Scene 46. 言葉と、記憶。
「先ず始めに、一度退軍した身でありながら、この場に立てることは身に余る光栄であることをお伝えする。」
眼前に新任の少尉、空士達を見下ろして、ヴァースはゆっくりと話し始めた。
「私が四年前に軍を去ったことは周知のことだが、長期に渡る不在に関わらず、私に再度の着任依頼を下さったフラー艦長のご厚情には、筆舌尽くせぬのは明白でありつつも、この場を借りて、厚く御礼申し上げたい。」
ちらりと斜め上を見上げる。振り向いて敬礼をするのは控える事にした。
「少尉、初等空士、初等技術空士、初等準空士各位。着任おめでとう。諸君の着任を、一士官として心より歓迎する。言及した通り、私は一度この場を去っている。当時は戻ってくる事になるなどとは、微塵も思っていなかった。本来であれば、私に諸君を激励する資格など無いと思っている。だが、私も地上の平穏のためにこの身を捧げる志を新たに、諸君と共に邁進したい所存だ。」
喋りながら、ヴァースからはまだ初々しく映る空士達の、自分を見上げる視線一つ一つを見つめ返す様に眺める。
その途中で、ヴァースの視線がある一点を捉えて止まる。あれは……
「……せめて今日この日に着任を共にした一同期の言葉として、この寸言を受け取って貰えるのなら、これ以上の栄誉は無い……。」
あの子だ。
少し呆けた様に台詞を言ってしまいながら、女子は比較的少ないとはいえ、周りと揃いの帽子と制服を着た状態で大勢の中からミィヤを見分けた自分の目敏さに、ヴァースは半ば呆れてしまう。
軽い咳払いをして、少し浮かれてしまった気分と意識を切り替える。今は集中しなければ。
「先程、私の立っているまさにこの場で、元士官学校主席候補生、現少尉殿が戴印された。私も、恐らく諸君の多くがまだ生まれていない遠い昔に、同じ様にこの場所で、最初の士官印を賜っている。少尉殿の姿を見て当時の記憶が思い出され、非常に感慨深いものであった。私自身、初心を思い起こし身の引き締まる思いだ。」
祝辞に相応しい内容をと、ありきたりな話題に言及したつもりだったが、言いながら実際にその時の事が思い起こされてきた。随分若い頃のことを思い出して、くすぐられる様な違和感に苛まれる。無知で、愚直で、ひたむきで……愚かだった。悪い気分なわけではないが、少し恥ずかしい様な、不思議な気分だった。眼前に立ち並ぶ一人一人があの時の自分に重なって、愛しいような気さえしてくる。
「諸君は明日から、其々の任務をこなすとともに、更なる訓練に身を投じることとなる。大きな労力を要求される従軍生活において、無数と言える人数からなる空挺軍の組織の中、自己の活動に意味を見出すのは至難の技かもしれない。報われたと思える瞬間も、予想するよりずっと少ないだろう。だが、諸君一人一人が最善を尽くす事が、空挺軍の前進、ひいては地上の平穏のためには必須である事を、どうか忘れないでほしい。」
空挺軍に長くいれば、多くの組織よりは遥かに程度は悪くないとはいえ、長く勤めずに去っていくものも多いことは誰でも知っている。過酷な環境での任務が前提の準空士などは、はなから短期間の契約だったりする。しかし期間の定められていない空士であっても、着任して間もないうちに、まだ経験も詰めていないうちに自分の非力さに打ちのめされて辞めていく人材が惜しいのは、空挺軍上官の共通の思いだった。
だが、空士達を鼓舞するための言葉のつもりが、ヴァース自身が苦い感情に襲われてしまう。
これでは、まるであの時の自分へ向けて言っているようではないか。
もう自分に出来ることはないと、軍を去った、四年前の自分に。
完璧な、反面教師だな。と、ヴァースは頭の片隅で自分を笑った。表情には出さずに、言葉を続ける。
「士官時代、私は幸運にも多くの太陽系内外の任務に関わり、その成功に貢献する事ができた。だが、そのうちの一つでも、私一人の成果であった試しは無い。」
言葉とは、何と強力なものか。
他人に向けて言っているはずの言葉に呼び起こされる様々な記憶と感情に、ヴァースは翻弄され続けていた。
今思い出したのは、四年前に、自分が退軍する直前に、散っていった同胞のことだった。
自分の達成した任務の多くに、あいつが関わっていた。隊を預かる将として自分が成した功績の多くは、本来ならあいつのものであったはずだ。
訓練校も出ていない準空士からの叩き上げで、士官であった自分と同等に渡り合った。出世には執着が無かったから、最も危険な任務に駆り出され続けた。媚びない態度で上官には反感を買う事もあったが、いつも隊員達に、特に若者達に好かれ、信頼されていた。
今の空挺軍の成し遂げたことの一体どれだけが、あいつの成果だ?ここにいる何人が、あいつの名前を知っている?意識の奥にひっそりと隠していた怒りが首をもたげ、気づかないうちに続けた言葉に力がこもった。
「私と行動を共にした多くの同胞達、人類の英知を形にしてきた技術者達、尽きることのない探究心で難題に取り組んできた研究者達、そして、時に退屈に思えるであろうマザー・グリーンの補修管理の担当者達。加えて言うなら、 現在までに空挺軍に関わった全ての人間、そして、その始まりまでの人類の繁栄。私の成し遂げた成功は、その全てが合わさっての当然の結果だ。」
ヴァースはそこで言葉を切って、一息ついた。自分を落ち着かせるとともに、聴いている空士達の様子を伺う。話が長くなってしまえば、聞いている人間は飽きてしまうだろう。果たして自分の話がどれだけきちんと届いているのか。
つい最近までの連絡船での訓練で、朝礼や集会の際に眠たそうにしていた訓練員達を思い出してしまって、笑いを押し殺す。お前らきっと、そろそろ集中力が切れる頃だな。
頼むから、着任式で寝落ちるなんて事になるなよ?
「随分と壮大な話になってしまったが、私達が立ち向かうのは、当に壮大な問題ばかりである事を考えれば、誇張にはならないだろう。私一人の成長だけを考えても、多くの人間の成果と言える。」
ヴァースはそこで、自分でも気づかないほど僅かに、一瞬だけ言葉に詰まった。
「……両親に始まり……各教育課程の担当者教員、導いてくれた上官各位、そして同胞達にも多大な影響を受けて来た。勿論、私が学んだ事柄は、全て過去の先陣者達の知識の累積であることは言うまでも無い。
諸君も、今日まで多くの人間と関わりを持ち、これからも多くの人間と関わるだろう。諸君を導くのは上官だけではない。全ての人間が、お互いの知らない何かを知っており、お互いが持っていない何かを持っており、だからこそ影響を及ぼし会い、お互いを高める事ができる。諸君一人一人が周りと関わる事で、一人一人の力が合わさり、うねる波の様に、巨大な障害も打ち砕く事ができるだろう。私も、その大きな網の目の一つとなり、諸君と共に、再度空挺軍の前進に尽力出来ればと思っている。」
ヴァースは再度一息つくと、少し力を抜いて、空士達に最後の言葉をかけた。
「長くなってしまったが、最後に諸君と共に歩める事を光栄に思う旨を伝え、歓迎と祝いの言葉に代えさせて貰う。諸君の健闘を祈る。」
ヴァースが一歩下がると、もう一つ下の階層にいるグレーの制服の男が敬礼の号令を下した。再度、会場中に靴のぶつかる音と、衣擦れの音が響いた。
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