホログラムスクリーンが映し出されていた。軽くため息をついてから、男性は言った。
「呼び出された理由は予想できるな?」
「はぃ……」
ますますいたたまれなくなって、ミィヤは消え入りそうな声でかろうじて返事をし、視線を落とした。
「うーん、お前が頑張っているのは俺も解っているんだがなぁ……」
男性は困った、といった様子で、肘掛けに乗せた片手に頬を預け、もう片方の手でスクリーンを数箇所タッチし操作する。
「お前は課題はしっかりこなして提出してるし、成績も悪くない。実地訓練に入ってからの毎日のタスクも問題なくこなしてる。健康診断、身体能力の検査の方も問題ない。それが―――」
チカチカと機械音を出しながら切り替わるスクリーンを眺めながら男性は言う。見ているのは、おそらくミィヤの現場研修の記録だ。何重にも映し出したウィンドウのうち、一つを人差し指で選択し拡大すると、男性は続けた。
「実技試験となるとガッタガタだなぁ……毎回。」
男性は、理解できない、とでも言うように、肘をついた手で頭をかいた。
「そ、それは……」
ますます縮こまりながら、ミィヤは口ごもることしかできなかった。
ここに呼び出された原因は、前日に行われた宇宙空間における船艇防護の実技試験だ。ミィヤたちが訓練を行っているのは、地球のまわりを旋回する巨大な空中母艦マザー・グリーンへの連絡船を守る、小型防護船である。その任務は、地球と母艦との間を行き来する連絡船を守ること。とはいっても、賊などに襲われて銃撃戦になるような危険なテロなどほとんど起こることはなく、多くは連絡船の軌道に流れてきてしまう、長距離のレーダーには映らない小さな隕石や宇宙廃棄物を破壊、もしくは跳ね返すことくらいだ。
昨日は、船艇軍の空士となるための訓練校の最終課題となる、六ヶ月に渡る実地訓練期間の総仕上げである実技試験だったのだ。連絡船に向かう隕石の破壊シミュレーション。防護船に常駐の船員と、ミィヤたち訓練員との総出で行われた。
そこでミィヤは盛大にやらかした。防護船から発するレーザーの防護壁の座標を指定し間違えたのだ。これが実際の状況だったら、防護船そして連絡船をも危険にさらしているところだ。当然、試験の得点は大幅に減点され、結果は散々なものとなった。
男性は続ける。
「お前、訓練後は母艦勤務を希望しているだろう?それも防護部門を……。まぁ、試験結果だけが着任可否の審査基準にはならないが。しかし、実施がこうも点数が悪いとなると―――」
彼はそこで言葉を切ったが―――胸をはってお前を推薦できない―――そう言葉が続けられるのが推測できてしまって、ミィヤはさらにうなだれた。
男性は、防護船で行われるミィヤたちの長期訓練を取り仕切る、訓練部隊の隊長だった。ミィヤよりは一回りは年上だが、それでもまだ若々しく、訓練用とはいえ、一船を任されるにはすこし若すぎるような気さえする。要するに、エリートなのだ。
名前はトラヴァース・ウォーカー。部隊員からは本人の希望でヴァース隊長と呼ばれていた。肩まで伸びた焦げ茶色の髪は先に行くほど色が薄くなり、殆ど金髪だった、瞳は深い緑で、引き締まった、たくましい体躯の長身。眉目秀麗、質実剛健の秀才。おまけに人望も厚く、隊員からは慕われているが……
ふ。と、突然ヴァースが少し笑う。怪訝に思って、ミィヤは顔を上げた。
「まぁ、俺に見つめられてたら、試験どころじゃない、ってところか?」
「!!」
目が合った瞬間にそう言われ、何も言えずに硬直したミィヤを見て、ヴァースはクスクスと笑った。両手を、降参、とでも言うように肩のあたりに挙げながら続ける。
「仕方ないだろう?可愛い子が頑張っているんだから、目を逸らせるわけがない。見るなと言う方が無理な話だ。」
これだ。これが、非の打ち所のない上官の、少し、いや、とても困ったところだ。相手が訓練員であろうと指導員であろうと、女性に対して自信過剰で、ややプレイボーイな立ち振舞。故郷のお国柄なのかも知れないが、本人の資質が問題ないため様になってしまう上、セクハラとは訴えられないギリギリのラインを保ちつつ、爽やかにこなしてしまう。
そんなヴァースに対して部隊内の女性達は、嫌悪したり呆れたりするどころか満更でもない者が大多数だった。この見目麗しくたくましい隊長が、彼女たちから尊敬を少しばかり超えた好意を向けられているのは明らかだ。この前など、船内の生活管理を担当する同期のリディは、地上からの物資の搬入の際に運ぶのを手伝ってくれた上、去り際にウィンクをされた、と、キャーキャー言いながら教えてくれた。おそらく、甘い言葉のひとつやふたつもかけられているのだろう。
一方の男性隊員達はといえば勝てぬ戦と決めつけて、このことに対しては批判をする気さえ起こらないのか、隊長の気さくな人柄に、女性達にも劣らない親しみを寄せているようだった。
これがなぜミィヤにとって困ったことなのかといえば、彼女も例外ではないからである。と、いうか、ミィヤの場合は盛大な一目惚れだった。約六ヶ月前の入隊のときに初めてヴァースを見たときは、こんなかっこいい人がいるのかと心臓が止まりそうになったものである。そしてそれが自分の部隊長だと知って、その事自体に慣れるだけで最初の数週間を要したくらいだ。そして口をきけば思わせぶりなことを言うから毎回うろたえてしまう上、それが万人に対してであるから常にやきもきもされてきた。
しかし母艦着任はミィヤの幼い頃からの夢である。地球のはるか上空を旋回して、地上に生きる数えきれない命を守り続ける巨大な船艦。小さい女の子だった頃から、ミィヤはその人類の叡智を集結して創られた船に大きな憧れをいだいていた。そしてそこで働くことを目標として勉学に励み、義務教育を終えた後は迷わず訓練学校へと進んだのだ。
防護船での訓練は、その夢を叶える最後の一歩だ。そういつも思い直し、訓練に集中するよう努力をしてきたのだが……
早い話が、ヴァースの言ったことはほぼ図星である。ミィヤは出来の悪い訓練員ではなかったが、ヴァースに見られているときだけは、どうしても落ち着くことが出来なかった。試験の結果は機械判定のため、容赦はない。何回か行われた実施訓練は、毎回同じような結果だった。
しかし口が裂けても言えるわけがない。そのとおりです、貴方が原因です、などとは。
まだ微笑んでミィヤを見つめているままのヴァースと目を合わせていられず、ミィヤはまたうつむいた。
「ま、冗談は置いておいて、だな、」
ヴァースは笑ってそう言いながらスクリーンに向き直ると、再度ウィンドウを何回か切り替えた。図星をつかれたミィヤは話題をそらしてもらえたことに心底ホッとしたと同時に、可愛いと言ったことを冗談とする話の流れに釈然としないものを感じて、少し複雑な気分だった。
「あがり症なのだろうが、希望の着任先を考えると、実技の評価は必須だしなぁ。俺が隊長として、しっかり自分の目で見届けなきゃいけないのも本当だし……」
「き、緊張してしまって……どうしても……」
黙ったままなのも落ち着かず、何か言わなければと口を開くが、ここで本音以外のうまい言い訳など思いつくわけも無く、うまく言葉が出てこない。
「ああ、お前が真面目に取り組んでいるのは、よく知っているよ。」
気遣いなのか、想い人にそう優しい口調で言われてミィヤは危うく泣き崩れるところだった。こみ上げてくる涙を必死でこらえる。
いくら想いを寄せる相手の前だからといって、毎回毎回取り乱してヘマをしでかす自分にもほとほと嫌気が差していた。何よりも、母艦着任は小さい頃から憧れていた夢だったのだ。このままでは一人前の船艦員と認めてもらえず、夢はかなわないまま、ミィヤは故郷に帰らなければいけなくなってしまうかもしれない。そんなのは絶対に嫌だ。
それに、もうすぐ訓練期間が終わり、隊長とは離れ離れになってしまう。あこがれの人に少しは自分の成長を見て、誇りに思ってほしいというのも、ミィヤの本音だった。
なんとかもう一度、訓練期間の終わりまでの数日間に、何らかの形でチャンスをもらえないか。意を決して、そうミィヤが尋ねようとしたとき……
突然、部屋中に大音量のアラームが響き渡った。
不意を突かれて混乱しただけのミィヤとは違って、ヴァースの切り替えは素早かった。ほとんどアラームと同時に立ち上がると、制服の襟元にあるスイッチに手を当て、さっきとは打って変わった凛とした口調で言い放った。
「こちらヴァース隊長。監視席、状況を伝えろ。」
言いながら、部屋の外へと向かう。ミィヤも慌てて後を追う。ヴァースの呼びかけに、船内のアナウンスが答えた。声でそれとわかる、緊張気味の訓練生の声。
『こ、こちら監視席、い、隕石の接近を母艦センサーが感知。』
一度音声が途切れ、なめらかな機械音声に切り替わる。
『クラス5、キョリ8670、トウタツジカン5フン、ホウガクx-20, y30, z40、レンラクセンショウトツコース。』
ヴァースとミィヤはすでに元いた部屋を出て、船の最前部にある司令室に早足で向かっていた。通路にも、アラーム音は響き渡っている。
「方角は確実にこの船の担当だな。昨日のシミュレーションそのままでいける……ちょうどいい。」
ヴァースはぽそりと独りごちると、歩を緩めず、振り向くこともなく言った。
「ミカエルソン、いるな?」
ついてきているな、という意味だ。
「は、はい!!」
歩いているだけのヴァースに追いつこうとほぼ駆け足になりながらついていくミィヤは、早速息を切らしながらも大きく答えた。
「よし。」
そう言うと、ヴァースはやはり歩は緩めずに、再び襟元に手を当てて言った。
「こちら隊長。『全』船員、主砲砲撃準備!これは訓練ではなく、実防護である。昨日のシミュレーションと全く同じだが、時間は半分だ。繰り返す。全船員、主砲砲撃準備!これは訓練ではない。実践だ!時間は昨日の半分だ!」
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